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水の都の眠り巫女・後編⑤/それは、寝て待つ果報の結末




 ……その後、懸念した神罰は下される事なく、無事に帰り着いた。

 俺の目的は果たされ、これにて一件落着である、が……。

 ままならぬもので、全て終わってしまった後の方が、冷静に考える事が出来るようだ。


 大切な昼寝場所が奪われると聞き、激情に駆られ。

 せっかくならと、ストレス解消も兼ねて盛大にやらかし。

 ――得られた結果は、現状維持と、新たな敵を増やしただけ。

 何とも割に合わない一件であった。


「でも……」


 一つだけ、判明した事がある。


 神への興味が薄い俺は深く考えていなかったが、ここは、神の奇跡とも称される魔法が実在する世界。

 しからば、本物の神が実在しても、不思議ではない。


「いやー、危なかったなー」


 本当に今更だが、今回の件で本物の神が登場していれば、俺の悪運もここで尽きていただろう。

 まったく、後先考えずに行動するのは勘弁してくれよ、俺。


「しかし、結局……」


 神は、現れなかった。

 神を信じる者同士が、争おうとしても。

 神を騙った愚か者が、好き勝手しても。

 神を敬う信者が、無慈悲に殺されても。


 神は、最後まで、その存在を示そうとしなかったのだ。


「つまり、この世界には、神は存在しないと言うこと……」


 それは、平和を願う善良な市民にとっては、悲しむべきこと。

 俺のような悪党にとっては、喜ぶべきこと。


 しかし、ここで一つ、疑問が生じる。



「――神が存在しないのであれば、魔族ってのは、何者なのだろうな?」


 対存在なる原理がある。

 表と裏、光と影、そして善と悪。

 あらゆる存在が対の構造になっている、といった考えだ。


 これに則って考察すると、『神』の対存在は『悪魔』、即ち『魔族』だと思われるのだ。

 しかし、『神』の存在が否定されるのであれば、実在する『魔族』の在り方に疑問が生じる。

 実情から見れば、『魔族』の対存在は『人類』となるのだろうが、実力から見ると、『人類』ではとても釣り合わない。

 

 だとしたら、『魔族』の本当の対存在は、何であるのか。

 そもそも、『魔族』には、どのような存在意義があるのか。


「……今回の一件で露呈してしまったのは、神の不在よりも、魔族の謎かもな」


 人類にとっては、超越的な力を有する害虫でありながら、その反面、便利なアイテムを提供する益虫でもある。

 ネネ姉妹との雑談では、宗教には人の数を間引いて調整する役割があると考えた。

 では、魔族の役割とは何か――――。

 そして、俺という存在は――――。


「我思う、故に我在り、か……」


 人類からすると、そんな胡乱な存在に見える魔族であるが、魔族から見た人類も似たようなものかもしれない。

 全てのモノに存在意義を求める事が、烏滸がましい考え方なのかもしれない。

 目の前に有るモノを受け入れる強さが、俺が求める『余裕』であるとしたら……。


「……そうだな。偶には、あいつらにも構ってみるか」


 正直、全く気が乗らないのだが。

 この苦行もまた、『余裕』に繋がるのだと思う事にしよう。


 ――そう、この一件が落ち着いたら、あいつらと一度ゆっくり語り合うのも、悪くないかもな。




◇ ◇ ◇




 ……炎の教団を壊滅させてから、数日後の夜。


「そういえば、今回の件は巫女さんの依頼でもあったな」と、ちゃんと思い出した俺は、つつがなく終わった事を報告するために、水の神殿へと侵入。

 相手にも情報が入っているはずなので今更かもしれないが、元社会人としてちゃんと経過報告しとかないとな。


 炎の教団を撃退するため、歌ったり踊ったりするのが思いのほか楽しかったり。

 神様について、無駄に小難しい事を考えすぎて頭が痛くなったり。

 ネネ姉妹との打ち上げパーティーではしゃぎすぎたりして、すっかり忘れていた事は内緒にしておこう。

 大人は色々と忙しいのである。


 そんな感じで、わざわざ出向いたというのに、訪れたのが深夜であったためか、当の本人はスヤスヤと熟睡中。

 仕方ないと、改めて翌日の早い時間帯に再訪問したものの、またもや就寝中。

 俺が言うのも何だが、ちょっと寝過ぎやしませんかね?

