お嬢様とメイドの奮闘記⑧/食後のスイーツ杯花ヨリ団子戦
「今日の食事もとても美味しかったわ、リリちゃん」
「ありがとうございますっ、ソマリお嬢様!」
「次回もよろしくね?」
「はいっ、お任せください!!」
「…………」
「あら、どうしたの旅人さん? 顔が変よ?」
「お嬢様、それは『変な顔をしている』の間違いです」
「どちらも同じでしょう?」
「……いや、俺の顔はどうでもいいのだが」
本当はどうでもよくないけどな。
日本人の平べったい顔を馬鹿にしていいのは、戦争勝者のメリケンだけだぞ。
「なぜ飯を食っているのか、疑問に思ってな?」
「旅人さんは難しい事を考えるのね」
「知的で素晴らしいと思います、グリン様」
食料の摂取そのものを疑問視している訳ではない。
生きていくために飯を食うのは当たり前だし、何より食事は人の三大欲の一つ。
肉体的にも精神的にも欠かせないものなのだ。
だから、俺が問題にしているのは――――。
「俺は、俺の部屋で、お嬢様とエレレ嬢が、当たり前のように飯を食っているこの状況に文句を言っているんだっ!」
俺の部屋では、いつの間にか恒例となってしまった人形売り商売の反省会兼食事会が繰り広げられていた。
その食事会に、店長であるミシルとスタッフであるコルトが参加するのは当然だ。
だが、お嬢様とメイドさん。
最初の日は例外として、あんたらをお招きした記憶は一切ない。
「なによっ、私だって屋敷に来たお客様に人形を紹介したりプレゼントしたりして貢献しているのよっ。だから食事会に参加してもいいじゃないっ!」
「グリン様、ワタシも微力ながら……、その、友人にプレゼントしていますので…………」
お嬢様が主張するように、確かに彼女の貢献度は馬鹿にならない。
メイドさんも売上に貢献しているようだが、何やら落ち込んでいる様子なので、きっとその友人は既婚者で子供も居るのだろう。
意気込んで人形をプレゼントしに行った家で、かつての同世代の友人が今や立派な母親となっており、その夫と子供で形成されたハッピーオーラに当てられて凹んでしまったのだ。
夫婦の幸せ空間の中に入っていけず、一歩下がった所で必死に微笑みを作っているメイドさんを思い浮かべると、涙を禁じ得ない。
これ以上の惨劇を起こさないためにも、早急に誰か娶ってやっ…………いや、止めておこう。
「……そうだな、貴族ならではの販路もあるから、お嬢様にしては珍しく役に立っていると言っても差し支えないかもしれないな」
「ずいぶん引っかかる言い方だけど、だったら私達が参加しても問題ないでしょう?」
「いやいや、俺が一番問題にしているのは、その食事会を何故俺の部屋でやっているのか、という点だっ」
だから嫌だったのだ。
一度でも前例をつくってしまうと、歯止めが利かなくなり同じ事態に陥ってしまうのは目に見えていたのだ。
くそっ、流されてしまったあの日の俺を殴り飛ばしたい!
なぜ時間を遡るアイテムが存在しないのだろうか。
魔王様の靴を舐めたら創ってくれるだろうか?
「だって、旅人さんの部屋で食べる料理が一番美味しいのだから、仕方ないじゃない」
「いや、その理屈はおかしい」
もしも俺が料理好きで、人前で腕を振るって喜ぶ趣味でもあれば話は違うのだが。
彼女達の目の前で、多量のオリーブオイルを使った料理に、塩こしょうをファサーするのは楽しそうだけどな。
俺もファサーすればイケメンに見えるのだろうか。
そういえば、美味しいパスタを自分で作れるようにと、料理教室に通おうとした事がある。
その時は母親から、「そんな真似をしたら本当に結婚出来なくなる!」と泣いて止められたので諦めたのだが。
もう既に手遅れだったんですよ、お母様?
