阿漕な助け船商法④/未熟な使徒を導くために
誇り高き騎士の家系である彼女が、蛮族と忌避される冒険者になった理由――――。
争いを好まないエルフ族の彼女が、血みどろの戦いに明け暮れる冒険者になった理由――――。
自由を愛する猫族の彼女が、しがらみの多い冒険者になった理由――――。
それは全て、薬が必要だったからだ。
冒険者であれば、それを入手する機会が最も高く、また高収入であるため、金を稼いで購入するのも可能となる。
その目的こそが、彼女達が冒険者という苛烈な職業に身を落とした理由に他ならない…………。
その三人がパーティーを組んだ理由は、同性で同世代で同等の実力であった事が大きい。
そして、最大の理由は――――。
同じ目的を持ちながら、求める物が異なっていたからである。
◇ ◇ ◇
彼女達が命を落としかけてから、そして商人を名乗る怪しい男に助けられてから、その翌日。
三人は示し合わせた訳でもないのに、行きつけの店に集まっていた。
その表情は、明るく、お澄ましで、淀んでいた。
「あら、ミーは調子悪そうですよ? 妹の病気は治ったのでしょう?」
「ちょっと疲れちゃったにゃー。でも、妹は一瞬で治ったにゃ! やっぱりランク7の薬はすごいにゃ! フィーはどうだったのにゃ?」
「わたくしの父親も完璧に回復しました。アイテムなる存在が人類の力を超越している事を改めて思い知らされましたよ。ジィーも大丈夫だったのでしょう?」
「…………ああ、私の弟も完治した。……これまでの長い長い苦しみが、まるで嘘だったかのように、ほんと、一瞬で…………」
「――――それでは遂に、達成されたのですね。わたくし達の共通でありながらも、全く違うアイテムを探す目的が」
家族の病気を治すこと。
それが、三人が抱く共通の願いであった。
それでありながら、求める物は異なっていた。
人族のジィーは、状態回復薬のランク6。
エルフ族のフィーは、毒回復薬のランク6。
猫族のミーは、病気回復薬のランク6
薬である点とランクは共通していたが、同じ薬系統のアイテムであっても効用が異なるため、求めるのは全く違った物となる。
魔物がドロップするアイテムの種類は予測不能。
このため、パーティー内でよく問題となる、入手したアイテムの配分トラブルを心配せず、三人仲良く魔物退治に精を出してこれたのだ。
「大変喜ばしい結果ですよ。……それなのにジィー、何故あなたは苦々しい表情をしているのですか?」
「それは――――」
「あの方を騙すような形で薬を頂戴した件について、悔やんでいるのでしょう?」
「…………」
「それはわたくしが唆した事ですし、ジィーが気にする必要はありません。それにきっと、あの方も適当な落とし所として、そうしてくださったと思いますよ」
「……そう、なのか?」
「ええ、あんな状況であの方の本質を信じ、そういった風に話の流れを持って行ったミーの素直さ故、ですけどね」
「…………」
「あの方は、全て承知で受け入れてくださったのですよ」
「そうであれば、いいのだが…………」
しかし、ジィーの表情はまだ晴れない。
彼女には、どうしても納得出来ない点があったのだ。
「それとも、まだ他に何かあるのですか?」
「だってお前!? 我々があんなに頑張ったのに! 血を吐く思いで苦労してきたのに! それでも届かなかったのに!!」
大切な家族を助けようとする同じ願いがありながら、求める品が重複しないという都合の良い三人が偶然巡り会った事に、彼女達は運命を感じていた。
これはもう、神の思し召しに違いない。
そうでなければ、こんな偶然が起こり得るはずがない。
大丈夫だ。
きっと上手くいく。
この先、多くの困難が待ち受けるかもしれない。
でもそれは、神が与えたもうた試練。
目的地へ到達するために必要な、心の浄化。
だから、大丈夫。
誰一人として欠ける事なく、目的を達成出来る。
神が、導くままに。
――――そう彼女達は、信じていたのである。
「それがこうあっさりと! しかも我々の努力など全く関与しない形でだ! 本当にこれを素直に喜んでいいのか!?」
「気持ちはお察ししますが、冷静に考えるべきですよ」
