旅路の姉弟③/実験の開始
それでは、最初の獲物を見つけるとしよう。
魔力で強化した聴力で探すと、近くに2体の魔物の気配を発見。
魔物が多い森というのは本当みたいだな。
「魔物を見つけたので森に降りましょう」
三人が神妙に頷くのを確認し、空飛ぶ絨毯の高度を下げる。
木々の間に入ると、ゆっくりと移動している魔物が見えた。
鑑定すると、どちらもランク2のゴブリンタイプで、まだこちらに気づいていないようだ。
「では、魔物の動きを止めてきます。少々お待ち下さい」
絨毯から飛び降りて地面に着地。
彼女達にはアイテムで動きを止めると言っているが、残念ながらそんなアイテムは無いので魔法を使う。
カモフラージュ用に適当な短剣を取り出し、いかにもアイテムを使ってますよー、て感じで片膝をついて振り下ろし地面に突き刺す。
同時に魔法を発動。
細く頑丈な鋼線をイメージして練り込んだ魔力を伸ばし、魔物の全身に絡みつけ地面に縫い込んで拘束。
魔法というより魔力を直接使うやり方で、細くするほどに見えにくくなるので暗殺に向いてる。
ほら、時代劇の必殺シリーズで首を釣り上げてピンっと殺っちゃうあれですよ。
魔物が動けなくなったのを確認し、姉弟を地面に降ろす。
「ほ、本当に動きが止まってますね」
「魔物は2体居ますから、ミイナとカイルで1体ずつ。こちらが攻撃しても反撃されませんので、存分に試して下さい」
「あ、あの、私は?」
「ミイナ達が倒すのに、しばらく時間が掛かるでしょう。ハンナはその間に、魔法の威力を上げるお勉強をしましょう」
ミイナとカイルは俺の言葉に頷くと、武器の感触を確かめ、意を決して攻撃を開始した。
ミイナの槍は魔力が無くとも使えるが、カイルの弓は魔力を消費しないと使えない。
カイルの魔力は100程度だが、矢の消費魔力は1なので当分は大丈夫だろう。
二人のレベルは5。
対する魔物はランク2=人類のレベル20相当だ。
レベルの差が大きいため、一方的に攻撃し続けても1時間くらいかかりそうだ。
ハンナにはその間に、火の原理を試してもららおう。
「本当に威力が上がるのですか?」
「ええ、火の魔法で試してみましょう。まずは何時も通りに火を出してみて下さい」
「は、はい。やってみます」
大きく頷いたハンナは、両手を前に出して「火よ!」と叫ぶ。
その瞬間、両手の先に指先ほどの炎が現れ、10秒経つと消えて無くなった。
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ。本番はこれからです」
自分が出した炎がショボかったためか、ハンナは落ち込んでいるようだ。
「通常、火は燃える物が無いと付きませんよね。では魔法で出した火は、何が燃えていると思いますか?」
「それは、その、魔力だと思います」
「正解です。では、魔法で出した火を木に移した後は、何が燃えていると思いますか?」
「それはもちろん、木ですよね?」
「はい、正解です。ですが、燃えているのは木だけではないのですよ」
「えっ、それはいったい……」
「実際に試してみましょう」
二つの蝋燭を複製魔法で創り出し、地面に立て、火を付ける。
「さて、どちらの火が長く持つと思いますか?」
「えっと、どちらも長さが一緒なので、同じだと思いますけど」
うん、期待通りの回答をありがとう。
話が進め易くて助かるよ。
「そうですね。でもこうすると、どうなるでしょう」
今度はコップを創り出し、逆さにし片方の蝋燭に被せて密封状態にする。
そうして、しばらくすると、コップを被せた方の火が消えた。
「何故、こちらの蝋燭の火が消えたのか分かりますか?」
「それは…………わ、分かりません」
「急いで答えを出す必要はありません。ゆっくり考えてみて下さい」
微笑んで優しく言うと、ハンナは頷いて蝋燭をじっと見つめる。
真剣に考えている表情が読み取れ微笑ましい。
家庭教師とかこんな感じだろうか。
「……あ、もしかしてっ」
「何か気付きましたか?」
「はいっ。間違ってるかもしれませんが、その、風が無くなったから、でしょうか?」
「その通りです! よく気付きましたね!」
褒められた事が嬉しかったのだろう。ハンナは無邪気な笑顔を見せた。
思わず頭を撫でたい欲望に駆られたが、何とか我慢。
恋人でもない成人女性の髪に触れたらセクハラで訴えられますよ。そして負けますよ。
「そうなのです! 燃えるのは木や蝋燭とかの物体だけじゃなく、周りにある風、即ち空気も燃やす事が出来るのです!」
科学的な解説としては間違っている部分もあるだろうが、とにかく分かり易さを優先して説明する。
どうだろう、上手く伝わっただろうか。
なのです!