「すすすみません、ほほほ本当はわたしの店を使えればいいのですが…………」
「ミシルの店は人形を作る道具で一杯だから、それは本当に仕方ないさ」
「ねえ旅人さん、場所だけの問題なら、私の部屋を提供するわよ?」
「絶対に却下だ。何を好き好んで貴族様の屋敷なんぞに行かねばならんのだ」
お嬢様のお父上であらせられる、あの顔も心もイケメンな領主様と遭遇したらどうするんだよ。
修羅場を潜り抜けてきた彼も、娘が自分とそう歳の変わらない中年男を連れてきたらビックリするぞ。
俺なんてテンパりすぎて、ジャンピング土下座をしながら「娘さんをください!」なんて口走りそうだし。
ああ、自分のボケ気質が恐い。
「じゃあやっぱり、あんちゃんの部屋しかねーじゃん」
「…………」
コルトが言うように、消去法で考えればそうかもしれない。
だが、消去法なんて安易な方法に頼ってはいけない。
物事とは、もっと理論的に積み上げるべきなのだ。
「旅人さんの部屋で何が駄目なのよ? コルト君なんて、いつもお泊まりしているそうじゃない?」
「い、いつもじゃないぜソマリお嬢様っ、偶にだよっ!」
「もももしかして、わわわたしがお邪魔でしたかっ?」
「……いや、ミシルとコルトは問題ない。むしろ歓迎しよう」
「なによっ、その言い方だと、まるで私とエレレが駄目な風に聞こえちゃうじゃない!」
「ワタシも、ですか?」
最初っからそう言っているはずだ。
勝手に憤るお嬢様と悲しそうなメイドさんの圧力に屈する訳にはいかないのだ。
ここできちんと一線を引いておかないと、後が恐い。
お嬢様は、その厄介なスキルで色々とヤバイ物を掘り起こしそうだし。
メイドさんは、歓迎したいところだが、先々一人で部屋に来られるようになっても、その、あれだし。
だからこの二人には、極力俺の部屋に慣れてほしくないのだ。
「その、貴族のご令嬢や妙齢の女性が男の部屋に気安く入るのは、何かと不味いだろう?」
「私は気にしないわよ」
「ワタシも気になりません」
あんたらの意見は聞いてないからな。
あんたら以外の世間体の話だからな。
「……まあ、今日のところは仕方ないとして、次回から気をつけてくれればいいさ」
「そうね、そうしましょうね、エレレ?」
「ええ、そうしましょう、お嬢様?」
まるで自重する気が感じられない笑顔で、二人が頷き合う。
くそっ、コルトやミシルが一緒だと断りにくくて困る。
せめて、お嬢様とメイドさんが、二人だけで侵入してくるような事態は避けないとっ!
「――――それはともかく、このショウギというゲームは良く出来ているわね」
お嬢様は、そう言いながら将棋盤に視線を戻した。
食後の俺達は、腹ごなしとしてゲームに興じている。
食ったらさっさとお開きにしてほしいのだが、そうもいかないのが付き合いの難しさだ。
ほんと、二次会までなら百歩譲って我慢するが、三次会、四次会とエンドレスするのは止めてくれ。
金を払うのはうちの会社なんだぞっ!
「将棋は、俺の地元の伝統的なゲームだからな」
今時の子供にとっては、スマホゲームの方が有名かもしれんが。
少なくとも俺のような中年世代にとって、子供の頃から慣れ親しんだゲームとして真っ先に思い浮かぶのは将棋である。
今回の余興に、将棋を選んだ深い理由はない。
つい先日、たまたま将棋漫画を読んでいたので、久しぶりに指したくなったのだ。
将棋は特に、その強さと知的さが比例して見えるゲームだ。
最近、俺の権威が蔑ろにされている気がするので、将棋で初心者相手に無双し、聡明さをアピールする作戦である。
ついでに、格好いい決め台詞を言いたかったのだ。
あンた背中が煤けてるぜ?
