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お嬢様とメイドの奮闘記④/メイドと似顔絵




「ご無沙汰しております、グリン様」

「……ああ、そうだな」


 街中でばったり会ったメイドさんが、いつものお澄まし顔で挨拶してくる。

 十日程のスパンではあるが、確かに久しぶりである。

 何故ならば、いつもは呼ばずともやってくるメイドさんが、珍しく顔を見せなかったからだ。


 万難を排したように余裕を漂わせる今の彼女を見るに、意図的に避けられていた気がする。

 避けられる心当たりは、……まあ、沢山あるので、逆に特定するのが難しい。

 あるいは、心当たりの全てが積み重なった結果かもしれない。

 ふん、避けたければ避ければいいさ。

 孤独を愛する独り身のおっさんは、寂しさなんか感じたりしないのだからな。


 しかし、本当に避けられていたとなると、なぜこのタイミングで再会したかという話になる。

 なにやら面白い、いやいや、深い事情があるやもしれないので、真面目に考えてみよう。


 …………あっ、もしかして、あの件かも!

 どれどれ?


「――どうでしょう?」

「んん? なにが、かな?」


 いつもより抑制した声で聞いてくるメイドさんに、曖昧な返事を返す。


「今、ご覧になったのでしょう、私のステイタスを」


 もっと見てくれとばかりに、誇らしげに胸を張るメイドさん。

 張る程の肉厚が無いのが悲しいところだが。

 それはともかく、指摘されたように、メイドさんを鑑定してみたのだ。

 俺が確認したかったのは、そう、体重である。


「……なるほど、ダイエットがきっちり成功したようだな?」


 そう、メイドさんが俺を避けていた理由は、甘い物の食べ過ぎでぽっちゃりしつつあった体を元に戻していたからだ。

 俺は太った女性は苦手だが、メイドさんのようにスレンダーな女性が少しぐらい肉付きがよくなっても気にしないのだが。

 魔法が存在する摩訶不思議なこの世界よりも、乙女心は複雑なのだろう。


「――そのような事実は、ありません」


 おや、メイドさんがキリッとした顔で、何やら主張しはじめたぞ。

 いつも以上に引き締めようと頑張っている様が、ちょっと笑える。


「なにが、無いのかな?」

「このワタシが、ダイエットのような情けない行為に手を染めたという事実が、です」

「…………」

「このワタシは、生まれてこの方、一片たりとも余計な肉を装備した事などありませんっ」


 あまりの気迫に、メイドさんの背景に集中線が見えた気がしたぞ。

 「肉を装備」とは冒険者らしい言い方だが、気張り過ぎて誇張気味な話し方になっている。

 どうやら、仮に一時的であっても、太っていた事実こそが禁忌に当たるようだ。

 でも、それはさすがに厳しい言い逃れではなかろうか。


「――グリン様は、初対面の時にワタシの体重を鑑定されたそうですが、その後はどうでしょうか?」

「鑑定したのは、最初と今日の二回だな」

「でしたら、その間に、ワタシが太っていた証拠はありません」

「…………」

「つまり、そのような不名誉な事実は、最初から存在しなかったという事です!」


 なにやら、したり顔で屁理屈を言い出したぞ。

 返り血で真っ赤なくせに、バラバラにした死体をミキサーにかけ、トイレに流して完璧に証拠隠滅したから、「私は犯人ではありませんよ」と真面目な顔で言うメイドさんが思い浮かぶ。

