阿漕な助け船商法①/商法の説明
本日は特に用がなかったので、空飛ぶ魔法の絨毯に乗り、空の散歩と洒落込んでいる。
ただし、ただの散歩ではない。
こうして気が向いた時には、魔物が多く出没する森などの上空を飛びながら、散歩兼商売をしているのだ。
商売とは、ミシルから購入している付与紙と商人スキルを活かした悪徳商法。
俺は自ら皮肉を込めて、「助け船商法」と呼んでいる。
「助け船」という商品を高値で販売する阿漕な商売という意味で、中々洒落が利いているだろう。
この商売の基本方針は、こんな感じだ。
① 困っている人を見つける。主に街の外で魔物に襲われている人を対象。
② 助け船を購入するか否かを聞く。
③ 対価として「助け船の購入者は販売者の依頼を何でも一つ聞く」契約を結ぶ。
④ 契約する者は助ける。契約しない者は何もせずに去る。
⑤ 後日、必要が生じた際に代価を要求する。
簡単に説明すると、命が危なくて断りにくい状況に希望をチラつかせて半強制的に契約を結び、俺の手駒とする素敵な商売である。
手駒といっても、俺は自身の能力とアイテムで大抵の事は賄えるから、保険の意味合いが強い。
今後、俺の手が及ばない領域で問題が発生した場合に役立ってくれるだろう。
これまでに要求した対価は、動く人形売りの代理店など些細なものが多い。
だが、いけ好かない貴族や商人などからは、素直に大金をふんだくっている。
これも大事な収入源の一つなのだ。
言わば自分の命を購入するに等しい条件なので、成約率は100%に近い。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論で頑張っている営業マンが聞いたら、やっかみで殴られるレベルの優秀さだ。
なお、そんな状況で断る馬鹿は、商人なんぞに足元を見られるのが我慢出来ない貴族ぐらいなので、むしろこちらからお断りしている。
安らかに成仏してくれ。
人との関わりを増やすのは面倒なので避けたいところだが、相手の弱みにつけ込んで好き勝手するのは、それ以上の愉しみをもたらしてくれる。
人の不幸は…………、とは良くいったものである。
「――おっ、救難信号めっけ」
順風満帆な助け船商法にほくそ笑みながら森の上を通っていると、地上から空へと上がっていく赤い光を見つけた。
救難信号とは、魔法と道具を組み合わせて作られた狼煙。
危機的状況とその場所を他の誰かに伝えて、救援を求めるために使われる合図だ。
しかし、魔物に襲われる可能性が非常に高い場所に、わざわざ出向く物好きが近くに居る可能性は非常に低いため、気休め程度の効果しかない。
当人にとっては、切実な最後の神頼みだろうが。
「俺に発見されるのは、運が良いか悪いか、どちらだろうなぁ?」
まあ、どんなに阿漕な対価であれ、死ぬよりはマシなのだろう。
だからこそ、こんな商売が成立しているのだろうし。
「あれがお客様みたいだな。ひーふーみーの三人、しかも女性か……」
赤い光が輝く上空へと到着する。
救難信号を出した冒険者らしき三人は、まだ元気に魔物と戦っていた。
ただ、相手が悪い。
ランク4の魔物、しかも二体に囲まれ身動き出来ない状況だ。
まだ大怪我はしていないものの、じり貧で打開策がないから救難信号を上げたのだろう。
このままでは食い殺されてしまい、来た意味がなくなるので早めに介入するとしよう。
「――な、なんだっ、急に魔物の動きが止まったぞっ!?」
「何かに拘束されたように見えますよ」
「……今のうちに逃げた方がいいと思うにゃー」
お客様は、魔物の方に夢中で、気配を消して後方に降り立った俺に気づいていない。
まずは礼儀正しく、挨拶から始めよう。
「はじめまして。行商人のウスズミと申します」
「「「――――っ!?」」」
突然後ろから聞こえてきた声に、三人は慌てて振り返った。
驚きすぎて、とっさに返事が出来ないご様子だ。
灰色のローブを着てうやうやしく挨拶する俺は、彼女達の目にさぞかし怪しく映っているのだろう。
相手が呆然としている間に、最小限のステイタスを確認させてもらおうか。
名前:ビジィーランデ
種族:人族
職業:冒険者(戦士)
年齢:21歳
レベル:22
名前:フィーグリッド
種族:エルフ族
職業:冒険者(弓使い)
年齢:203歳
レベル:23
名前:テュミー
種族:猫族
職業:冒険者(遊撃)
年齢:19歳