……あれ、違ったかな。
将棋のルールは少し難しいところもあるが、何度か実践しているうちに全員が理解出来たようだ。
戦略は数多あれど、勝敗は相手の王を取るだけで決まるので、意外と分かり易いゲームなのだ。
――――さて。
客人が将棋のルールを理解したところで。
本当の目的に移るとしよう。
俺に優しいメイドさんはともかく、小生意気なお嬢様が俺よりも売上に貢献しているのは、何とも腹立たしい現実だ。
そこで俺は、お嬢様への逆恨みと、俺の部屋に居着かないようにするため、一計を案じたのである。
「はいはーい、みなさーん、こっちに注目してくださーい」
「えっ、どうしたの旅人さんっ、その変な喋り方はなにっ?」
「今夜はー、みなさんでー、殺し合ってもらいまーす」
「…………へ?」
「それは比喩でー、今から総当たりの将棋対決を行いー、勝者に豪華スイーツを進呈しまーす」
名付けて、『食後のスイーツ杯花ヨリ団子戦』である。
「豪華、スイーツっ!?」
「ああ甘いお菓子ですかっ?」
言わずもがな、メイドさんが直ぐさま食いついてくる。
ミシルもティーンな女の子らしく、甘い物がお好みらしい。
「参加は自由ですがー、不参加者にはスイーツが与えられませーん」
「……」
「それだけだと面白くないのでー、一番成績が悪かった人にはー、勝手に不名誉な二つ名を進呈しまーす」
「…………」
甘い物にそれほど執着がないお嬢様とコルトは、黙って成り行きを見守っている。
「まーた変なこと始めたよこいつー」みたいな目で俺を見ている。
コルトのジト目には慣れているが、お嬢様のソレも存外悪くない。
「俺が独断と偏見で決める不名誉な二つ名は、コルトの場合は『コルコル』」
「いつもと同じだろっ!?」
「ミシルの場合は、『シルシルミシル』」
「かか可愛いいっ!?」
「エレレ嬢の場合は、リリちゃんという新しいメイドさんが登場したから、『古いメイドさん』」
「ふっ、ふるいっ!? ワ、ワタシがお古っ!?」
「お嬢様の場合は、噂好きで図々しく無神経なおばちゃんを意味する『オバタリアン』」
「ちょっと、エレレは仕方ないけど、なんで私の二つ名まで特に酷いのよっ!?」
ははは、気のせいだろうさ。
「……お嬢様、ワタシは仕方ないとは、どういった意味でしょうか?」
「そ、それは、実際我が家でも年長の部類だし、新しいか古いかと言われると、ねえ?」
「…………」
「それに、いつでも寿退社出来るように、後任のメイドを育てているじゃない! だから、古参のメイドって言われても否定出来ないでしょ!」
「………………」
あーあ、屋敷に帰ったらおもっくそ報復されるだろうな、お嬢様よ。
いい気味……、いやいや、ご愁傷様である。
しかしメイドさんは、そんな涙ぐましい努力をしていたのか。
いつ来るやも知れぬその日を夢見て、晴れやかな笑顔で後輩に指導する彼女を想像すると、本当に涙が出てきてしまう。
ほんと、可及的速やかに誰か――――。
「――――では、試合を開始します」
これ以上考えると血迷いそうになるから、さっさと始めてしまおう。
こうして、名誉な褒美と不名誉な罰則を賭けた、仁義なき戦いの火蓋が切られたのである。
――VSお嬢様。
「そういえば、旅人さんが最下位の時の二つ名は決まっていないの?」
「それは考えていなかったな。まあ、考える必要は全くないと思うが、好きに付けたらいいさ」
「言ったわねっ、絶対に勝って旅人さんにも変な名前を付けてやるわっ」
「はははっ、それは楽しみだ。はい、王手。詰みだな」
「そんなっ!?」
――VSメイドさん。
「今日ばかりは、グリン様にも譲る訳にはいきません!」
「それは残念だ。はい、王手飛車取り」
「なっ!?」
――VSミシル。
「おおお手柔らかにお願いしますっ」
「ミシルも商売人として、勝負の世界の厳しさを知っておいた方がいい。はい、王手金取り」
「ええっ!?」
――VSコルト。
「みんな初心者なんだから、もっと手加減しろよな、あんちゃん」
「ああ、もちろんだ。はい、王手銀取り」
「だから手加減しろよっ!?」
これでも小学生の一学級内では、『死角から這い寄りし角』の異名で恐れられる実力だったのだ。
特に初心者は、斜めの隙間を見落としがちだから角が大活躍だ。
ふははははっ、ゲームで無双するのって気持ちいいよな!
