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阿漕な助け船商法③/商談の行方




「それで、いかがしますか?」


 俺が再度確認すると、彼女達は最後にもう一度契約書を確認した後、こちらを振り向き、ゆっくりと頷いた。

 これ以上時間をかけて、相手の気が変わりでもしたら不味いと思ったのかもしれない。

 確かに俺は、気の長い方ではないしな。


「……分かった。貴殿を信じて契約を結ぼう」

「ありがとうございます」


 へいへい。

 自分達は信用するから、お前も信用を裏切るなと言いたいんだよな。

 あまり信用していなそうな強ばった顔でよく言うものだ。


 ちくしょう、覚えてろよ。

 もしも伽コースを選ぼうものなら、俺の超人的な体力で一晩中ノンストップでいぢめてやる!


「では、契約書の右下に、親指の腹を押し付けてください」


 体内から滲み出る魔力を朱肉代わりとした拇印をもって、この契約は完了である。

 この世界には捺印の習慣がないのだが、素直に従ってくれるようだ。

 仲良し三人娘の全員が押し終わると、ポンッと音を立てて契約書が四つの指輪に変化した。


「この『契約の指輪』を装着してください。それで契約成立です」


「契約の指輪」は、依頼する時の連絡機能も含むため、連絡用アイテムと同様に指輪型にしている。

 以前、連絡用アイテムで失敗した思い出があるのだが、他の形を思い浮かばなかったのだから仕方あるまい。


 指輪型アイテムは、もっとも邪魔にならない左手の小指に填めるのが通例だ。

 ご多分に漏れず、彼女達もそうしてくれたので、ほっとする。

 自分が渡した指輪を左手の薬指に填めている若い女性に、無茶な依頼をするのはあまりいい気分ではないからな。


 最後に俺が装着し終わった瞬間、四つの指輪が光り、そして見えなくなった。

 鑑定でステイタスを確認すると、全員の装着アイテムの欄に「契約の指輪」の文字が見て取れる。

 契約は無事に成功したみたいだ。

 まあ、自分の意思では外せないので、「呪いの指輪」と表現する方が相応しいかもしれない。



「それで、この後はどうしましょうか。安全な場所へ転移しますか? それとも冒険を続けますか?」

「……今日は疲れた。ほんと、心身共にな。だからイスターク街へ帰りたい。そこが我々の本拠地だ」


「あの街ですか……」


 ここから、けっこう離れている街だ。

 どうやら彼女達は、良い狩り場を求めて遠征中だったらしい。

 その結果が今回の失敗とは、締まらない話である。


「あら、もしかしてウスズミさんもイスターク街のご出身ですか?」


「いえ、ちょっとした知り合いが居るだけです」

「そうですか、それは残念ですよ」


 何が残念なのだろう。

 腹黒っぽいエルフ娘の事だから、きっと「弱みを握れなくて残念」って意味なんだろうなぁ。


 彼女にはあまり関わらない方がいい気がする。

 適当な依頼をして、さっさと縁を切った方がよさそうだ。


「それでは、イスターク街に転移しますので、近くに寄ってください」


 俺の言葉に従い、三人がおずおずと近づいてくる。

 騎士娘は、怒っているかのような表情で。

 エルフ娘は、たおやかな微笑みを浮かべて。

 猫娘は、真ん丸の瞳を全開にした無表情のままで。


 全員が範囲内に入ったのを確認して、転送アイテムを使用。

 一瞬で景色が切り替わり酔う恐れがあるので、目を閉じて使用した方がいいのだが、敢えて何の忠告もなく唐突に使用した。

 目論見通り、三人とも急に変わった景色を前に、ビクッと驚いた表情を見せてくれる。

 これまで強ばった顔ばかりだったから、最後に可愛い表情が見られて満足である。


「……帰ってきたみたいですよ?」

「ここはイスターク街の裏側にゃ。一瞬で着いたにゃ!」

「本当に転送アイテムまで持っていたのだな。いや、もう驚くだけ損か……」

「恐れ入ります」


 疲れたように呟いた騎士娘に、適当な言葉を返す。

 無事に帰ってこられて安心したのだろう。

 エルフ娘と猫娘も、気の抜けた表情で、疲れたようにため息をついていた。


