水の都の眠り巫女・後編②/それは、後に炎の断罪と呼ばれる騒動のはじまり
「――ようやく到着したようだな」
丘の上から平原を覗き込むと、赤色の集団がゾロゾロと進行してくるのが見える。
彼らこそが炎の教団から水の都へと派遣された軍隊だ。
炎をイメージしたと思われる、赤色で流線的な鎧に身を包んでいる。
水の都といい、この炎の教団といい、宗教関連は形から入るタイプが多いようだな。
「うわっ、思ったよりたくさん居るね。本当にあたいらだけで大丈夫なのかい、旦那?」
「ああ、問題ない。今回は、はったりで威嚇するだけだからな。だから、盛大に頼むぞ」
「分かったよ、旦那のためだったら何だって手伝うさ!」
「わたしも頑張ります! 旦那様!!」
姉のルーネは、これまた似合わず殊勝な事を言ってくる。
妹のティーネは、引っ込み思案だったのに、どえらい張り切りようだ。
ほんと、色々と両極端で面白い姉妹だよな。
――そう、俺は今回、ネネ姉妹に手伝ってもらう事にしたのだ。
炎の教団を撤退させるのは簡単である。
一人ずつ切り刻むのも容易だし、強力な魔法をぶっ放せば一発だし、使い道の無いあいつらに命令しても直ぐに終わるだろう。
だが、それでは芸が無い。
単純すぎて、面白味に欠けるのだ。
今回は珍しく、自らの意志で実行すると決めた事案である。
だったら、感情を抑えて事務的に対応するよりも、手間暇かけてでも面白愉快にやった方が精神的にも好ましい。
それに、今回進軍してくるのは尖兵、言わば捨て駒みたいなものだろう。
そんな雑魚キャラをいくら消滅させても意味が無い。
彼らには、水の都に手を出すリスクを嫌と言うほど刻み込み、同じ過ちを起こさぬよう、世間に伝聞させる方が得策であろう。
消滅させるのは、炎の教団の本部だけで十分なのだ。
だいぶ慣れてきたのだが、出来るだけ殺生は避けておきたい。
ここは魔力によりイメージが具現化される世界。
死に伴い生み出される力は、想像を超えるだろう。
無闇やたらに殺しまくって恨みを買い、化けて出られたら安眠出来なくなるしな。
そこで今回は、武力ではなく、芸をもって追っ払う事にしたのである。
だがしかし、芸術関連のスキルが無い俺は困ってしまい、色々と試行錯誤していたところ、見かねたネネ姉妹が手伝いを申し出てくれたのだ。
俺の力についてある程度知られてしまうが、聡明な二人の事だし、悪いようにはならないだろう。
そんな訳で、ネネ姉妹に対してはオープンに接する事にしている。
まあ、俺も気兼ねなく相談出来る相手が欲しかったしな。
「――さあ、準備はいいかな?」
「いつでもいいよっ、旦那!」
「わたしも大丈夫ですっ、旦那様!」
俺は、空飛ぶ絨毯を取り出して、ひらりと飛び乗る。
そして振り返ると、跪いて二人に向かい両手を差し伸べる。
「では参ろうか、麗しき姉妹――――いや、『炎の巫女』達よ」
ここからは、雰囲気が大事だ。
多少痛い発言でも、我慢して盛り上げていこうぜ!
乗り込んだ後は、絨毯だけをステルスモードにして姿を隠す。
これで、俺達三人が空中に浮かんでいるように見えるだろう。
そのまま、すいーと軍隊の進行先の上空に移動して停止。
俺は眼前に剣を掲げたポーズ、姉妹は俺の両脇で片手を挙げた左右対称のポーズで構える。
剣は、漫画とかによく出てくる、火柱を形取った儀式用の神剣もどきだ。
ちなみに、今回の俺の恰好は、初お披露目となる炎の赤をイメージした『戦闘バージョン』である。
名前は、今のところ名乗る予定が無いので決めていない。
性格は、炎と赤で連想されるような、苛烈で気が短い戦闘狂。
本来の怠惰な俺とは正反対な性格だ。
髪は、もちろん赤く染め上げて、燃え上がる炎のように逆立てている。
服は、真っ赤な布を不動明王のように肩から脇下に、そして腰回りに装着。
火の神といえば、日本ではカグツチなのだろうが、俺が真っ先に思い浮かぶのはこの不動明王だ。
不動明王は火に特化した神ではないのだが、その怒れる鬼のような形相と燃え盛る炎を背負うイメージから、火の神である印象が強い。
この様に、恰好は似せているのだが、のっぺらな日本人顔のため迫力に欠けるのが欠点である。
「……どうやら、気付いてくれたようだな」
眼下には、進行を停止した炎の教団が見える。
脈絡が無く空中に現れた俺達に気づいて、どよめいているようだ。
魔法を使っても空を飛ぶのは難しいし、飛行アイテムも入手困難だからな。
彼らの目には、さぞかし不気味な存在として映っているだろう。
第一印象としては、ばっちりだ。
よし、本格的に始めるとしよう。
「フン!」
俺は、無駄に気合いを入れた掛け声を発しながら、炎の剣を勢いよく頭上に引き上げる。
それと同時に魔法を発動し、空のキャンバスに炎で描いた巨大な不動明王を出現させる。
「「「――――!?」」」
炎の教団はもう、見ていて笑えてくるほど大慌てだ。
そりゃあ、いきなり目の前に、どんな建物より大きな憤怒する顔が現れれば、誰だって驚くわな。
彼らは、自分達が信仰する炎で創られた存在に、親近感を抱く余裕もなく、ただただ恐れ戦いている。
なまはげに「悪い子はいねがー」と、脅されて泣きじゃくる子供のようだ。
「そしてお次は、と――」
『顔見せ』の次は、『メッセージ』だ。
最後には『威嚇』して撤退させる訳だが、自分達が攻撃される理由が伝わらないと意味が無い。
だから、不動明王の更に上空に、今度は火の文字を書く。
文字はシンプルに、『神を戦争の理由にするな』。
味気ない率直な意味だが、ここは伝わり易さを優先すべきだろう。
何事も望まず何事にも干渉しない神を揶揄して、『神はサイコロを振らない』みたいな洒落た言い回しでもよかったのだが、上手く伝わらなければ無駄になるからな。
火を自在に操る炎の神――――のような超常的な存在からの、神罰を示唆するお言葉。
炎の教団は、炎の神のために戦っているつもりだろうから、それを真っ向から否定するに相応しいメッセージだろう。
現に彼らは、青ざめた顔でこちらを凝視している。
自分達の教示と矜持が、本日この時の凶事を引き起こしたのだと、身を以て味わうがいいさ!
