お嬢様とメイドの奮闘記⑥/反省会という名の焼き肉会・前編
今日の俺は、「両手に花」である。
お相手は、いつものネネ姉妹ではない。
右手にはミシル、左手にはコルト。
両手に花といっても、残念ながら、色っぽい話とは無関係だ。
ミシル、コルト、おまけで俺を加えた三人の共通点といえば、動く人形の商売。
本日は、人形売りメンバーによる反省会なのだ。
俺達三人は、こうして月に一回集まり、動く人形売り事業について反省会を開いている。
反省会といっても、夕食しながらの近況報告兼雑談なので、慰労会と懇親会を合わせたようなものだ。
ミシルは、俺にとって大事な人。
そう、大事な金づるだ。
だからこうして、最低でも月に一回は顔を合わせて言葉を交わし、ご機嫌を取る事にしている。
ただ、若い娘さんと二人っきりでは会話が長続きしないため、商売の反省会という体裁をつくり、販売員であるコルトも同伴させているのだ。
異世界で大きな力を手に入れた後も、相手の顔色を窺う営業もどきを行うハメになるとは思わなかった。
「三つ子の魂百まで」とはいかないまでも、地球で練り込まれた業からは、中々抜け出せないようだ。
……そんな感じで、本日の会場となる店を探しながら歩いていると。
「――――はあ、はあ、……ぐ、偶然ねっ、旅人さん!」
「偶然にお会い出来て嬉しいです、グリン様」
「…………そうかもな」
嘘つけ、偶然な訳がなかろうて。
俺達の姿を見かけて、走って回り込んだのがバレバレだぞ。
鍛えているメイドさんはいつも通りだが、お嬢様が息も切れ切れに喋っているのが証拠だ。
ストーカーは犯罪行為だから止めてください。
改めて説明するまでもなかろうが、突然横から現れたのは、お嬢様とメイドさんの迷惑コンビである。
いつもなら、適当に袖の下を握らせて撤退してもらう場面だが。
今日のところは、相手をせずに済むだろう。
なにせ、今日の俺には珍しく、先約を交わした連れが二人も居る。
お嬢様とメイドさんからのお誘いを断る立派な理由があるのだ。
「今日は、お友達と一緒なのね。是非紹介してもらいたいわ」
俺の隣に人が居るというのに、お嬢様はめげない。
隣人の浮気現場を見つけた、噂好きなおばさんのように嬉しそうだ。
どうせ、この街での俺の人間関係は調査済みのくせに、白々しいものである。
「紹介していいか? 面倒くさい相手だから、断ってもいいんだぞ?」
本日の主役であるミシルにお伺いを立てると、ぶんぶんと首を縦に振って了解してしまった。
くそっ、彼女が嫌がれば、彼氏ヅラして「急いでいるから」と肩を抱きながら捨て台詞を残し、格好よく去ろうと思ったのにっ。
はあ……。
仕方ないと諦め、「面倒くさいって何よっ!?」と睨んでくるお嬢様に対して、紹介を始める。
「こちらは、ミシル。付与魔法で動く人形の製作者兼店長様だ。その販売員のコルトは、顔見知りだよな」
「はははじめましてっ、ミシルといいますっ。よよよろしくお願いします!」
「ソマリお嬢様にエレレねーちゃん、こんばんはっ」
いつも通り緊張しているミシルが、大袈裟に頭を下げて挨拶した。
一応、この街を牛耳る領主家のお嬢様だからか、粗相しないようにしているのだろう。
そんな大層な相手じゃないと思うのだが。
むしろ、迷惑な部類の相手だと思うのだが。
一方のコルトは、慣れた様子で挨拶をしている。
前々から疑問だったのだが、なぜメイドさんを「ねーちゃん」と呼んでいるのだろうか。
冒険者志望の少女にとって、先輩かつ街一番の女傑であるメイドさんは憧れの存在だろうから、普通ならもっと畏まった呼び方になりそうだが。
小さい頃から働き、世渡り上手なコルトのことだ。
微妙な年齢のメイドさんに、気を使っているんだろうなー。
「私はソマリ、領主の娘です。こちらこそ、よろしくね」
「お付きのエレレです。気安く『エレレお姉ちゃん』と呼んでください」
違った。
本人の要望で、「お姉ちゃん」呼ばわりを強制されていたようだ。
メイドさんの年齢に対する必死さが垣間見えて、ちょっと切ない。
まあ、コルトに「あんちゃん」と呼んでもらっている俺が突っ込むべきではないだろうがな。
「――――それで、今日はどんな集まりなのかしら?」
「……実は、ちょっとした縁があって、俺も人形売りを手伝っていてな。その関係で、商売の反省会を兼ねた食事に行くところさ」
内輪で仕事の話だから、今回はお嬢様の相手をする暇がないぞ、と言外に告げる。
うむ、完璧な断り文句だ。
プライベート関係では仕事を、会社関係では冠婚葬祭を理由にしておけば、概ねまかり通るはず。
「あらっ、それは奇遇ね。私達も食事する場所を探していたのよ。ね、エレレ、ねっ?」
「はい、今夜はとても外食したい気分です」
こちらの言い分は伝わっているはずなのに、わざと空気を読まずに食い下がってくるお嬢様とメイドさん。
いらん時ばかり、無駄な連携を見せてくれるよな。
「そうなのよね。ちょうど私達も、物凄くお腹が空いていたのよね?」
誰に向かって言うでもなく、しかしチラチラとこちらを窺いながら、お嬢様が強調してきた。
今回は、部外者に漏らせない重要な作戦会議なんだぞ。
だから、正式にお断りして諦めてもらうしかない。
初対面の相手には、特に緊張しやすいミシルも嫌だろうし。
「そそそれでしたらっ、も、もし良かったらですがっ、ごごご一緒しませんかっ?」
「あらっ、それは素敵な提案ねっ!」
なぬっ!?