「そうにゃー。残念だけどミー達があのまま頑張り続けても、ランク6の薬を手に入れるのは難しかったにゃー」
「ミーの言う通りです。ランク6の魔物を倒すまで強くなるのが至難であるのに、更に出現率が低い薬アイテムを手に入れるには運の要素が強いのです。どんな形であれ、入手出来たのは僥倖と言わざるを得ないのですよ」
「……分かっている、そんな事は私も分かっているんだっ! それでも私はっ――――」
「納得いかない、ですか?」
「…………ああ」
困った人ですね、といった風にフィーはため息をついた。
病的なまでの融通の効かなさはジィーの欠点であり、同時に彼女を信用するに足る大きな利点であった。
「そんな風に憤ったり悩んだり出来るのは、余裕があるからこそですよ。本来ならわたくし達は――――」
「魔物の餌になっていたはずにゃー」
それが、九死に一生を得るどころか、全てをひっくり返すような大逆転劇。
戸惑うのも無理からぬ事である。
「だが、だがっ――――」
本人の意志が及ばない結果論では、堅物のジィーは説得出来ない。
それは誰よりも、長年パーティーを組んでいる二人が分かっていた。
だから、ミーは放っておく事にした。
結局は、当人の意識の問題なのだ。
それに、必ずしも解決すべき問題でもない。
だから彼女は、ジィーが自分で答えを見つけ出すまで、何も言わないつもりでいた。
しかし、もう一人のフィーの考えは違っていた。
答えが出ないのであれば、導いてやればいい。
そう、都合がいい答えへと――――。
「…………」
「どうして、そんな顔でわたくしを見るのですか、ミー?」
「……何でもないにゃー」
一人笑みを浮かべるフィーに、ミーは抗議の視線を投げたが、口に出しはしなかった。
言葉で注意しても、老獪なエルフを止められないと知っているからだ。
ミーは、仲間であるジィーとフィーを信用していたが、面倒な問題には首を突っ込まない事なかれ主義であった。
「――――ねえ、ジィー?」
満を持して、フィーは口を開く。
「信仰心の深いジィーが、神を第一に考えるのは当然です。わたくしも、神の思し召しを信じていますよ」
「で、ではっ、今回の出来事をどう受け止めればいいんだっ!?」
女神のような微笑みを浮かべたフィーは、泣き出しそうな顔をしているジィーへと語りかけた。
「神を崇めるわたくし達は、神のお導きで出会い、そして神の試練を乗り越えて目的を達成する。そうですよね?」
「あ、ああ、そうだともっ」
「ならば、今回の出来事そのものが、神の思し召しであると考えるのが自然ですよね?」
「た、確かにそうだが、しかしそうなるとっ!?」
それは、無意識ながらもジィーが感じていた答えである。
しかし、あまりにも受け入れがたい答えであったため、自我が認識するのを拒んでいたのだ。
「ええ、もちろん、あの方が『神』だという訳ではないのでしょう」
「そうだっ、あんな破廉恥な男が『神』であるはずがないっ!」
ここで一旦、フィーは目を閉じて間を置き、そしてまた口を開く。
「――――でも、『神』そのものでなくとも、関わりを持つ者。例えばそう、『神の使徒』である可能性は否めませんよ」
「しっ、使徒だとっ!?」
使徒とは、神の命を受けし、神の使い。
人よりも、神に近しき存在。
「そんなまさかっ、本当に彼奴が使徒だというのかっ!?」
神そのものではなく、神の信頼を得た別の存在だとしても、ジィーには到底受け入れられない。
彼女が信じる神は、そしてその意志を受け継ぐ使徒は、清廉潔白で完璧な存在であるべきなのだ。
「…………わたくしは、常々思っていましたよ」
ジィーは、まだ納得出来ない。
だから、フィーの説得は続く。
「『神』とは、全知全能な慈悲深き存在。だけど、たった一つ欠点があるのでは、と……」
「馬鹿なっ、神に欠点などあろうはずがないっ!!」
「それは、唯一の存在であること。それなのに、神の助けを必要とする者は、それこそ無数に存在します。いくら完璧な神であっても、その全てに対応するには膨大な時間が必要となる。だからこそ、まだ満たされない者が居るのではないかと」
「…………」
その言葉に、ジィーは反論出来なかった。