「この次は、『印象付け』だな。……二人とも、始めるぞ?」
「「はいっ」」
「それじゃあ、ポチっとな。――ミュージックスタート!」
足下に置いていたCDラジカセのボタンを押すと、数秒の間を挟み、ボリュームを最大にした音楽が流れ出す。
今回使用するCDは、様々な洋楽がノリノリな感じに編集されたコンピレーションアルバムだ。
その中でも特に、高揚感を強く覚える曲を選んでいる。
「はっはっはっ! いくぜぇ!!」
ぎっくり腰と四十肩と糖尿病を気にする年齢なのを忘れて、ノリノリのアゲアゲなイケイケで宣言する。
――――♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
一曲目は、とても激しい曲だ。
連続で打ち鳴らされる、大きな太鼓の音で始まり。
フラメンコを彷彿させる、カスタネットと弦の旋律に繋がり。
最後には、畳み掛けるようなラテン調へと変化していく。
「「――――っ!」」
曲の始まりに合わせて、俺の隣でポーズを決めていたネネ姉妹が激しく踊りだす。
彼女達の恰好は、赤と白で構成された巫女装束。
だぶだぶの長い袖と袴に邪魔される事なく、むしろ旗を振り回すように、豪快な踊りを繰り広げている。
仏教の神を背に、純日本風の衣装を着た異人さんが、ラテン音楽に合わせて踊る様子は、ちょっと異文化交流が盛ん過ぎる気もするが。
そもそもここは、地球とは別の世界だからな。
異世界の人達にとっては、地球の文化という一つのジャンルに過ぎないだろう。
シュールでありながらも、ネネ姉妹のダンスは様になっている。
少なくとも、印象的であるのは間違いない。
二人は、これまで踊った経験が無いそうだが、少し練習しただけでコツを掴み、思い思いの振り付けであるものの、堂々とした舞いを披露してくれる。
おそらく、踊り子的な潜在スキルを持っていたのだろう。
「は! はっ! はっっ!!」
そして、忘れる事なかれ。
姉妹に挟まれる格好で、俺もハードにダンスっちまっている。
俺の踊りは、神楽で宮司が舞うようなゆったりめの動きだ。
それだけでは目立たないので、指先で剣をくるくる回しながら存在感をアピールする。
学生時代に吹奏楽部の同級生から習った棒回しが、こんな形で役立つとは思わなかったな。
「ほっ! ほっ! そいやっ!!」
ネネ姉妹だけに、いい格好をさせてなるものか。
最近の学校では創作ダンスの授業があるそうだが、そんなものが無くても盆踊りとディスコで鍛えられた世代をなめちゃいけない。
まあ、ディスコなんてハイカラな場所には行った事ないけどさ。
ダンス甲子園は最高に燃えたよなー。
「いいぞっ、いい感じだぞ!」
踊っていると、トランス状態になってくる。
やばい。気持ちいい。踊りが止められない。
最高にハイってやつだ!
大人になると、理性や羞恥心が邪魔して、はっちゃける事が出来なくなる。
子供であっても、踊りまくる機会はそうそう無いだろう。
俺も初めての経験だが、スポーツで拮抗した試合をしている時の楽しさと似ている。
こうやって単純に体を動かす面白さが、スポーツの源流になっているのかもしれないな。
会社でキーボードを叩いてばかりでは、決して味わえない感覚だ。
「――ははっ、はははははっっ!!」
自然と笑い声が漏れだす。
ああ、いいな。
今なら、笑顔でサンバを踊る人達の気持ちがよく分かる。
カーニバルだよー、な気分だ!
――――♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
……おっとと、次の曲に変わってしまったな。
踊るのが楽しすぎて、本来の目的を忘れていたようだ。
この『印象付け』の目的は、鮮烈な音楽と踊りで、記念すべき一大イベントをより強く心に刻み付けるためなのだ。
目論見は成功したようで、炎の教団の遠征軍は、全員ポカーンと口を開けて固まっている。
ふふふっ、俺達の素晴らしい舞踊に感激しすぎて、声も出ないようだ。
そして、次こそが本番にして最終工程の『威嚇』になるのだが。
踊る事に満足して、既にピークが過ぎてしまった感がある。
とはいえ、このまま歌って踊っただけで終わったら、それこそ意味不明な愉快犯になってしまう。
仕方ないから、ちゃちゃと焼き払いましょうかね。




