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水の都の眠り巫女・後編③/それは、予期せぬ少女の覚醒




 さてさて。

 観客の皆様方、もとい炎の教団の方々、お待たせしましたね。


 神をイメージした絵で足を止め。

 神を意識させるメッセージを放ち。

 神を誘うような音楽と踊りで印象付けた後は。


 ――神罰もどきの開始である!


「出でよ! 悉くを浄化する炎!!」


 天に剣を突き立てるような格好いいポーズを決めて、高らかに叫ぶ。

 残念ながら呼ぶだけでは出現してくれないので、自らの魔法で大きな炎の塊を辺り一面に展開。

 その数、ざっと一万。

 絶望を感じるに有り余る物量だろう。

 そして――――。


「ファイヤー!!」


 逃げる暇を与えず、掛け声とともに右手を振り降ろし、攻撃開始。



「「「――――!?」」」


 真っ赤に染め上げられた天空を前に、恐怖で足がすくみ動けない軍隊。

 そんな彼らに、まもなく、そして、もれなく、炎の塊が襲いかかる。


 ……後は、もう、阿鼻叫喚。

 まさに、地獄絵図。

 まるで、蟻の大群の上で花火を点けたかのようだ。



 ――――♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 いま流れている二曲目は、明るくポップな歌。

 しかし、編集される前の原曲がバラードなので、ノリの良い曲調の中にも哀愁を感じさせる。

 そのくすぶるような悲愴感が、眼下の悲惨な光景とよくマッチしている。


「――――」


 強い信念を持ち、不退転の覚悟で進軍してきたであろう神の敬虔なる使徒は。

 その崇高さなど微塵も感じさせず、我先へとみっともなく逃げ出していく。

 

「…………ん?」


 なんだか、もやもやとしたしこりを感じる。

 この感情は、何だろうか?

 怒り? 後悔? いや、寂しさ?