 これで、契約に対する俺の役割は完了だ。

 後は、彼女達から対価を頂戴するだけ。


「それでは、ここで失礼します。依頼内容が決まった際には、『契約の指輪』を介して連絡を差し上げます。どうかその時まで、ご自愛ください」

「「「…………」」」


「伽を希望される場合は、指輪に念じて連絡してきてください。詳細な段取りはその時にご相談します。他にご質問はありませんか?」

「「「――――」」」


 黙って首を横に振る彼女達に、最後の挨拶をしよう。


「では最後に、お疲れのようなので体力回復薬をサービスしましょう」


 懐から三本の薬アイテムを取り出し、各々に差し出した。

 大きな怪我はなさそうだが、依頼するまでは健康で居てもらわないと困るからな。


「ランク5のアイテムをこんなに容易く…………」

「それで回復出来ると思いますが?」


「十分過ぎますよ。ランク5のアイテムなんて、上級冒険者でないと獲得出来ない貴重品ですから」

「この場で飲まない場合は、お渡し出来ません。転売はご遠慮ください」


 契約者として、彼女達が変に目立つのも困る。



「――――お願いがあるにゃ!」


 これまで俺に直接話しかけようとしなかった猫娘が、背筋を伸ばして直立し、右手と尻尾をピンッと上に伸ばした体勢で口を開いた。

 その瞳の中は、今までの縦に細長く開閉された瞳孔と違い、大きく丸い形になっている。


「無理を承知でお願いするにゃ! この薬の代わりに病気回復薬のランク6を譲ってほしいにゃ!!」

「「――――!?」」


 猫の耳に猫の目に猫の尻尾と可愛い造形なのだが、異様なほど真剣さが伝わってくる。

 猫娘がそんな願いを言い出すとは予想していなかったようで、騎士娘とエルフ娘も大層驚いているみたいだ。


「……理由をお聞きしてもよろしいですか?」


 彼女自身に関わる病気であれば、商売相手として渡すのもやむなしなのだが。


「ミーの家族に生まれつき病弱な子供がいるにゃ。外で遊べないから可哀想にゃ!」

「……医者や魔法では回復出来ないのですか?」

「無理にゃ。ランク6以上の病気を治せるお医者様や魔法使いは居ないにゃ」


 そういえば、この世界は医療レベルが低く、回復系の魔法もランク6以上を会得している者が存在しなかったな。

 つまり現状では、マジックアイテムに頼るしか方法がない訳だ。


 しかし、どうしたものか。

 同情はしないでもないが、所詮は商人と客の関係だ。

 契約内容以上に肩入れするのは何かと都合が悪い。

 それに、この手の話はウォル爺との一件で懲りているし。

 また回り回って、変な形で返ってきたら面倒である。


「もちろんお礼するにゃ! いつでも体で返すにゃ!」

「――――んぐっ」


 灰色な名前と脳細胞を持つ俺が推理するに、「体で返す」とは「伽」を意味するのであろう。

 本当の猫は苦手なのだが、猫っぽい身体的特徴を持つ彼女は、素直にチャーミングだと思う。


 だから魅力的な提案なのだが、契約を大事にする商人として許容しがたい。

 そんな前例を作ってしまうと、これからも同じような事態が発生するはずだ。

 可哀想だが、ここは毅然な態度でお断りを――――。


「お願いにゃっ! ミーの妹にも外の景色を見せてあげたいにゃ!!」

「いもうとっ!?」


「そ、そうにゃ! ミーの可愛い妹にゃ!!」

「何でそんな大切な事を最初に言わないのですかっ。妹を苦しめる存在は兄の一人として見逃せません! さあっお代は結構ですから直ぐに薬を飲ませてあげてくださいっ。あっ本当にランク6で大丈夫ですか? 念のためにランク7を渡しておきますね。これでも効果がなかったら駆け付けますので直ぐに連絡してください!!」


 ――――妹。

 ああっ、なんと甘美な響きであろうか。

 俺はこう見えて、地球に住んでいた時にはリアル妹様を持つ長男だったのだ。

 聞くところ、リアル妹が居る兄諸君は二次元の妹キャラが嫌いだそうだが、俺はどちらも大好きである。

 地球に居た頃はあまり兄らしい振る舞いが出来なかったので、せめてこの世界の妹達には幸せになってもらいたい。

 おお、妹よ、お前はどうして妹なんだっ!?