レベル:21
まだ若いので初心者かと思ったが、冒険者の平均レベル20を超える中堅みたいだ。
エルフ族の寿命は人族の十倍もあるそうだから、実質二十歳程度。
少人数ながらも前衛、中衛、後衛とバランスがとれており、年齢の割にレベルも高いので将来有望なパーティーだろう。
人族の娘は、少し紫味をおびた桃色の髪を長く伸ばしていた。
釣り上がった瞳をはじめとして凜々しい顔立ちをしており、全身から毅然とした雰囲気を漂わせている。
胸部と手足に動きやすいスリムなプレートアーマーを装備し、右手には大きな剣が握られている。
戦士職のようだが、騎士っぽい容姿だ。
エルフ族の娘は、金色に輝くさらさらの長い髪を靡かせていた。
長く尖った耳、透き通った瞳、穏やかに結ばれた唇、細い手足、真っ白な肌と、美しく儚げな外見だが、泰然とした強さも感じられる。
シンプルな緑色の上着に、茶色の短パン、長いブーツと軽装だが、左手には大きな弓が握られている。
まさにエルフらしい風貌だ。
猫族の娘は、所々跳ねた茶色の短い髪をしており、頭部には猫耳、臀部には尻尾を生やしていた。
本当の猫のような丸く大きな瞳と、きゅっと閉じられた唇の隙間からは犬歯が見え、愛らしい顔立ちをしている。
黒い革の防具を要所に取り付け、その間から覗く白い肌と茶色の髪が相まって、黒白茶色の三毛猫みたいな身なりだ。
三毛猫といえば、縁起物の招き猫や、メスばかりな事や、ホームズを思い出す。
この世界の住民の多くは、顔面が整っているので羨ましい限りだ。
俺もイケメンに生まれていたら、違った人生を歩んでいたのだろうか。
……もしかして、この世界に来ていなかったかもしれない。
そう考えると、今の自分も悪くないと思えるから、巡り合わせというものは不思議である。
さて、素性は十分確認出来た。
普通の冒険者なので能力的には物足りないが、能力以前に若い女性であるのが最大のプラスポイントだ。
さっそく、商売の話に入ろう。
「本日は、大変お得な商品をご用意しております」
「えっ……?」
俺は、最高に胡散臭い笑顔で告げた。
こんな状況で普通の商売人を装っても、逆に怪しく思われるだろう。
どのみち怪しいのなら、トコトンまで怪しい灰色の商人として話を進めよう。
「――船を、購入しますか?」
「ふ、ふねだとっ!?」
客人はまだ状況を掴めていないようで、オウム返しに聞いてくる。
「そうです。『助け船』を、購入しますか?」
「…………助けて、くれるのか?」
人族の娘が、驚愕したまま確認してくる。
とにかく、意志は通じたようだ。
それでは、詳細な契約の話に移ろう。
「はい。お代はこちらになります」
そう言って俺は、懐から契約書を取り出した。
付与紙で創った契約書には、こんな感じの内容が赤い字で書かれている。
① 商品名「助け船」の販売者(甲)は、購入者(乙)の要望により安全を確保する。
② その代価として乙は、甲からの依頼を一つ実行する。
③ 又は、乙が若い女性の場合は任意により、甲に対して一晩伽をする事で対価と見なす。
④ 乙は、本契約について他言の一切を禁じる。違反しようとした場合は全身に激痛が生じる。
⑤ 乙は、甲の存在について他言の一切を禁じる。違反しようとした場合は以下同文。
⑥ ④⑤の項目は、乙が対価を支払った後も、甲が契約破棄しない限り続行される。
うん、何度見ても最低な契約書だ。
片方だけに、これほど制約が課せられる契約なんて、ヤーさんでもそうそうないぞ。
しかも、単なる書類上の約束事ではない。
ミシル大先生が創り上げた付与紙に、契約内容を記入して双方が同意の印を付ける事で、絶対的な強制力を持つ契約魔法となるのだ。
これが以前から考えていた、付与紙の紙らしいもう一つの使い道である。
お客様方は、拘束されて動けないものの唸り声を上げ続ける魔物と、それ以上に俺を警戒しながら、恐る恐る契約書を受け取った。
不安でいっぱいな彼女達とは真逆に、俺はドッキリカメラを仕掛けられたアイドルの反応を愉しむ観客のようにワクワクしている。
こんな最悪の契約を結ばざるを得ないなんて、悪魔に魂を売り飛ばす心境と変わらないだろうな。
この世界で外を出歩くには、死の覚悟が必要だ。
だから、死神に招かれるのも悪魔に誘われるのも、大差ないと思って諦めてくれ。
――――そして存分に、俺を愉しませておくれ。