将棋大会の結果は、こんな感じである。
優勝 俺
二位 コルト
三位 メイドさん
四位 ミシル
底辺 オバタリアン
コルトとメイドさんは、攻守共にバランスの良い将棋を指したが、ここ一番で閃きが勝ったコルトの勝利である。
よく言われるが、感覚の鋭い若い頃の方が強いみたいだ。
特にメイドさんは、25歳とピークを過ぎた頃だし仕方ないだろう。
ミシルはその性格故か守ってばかりな戦法だったが、守備主体でも成り立つ競技なので結構強かった。
ダメダメなのは、オバタリアン。
自分の攻撃しか頭になく、駒単独で特攻しては囲まれて奪われるの繰り返し。
相変わらず好奇心は強くとも、それが勝負の強さに繋がる訳ではなさそうだ。
かくして、俺の目論見通りに最下位となってしまったオバタリアンは、敗者の特典として与えられたウナギのゼリーを食べている。
「なんで私のスイーツだけ、こんなに不気味で不味いのよっ!?」
勝者の順に好きなスイーツを選べる方式にしたため、最後に残るのがゲテモノ料理として名高いウナギのゼリーであるのは当然だ。
ウナギとゼリーの組み合わせと聞くだけで駄目な予感しかしないこの料理は、食しても期待を裏切らず、ゼリーが魚臭かったり、でかい骨が入っていたり、ウナギの脂が気持ち悪かったりと、スイーツと呼ぶのも烏滸がましいイギリスの伝統料理である。
むろん最下位の誰かさんのため、特別に用意した品であり、その他は甲乙つけがたい豪華なスイーツなのは公然の秘密だ。
つまり、これもまた、ゲームの名を借りたお嬢様いぢめの一環なのだ。
しかも、多数の前で一人だけ罰ゲームを味わうのだから、屈辱も倍増だろう。
「敗者は全てを奪われて当然だよなぁ、オバタリアン?」
「ちょっとっ、もしかしてずっとその名前で呼ぶ気なのっ!?」
年下の少女達にも負け、俺から馬鹿にされ続けたオバタリアンは激怒した。
しかし、厳正な勝負の結果なので文句を言う訳にもいかず、地団駄を踏みながら帰って行った。
これに懲りて、俺の部屋には近づかなくなるはずだ。
めでたし、めでたし。
しかし――――。
以来、むきになったお嬢様は定例会に必ず現れ、俺の部屋でゲーム大会が開催されるのが恒例になってしまった。
…………おかしい。
俺の作戦は完璧だったはずなのに、どうしてこうなった?
いいだろう。
俺も覚悟を決めた。
これは、俺とお嬢様とのプライドを賭けた勝負。
どちらかの心が折れるまで続けられる我慢比べである。
俺は、持てる能力の全てを使って、お嬢様をゲーム大会の最下位にし続けた。
屈辱的な名前を与え、ゲテモノ料理を食べさせ、執拗にいぢめ続けた。
お嬢様は無駄に我慢強く、中々降参しなかったが、確実にフラストレーションが増大しているようであった。
だから、音を上げるのも時間の問題だと思っていたのだが…………。
――――まさかこの件が、彼女との関係性を大きく変える事態を引き起こしてしまうとは、この時の俺は気付く事が出来なかったのである。