意外にも、そのミシルが賛同しただとっ!?
……そうか、彼女はあがり症だが、年相応にお喋り好きでもあったよな。
貴族で接点は少ないが、同世代の女子として一度話してみたかったのだろう。
外面だけはいいからな、このお嬢様。
「いいだろ、あんちゃん。そのくらいの甲斐性はあるよな?」
コルトも賛成派のようだ。
その甲斐性とやらが、金を指しているのか、度量を指しているのか気になるが。
どちらにしろ、俺の奢りなのは間違いないなさそうだ。
「ご一緒してよろしいでしょうか、グリン様?」
「……まあ、多数決ってことで」
数の暴力とまでは言わないが、多勢に促されると逆らう気がなくなってしまう。
特に今回は、相手が女性ばかりってのが致命的だ。
異性に慣れていない非モテのおっさんには、抗う術がない。
くそっ、女子会に一人投げ込まれるとか、どんな拷問だよ。
こうなったら、腹をくくるしかない。
今日の俺は、メッシー君としての使命に準じよう。
食事中は、女子諸君が男の悪口で盛り上がる横で、ずっと俯いて貝のように口を閉ざしておこう。
俺は貝になりたい。
……だが、この日の不運は、まだ終わっていなかった。
いつもは、どうせ味に期待出来ないため、適当な店に入るのだが、本日はどこも空いていないのだ。
特に今回は、5人組の大所帯だから難しい。
こんなことなら、面倒くさがらずに予約しておくべきだったな。
「どこも空いてなさそうね、ミシル」
「そ、そうですねっ、きょきょ今日はタイミングが悪かったようですね、ソマリ様っ」
意外にも、お嬢様とミシルは気が合うみたいで、二人して会話を弾ませている。
見た目どおりに話好きのお嬢様と、見た目はおどおどしているが、やはり話好きなミシル。
同年代の同性として、いい友達になれるといいのだが。
どちらも友達が少なそうだしな。
そんな平均年齢16.5歳コンビを先頭に、お次はメイドさんとコルトの平均年齢18.5歳コンビが続く。
うん、平均にすると、いいバランスだ。
平均する意味は無いけどな。
冒険者に憧れるコルトにとって、メイドさんはその頂点に立つような存在。
目を輝かせて質問するコルトに、妹を見るような優しい眼差しでメイドさんが答えている。
メイドさんは、日頃からお嬢様の相手をしているから、年下の少女の扱いには慣れているようだ。
実際は、姉妹というよりも、母娘に近い年齢差なのだが…………。
あ、失礼な考えを止めますから、睨まないでください。
そして最後に、俺が一人、頭の後ろで両手を組みながら、4人の女性の後をついていく。
……ああ、やはり、一人はいい。
心が落ち着く。
これが俺の、あるべき姿なのだ。
寂しくなんかないやい。
「どの店も満席のようです。いかがしましょうか、グリン様?」
「…………」
ぼっちな俺に気を遣ったのか、それともスポンサーにも一応聞いておこうとしているのか、メイドさんが意見を求めてきた。
どうやら、俺の存在が忘れられたようではなさそうだ。
嬉しくなんかないやい。
「そうだなー」
俺は今、頼られている。
圧倒的に頼られている!
年長者の叡知を見せねばなるまい。
見よ! 大人の偉大さを!