「な、なんだってー!!」
と聞こえたのは、もちろん幻聴だ。
だけどハンナは、そんなリアクションがぴったりな表情で驚いている。
「そ、そうだったのですか! だから焚き火をする時に風を送ると火が強くなるのですね!」
「そのとおり! さあ! 火が燃える仕組みが分かったところで、今度は空気を燃やすイメージで火を出してみて下さい!」
「は、はい! やってみます!!」
お互いテンションが上がってきた。熱くなれよ!
「――――火よ!」
高揚感と比例するように、ゴォッ!と音を立て、バスケットボール程の炎が現れる。
先ほどとは段違いの威力だ。
どうやら俺の適当な科学理論は、この世界の住民でも実践出来るみたいだ。
……しかし、今更だが科学知識やばいな。
効果が大きすぎる。
この世界の魔法を大きく塗り替える火種になりかねん。炎の魔法だけにな!
後で口止めしておこう。
「す、凄いです! これなら魔物も倒せそうです!」
これで二つめの実験が完了だ。
そして三つめの実験も――――。
「――――あれ、この感じって、まさかレベルアップ!?」
そう、知識の蓄積でもレベルが上がると証明されたのだ。
ハンナのレベルは7から8に上がり、更に炎魔法がランク1から3へと2段階も上がっている。
「発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」と誰かが言っていたが、このリアル魔法がある異世界で、科学知識が魔法の力を強める劇薬になろうとは、いかなる皮肉か。
「おめでとうございます。炎魔法のランクも上がってますよ」
「そんな……、こんな短時間でレベルが上がるなんて」
今までの常識では有り得ない事なのだろう。
ハンナは呆然としているので、しばらくそっとしておこう。
次は、妹達の様子を見てみよう。
◇ ◇ ◇
「っえい!」
「っや!」
二人は掛け声とともに攻撃している。
お遊戯会を見ているようで微笑ましい。
時は既に30分を経過。
絶え間なく攻撃し続けていたらしく、それなりに様になった動きをしている。
流石は潜在スキル持ちといったところか。
だが、魔物の体力はまだ3割程も残っている。
魔法武器の力を借りているとしても所詮はレベル5。
単純な攻撃ではダメージが少ないようだ。
「アイテムの使い方にも慣れてきたようですね」
「はぁ、はぁ…………。でも、まだ倒せません」
「あと何回、射てば、倒せるかな、商人の、おじちゃん?」
「そうですね、魔物の体力は半分以下に減ってますよ」
「……まだまだですね」
二人の声に力が無い。体力の限界が近いのだろう。
さてどうするか。
「一旦休憩にしますか? 急ぐ必要はありませんよ」
「……いえ、続けます」
「……僕も続けるよ!」
いい返事だ。
回復薬を飲ませて万全の状態で挑むのが確実だが、それだと達成感が薄くなる。
せっかくここまで頑張ったのだ。最後の力を振り絞ってでもやり遂げた方がいい。
限界までやり通した経験は、今後の糧となるだろう。
「では必殺技を伝授しましょう。ミイナは槍を回転させながら、練り込んだ魔力を打ち出す感じで突いてみて下さい。上手くいけば威力が上がりますよ」
銃弾や野球ボールは回転させると威力が上がるそうだが、槍でも同じ事が可能だろうか。
問題無い、実証済みだ。
夢の魔法と冒険があるこの世界で、俺は漫画等に描かれた様々な二次元必殺技を実証している。
実現出来なかった技も多いが、この槍を回転させる技は容易で威力も高かったのだ。
