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お嬢様とメイドの奮闘記⑦/反省会という名の焼き肉会・後編




「――――あっ、お帰りなさいませ、ご主人様っ! お客さんですかっ?」


「ただいま、リリちゃん。掃除中にすまないけど、お客さんと夕食をとりたいから、焼き肉コースBを用意してくれるかな」

「かしこまりました!」


 部屋の中で掃除していたリリちゃんに、夕食の準備をお願いする。

 ちょうど良かった。

 もし彼女の手が空いてなかったら、俺が飯の準備をするハメになっていたぞ。


「いらっしゃいませ、お客様! すぐに美味しいお食事をご用意致しますので、しばらくご歓談ください!」

「「「…………」」」


 優雅にスカートをつまんで挨拶をしたリリちゃんが、部屋を後にする。

 うむ、本日も特注のメイド服&ストッキングwithガーターベルトが可愛いな。


「あ、あの、旅人さん?」

「どうかしたのか? 顔色が悪いぞ?」


 元気だけが取り柄のお嬢様が、何故か青ざめた顔で話しかけてくる。

 隣を見ると、エレレ嬢とミシルも、似たような表情をしていた。


「い、今の、十歳くらいの、小さな子は、だ、誰なの?」

「見ての通り、小さなメイドさんだが?」


 何を当たり前の事を。

 もしかして、リリちゃんが着ていたメイド服に気づかなかったのだろうか。

 どうやら、大きなメイドさんもショックを受けているようだが。


「違うのよっ、聞きたいのはそうじゃなくてっ…………」

「おおおじさまはっ、ししし使用人を雇っているのですかっ!?」


 もどかしそうに言い淀むお嬢様に代わり、今度はミシルが問うてくる。

 なんだ、それが疑問だったのか。


「いや、違うぞ。リリちゃんはこの宿の使用人だよ」

「そ、それが何故、まるでグリン様専用のメイドのように振る舞っているのでしょうか?」


 強ばった顔で小刻みに震えながら、メイドさんも聞いてきた。

 同業者として、対抗意識でもあるのだろうか。


「リリちゃんは将来、本物のメイドさんのような仕事上手になりたいそうだから、俺を仮の主人に見立てて練習しているだけだ」

「な、なんだ、そうだったのね。私はてっきり、ね?」


 お嬢様が、ほっとしたように息をつく。

 てっきり、何だというのか。

 もし俺が、個人的に少女メイドを雇っていたり、少女とメイドプレイを楽しんでいたとしても、この世界の法律上なんら問題ないはずだが。


「それに、さっきみたく特別に仕事を頼む場合は、ちゃんとチップを払うから問題ないだろう?」

「……特別な仕事とチップって聞くと、いかがわしく思えるのは、きっと旅人さんの日頃の行いが悪いせいよね」


 失礼な、俺が何をしたっていうんだ。

 少なくともお嬢様には、さほどセクハラしていないと思うのだが。


「とにかく上がってくれ。あ、部屋の中は土足厳禁だから、ここで靴を脱ぐように」

「あら、珍しい仕様ね。旅人さんの故郷の習慣なの?」

「ああ、俺の地元では、このタタミと呼ばれる分厚い絨毯の上に、直に座るのが一般的なんだ」


 コルトを除く来客は、「へー」と珍しそうにしながら靴を脱いで部屋に入り、また珍しそうに部屋の中を眺めている。

 アメリカ人が初めて日本の家に入る様子がこんな感じだろうな。

 そう隅々まで見られても、この部屋にはベッドとテーブルと少女達から買った花くらいしか置いてないぞ。


「意外と質素な部屋なのね」

「でででもでも、とても綺麗な部屋ですっ」

「いつもグリン様から漂ってくる、柑橘類のいい匂いがします。……すーはーすーはー」


 うら若き乙女達に、お部屋チェックされると背中がムズムズするから、やめて?