数など問題にならないと神の万能性を主張すれば、実際にまだ助けが行き届いていない人々の存在と矛盾してしまう。
それはすなわち、神の存在を否定する事と同義である。
スネに傷を持つ胡乱な存在を逆手に取るように、フィーは言葉を繋げていく。
「――――だから神は、民草に力を与え、使徒を創り出したのです。
しかし、どれほどの力を得ても人が神になれないように、根の部分は人のまま。
大きな光で装っても、人の邪な感情が浮き出てしまうのは致し方ないのでしょう。
『神』も人を救う使命さえ全うするのであれば、『使徒』が個人的に多少の対価を得るのに目を瞑っていらしゃるのかもしれません。
そうした人故の未熟さも許容して、『神』は『使徒』に仕事を手伝わせているのですよ」
「…………その、未熟な使徒が、彼奴だというのか?」
「ええ、わたくしは、そう考えていますよ?」
「……そう、か――――」
ジィーは、まだ完全に納得した訳ではなかった。
だがフィーの言う通りであれば、自分の信じる神を否定せずに、今回の状況を説明する事が出来る。
そしてこれ以外に、今回の必然性について説明可能な理由を、ジィーは思い付けなかったのだ。
「それにわたくしは、感情を持たない人形のように、ただ無機質に与えられた任務を全うする使徒よりも、少し変わっていても人間味のある使徒の方が親しみやすいですよ」
「ミーもそう思うにゃー」
「…………」
これまで居眠りしていたミーが起きて、ついでのようにフィーの言葉に同意する。
ジィーには、もう、返す言葉が残っていなかった。
「使徒……。そうか、神とは違う使徒であれば、今回のような事態も起こり得るのか…………」
ジィーは、ゆっくりと視線を上げていき、天井を見つめる。
その声は、普段の調子を取り戻していた。
大事な仲間が落ち着く様子を見て、フィーは穏やかに微笑む。
ミーもまた、喧嘩しないならいいにゃー程度に頷いていた。
…………誰もが納得して、丸く収まったかに思えた話は。
彼女にとって、前置きにすぎなかった。
だから彼女――――フィーは、ようやく本題に入る。
「――それに、ジィーが落ち着かないのは、自分の意志が蔑ろにされたから、だけではないのでしょう?」
「……どういう意味だ、フィー?」
「自分だけでなく家族の命も助けていただいたのに、きちんとお礼を言えなかった事を悔やんでいるのでしょう?」
「な、なぜ私が、あんな破廉恥な男にっ!?」
「あら、由緒正しき騎士の一家とは、随分と薄情なのですね?」
「我が家を愚弄する気かっ、私は受けた恩を決して忘れなどしないっ!」
「それが問題なのにゃー?」
「何だとっ!?」
「ミーの言う通りです。ジィーが苛立つ一番の原因は、恩人にその恩を返せていない事ですよ」
「それは……、そうかもしれないが…………。しかしどうやって恩を返せと言うのだっ。彼奴は我々など物ともしない力と金を持っているはずだぞ!?」
「それなら、それ以外の方法――――例えばそう、女として返せばいいでしょう?」
「おっ、んなっ!?」
「都合が良い事に、アレにも記されていたではないですか。あの方もそれを歓迎しているご様子でしたよ」
「いやっ、もしそうだとしても、そんな事で…………」
「おそらくあの方も、女性であれば誰でもいい訳ではないのでしょう。あの条件を提示されたからには、わたくし達に少なからず興味を持っているはずですよ」
「だ、だがっ、女から誘うなんてはしたない真似は出来ないっ! ミーもそう思うだろうっ?」
「ミーは昨晩、ちゃんとお礼してきたにゃー」
「……えっ?」
「だからまだ腰が痛いにゃー」
「あら、ミーの行動力を甘く見ていました。わたくしとジィーも誘ってほしかったですよ」
「フィー!?」
「三人一緒なら恥ずかしさも軽減されると思ったのですが、仕方ないですよ。わたくしとジィーの二人でお礼しましょう?」
「自分が何を言っているのか分かっているのかっ!? ふ、複数でなんて、そんな破廉恥な真似が出来る訳がないだろう!!」
「あら、複数の妻を持つ者にとっては当たり前の事でしょう? ジィー、あなたの父親だって――――」
「うわーっ、父様の事は言うなっ!」
