旅路の姉弟②/実験の準備
良い天気である。
小走りの速度で森の上空を飛びながら、更に上空を仰ぐ。
絶好のピクニック日和だ。
「お疲れでしょうし、まず食事にしましょうか」
青い顔で地上を覗き込んでいたハンナに声を掛ける。
高い場所は苦手だったかな。
弟の方は空を飛ぶのが嬉しいようで、目を輝かせながらキョロキョロしている。
妹の方は警戒するように眉を顰め、こちらを睨んでいる。
うん、警戒心は大事だよな。
俺が善人ではないと感じているのだろう。
そういえば、地球ではよく犬に吠えられたものだ。
あ、少し涙が出てきたよ。
まあ、警戒される程度がちょうどいい。
無闇に期待されても応える事は出来ないしな。
「好き嫌いはありませんか?」
俺の問いかけに三人は顔を見合わせると、ハンナが代表して首を振る。
「では適当に並べますので、好きな物を食べて下さい」
カモフラージュ用のカバンに手を入れ、複製魔法で創ったおにぎり、唐揚げ、サンドウィッチなどのピクニック定番料理を取り出す。
おっと、飲み物を忘れちゃいけない。オレンジジュースでいいだろう。
「え? そ、そのカバンに入っていたんですか?」
カバンの容量を超える量を出したのだから、疑問に思われるのは仕方ない。
「これは沢山の物が入る収納用アイテムです。この中では劣化しないので品質も問題ありませんよ。はじめて見ましたか?」
「はい。聞いた事はありますが」
「この空飛ぶアイテムと一緒で、商人には必需品ですよ」
加えて戦闘用アイテムも豊富。商人まじ万能だな。
「さあ、早く食べましょう。冷えたら不味くなりますよ」
安心させるため、毒味役を兼ねて俺から食べよう。
うん、美味い。
地元の米で作ったおにぎりは最高だ。特A受賞は伊達じゃないぜ!
美味そうに食べる俺に釣られたのか、姉弟はおずおずと手を伸ばし、やがてその動きが早くなっていく。
「うわ、この三角形の穀物には魚まで入ってる」
「茶色いお肉も美味しいよ、姉ちゃん!」
「これはパン? こんな白いパンなんてはじめて……。柔らかくてすごく美味しい」
妹ちゃんはサンドイッチが気に入ったようで、リスみたいに小口でパクパク食べている。
この世界では肉、野菜、パンが主食のようで、米などの穀物は珍しいようだ。
パンが固くて白くないのは値段や技術の問題だろうか。
とにかく日本の料理は、この世界でも美味しいらしい。
こんなシンプルな料理で驚かれるのだ。
凝った料理を出す時は注意しよう。
そして、複製魔法で創った食べ物は、他人が食べても問題ないようだ。
まず一つめの実験が完了である。
「飲み物もどうぞ」
カイルが喉に詰まらせてたので、オレンジジュースをコップに入れて渡す。
「これはオレンジを絞ったものですか? なんて贅沢な」
「オレンジにしては甘すぎるような……」
果汁100%だから砂糖は入ってないはず。
それでも甘いと感じるのは、この世界の果物が苦いのだろう。
日本では消費者ニーズに合わせ、果物類が甘くなるよう改良されているからな。
ここでは砂糖や蜂蜜などの甘い食べ物は貴重品なのだろう。
「沢山ありますから、慌てず食べて下さいね」
歩きっぱなしの長旅で疲れ、腹が減っていたのだろう。
夢中になって食べ続けている。
うんうん、たんとお食べ。
なんて考えていると、子守をしている気分になってくる。
失敬な、こんな大きな子供が居るほど年食ってないはずだ。
まだ三十代半ばだぞ。
……うん、十分おっさんだな。
「ご馳走様でした。はじめて食べる物ばかりで、とても美味しかったですっ」
「商人のおじちゃん、ありがとうっ」
「美味しかったです。……異常なくらい」
食べ終えた三人が御礼してくる。
最後の妹君のつぶやきが気になるが、それなりに打ち解けてきたようだ。
飯の力は偉大である。
「腹ごなしが済んだので準備しましょうか。まずは皆さんの『適性』を確認します」
「適性、ですか?」
聞き慣れない言葉のようで、ハンナが問いかけてくる。
「鑑定アイテムを使うと、その人がどのような戦い方に向いているかが分かります。自分に合った武器を使うのが一番ですからね」
「鑑定って、そんな事まで分かるんですか……」
残念ながら低ランクのアイテムでは無理だ。
俺が装着しているのは最高峰の『鑑定の指輪10』。
