阿漕な助け船商法②/商売の開始
彼女達は、顔を強ばらせながらも、黙々と契約内容を確認している。
中堅の冒険者らしく、落ち着いて状況確認に務めているようだ。
「…………幾つか質問していいだろうか?」
「はい。時間はお気になさらず」
やがて、リーダーらしき人族の戦士が質問してきたので、笑顔で対応する。
もちろん胡散臭い笑顔でだが。
「……まず確認したいのだが、魔物の動きが止まったのは貴殿の仕業なのか?」
「はい。魔物を一定時間拘束するマジックアイテムを使用しています」
人族の娘は、随分と堅苦しいというか、男っぽい喋り方をしてくる。
眉間にシワを寄せて恐い顔をしているし。
格好もそうだが、戦士というよりも騎士っぽい娘である。
魔物の動きを止めるアイテムなんて実際には存在しないから、糸状にした魔力を魔物に絡みつけて拘束している。
本当に拘束可能なアイテムがあれば、最高ランクの魔物も容易に倒せて便利すぎるから、バランスを考慮して存在しないのかもしれない。
ここがゲームの中の世界であれば、の話だがな。
「そんな凄いアイテムは、聞いた事がないのだが?」
「この世界には多種多様なアイテムがあります。拘束用アイテムは希少なので知らない人も多いでしょう」
魔法で魔物を拘束するには桁外れの魔力量が必要となるから、そっちに注目されても困る。
だから、多少怪しくても全てアイテムのお陰にしておこう。
その方が商人らしいだろうさ。
「なるほど……。では、貴殿が突然姿を現したのも?」
「はい。アイテムで空を移動中に救難信号を見かけたので、アイテムで姿を隠して近づき、アイテムで魔物を拘束しました」
「……空を飛ぶアイテムに、姿を隠すアイテムか。アイテムの入手難度はともかく、一応筋は通るな」
騎士娘が、苦々しい顔で頷いた。
今の説明は嘘ではないので、説得力があったのだろう。
「次の質問だ。我々が契約に同意しない場合はどうなる?」
おっ、ようやく本題のようだ。
「どうにもなりません。これ以前の状態に戻るだけです」
「それは貴殿がここから去り、魔物の拘束状態が解けるという事か?」
「その通りです」
「…………なるほど、我々に選択の余地はないようだ」
「…………」
「…………」
その答えを予想していたのだろう。
騎士娘は、見捨てると断言した俺を責めるでもなく、観念したかのように目を閉じる。
隣を見ると、エルフ娘も似たような表情をしていた。
だが猫娘だけは、無表情のまま瞳を大きく開き、じーっと俺を凝視し続けている。
その瞳孔は、縦に細長く尖った形をしていた。
ほら、あれだ、警戒した猫が逃げる体勢のまま、頭だけをこちらに向け注視している様子にそっくりだ。
猫の造形は可愛いと思うが、それだけに真顔が怖いから苦手なんだよなぁ。
「――そうとも限らないでしょう。最後まで諦めず戦えば秘められた力が目覚めるかもしれないし、こうやって話を引き延ばせば真っ当な助けが来る可能性も高くなるでしょう」
「ふんっ。そんな希望を抱くほど我々も馬鹿ではないぞっ」
「でしたら、この奇跡に等しい出会いを素直に歓迎すべきですよ、ジィー」
「フィー。し、しかしだなっ……」
俺と騎士娘との会話に介入してきたのは、エルフ娘である。
騎士娘の名前はビジィーランデだから「ジィー」、エルフ娘の名前はフィーグリッドだから「フィー」の愛称で呼び合っているようだ。
そうなると、残りの猫娘の名前はテュミーだから「ミー」になるのかな。
仲がよろしいようで、ちょっと羨ましい。
愛称なんて、社会人になってから呼ばれなくなって久しい。
まあ、学生時代にも呼ばれていたか怪しいものだが。
ぐーたらで、ぐーぐー寝てばかりいる、愚鈍な、ぐったリーマンの、グリンさんだから、「グーちゃん」なんて愛称はどうだろか?