「どうしても、ジィーが一人でお礼したいのなら、邪魔しませんよ?」
「だからっ、そんな問題じゃないって言っているだろ!」
「ねぇミー、もう一回付き合ってください。きっとあの方も喜ぶと思いますよ?」
「ミーも一晩ではお礼し足りないから、腰の痛みが治った後だったらいいにゃー」
「おいっっっ!?」
「あら、それは良かったです。それでは、ジィーは一人で頑張ってくださいよ?」
「まてまてまてまてっ!!」
「待ちません。もうわたくしとミーが恩を返す方法は決まったのです。――後はジィー、あなたが決めるだけですよ?」
「いや、だってほら、その――――」
「さあ、どうしますか? 今なら三人で挑めますが、もう後になったら付き合いませんよ?」
「うう、ううう…………」
「――それに、先程も言ったように、あの方は『未熟な使徒』。だからこそ、清く正しい道へと導く者が必要なのですよ」
「み、みちびく……?」
「そうです。『未熟な使徒』の手助けとなる事が、わたくし達に課せられた使命。そのためには、まずあの方と懇意になる必要があるのですよ」
「使命……、そうか、使命なら…………」
「さあ、一緒に神の力になりましょう――――」
神を理由にした悪魔の誘いが、ジィ-の精神を侵食していく。
――――その後、彼女達が選んだ行動は、神ならぬ彼の商人だけが知る話である。
◆ ◆ ◆
―――― 十日後 ――――
冒険者の仕事は、魔物退治ばかりではない。
盗賊の討伐、荷馬車の護衛、希少な薬草の収集などと多岐に渡る。
言わば腕自慢の便利屋でもあるため、時には変わった依頼が出される事もあるのだ。
例えば、イスターク街に構える冒険者ギルドの掲示板には、こんな依頼が貼り出されている――――。
◇依頼内容:子供に冒険者の体験談を聞かせたり指導したりする程度。
◇期間 :一年契約、数日に一度、毎回数時間程度。
◇対象者 :女性の中堅冒険者を数名程度。
◇報酬 :一人当たり年金貨三十枚程度。
「……何だ、この怪しくてあやふやな依頼は?」
「先月から貼り出されていたようですけど、まだ誰も受けていないようですよ」
「でも報酬は悪くないし、子供のためになるなら良いことにゃー」
久しぶりに古巣へ戻った三人の冒険者は、冒険者ギルドで新しい仕事を探していた。
「……そうだな、我々の目的はもう無いのだから、今までのように危険な仕事を負う必要はない。これからは、誰かの為になる仕事もいいのだろう」
「随分と無理をしてきましたから、しばらくは平穏に過ごしたいものですよ」
「ミーも同感にゃー」
命懸けの仕事ばかり選んできた彼女達にとって、それは、多少怪しくても都合がいい依頼であった。
「よし、それではこの依頼を受けよう。依頼元は――――孤児院カラノス、か……」
「――――はじめまして、ここで院長をしているアオシだ」
「……? あ、ああ、我々は冒険者ギルドに出された依頼を受けに来た。私はビジィーランデという者だ」
「…………わたくしは、フィーグリッドと申します」
「あっ、商人様にゃー!」
「……何の話かな?」
「なにっ、彼が例の男なのかっ、ミー!?」
「そうですか……、このような形でお会いするとは、本当に神の思し召しを信じたくなりますよ」
「この匂い間違いないにゃー! 昨日も会ったからよく覚えているにゃ!」
「お前っ、まさかあの日から通い続けているのか!?」
「あらあら、お盛んですね」
「……また匂いか。これだから獣人族は恐いんだよなぁ」
「――――こ、答えろ! 本当に貴公が、あの時の商人殿なのかっ!?」
「それは、とても難しい質問だ」
「何だとっ」
「当人がそう思えばそうなるし、そうじゃないと思えば違うものになる」
「どういう意味だっ!?」
「世界は移ろいやすく、当人の意識次第で見え方が変わってしまう」
「私にも分かるように話せっ!」
「つまり…………」
「つ、つまり?」
「そんな、しょうもない事ばかり気にしているから、いつまで経っても蒙古斑が消えないのだ」
「――――うわぁぁぁっ!? 殺すっ、ぜったい殺してやるぅ!!」
こうして、孤児院カラノスに冒険者専属の教師が就任する事になるのだが――――――それはまた、別のお話。