 特にエレレ嬢は変態チックだから、自重しなさい。


 相手が女性でなくとも、他の人に部屋を見られるというのは、おっさんになっても気まずいものだ。

 いつもリリちゃんが片付けてくれているから綺麗だが、俺一人ならもっと散らかっていただろう。


 本やゲームを楽しむための遊戯用の部屋は、別の街に確保しているから、この部屋は拠点ながらも客人に対応する窓口的な役目も兼ねている。

 だから、独身男性の一人暮らしにしては、比較的綺麗なのだ。


「置いてある物は少ないけど、ベッドは真っ白でふかふかだわっ。

 凄いわねっ、これ! どこに売っているのっ、私も欲しいわ!」


 残念ながら、日本製の低反発マットレスと高級羽毛布団と超極小ビーズ入り抱き枕なので、この世界には売っていません。

 お嬢様の暴走はとどまる所を知らず、ベッドに上がってはしゃいでいる。


 なあ、お嬢様の躾は、メイドさんの役目だよな。

 羨ましそうに見ている場合じゃないだろう?

 その横で、同じく羨ましそうにしているミシルには、後で同じセットをプレゼントしておこう。


「あっ、本当にお風呂もあるのね! 大きくて立派だわ!」


 うん、俺の部屋に風呂がある事実を既に知っている理由は不問にするから、そろそろ勘弁してください。


「風呂に興味があるなら入っていいぞ。もちろん、俺も一緒だが?」

「えっ!? そ、それは遠慮しておくわっ」


 珍しいものに目がないお嬢様を騙くらかして、泡風呂を愉しみたかったのだが、残念である。

 一応十代の乙女だけあって、好奇心より羞恥心が優る場合もあるようだ。

 ミシルも赤くなってあわあわしているから、セクハラは程々にしよう。

 いそいそと服を脱ごうとしているメイドさんには、教育的指導チョップをお見舞しておく。




「――――お待たせしました!」


 そうこうするうちに、頼んでいた夕食セットを持ったリリちゃんが戻ってきた。

 そして慣れた手つきで、テーブルの上に焼き肉パーティー用の食材と道具を並べていく。


「……この宿では、自分の部屋で食べるために、こんな立派な食事を用意してくれるの?」

「これは、俺とリリちゃんとで、この部屋の来客用として特別に準備したものだ」


 リリちゃんには、必要な物を一式入れた収納用アイテムを渡して、いつでも接待出来るように仕込んでいる。

 だから、わざわざ外に出ずとも、部屋の中で準備出来るのだが、そこは、ほら、演出というやつだ。

 ちょっと凝った、ご主人様とメイドさんごっこのつもりだったが、まさか本当に役立つ時が来るとは思わなかったぞ。


「グリン様、ワタシにも手伝わせてください」

「いや、エレレ嬢もメイドさんだけど、今日はお客さんだから、我が家の優秀なメイドさんに任せてゆっくりしておいてくれ」

「そうですか…………」


 大きなメイドさんが、何やら複雑な表情で小さなメイドさんを凝視している。

 メイドの仕事を取られて悔しいのだろうか。

 ワーカホリックな事だ。


「準備が整いました、ご主人様!」

「よし、説明する前に準備してしまったが、本日は焼き肉パーティーにしようと思う。問題ないかな?」

「「「――――」」」」


 全員が頷くのを見た後、はたと気づく。


「そういえば、エレレ嬢はお菓子しか食べない甘味至上主義だったな。別メニューを用意しよう」

「……グリン様、ワタシは甘い物だけしか食べない訳ではありませんよ?」

「「「「えっ!?」」」」


 俺とコルトとミシルとお嬢様とリリちゃんが、驚いた顔をする。

 うん、全員びっくりしているな。

 一緒に住んでいるはずのお嬢様でさえ驚愕しているのだから、仕方ない。


「もしかして、メイドさんの胃袋には、肉類も収納可能なのか?」

「何故アイテムっぽい聞かれ方をするのか疑問ですが、当然です」

「でも、食後のデザートは必要だよな?」

「甘味はメインディッシュですから、当然必要です」


 そうか、大きいメイドさんにとっては、通常の食事が前菜で、甘い物が主食だったのか。

 なんだか安心したよ。



「それじゃあリリちゃん、始めてくれ」

「はいっ!」


 元気よく返事をしたリリちゃんが、次々と肉を焼きだした。

 テーブルの上は、舞台となる焼き肉プレートと、主役である生肉の他にも、皿、フォーク、タレの辛口と甘口、醤油、わさび、塩、マヨネーズ、ジュースと隙のない配役で固められている。

