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水の都の眠り巫女・後編①/それは、姉妹と中年男の宗教観




「見渡しがいいし、風も気持ちいい。ここにするか」


 空飛ぶ絨毯に乗って移動していた俺達は、小高い丘の上に降り立つと準備にかかる。

 丘の一面には白詰草が生い茂り、白い頭が風に揺られている。

 この草を見ると、反射的にアレを探してしまう。

 四つ葉のクローバー。

 不幸の象徴である四の字を冠するくせに、幸運を呼ぶ伝説を持つ凄いヤツだ。

 後で摘んで、本の栞用に持って帰ろう。


「弁当箱、水筒、皿、箸、コップ、お手ふき、と。ルーネとティーネはシートを広げてくれ」

「分かったよっ、旦那」

「分かりましたっ、旦那様」


 収納用アイテムから次々と取り出し、ネネ姉妹と一緒に並べていくと、準備は直ぐに完了した。


「よし。ピクニックのはじまりだ。早速お昼にしよう」


 まあ、ピクニックといっても、ここまでアイテムで飛んできただけなので達成感は無いのだが。

 それでも、景色の良い野原でランチするだけで雰囲気は味わえるだろう。

 こんなところで昼寝するのも、気持ちいいだろうな。


「――こうやって、外で飯を食っているだけなのに、凄く満たされている感じがするよ」

「そうだね、お姉ちゃん。とても美味しいね」


 姉のルーネが、サバサバした性格にはちょっと似合わない、しんみりとした心情を述べる。

 ネネ姉妹と愛人契約を結んで以来、彼女はこんな風に穏やかな表情をする事が増えた気がする。

 長い間、二人だけで苦労して生きてきたようだし、随分と張り詰めていたのだろう。

 男としての甲斐性は皆無な俺だが、金だけはあるので、一応安心して暮らせるだけのリターンが出来ていればいいのだがな。


 一方、妹のティーネは、あまり変化が無いというか、マイペースに磨きがかかった気がする。

 アイテムで彼女の弱視を治した時も、冴えない俺の姿を直視してにっこり笑っただけで、態度を変える事は無かった。

 そして、姉と一緒に愛人契約を結ぶ事にも即決してくれたのだ。

 結構大物なのかもしれないな。


「仕事前の腹ごしらえだ。しっかり食べて英気を養ってくれ」

「旦那はあまり食べてないようだけど、いいのかい?」

「俺は腹一杯になると眠くなるから、終わった後にゆっくり食べるさ」


 昼寝している間に見逃したら困るからな。



「それにしても、こんなにも天気が良い日なのに、戦争なんてしょうもない事をするんだろうねぇ」

「そうだね、お姉ちゃん。きっと他にやる事が無いんだろうね」

「……宗教ってのは、ある意味、究極の自由だからな。天気も時間も人の都合も関係無いのだろうな」


「自由」ってのは、便利な言葉である。

 夢があり、希望に満ち溢れている。

 まるで、その眩しさで不自由さを隠しているかのように。


 自由の国として思い出されるのは、やはり米国。

 近年はそうでも無かった気がするが、一昔前のテレビに映し出される彼らは、誰しもが「本国は自由の国だから最高だぜ!幸せだ!」と誇らしげに語っていた。

 捻くれ者の俺の目には、頑張れば成功するアメリカンドリームという麻薬に幻惑されているように映ったものだ。

 自分が不幸なのは頑張りが足りないからと自戒するのは、まあ良い事かもしれないけど、成功者ってのは数が限られており、努力だけでどうこうなるものではない。

 それに、成功者=頑張り者が成り立つのであれば、成功していない大多数の者=怠け者の理屈も成り立ってしまう。

 そんな負の面には目を向けず、前どころか上だけを見続けているあの国は、やはり偉大な国なのかもしれないな。


「そうだな、まだ時間があるし、折角だから宗教について考えてみるか。二人にとって、宗教とはどんな存在かな?」


 宗教みたいな深淵なテーマは、真面目に考えてもキリが無い。

 だから、暇つぶしで考える程度が丁度いいだろう。

 案外その方が真実に迫るかもしれないしな。


「うーん、正直よく分からないよ。あたいらの親も生まれた地域も、宗教には関心が無かったからね」

「わたしは、最後の拠り処……、いえ、最後に行き着く場所、みたいな感じがします」


 ティーネの意見は、中々シビアだな。

 どうやら、小難しい話題だと妹ちゃんの方が冴えるようだ。


「そうさねー、あたいらも本当にどうしようもなくなったら、何処かの教会に駆け込んでいたかもしれないね」

「そうだね、お姉ちゃん。あの時のわたしたちは、まだ余裕があったのかもね」


「少し意外だな。金が無くなった者はすぐ教会に頼るのだと思っていたよ」


「そんな人も多いからね。でも、教会だってそんなに余裕がある訳ないし、あたいらみたいに体で稼げる奴が頼っちゃいけない気がしてね」

「生きていく恐怖からは解放されるかもしれないけど、神様の事しか考えられなくなるのは怖い気がします」


 うーむ、この世界の一般市民の一般的な考え方を聞いてみたかったのだが、この二人ではあまり参考にならないようだ。

 流石、俺みたいな変人に付き合っているだけはあるな。


「それじゃあ、一般的な話をしよう。普通の市民にとっての宗教とは?」

「普通に考えたらやっぱり、『心の拠り所』になるんじゃないかな」

「わたしもそう思います、旦那様」


 うん。俺も同意見だ。


「だったら、上流階級にとっての宗教は?」


「そうさねー、貴族様や商人とかには拠り所なんて必要ないだろうから、『義務』みたいなものかねー」

「わたしも『義務』、それか『政治』みたいな気がします」