 ……ああ、そうか。

 たぶん俺は、残念がっているのだろう。


 ――体の芯から湧き出る恐怖を抑え込めず。

 それでも、勇気を振り絞って。

 ちっぽけな力で凶暴な悪魔に立ち向かう、高潔な覚悟を目撃したら。


 俺にも信仰心なる感情が理解出来るかもしれないと、期待していたのだろう。

 逆境でこそ、本当の信仰が試されるはずなのに。

 残念な事である。


「……まあ、こんなものか」


 茶番は終わりである。

 もういいから、さっさとお家に帰ってくれ。

 俺も飽きて帰りたくなってきたぞ。


「ふははっ、もっと必死に走らないとウエルダンになちゃうぞー」


 慌てふためく様子は、何故こんなにも滑稽なのだろうか。

 不謹慎だと分かっていても、笑わずにはいられない。

 路地裏で百人隊に追っかけられる、おっさんのような慌てぶりだ。


「わはは、わはははははっ」

「……流石にやりすぎじゃないのかい、旦那?」


 心配そうにルーネが問うてくる。

 それでも踊りを止めないのは、結構なプロ根性だ。


「大丈夫、この炎の塊は幻覚だからな。当たっても死にはしないさ」

「……本当ですか?」


 今度は、妙に鋭い処があるティーネからツッコミが入る。

 うん、まあ、今回ばかりは、そんなに嘘ではない。

 この炎の塊は、幻覚ではないものの、燃え盛るのは表面ばかりで中身はスッカラカンなのだ。

 皮膚はそこそこ焼け焦げるだろうが、重傷には至らない程度に調整した優しさ溢れる攻撃なのだ。

 その証拠に――。


「ほら、誰も地面に倒れ込んでいないだろう? 全員がちゃんと逃げ帰った証拠さ」


 火煙、地煙、そしてもしかしたら血煙。

 そんな煙の大群が収まると、そこにはもう、誰も居なくなっていた。

 後には、置き忘れられた武具の残骸が寂しく転がっているだけ。


 元々今回は、殺戮目的ではないからな。

 恐怖で撤退させれば、それで成功なのだ。

 自分達が信じる炎に攻撃され、一生消えないトラウマになったとしても、知った事ではない。


「最初に説明したように、驚かせるだけの幻覚魔法だよ。

 そもそも、俺みたいな普通のおっさんが、あんな大軍を相手に正面から戦える訳がないだろう? ははは…………」


 彼女達には、詳しい説明はしていない。

 困った連中を魔法で驚かせて、追っ払う手伝いをして欲しいとだけ伝えている。

 そのための、魔法で描いた絵と文字。

 そのための、音楽と踊り。

 そのための、威嚇射撃。

 そんな体裁なのだ。


「…………」

「…………」


 何故だろうか、ネネ姉妹からジト目の洗礼を受ける。

 でも、その口元は緩んでいて、「もう、しょうがないなぁ、旦那は」みたいな幻聴が聞こえてくる。

 そんな表情をされると、「うん、その、ごめんね?」みたいな感じで気が楽になる。



 ――分かっている。


 やり過ぎだって事は、ちゃんと自分でも分かっている。

 だが、この世界に来て半年あまり。

 色々な経験を積んできた俺は、最初に決めた基本方針の一つを改定する事にした。


 改定前は、隠れてこっそりと力を使い、出来るだけ目立たないこと。

 改定後は、基本スタイルである旅人グリンの正体がばれない限りは、自重せずに能力の全てを使い楽しむこと。


 アイテムや付与紙を含めた俺が持つ力は、破壊力だけでなく隠蔽力にも優れている。

 だから、グリン以外の恰好で何をしでかしたとしても、世間には正体不明の存在Xが事件を起こしたのだと認知されるだけ。

 普通のおっさんであるグリンさんには、全く関係が無い話だと知らんぷり出来る、はずである。


 ……まあ、ソマリお嬢様のような例外は出てくるかもしれないが、それでも明確な証拠をもって同一人物だと特定する事は出来ないだろう。

 また、悪事を働き多くの敵を作ったとしても、俺を脅かす存在が居ない事を分かった上での判断だ。

 同郷人が現存している様子も無いし、いつまでも居るか疑わしい相手を気にするのは神経の無駄遣いだろう。


 第一、最大の脅威である魔族から見逃してもらっているのだから、何を遠慮する必要があるというのだ。

 重鎮である魔人達にあんな事をしても、何の音沙汰も無いのだから、おそらく俺よりも遙かに強い魔王様にとって、俺の存在なんてどうでもいいのだろう。

 とどのつまり、魔王様に直接喧嘩を売る以外に何をしても、問題無いのだ!


 そうは言っても、意味も無く破壊活動に勤しんでも仕方ないから、己の利に絡まない事には関わらないつもりである。

 下手に世界を掻き回して、運気が落ちたら困るからな。

 ……まあ、正直、我慢する事に飽きたのが、一番の理由だろうな。



 ――――♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 バックグラウンドミュージックは、三曲目に突入する。

 最後は、勝利を讃えるような荘厳なメロディーに合わせてスキャット――意味の無い単純な歌唱が響き渡る。

 その華やかさに若干の虚しさを感じながら、炎の不動明王とメッセージを消去する。


「――よし、作戦終了だな。こちらも撤収しよう」


 ネネ姉妹が元気に頷くのを確認して、空飛ぶ絨毯に乗ったまま転移。

 彼女達が住む家へと戻ってくる。

 この家は、愛人契約を結んだ後に、また別の街で用意したものだ。

 愛すべき愛人を、あんな治安の悪そうな街に住まわせる訳にはいかないからな。

 基本この二人で暮らしているのだが、俺も偶に遊びに来たりしていて……。

 もしかしたら、都市伝説に出てくる愛の巣ってヤツに似ているのかもしれない。

 ははっ、まさかな?