 ガスコンロは流石にオーバーテクノロジーなので、天然の溶岩石製プレートの裏に、ミシルが創った付与紙を貼って加熱している。

 いわゆる溶岩焼きと呼ばれる調理法だ。


 客人達は、それを興味深そうに眺めている。

 もしかしてこの世界には、食卓の上で焼きながら食べる習慣がないのかもしれない。


「焼き加減は、お好きに。適当に好きな物を取って食べてくれ」


 この焼き肉会のシステムは、まず、リリちゃんがプレートに生肉を載せ、頃合いを見てひっくり返す。

 俺を含めたメンバーは、それを好きなタイミングで取って食べる。

 そしてまた、空いた場所に、リリちゃんが肉を載せて焼く。

 ただ、ただ、この繰り返しだ。


 リリちゃんは、焼くだけで食べる事が出来ないが、我慢してもらおう。

 それが、メイドの仕事というものだから。

 後で同じ肉とお菓子を差し入れしておこう。


「うわっ、こんなに柔らかくて美味しいお肉、はじめて食べたわっ!」

「わわわたしもです!」

「……肉なのに甘い? 甘いという事はお菓子? でも肉? でも甘い? ……はっ、もしや肉の形をしたお菓子!?」


 この世界には、魔物がドロップする固くて不味い肉アイテムと、野生動物の固くて獣臭い肉しかない。

 野生動物の肉は、近年ではジビエの名で注目されていたから、血抜きなどきちんと処理すればもっと美味しくなると思うのだが、残念ながらそこまで手を掛けていないのが現状だ。


 そんな不味い肉と、日本が世界に誇る和牛とでは、比べものにならないだろう。

 メイドさんなんて、和牛に凝縮された旨味と、甘味との区別がつかなくなって混乱しているし。

 前々から思っていたが、メイドさんの舌は、甘ければ何でもいいポンコツ味覚だよな。


「これは、アイテムや野生動物の肉とは、全く違う物みたいね、旅人さん?」

「ああ、俺の地元で、食用として飼育された牛の肉だ。2~3年かけて育てているぞ」

「そそそんな大きな動物を、そそそんなに長い間ですか!?」

「ああ、俺の地元は、美味しい物を食べるためなら、金も時間も知恵も惜しまないからな」

「そのような素晴らしい精神が、あのような素晴らしい甘露を生み出しているのですね」


 お嬢様とミシルは、素直に美味しい肉を楽しんでいるようだ。

 メイドさんは何を食べても、甘い物に結び付けてしまうようだ。

 自国の固くて旨味の少ない肉に慣れた異国人が、和牛を食べて感動したとは、よく聞く話である。

 そんな食文化が違う人達を招き、驚かせて悦に入る気分を味わいながら、俺も食す。


 今宵の焼き肉コースは、俺が独断と偏見で設定しているABCの3段階のうち、真ん中のB。

 お客様とはいえ、失敗出来ない商売相手や上司ではないからな。

 最高級品のAコースはおあずけなのだ。

 それにBコースとはいえ、日本の格付けでA3ランクの肉。

 ブランドに指定されるA5、A4は、サシが多く、くどいと感じる人もいるから、ちょうど食べやすい肉質であろう。


「……うん、美味い」


 この世界に来てから、家の中でやる焼き肉会は初めてだ。

 焼き肉会は、一人二人でやるもんじゃないからな。

 まあ、日本に居た頃は、一人用の小さな鉄板プレートで、一人焼き肉会を開催した事もあるのだが。

 あれはあれで、いつも以上に感じる空しさが絶妙なスパイスになって、趣があった気がするなぁ。


 ……なぜ俺は、他の誰かと卓を囲み、食事をしているのだろうか?