「辛辣な意見だな。……そうか、上流階級にとっては『逃げられない楔』なのかもな」


 その一面はあるのだろうな。

 格式高い家であるほどに、宗教は自由に選べないだろうし。

 生まれた時から決まった神に祈り、決まった考え方を教えられ、決まった枠に矯正されていく感じがするな。

 そういう意味では、上流階級よりも下流階級の方が自由なのかもしれないな。


「最後に、教会にとっての宗教は?」


「どういう意味だい、旦那? 教会と宗教は同じじゃないのかい?」

「神を敬う人にとっての宗教、……それはつまり、敬う事の証明ですか?」


 ルーネは、教会と宗教の区別がついておらず、質問の意味がよく分からないようだ。

 ティーネは、質問の意図を理解したようだが、教会の内情までは知らないみたいで、一般的な答えを返してくる。


 宗教を求める者の理由が様々であるように、それを経営する宗教家にとっての理由も様々であろう。

 それは時に、信仰心そのものであったり、仲間を増やすための普及活動であったり、権力を高めるための手段であったり、金儲けであったり、女にモテるためであったりするのだろう。

 そして、究極の理由が、己が神となるため、若しくは、神そのものであるため、だとしたら。

 宗教とは、つまり――。



「――ねえ、旦那はどう思うんだい?」

「俺か…………」


 正直、宗教については、これといった答えを持っていない。

 だが、色んなメディアで扱われる存在だから、色んな考え方が出来る事は知っている。

 この際だから、俺も考え方をまとめてみよう。


「そうだな、人にとっての宗教とは、『生物の頂点に君臨する人よりも上位の存在を認識して自戒するための抑制力』じゃないかな」

「も、もう少し分かり易く言ってくれよ、旦那」

「抑制力……」


「人は、際限なく調子に乗ってしまう生物だからな。皆が皆、自分が一番偉いと思って好き勝手にしてたら、社会が崩壊してしまう。

 だから、宗教とは、神といった人よりも凄い存在を創り上げ、悪事を働くと天罰が下ると脅し自重を促す、言わば社会を守るための安全装置、だったりするのかもな」


 宗教でよくある『制限』や『苦行』とかも、その現れだろう。

 改めて考えると、我慢したり苦しんだりしないと幸せになれないなんて、ほとほと難儀な生き物だよな、人って。

 知能が高すぎるってのも、色々考えすぎて大変なのだろう。

 人は、古くから本能的に己の業の深さを恐れ、それを抑える理性の現れが神を崇拝すること、即ち宗教の発端なのかもしれない。


「旦那は何ていうかさ、怖い事を考えるのが好きだよねぇ」


 ルーネが呆れたように呟く。

 二次娯楽で見た色々な宗教観から、面白そうな考え方を抜き出しただけなんだがな。


「――でも、それは旦那様の本当の考えではないですよね?」

「…………」


 俺が他人の言葉を借りた事に気付いたようで、ティーネが追及してくる。

 ……なんだろう、ただの暇つぶしが真面目な話になってきたぞ。

 この先まともに考える事なんて無いだろう。

 この際、俺にとって宗教とは何であるのか、少し真面目に考えてみるか。


「うーん、そうだなーーー」


 まあ、俺のオリジナルな考え方といっても、ちゃんとした信仰心を持っていないため、結局は二次娯楽から得た知識をかみ砕き、少しだけ独自に解釈するだけなんだがな。



「――俺にとっての宗教は、『人を淘汰するシステム』がしっくりくるかな」

「とうた? どういう意味ですか?」


 翻訳アイテムでは上手く訳されず、そのままの言葉で伝わったようだ。

 この世界には無い概念なのか、それとも彼女達が知らないだけだろう。


「淘汰とは、世界に適合出来ない者が消え去り、適合出来た者だけが生き残るって考え方だよ」

「……つまり、生き物の中では、人が適合出来た者になるんですか?」


「そうなるな。だけど、人は他の生物より圧倒的に強かったため、ただ生き残るだけじゃなくて増えすぎてしまったんだ」

「…………」


「だからある日、神様は考えた。このまま人が増え続ければ、他の生物が消え去ってしまう。それどころか、世界そのものが破壊されてしまう。だから――」

「――だから、宗教という争いの原因となる火種を創ったんですね。人同士が殺し合って、……そして人の数を減らせるように」


「そう、それこそが宗教。人を間引くためのシステムって訳だ」


 随分と恐ろしい結論になってしまったが、捻くれ者の俺らしい皮肉だろう。

 実際、今回の抗争の理由は、宗教に他ならないからな。

 地球でもそうだったが、本当にうんざりな理由である。

 もっと単純に、金とか気に入らないとかシンプルな理由で争えばいいものの。


「……あのさ、旦那。あたいは何を言ってるのかよく分からなかったんだけど?」

「ははっ、きっとルーネの頭は、しょうもない話を記憶しない親切設計になっているんだろう。うらやましい事だ」

「ええー、なんだい、そりゃあっ」


 珍しくルーネが、拗ねたように口を尖らせる。

 ティーネが俺とばかり話していたから、寂しかったのだろう。


「……だとしたら人は、……そして神とは、……もしかして魔族とは、…………ぶつぶつ」


 ティーネの方は、何だか考え込んでいるようだ。

 マイペースに見えて、結構嵌まり込むタイプなのかもな。

 俺の戯言を真面目に考察されても困るのだが。

 おーい、帰ってこーい。



 まあ、当初の目的であった時間の調整は出来た事だし。


 さて、と。そろそろかな?




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