 「三の字」信者である俺は、「三度目の正直」を信じて、三度目の夜這いを決行したのだが――。


「……また寝ているのか」


 ベッドの上には、既に眠りについた巫女さんの顔が見える。

 いくら何でも、早く寝すぎだろう。

 不法侵入者な俺は、夜しか神殿に入り込めないのに、暗くなると同時に眠られては、もうお手上げである。


「……」


 あんなに泣き喚いて、顔をぐしゃぐしゃにしていた彼女。

 怒り狂い、般若の如き形相をしていた彼女。

 そんな彼女も、寝顔は涼やかで可愛いものだ。

 とても同一人物とは思えない。


「…………」


 ふと、考えてしまう。

 今回は偶々、水の都に肩入れする恰好になったが、もしも炎の教団の代表がこの巫女さんのような若い女性だったら、俺はどうしていただろうか。

 ちゃんと、始末する事が出来ただろうか。

 俺に、そんな覚悟があるのだろうか。


「まあ、一つ確実に言えるのは、美人は得だな、って事だな」


「……ばか、……うそつき」


 誰が馬鹿やねん。

 ちゃんと約束も守ったやろ。

 失礼な寝言を呟く巫女さんの目から、涙が零れ落ちる。


「――――」


 うん、しょっぱい。

 普通はそうだよな。

 でも、メイドさんの涙は甘そうだよな。

 今度舐めさせてくれって頼んでみようかな。

 ドン引きされるだろうか。

 ……いや、了承された場合を考えると恐い。

 やはり頼むのは止めておこう。


「ばか……、ばか…………」


 うなされながら、なおも眠り続ける彼女。

 白雪姫のように、毒でも盛られたのだろうか。

 それとも、ジュリエットのように、仮の毒で眠っているのだろうか。

 ええと確か、眠るお姫様の目を覚ますには、王子様のキスが必要だったよな。

 どれどれ。


「お父さん…………」


 父親じゃねーよ、通りすがりのおっさんだよ。

 こんなシーンで他の男を思い浮かべるなんて、興ざめだな。


「……ふん。誰であれ、人様の眠りを妨げる権利など持っていないのさ」


 叩き起こして、文句を言ってやろうと思ったが。

 睡眠の重要性を知る俺には、そんな非道な真似は出来ない。

 辛さを知る事で、人は優しくなれるのだろう。


「それじゃあ、な。好きなだけ、ゆっくり眠るといいさ」


 捨て台詞を吐いて、窓から飛び出る。

 四回も出直すほど、俺も暇人じゃない。

 いや、暇人だけどさ。


 まあ、元々擦れ違っただけの関係だ。

 そして、俺は約束を守り、彼女の願いは叶えられた。

 俺は呪われる心配がなくなり、彼女は人の不幸を願うような愚かな行為をせずに済んだのだ。

 それで十分なハッピーエンド。

 そこから先は、どうでもいい余談なのだ。



 ――――彼女は、一都市を代表する巫女様。

 対する俺は、真っ当な身分さえ持たない放浪人。

 身分違いも甚だしい。

 最初っから、俺達は結ばれる運命ではなかったのだ。


「……うん? なんでロマンチックな話になっているんだ? そんな場面なんて全くなかったぞ?」


 自らのモノローグに突っ込む。

 セルフツッコミというヤツだろうか。

 どうやら、物語を締めくくるに相応しいエピローグを、脳が勝手に改ざんしていたようだ。


 やれやれ、これだから、いい年こいてロマンを夢見るおっさんって生き物はよ。

 世の中、そんなドラマチックに出来てやしないんだよ。

 卒業式で後輩から、第二ボタンを催促されたり花束を貰ったり告白されるなんてありえないんだよ。

 人の物語ってのは、大抵が驚くほどあっさりと終わるんだよ。

 そして、それが――――。


「日陰者のおっさんには、相応しい結末さ」


 あ、駄目だ。

 口に出したら、余計に切なくなってきた。

 早く帰ってネネ姉妹に慰めて貰おう。


 そして明日は、ミズっちの船に乗って昼寝を満喫するとしよう。

 自分も戦うと意気込んでいた彼女は、俺が言った通り、何もせず寝ている間に物語が終わってしまった事を、どう感じているのだろうか。


 ドヤ顔で近づいていく俺を、ちょっとバツが悪そうに、そして腑に落ちない顔で睨みつけてくれるだろう。

 そんな彼女がうたう歌は、いつもより感情的で、空によく響くだろう。

 その声をニヤニヤと聞きながら、変わらぬ日常に感謝するでもなく、眠気を味わうのだ。


 ああ、明日が楽しみだ。




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[一言] コミカライズ版の三魔族 まだ出てきて居ないが出てくるの?
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