ミイナが使ってる槍は、魔力を通して威力をアップする魔法アイテム。
魔法はイメージだ。
それっぽい根拠と信じる意志さえあれば、大抵の事は可能なのだ。
「やってみる」
くるくると手首を回しイメージを固めたミイナは、再び魔物に向かって槍を突く。
最初は上手く力を伝えきれず首を傾げていたが、徐々にヒットする音が変わってくる。
彼女も手応えを感じたのだろう。
獲物に槍を深く突き立てたまま感嘆しているようだ。
「凄い威力……。技の名前はあるの?」
「そうですね、『捻糸棍』と名付けましょうか」
前川先生、ごめんなさい。
「おじちゃん、おじちゃんっ、僕にも教えてよ!」
「はいはい。カイルは2本の矢を同時に撃ち、そして同時に当ててみて下さい」
この技も実証済みである。
2つの攻撃が同時に当たると、ダメージが倍々の4倍になる。
通常はパーティー間の同時アタックで起こる現象だろうが、原理は不明だ。
魔王の魔力で創られた魔物の特性なのだろうか。
……こんな都合の良い仕様が、この世界がゲームの中だという疑念を消し去ってくれない。
「すごい! 2本同時に撃てるんだね! やってみる!」
カイルが凄いテンションでやる気になっている。
矢を2本同時に撃つ、という発想に感心しているようだ。
魔法は発想が大事。いい教訓になっただろう。
しかし、2本同時に放つまでは容易だが、同着させるのに苦労している。
矢の持ち方、弦にあてがう場所、弦の引き方、力の入れ具合と色々試しているようだ。
そして答えが見つかったのだろう。
同時に矢を受けた魔物が、成功の証として一瞬光った。
「魔物が光ったので成功ですよ」
「やった、やった! おじちゃんっ、この技はなんて言うのっ?」
「そうですね、『フタエノキワミ』と名付けましょうか」
和月先生、ごめんなさい。
「さあ、もう一息です。二人とも、最後は必殺技で決めちゃいましょう」
「はいっ!」
「うんっ!」
――――程なくして。
ミイナの槍を受けた魔物が。
カイルの矢を受けた魔物が。
世界から消え去った。
「あっ……」
「消えちゃったね、お姉ちゃん」
「うん……」
「ちゃんと倒せたのかな?」
二人はこちらを見る。
俺は肯定する。
「はい、倒しました。君たちが自分の力で倒したのですよ」
はじめて魔物を倒したのだ。
実感が無くとも仕方ない。俺の時もそうだったし。
だから、二人が実感出来るよう、しっかりと言葉にする必要があるのだ。
「やったーー!!」
カイルが飛びついてくる。
よほど嬉しかったのだろう。
続いてミイナも飛びついてきた。
キター!
ミイナたんがデレたー!
これはあれだよね。
OKのサインだよね。
頭を撫でても怒られないよね。
髪に触れても訴えられないよね。
ほっぺにチューしても……あ、それは駄目ですね。
俺には髪フェチの素質がある。
もちろん女の子限定だ。
子供の頃はよく妹の長い髪を撫でて嫌がられていたものだ。
……あれ、俺って昔から変態の気があったのかな?
「よく出来ましたね。えらい、えらい」
子供が居ない俺は、拙い言葉で褒めながら、両手で二人の頭を撫でる。
くそっ、男の髪など触りたくないが仕方ない。
ミイナだけを褒めたらカイルが拗ねるだろうし。
「ありがとう……」
ミイナが小さな小さな声でつぶやく。
独り言だったのだろう。
でも残念、魔力で強化している耳で、しっかり聞いちゃったもんね。
俺は返事せず、彼女の頭を撫でる力を少しだけ強めた。