最初に手に入れたランク6と比べ、鑑定可能な物の種類や距離、そして精度が段違いに上がってる。
このため『潜在能力』も鑑定可能なのだ。
スキルが発現していれば話が早いのだが、彼女達は一般人なので戦闘系スキルを持ち合わせていないだろう。
そこで開花が可能な潜在的才能を確認するのだ。
早速、鑑定、っと。
…………ふむ、それぞれ違った才能があるようだ。
「ハンナは『炎魔法』の適性が高いので魔力消費を抑える杖アイテム。ミイナは『槍術』が高いので魔力を通すと切れ味が増す槍アイテム。カイルは『弓術』が高いので魔力を矢に変える弓アイテムを使いましょうか」
3つのマジックアイテムを取り出して並べる。
3人は武器を持った事がないのか、しばらく逡巡していたが、弟のカイルが手に取ると姉、妹の順番で受け取った。
末っ子でも男の子だな。
「使い方は難しくありません。実際に使えば直ぐ慣れるでしょう」
「本当に、槍術の適性があるの?」
質問したのは妹のミイナだ。
両手で槍を持ち上げ、真剣な表情で見つめてくる。
「間違いありません。戦闘関連では槍術が最も有望です。ですが、直接攻撃が苦手でしたら弓に変更しますか? 無理強いしませんよ」
「……一番強い方がいいです。槍を、使います」
俺の言葉を信じたのか、神妙に頷いて握りを確かめている。
力を欲しているのだろうか。
自分に力がある事を知り喜んでいるようだ。
潜在能力では『槍術4』が限界のようだが、そこまで知らせる必要はないだろう。
ランク4でもある程度は戦えるだろうし。
「カイルは弓を使った事があるのですか?」
「……うん、お父さんにちょっとだけ教えてもらった」
弦を引く仕草が様になっていたので、聞いてみたらビンゴのようだ。
でも、しまったな。
亡くなった両親を思い出させたようだ。
「それでしたら、直ぐに上手になりますね」
「――――うんっ」
今度は元気に頷いてくれた。
よかった、泣かれると面倒だからな。
俺は未婚なので子供が居ないのだが、甥っ子たちの子守で大変さは身にしみている。
「ハンナは魔法を使えるようですね」
彼女は既に『炎魔法1』を会得していた。
潜在能力もランク7と高い。
「はい。でも、家事に使う程度なので、魔物なんかとても倒せません」
「そうですね。このアイテムでは威力が上がりませんから、他の方法を試してみましょう」
ハンナにはアイテムだけでなく、科学理論の実験もしてもらおう。
実際はアイテムの実験よりも、現地人の能力を測る事が重要である。
彼女達の戦闘能力について、具体的にはスキルの覚え方、魔法の使い方、成長具合などの性能とレベルアップの具合を知っておきたい。
俺の場合は最初から高レベルだったので参考にならないからだ。
「どうやって戦えばいいでしょうか?」
ミイナが聞いてくる。不安だろうが、それ以上にやる気になっているようだ。
カイルも強く頷いている。
魔物に立ち向かう意志が出てきたのは、少しは俺を信じてもらえたのだろう。
だが残念でした。
これから実行するのは、格好良い戦闘ではない。
ただの虐殺なのだ。
「簡単ですよ。私がアイテムで魔物の動きを止めますので、その後に攻撃するだけです。反撃される心配はありませんよ」
そう、彼女達がガチンコで戦う必要はない。
ただアイテムを使うだけでいいのだ。
「そ、そんな事が出来るんですかっ!?」
「拘束用のアイテムを使えば簡単です。皆さんは動かない的に向けて、お好きなようにアイテムを使って下さい」
怪我の心配が無くなったハンナが「よかった」と、そこそこ大きな胸を撫で下ろす。
お姉ちゃんは心配性だな。
まあ、煽ってるのは俺なんですがね。
逆にミイナとカイルは肩すかしを食らって不満げだ。
いやいやいや、レベル5程度で正面から戦うって無理しょ。
魔物は最低のランク1でも人類のレベル10相当の強さですよ。
さっきは魔物に追い回されて泣いてたくせに、子供って怖いね。
無駄死にでは何の実験にもならんよ。
「レベルが上がってから普通に戦いましょうね」
許可するかは、ステータスの上がり方次第だけどな。
「そう、ですね。分かりました」
「うんっ。僕、絶対強くなるよっ」
妹と弟も納得してくれたようだ。
これにて準備完了である。
早速、実験を開始しよう。