いや、それもう愛称じゃなくて、悪口だから。
「ジィー、悲観ばかりしていても事態は好転しませんよ。それよりも、契約内容の確認が大事ですよ」
エルフ娘のフィーちゃんは、エルフ族としてはまだ若いのだろうが、年長者だけあって落ち着いた喋り方をする。
そして、考え方も冷静である。
今までずっと契約書を精読していたので、冷静と言うより慎重と言うべきだろうか。
「……そうだな、フィー。こちらから助けを求めておいて失礼だった。申し訳ない、商人殿」
エルフ娘に諭された騎士娘が、訓練された軍人のように背筋を伸ばした姿勢のまま頭を下げてくる。
融通が利かない性格のようだが、きっと素直な良い子なのだろう。
いじり甲斐があって大変よろしい。
「いえ、自分でも意地が悪い商売だと思いますので、お気になさらず」
うん、自覚がある分タチが悪いよな。
「では、契約を前提に話をしよう。その場合は、我々をどのように助けてくれるのだ?」
「そうですね、基本的にはご希望の安全な場所まで転送します」
「転送……、それもアイテムか。よくもまあ、貴重な物ばかり持っているのだな」
「こう見えても、商人ですからね」
俺の冗談が通じたのだろう。
騎士娘は疲れたように笑った。
「この場所に残って狩りを続けるのでしたら、この魔物を倒します。その際はドロップアイテムを進呈しますし、サービスで回復薬もつけましょう」
「……ほんと、ランク4の魔物を相手に簡単に言ってくれるな」
「売る側としては、安全な場所に避難していただく方が望ましいですね。契約後に無駄死にされては、代価がいただけませんから」
「なるほど、それは商人らしい考え方だ」
今度はもう少し、素直に笑ってくれたようだ。
「しかし、肝心の対価が不明瞭だ。この『依頼を一つ実行する』とは、具体的にどんな命令なのだ?」
「双方が納得した上での双務契約ですから、『命令』ではなく『依頼』と言っていただきたいですね」
今度は俺が苦笑しつつ、答える。
「現時点では依頼内容が決まっていないためと、非常識な依頼も発生する可能性を考慮して、そのような表現にしています」
「非常識とは?」
「それは価値観次第でしょうが、分かりやすく説明すれば、本人が嫌がる依頼も有り得るという事です。例えば、あなたの最愛の人を殺してください、……とかですね」
「……まさに、悪魔の契約だな」
騎士娘が侮蔑したような形相で睨んできた。
これをご褒美だと感じるようになれば、商人として一人前になるのだろうか。
しかしこれは、不味い流れだ。
彼女の気位からして、このままだと意固地になって拒否するかもしれない。
久々の上物だから、逃してしまうのは勿体ない。
頭に血が上っている騎士娘では、もう一つの選択肢に気づけないだろう。
そう思い、聡明そうなもう一人に視線を向けると、期待通りに口を開いてくれる。
「依頼を断る事は出来るのでしょうか?」
「可能です」
今度は予想外の返答だったようで、エルフ娘は驚いた顔をした。
依頼を断った場合の罰則は、敢えて契約書に記していない。
対価の支払いが前提の契約なのだから、それを守らないなんて許されないからだ。
相応の罰がある事は、言うまでもないのだ。
だから、約束を大切にする騎士っぽい騎士娘が、その可能性に気づけなかったのは当然だ。
その真っ直ぐな心根は、とても美しいと思う。
契約と聞くと裏を勘ぐってしまう俺やエルフ娘にはない美徳である。
「依頼に対して、心身が強制される事はありません。ただし、他の違反と同様に激痛が生じ、それは依頼を受けるまで継続して、やがて死に至るでしょう」
「……そうですか。死と引き換えに拒否出来るのですね」
神妙に頷くエルフ娘。
彼女については、「賢い」よりも「怖い」と表現すべきだろう。
己の生死よりも、依頼を拒否できるという事実に安堵しているのだから。
確かに、このルールは一番重要だと思う。
付与紙で心身を操り強制的に遂行させるのも可能だが、それでは自尊心の高い者が契約を断るだろう。
それでは商談成立件数が下がってしまうため、逃げ道を作った訳だ。
まあ、敏感なお年頃の娘さんが一時の気の迷いで契約を断ってしまい、そのまま死なれても後味が悪いしな。
「信じてもらえないでしょうが、それほど無茶な依頼はしないつもりです。大抵の雑事は自分の力で賄えますので、その人にしか出来ない事を依頼する場合が多いです。むろん例外はありますが」
「参考に聞きたいのだが、今までどのような命令をしてきたんだ?」
「それは本番のお楽しみという事で」
「……ほんと、いい性格をしているな」
「ええ、よく言われます。お客様をドキドキさせる商品を提供するのは、商人の使命でしょう?」
「……そんなサービスは要らないにゃー」
おおっ、猫娘のミーちゃんが初めて口を開いてくれた。
期待通りの語尾で素晴らしい。
もしかして、翻訳アイテムが俺の漫画脳とリンクして勝手に変換しているのかもしれないが、それでも良しとしよう。
本当に無理難題を吹っ掛けるつもりはないのだが、状況次第では何でも有りなのも事実だ。
例えば、気まぐれで人類を滅ぼしたくなった時に、俺の忠実な僕として同士討ちさせるとかね。
恐怖を煽って愉しんでいるところもあるが、やはり相応の覚悟は持っていてほしいものだ。
自分の命がそれほど安い訳がないし、簡単な代価だからと容易に助けを求められても不味いからな。
「他にご質問がないようでしたら、契約に移らせていただいてもよろしいですか?」
「――いや待てっ。まだ聞いていない事がある!」
騎士娘が、これまで以上に怒った様子で待ったコールをかけてくる。
まあ、そうだよな。
女性として見逃せない項目があるよな。
「この『一晩伽をする事で対価と見なす』とは何だっ?」
「言葉の通りです。このウスズミの相手を一晩務めていただければ、それ以上は要求しません」
「下劣なっ」
「ええ、商売ですから、欲望に忠実なのです」
商人という職業は、どんな言い訳も当て嵌まりそうで便利だ。
誠実さと狡猾さの両立が必要となる、難儀な職業でもあるがな。
「それに、この項目は一応サービスのつもりですが?」
「どこがだ!」
「この項目に該当するのは女性だけ。つまり選択肢がある分、男性よりも優遇しているつもりなのです。実際、いつ来るかも分からない怪しい依頼に怯えるより、即刻支払う方が楽だとして選ばれるお客さんも少なくありません」
「そうにゃー。一晩抱かれるだけで命が助かるなら、断然お得にゃー」
「わたくしも、倫理はさておき、実利は高いと思いますよ」
「くっ、背に腹はかえられぬと言うのかっ」
猫娘、エルフ娘、騎士娘の順に、性格の違いが分かる感想が述べられた。
一応は救済措置のつもりなんですが?