 俺が求めていた道楽に、こんな予定はなかったのだがなぁ…………。



「とと特にこのお肉の食感が、すす素晴らしいと思いますっ」


 ミシルの感想が耳を打ち、トリップしていた意識が戻ってくる。

 最近、偶にぼーとしてしまう時があるんだよな。

 もう歳だろうか。


「ほほう、その部位の良さが分かるとは、中々通じゃないかね、ミシル君」

「あっ、あありがとうございますっ!」

「変なキャラになってるわよ、旅人さん。でも、本当に美味しいわ。いったいどこのお肉なの?」

「牛タンだ」

「たん?」

「これだよ、これ」

「うげっ」


 有名な物理学者よろしく舌を出した俺を見て、お嬢様は露骨に嫌そうな顔をした。

 そんな反応をされると、俺の舌がばっちいみたいじゃないか。


「あの舌が、ワタシの舌に…………」


 メイドさんはメイドさんで、また余計な事を思い出しているようだ。

 本当にこの二人は、ゆっくり食事を楽しむのに向いてないよな。


「そういえば、旅人さんはあまり多く食べないのね?」

「歳を取るとな、いっぱい食べなくても、本当に美味い物を程々食べるだけでよくなるのさ」


 有名な漫画の至言である。

 俺も手塩をかけて育てた少女と結ばれたいものだ。

 ちらりとコルトを見ると、しゃべる暇も惜しんでぱくぱく食べまくっている。

 うんうん、いっぱい食べて、早く大きくなっておくれ。


「焼き肉専用のタレってのが、また美味しいわね」

「わわわたしはっ、しょうゆとわさびの混ぜ合わせが好きですっ」

「甘口のタレが最高です」


 ミシルは、中々しぶい好みのようだ。

 複数用意したタレの評価も上々である。


 こうして、賑やかな焼き肉会は進んでいく。

 こんな光景を見ていると、親戚の集まりを思い出す。

 人が集まったら、とにかく焼き肉なんて如何にも田舎っぽいが、それなりの良さがあった気がする。

 忘れて久しかったが、こんな食事も偶には悪くないのだろう。

 偶には、偶にはな。




 美味い料理を前に箸が進んだため、食事会はわりかし早く終わりを迎えた。

 最後のデザートは、田舎の焼き肉会らしく、果物を出してみる。

 メロンを半分に切ってそのままスプーンで食べる豪放さに、こんな贅沢な食べ方があったのかと、いたく感激された。

 いずれ、丸ごとメロンにクリームを乗せた第二形態がお披露目される機会もあるかもな。


 みんな笑顔で、総じて悪くない食事会だったと言えよう。

 一応の主催者としては、気になってしまうものだ。

 終始、あふれる、笑顔か……。

 偶にはそんな日があっても、いいのだろうさ。



 ――――帰り間際。

 お嬢様とコルトの会話が耳に入った。


「そういえば、今日のコルト君は随分と言葉が少なかったわよね。それに、随分とこなれた様子だったし」

「あんちゃんの部屋にはよく来てるから、慣れてるだけだぜ?」


「えっ、そうなのっ! もしかしてと思っていたけど、旅人さんとコルト君はそういう関係だったの!?」

「な、何だよっ、そんな関係って!?」


「俺とコルトは、一緒に飯を食い、一緒に風呂に入り、一緒に寝る関係だ。いわば半同棲ってやつだな」

「変な言い方すんなよ、あんちゃんっ! 誤解されたらどうすんだよっ!?」


「はははっ、事実を言っただけだろう?」


 お嬢様に嘘は通用しないからな。

 だいたい、子供相手に誤解もへったくれもない。

 俺は道徳観溢れる紳士だぞ。

 十代前半の少女に、手を出す訳がないだろう?


「「「――――」」」


 あれ?

 何故だか、みんながジト目になっている。

 いつものお嬢様とメイドさんはともかく、ミシルにまでそんな表情をされるとちょっと焦る。


 え、なに、もしかして、本当に俺がそんな事をする男だと思われているのか?

 物凄く心外というか、ショックなんだが…………。


「あっ、リリもご主人様と一緒にお風呂に入って、お背中を流しています!」

「「「――――――」」」


 リ、リリちゃんから言い出した事だし、メイドさんだから当たり前だよな?

 メイドを持つ主人はみんな、当然やってもらっているよな?

 やましいところは、何もないよな?


「ちょ、ちょっと待ってくれ、冷静に話を聞いてくれ」

「「「…………」」」


「俺の地元には、『女房と畳は新しい方が良い』という格言があってだな?」

「「「……………………」」」



 ――――その後、誤解は解けたのだが。


 それ以来、みんなの俺を見る目が、若干変わった気がする。

 終始笑顔で終わるはずの食事会だったのに…………。

 何故こうなった!?




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