 妙に似合っているのが、始末に負えない。

 メイドさんの闇を垣間見た気がするな。


 確かに、『万物は誰かに認識されるまで存在しない』といった量子力学的な考え方があるけどさ。

 二次娯楽好きからすると、科学とは対極のお伽噺のような解釈であり、嫌いじゃないのだが。

 ちょっとメルヘン入ってるメイドさんには、お似合いな言い訳かもしれないな。


「それとも、何か証拠でもあるのでしょうか?」


 彼女が主張するように、メイドさんのデブ期には体重を確認していないので、証拠など無い。

 俺の記憶力はレベルと魔法でアップしているため、デブ期の様子を細部まで覚えている。

 しかしそれは、主観的な見え方と言われれば、それまで。

 他に、証拠になりそうなものは――――。


「でもお嬢様が、『最近エレレが歩くだけで、床がギシギシきしむのよねぇー』って言ってたぞ?」

「……それは、屋敷が古くなっているだけです。勘違いしているお嬢様には、後できつく言っておきます」


 先日のお嬢様の発言を若干脚色して伝えたら、えらくお怒りのようだ。

 まったく、お嬢様の口の悪さには困ったものである。


「それに、夜中の街を爆走するメイドさんが散見されているって噂だぞ?」

「……それはワタシではありません。どこか余所の別のメイドです。それとも、このワタシである証拠でも?」

「いや、証拠は無いけどさ」


 このメイドさん、どうしても太っていなかったと言い切るらしい。

 女性にとって繊細な問題だけに、追及するのは止めて差し上げるべきだろう。

 男性は、ほら、職業上太る必要があったり、忙しさにかまけた中年太りとか許される雰囲気があるし。



「どうやら、俺の勘違いだったようだな」

「はい、ご理解頂けましたか」

「うん、まあ、それはそれとして。お嬢様から聞いていると思うが、甘い物の食べ過ぎは体に毒だから、注意した方がいいぞ?」

「そ、それはまさかっ、今後甘いプレゼントを頂けないと言う事でしょうか?」


 小刻みに震えるメイドさんが、震える声で問うてくる。

 これほど絶望的な表情、領主襲撃時にも見た事がないのだが。

 珍しく覗かせた俺の優しい忠告を台無しにしないでほしい。


「いや、それはエレレ嬢の意見を尊重するが、一応言っておこうと思ってな?」

「グリン様のお心遣いには感謝します。ですがこの通り、このワタシの体重は一切変わっていませんので、糖分の悪影響など心配ありません」

「…………」


 俺も甘い物が好きだけどさ。

 毎晩きつい運動をしてまで食べ続けるのもどうかと思うぞ。

 すでに手遅れなジャンキー状態じゃないのか、これ。


 まあ、実際のところ、どうとでもなる問題なのだが。

 本当に病気になったら、薬アイテムで回復すればいいだけだし。

 甘味が抜けたメイドさんってのも、味気ないだろうしな。


「だったら、本日は勘違いした詫びも兼ねて、とびっきり糖分が多いのにあまり美味くないお菓子を進呈しよう」

「……それは流石に、詫びにはならないと思いますが?」


 俺のボケに反応する程度には正気なようだな。

 振り返るに、今回の一件。

 事前に太る危険性を伝えなかった事と、乙女のデリケートな部分に触れた過失が、俺に無いとも言い切れない。

 だから、詫びとして形を残し、さっさと精算しておきたいのだが。


 スマイルが苦手な俺が提供出来る物は、食べ物か便利な物か金だけ。

 しかしそれでは、誠意として味気ない。


「心の籠もった贈り物なら、やっぱり手作りだろうな」


 自分の髪を編み込んだマフラーとか、血を染み込ませたチョコレートとか有名だし。

 でも俺には、裁縫の知識が無いし、料理も道具が無いと作れない。

 この場で、今すぐ出来る手作りの贈り物と言ったら…………。


「?」


 可愛く首を傾げるメイドさんを愛でながら、懐から二つの物を取り出す。

 それは、食べ物でも、アイテムでもない。

 複製魔法で創り出したスケッチブックと鉛筆である。

 最後に使用したのは、学生時代の写生大会だろうか?