完全にエロオヤジ扱いされてるんですが?
自覚はあっても悲しいのですが?
「あの、この条件は任意なので、貞操がお大事なら依頼が来るまで待てばいい話では?」
「「「…………」」」」
冒険者三人娘からジトッとした半眼で睨まれる。
えーえー、そうですよね。
こんな卑猥な内容が契約に含まれるの自体が問題なんですよね。
感情の問題なんですよね。
ジト目は大好物です。
「それはウスズミさんのおっしゃる通りでしょうが、『依頼』として伽と同じような命令も下せるのでは?」
エルフ娘に指摘され、初めて気づいた。
これについては本当に失念していたようだ。
「ああ、これは失礼しました。では契約内容に『性的な依頼は行わない』と追記しておきます」
この場でサラサラっと修正する。
「随分あっさりと了解するものだな。女性の体が目当てではなかったのか?」
「正直に申しまして、金さえあれば遊び相手に困りませんから、この商売で固執するつもりはありません」
「……ほんと、貴殿の言葉は嫌な説得力があるな」
おかしい、話せば話すほど険悪さが増していく気がする。
普通、コミュポイントが上がると仲良くなれるはずなのだが。
「最後にもう一つ、質問してよろしいですか?」
「はい、何なりと」
「この契約は、秘密を守るために『依頼』が済んだ後も、つまり永遠に続く訳ですよね?」
「ええ、そうなります」
「――それでは、契約主であるウスズミさんがお亡くなりになった場合はどうなるのですか?」
最後の最後に爆弾をぶっ込んできたのは、またもやエルフ娘だ。
その答えは他の魔法と同じなので、聞かずとも分かっているはずなのに、な。
「もちろん、当事者が居なくなる訳ですから、無効となります」
「……そうですか。それでは長寿のわたくしなどは、『依頼』を受けずに済むのかもしれませんね?」
うふふっ、と妖艶に笑ってみせるエルフ娘。
今後800年ほど生きるであろう彼女ならではの意見だが、真意はそこにない。
この契約を結んだ者には、幾つかの選択肢がある。
一つめの選択肢は、契約内容の通りに、俺からの依頼または伽を実行すること。
二つめの選択肢は、依頼を断り、自らの死を選ぶこと。
そして三つめの選択肢は、俺を殺して、契約を無効化すること。
契約書に記述している選択肢は、一つめのみ。
それなのに、二つめだけでなく、禁断の三つめまで気づいてしまうとは。
やはり、エルフ娘と俺の思考は似ているようだ。
意地が悪いところなんて、特にな。
先程のエルフ娘は、種族の違いによる寿命の差なんて言葉で誤魔化したが、当然、俺を殺す方法も考えたはずだ。
だが聡明な彼女は、更にもう一つ先の疑問にまで辿り着いただろう。
――――ならば何故、契約書に「契約者は契約主に危害を加えてはならない」と記されていないのか。
意図的に記されていないのは明白。
つまり、魔物程度に後れをとる冒険者なんぞに負けない絶対的な自信があり。
もしも、恩を仇で返そうものなら…………。
…………残念だなぁ。
せっかくいい感じに、彼女達の不満が募っていたのになぁ。
気づいてしまったからには、もう俺を殺そうとする選択肢は選ばないだろう。
仮に俺が無茶な依頼をしても、自らの死を選ぶはずだ。
あーあ。
真の意味で、遠慮など一切必要ない奴隷が手に入ると期待したのになぁ。
本当の本当に、残念である――――。