「ここは、案内役の腕の見せ所ではないかね、コルコル?」
「……丸投げかよ。あとコルコル言うな」
だって、コルトの方が詳しいし。
困った時の部下頼み。
社会の上司とは、こういうものなのだよ。
「うーん…………、あっ、店がダメなら、あんちゃんの部屋で食えばいいんじゃないかっ?」
「んなっ!?」
いかん、予想外の反撃に、変な声が出てしまった。
「ま、まてっ、俺の部屋は食堂じゃないぞっ」
「あんちゃんは、いつも部屋に料理を隠し持ってるじゃねーか。今日も5人前くらいならあるだろう?」
「ま、まあ、そうだが…………」
実際は、複製魔法で創り出しているのだが。
それ故に、何時でも何人前でも簡単に用意出来るのだが。
だが、俺にとって自分の住処は、聖域の一つ。
そうやすやすと、侵入される訳にはいかないのだ。
「賛成だわ! 是非そうしましょう!!」
「わわわたしも賛成です!」
「――――ごくり」
同じような反応を示す女子陣。
お嬢様の目の輝き具合を見るに、もう嫌な予感しかしない。
何故だか、ミシルも乗り気のようだ。
生唾を飲み込んでいるメイドさんも、腹が減ってもう待てないのだろう。
「いいだろ、あんちゃん?」
断りたい。
全力で断りたい。
今回だけなら、まだ許容出来るかもしれないが、一度でも門を開いてしまえば敷居が下がりそうで恐い。
俺の目には、彼女達が吸血鬼に見える。
だが、人の意見を否定するには、対案が必要だ。
そして俺は、それを持っていない…………。
今回は中止にして、仕切り直すのも手だが、これも極力避けたい。
対人スキルの低い俺は、毎回ミシルを誘うのさえ、いまだにプレッシャーを感じる。
後日に、再度お誘いする気力は残っていないのだ。
「――――仕方ない、俺の部屋でやるか……」
苦渋の選択だが、受け入れるとしよう。
面倒な案件は、極力持ち越さないようにするのが、社会人の鉄則だからな。
「でも、いきなりお邪魔しても大丈夫なの?」
「……一応、来客時の準備はしてあるから、大丈夫だ」
いまさら常識的な心配をするお嬢様達を引き連れ、今度は俺を先頭に宿へと向かう。
その足取りは重いままだ。
元いた会社で、無駄に細かい所があるO型として名を馳せていた俺は、突然の来客についても準備している。
まあ、コルト以外の誰かをお招きする予定なんてなかったのだが。
人生は驚きの連続。
予想外の出来事は、必ず起こりうる。
そう、今回のように、な。
「よお、お客さん。今日は大所帯だなっ」
いつも陽気な宿屋の親父さんが、ガハハと笑いながら出迎えてくれた。
「すみません、部屋が少し騒がしくなるかもしれません」
「構わねえよ、存分に楽しんでくれ。全員泊まるなら、ベッドを増やそうか?」
「……いえ、そう時間はかかりませんから、お気遣いなく」
親父さんは冗談で言っているのだろうが、ウブな娘さんも居るから自重してほしい。
ちなみにウブな娘さんとは、赤くなって俯いているミシルだけだ。
お嬢様とメイドさんは、残念そうな顔をしている。
立場的に、あんたらは真っ先に帰るべきだと思いますがね?
一階の広間で食事していた、むさい男の客からの視線に頬を引きつらせながら、早足で階段を上り、二階角間の自室へと移動する。
違うんだ。そんな色っぽい集まりじゃないんだよ。
ただ飯を食うだけだから、そんな人を殺せそうな視線で睨まないでくれっ。
「――――ここが、グリン様の部屋! の入り口!!」
何やら静かにテンションを上げているメイドさんが、感慨深げに部屋の前に立った。
まだ部屋の中に入ってもいないのに、大げさだな。
「そういえば、家族以外の男性の部屋に入るなんて、初めてだわ」
「わわわたしもですっ」
「右に同じです」
堂々と胸を張って言う台詞じゃありませんよ、お嬢様方。
まさか彼女達に、こんな悲しい共通点があるとは思わなかった。
特に、エレレちゃん二十五歳児には、涙を禁じ得ない。
いや、俺も異性の部屋に入った経験なんてないけどさ。
何の因果か、集まってしまった4人の独身女性。
この素敵な集団に名前を贈るとしたら、「独身女性四重奏」が相応しいだろうか。
劇団ひとりみたいに、1人なのか、そうじゃないのか、よく分からない芸名だな。
この中で、最もリードしているのは、最年少のコルトだ。
なにせ、俺と一緒にお風呂やベッドに入った実績がある。
メイドさんも俺とアレした経験があるだろうが、アレはほら、事故みたいなものだし、ノーカンだよな。
若さという最強の武器には、百戦錬磨のメイドさんも敵わないようだ。
「……何か、ご用でしょうか?」
またもや、生温かい眼で見られている事を察したメイドさんが、くるっと振り向いて問い質してきた。
「何でもないよ。それよりも、早く部屋に入ろうか」
俺は首を振って誤魔化しながら、部屋の前に立つ。
「ふふっ、これで部屋の中に、見知らぬ女が居たら大変ね」
「うえっ!? おおっ、お邪魔でしたでしょうか!?」
完全に面白がっている、お嬢様の冗談を真に受けたミシルが慌てている。
ご令嬢と下町育ちの娘なのだから、普通、反応が逆だと思うのだが。
「ははっ、おっさんをからかっても、何も出ないぞ?」
相手にせず、部屋のドアノブを握りしめる。
この俺が、そんなヘマをするはずがないだろう?
そして、ドアを開けた、その先には――――――。