「あっ、え……、あ、ありがとうにゃ?」


 何故だか猫娘が疑問形でお礼を言ってきた。

 他の二人も、何故だか引きつった顔をしている。

 騎士娘なんて、「ランク7なんて、上級貴族でも手に入れるのが難しい希少品だぞ……」などとブツブツ言っているし。


 だって可愛いは正義だろう!

 その中でも少女は天使だろう!

 更にその中でも妹はドリームだろう!

 ああっ、全世界の妹に幸あれ!


 ……何だか久しぶりに妹キャラが登場したためか、興奮が収まらないっ!



「――――あの、わたくしからもよろしいですか?」


 エルフ娘からも待ったコールがかかった。

 なんだろう、妹よりも大切な事なんてあるはずがないのに。


「実はわたくしにも、妹――――のように大切な家族が病気を患っているのですよ」

「……それは、妹ではない、ですよね?」


「いいえ、妹と同じくらい大切な存在なのですから、それはもう妹と同じ存在というべきですよ。――――そうですよね?」

「た、確かに……」


 うん、そうだな。

 妹より大切な存在なんてこの世にないのだから、それと同等の存在だとすると、それ即ち妹に他ならない。

 うん、何もおかしくないな。


「そこでお願いしたいのですが……、わたくしには解毒薬のランク6を譲っていただけないでしょうか?」

「もちろんです! こちらも念のためランク7を渡しておきますね! 必ず妹さんを救ってください!」


「――――それは必ず。……本当に感謝します、ええ、もう本当に」


 俺から奪い取るようにして受け取ったアイテムを凝視するエルフ娘。

 これまでの温和な様子と違い、目が血走っててちょっと怖い。


 しかし、二人とも大切で大切な妹が病気とは。

 やはり悲劇というものは、重なってしまうものなんだな。


 ……ん? ちょっと待て。

 俺が好きな数値は三。

 そして、二度あることは――――。


「もしかして、あなたの大切な存在もご病気だったりしませんか?」


 残りの一人、騎士娘に問いかけてみる。


「あ、ああ。だが、それは…………」

「ジィー。あなたも素直に答えるべきですよ?」


 エルフ娘と騎士娘とが、視線を交わした。


「――そ、そうだっ。私も、妹……に負けないくらい大切な家族が病気なのだがっ…………」

「ああっ、何という事でしょう! 何故神は妹ばかりに試練を与えたもうのかっ!?」


 なんとっ、本日三人目の妹が登場である。

 妹フィーバーに興奮しすぎて、宗教家みたいな口調になってるよ。


「それでっ、何の薬があれば妹さんは助かるのですかっ!?」

「そ、それは、状態回復薬のランク6――――」


「それでは、このランク7があれば大丈夫ですね!」

「――――ばかな……、状態回復薬は出現率が低い薬アイテムの中でも、最も希少な品だぞ…………」


 騎士娘は、手の平の上に置かれた薬を見て、ぼーっとしている。

 これまでの血気盛んな様子と違い、目が虚ろになっていてちょっと怖い。



「さあ! 早く薬を持って行ってください! こうしている間にも、あなた方の可愛い可愛い可愛い妹さんは苦しい思いをしているのですよ!!」

「わ、分かったにゃ! 薬をくれてありがとうにゃ! このお礼は必ずするにゃ!!」


「わたくしも心より感謝申し上げます。……またお会いする時を楽しみにしていますよ?」

「ええ、その際はご贔屓に」


「さあ、ジィーも急ぎましょうっ」

「あっ、待てフィー、引っ張るな!?」


 俺は、妹達の無事を祈りつつ、笑顔で手を振り彼女達を見送った。

 当初の目的にはなかったが、世界の貴重な財産たる妹様をお助けする名誉を承り望外の喜びである。

 ついでに、若くて美しい女性達とも契約出来たし、言う事なしであろう。

 後は、適当に困った事があったら依頼すればいいし、伽を選んでくれればなお良しとして、流れに任せればいい。



 春夏冬、二升、五合――――。


 俺の飽きない助け船ビジネスは、本日も商売益々繁盛である。




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