「いやー、お疲れだったな。お陰で上手くいったよ」


 予想通りの成果を上げてくれた姉妹を笑顔で労う。


「本当にそうかい? あたいらは踊ってただけで、旦那だけでよかった気がするんだけど?」

「そんな事はない。今回の件で最も彼らの記憶に残るのは君達だ。恐怖だけの記憶なんて、誰も思い出そうとしない。必死に忘れようとするだろう」

「そりゃあ、そうだろうね」

「そんな灰色の記憶に、音楽と踊りで彩色された鮮明な記憶が混ざり込めば、強烈な印象を残し、きっと一生忘れられない思い出になるさ」


 そう、毎晩うなされる程度には、な。


 彼女達の舞は、本当に見事だった。

 出来る事なら、観客として眺めていたかったな。

 流麗かつ大胆で、神に捧げるに相応しい仕事だった。

 まあ、敢えて苦言を呈するなら、処女性が問題視されるかもしれない。


「よかったよ、ちゃんと旦那の役に立てたんだね」


 ルーネが溜めていた息を大きく吐き出し、笑顔になる。

「気にする必要はない。俺のそばに居てくれるだけでいいんだよ」――なんて台詞を自然に言えるようになるには、どれだけ男のレベルを上げる必要があるのだろうか。


「……ああ、助かったよ」

「あははっ、旦那があたいらに感謝する事なんて何一つもないよ」


 彼女と視線を合わせながら笑い合う。

 俺はちゃんと、笑顔を作れているのだろうか。



「…………ん?」


 人と見つめ合う事に慣れていない俺は、目を逸らして妹のティーネの方を向く。

 すると彼女は、ぼーとした表情で天井を見上げていた。


「ど、どうかしたのかティーネ? やっぱり怖かったのか?」


 軍隊との抗争に連れ出してしまったのだ。

 普通の少女だったら、怖がって当然だろう。


「旦那様…………」

「は、はい」


 感情が読めない平坦な声を聞いて、思わず敬語が出てしまう。


「――――凄いですっ」

「えっ、なにが?」


 レベルが上がっている俺は、体力には自信があるが、テクニックには自信がない。


「歌と踊りって、こんなにも凄いものだったんですねっ!」


 ……どうやらティーネは、歌って踊る芸術を気に入ったようだ。

 なんだ、びびって損した。


「すごいっ、すごい!」


 いつもは姉の影に隠れて大人しい妹が、飛び跳ねるように全身で喜びを表している。

 もしかして、これが素の姿なのかもしれない。


「ちょ、ちょっとどうしちゃったんだいっ、ティーネ? はしゃぎ過ぎだよっ」

「だってお姉ちゃんっ、誰かの前で歌ったり踊ったりするのがこんなに楽しいなんて、わたし知らなかったよ! お姉ちゃんも楽しかったでしょ!?」

「た、確かに、音楽に合わせて体を動かすのは、何だか気持ちよかったけどさ……」

「そうでしょ! すごかったでしょ!!」


 妹ちゃんのテンションが、留まる事を知らない。

 お姉ちゃんもタジタジである。


 きっと彼女は、今日はじめて、本当の音楽を知ったのであろう。

 歌は自由の象徴、踊りは余裕の現れでもあるだろうからな。


「うん、よきかな、よきかな」


 良い傾向であろう。

 これを切っ掛けに、彼女達も自分のやりたい事を見つけてくれればいいのだが。

 目的が無い人生は、味気無いだろうからな。

 歌は地球を救うのだ。



「――それじゃあ、俺は後片づけに行ってくるから、後はよろしくな」

「えっ、ちょっと待ってよ旦那っ。こんな状態のティーネを、あたいに押しつけるつもりかいっ!?」

「ねえ、お姉ちゃんっ、一緒に歌おうよ! 踊ろうよ!!」

「そりゃあいい。音楽が流れるアイテムを置いておくから、二人で楽しむといいさ」

「うえっ!?」

「体力回復薬もいっぱい置いておくから、一晩中歌って踊っても大丈夫だぞ」

「ちょっとぉ、だんなぁっ!?」


 必死に引き留めようとするルーネを振り切って、転送アイテムで先程の丘の上へ移動する。


「ふっ、モテる男はつらいぜ」


 スカした台詞に酔いながら、俺は敗走兵が去った方向へと飛び立った。


「さて、残りは本部の連中だな」


 下手に手を抜くと、余計に疲れてしまうようだ。

 元凶の連中には、遠慮する必要は無いだろう。

 さっさと終わらせて、お昼寝しよう。




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