 そんな感傷に浸りながら、サラサラと描き上げていく。


「…………よし、完成だ」

「なにが、でしょうか?」


 ものの十秒ほどで作業を終えた俺を、なおも不思議そうに眺めるメイドさん。

 お澄まし顔が似合う彼女だが、こうした無防備な表情も悪くない。


「ほら、本日のプレゼントはこれだ」

「――――っ」


 メイドさんが、はっと息を飲み込む。

 唐突に自分の絵を見せられたのだから、驚くのも無理はない。

 ここは、力自慢の野暮な冒険者達が集まる、芸術とは無縁の街。

 いくら華やかなメイドさんでも、紙に描かれた自分の姿を見るのは始めてなのかもな。


「……これは、グリン様がお描きになられたのですか?」

「ああ、見てのとおりだ」


 まさに今、目の前でデッサンしたものだ。

 超スピードで完成させたので、俺に絵の才能があるように見えるが、そうではない。

 人類を遙かに超越したレベルが可能にする、単純な技術なのだ。

 レベルが上がると技能全体がマシマシになるから、鉛筆で素描する程度なら数秒で済む。


 一つ注意すべき点は、どれほどレベルが上がっても元から無い才能は追加されないこと。

 だから、絵の才能が無い俺には、画家みたいに目の前の景色を一度飲み込んで噛み砕き、個性的に吐き出すアレンジが出来ない。

 ありのままを正確に描写する事しか出来ないのだ。


 出来上がった絵は、白黒写真に画像加工ソフトで鉛筆エフェクトをかけたようなもの。

 正確無比だが、何とも味気ない絵だ。

 おまけでアホ毛を追加しておけば、少しは個性的になっただろうか。

 しかし、それでも――――。


「グリン様にとって、ワタシはこう見えているのですね?」

「ああ」

「――ありがとうございます。一生の宝物にします」


 メイドさんは、満足してくれたようだ。

 だから、「画用紙に鉛筆で描いた絵だから、そんなに長持ちしない」などと、無粋なツッコミをするべきではない。


「また、描いていただけますか?」

「……気が向いたらな」


 単に写真を撮って渡した感じなので、あまり喜ばれても困るのだが。

 あれだな、子供の頃に母親の似顔絵を描いて嬉し泣きされるような気恥ずかしさを覚える。


「――――」


 スケッチブックを抱きしめ、はっきりと微笑む彼女に、俺は苦笑いを返した。




◇ ◇ ◇




「これを旅人さんが描いたのっ!?」

「ええ、もちろんです、お嬢様」


「色々な物を持っていたり物知りだとは思っていたのだけど、美術の才能もあるなんて意外だわ」

「それは…………、失礼な感想だと思います」


「人は見かけによらないものねー」

「……」


「でも、本当に凄いわね。まるでエレレが絵の中に入ったみたいに正確だわ」

「おそらく、グリン様にしか出来ない芸当でしょう」


「私も描いてもらいたいわね。今度会った時にお願いしてみようかしら」

「……お嬢様が絵になっても、意味が無いと思いますが?」


「どういう意味よ!? ……って、あら、二枚目にもエレレが描かれているみたいだわ」

「え?」


「一枚目と同じ絵に見えるけど、でも、少し違うような……」

「……」


「メッセージも書いてあるわね。なになに――――。

『二枚目には、ダイエット前のメイドさんを描いてみました。

 一枚目のダイエット後の姿と見比べて、楽しんでください』」

「…………」


「なるほどね、こうやって二つの絵を見比べると良く分かるわ。二枚目のエレレの方が、少しふっくらしているって」

「………………」


「以前の姿まで正確に描き分けるなんて、流石は旅人さんよね。エレレったら、すごく愛されているじゃないの?」

「……………………」


「あら、どうしたのエレレ。何だか体が震えているわよ?」

「…………少し、出てきます」



 ――――その夜、メイド服を着た女性は、一晩中、走り続けたそうな。





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[一言] スタープラチナかよって思って読んでたら ラストのビフォーアフターに全部持ってかれた。
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