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水の都の眠り巫女・前編④/それは、水の巫女との取引




「――ほう、気付いてござったか」


 俺は、上から目線で感心しながら、隠蔽用アイテムを解除して姿を現す。

 高圧的に喋ったのは、舐められないためだ。

 タダの物盗りだと勘違いされても悲しいしな。

 天井からなので、物理的にも上から目線な訳だが。


 天井に張り付いたゴキブリスタイルでは威厳もへったくれも無いので、天井に足裏を付けた逆さ吊り状態をとっている。

 忍者らしく、不気味さも演出できるだろう。

 喋り方は、これまたいい加減な忍者言葉。

 異国のスパイみたいな感じで伝われば、面白いかもな。

 まあ、一々考えながら喋るのが難しいので、たぶん直ぐ飽きるだろう。


「なにゆえ、人が集まっていた会議中に、話し掛けのうござった?」

「内密にお話ししたい事があるからです」

「……面白い。では、お聞かせ願おうか?」


 うん、もうダメだ。忍者言葉が思い付かない。ギブアップです。

 それに、何やら面白そうな話になってきた。

 おそらく巫女さんは、何かを勘違いして俺に話し掛けているのだろうが、面白そうなので話を合わせてみよう。

 抗争の情報も聞けるかもしれないしな。


「あなたは、『炎の教団』の使いの方ですか?」


 なーるほど。そういう勘違いな訳ね。

 確かに衝突する直前だから、敵側の間諜がやってくる可能性が高いわな。

 巫女さんは毅然と話しているように見えるが、握りしめた両手が震えており、冷や汗も流れている。


「……そうだとしたら?」

「教主にお伝え下さい。――我々は諍いを望まない、と」


「それは、要求を呑んで降伏するという意味か?」

「いいえ。信仰は自由であるべきです。己の神を崇拝するために、他者を排除する必要など無いはずです」


「その言い分が通じる相手であれば、今このような事態になっていないだろうな」

「……そうですね。ですが、我々はお願いする事しか出来ません」


「それでも、断ると言ったら?」

「――――僭越ながら、私の命にかえましても、止めさせていただきます」


 強い眼光。強い言葉。強い意志。

 とても冗談には聞こえない。

 両者の間に、緊迫した空気が流れる。

 これで俺がシュールな逆さ吊り状態でなければ、画面映えする良いシーンになっただろう。

 あ、頭に血が上ってきたかも。


「ほう、大した自信だな」

「……水の巫女には、代々受け継がれている魔法があります。私の命と引き替えになりますが、それだけに強力な威力を発揮する魔法です」

「…………」

「ですから、進行してくる軍は、必ずや全滅する事になります」


 巫女さんは、若干憂いの表情を見せつつも、きっぱりと断言した。

 その言葉に、嘘は感じられない。


 ……やはり、水の都は強力な武器を持っていたようだ。

 手札を漏らし過ぎな気もするが、具体的に告げた方が、脅威が伝わりやすいと踏んだのだろう。

 ぶっちゃけ、今ここで巫女さんを殺してしまえば炎の教団の勝ちが確定しそうな情報だが、まだ奥の手が有るのかもしれないしな。

 まあ、これで、先程の会議で皆が落ち着いていた理由が分かった。

 そして、巫女さんだけが青ざめていた理由も…………。


 少女一人を犠牲に解決とはね。

 良く云えば効率的、悪く云えば人任せ。個人的に云えば、まあ、嫌いな展開じゃない。

 たった一人に大勢の命を背負わせ、大半の者はその事実を知らない。

 そうだな、悲劇の物語としては、及第点を貰えるのかもしれないな。


 しかし何でまた、うら若き乙女にばかり酷な運命を与えますかね。

 可愛い女の子を失うのは、世界にとって何よりの損失ですぞ。

 そういった役目は、人生を味わい尽くした年配、しかも比率が多い男連中に任せておけばいいものを。

 あ、俺はその、まだまだ若いし、人生を知る道楽の最中だから、謹んで辞退します。



「――お願いします。もう一度、考え直しては頂けないでしょうか?」


 巫女さんからの最後のお願い。

 話を聞いた後だと、最後通告というより、最終勧告になるだろうな。


「ふむ、その話が本当であるなら、炎の教団にとって十分な交渉材料になると思うが……」

「…………」

「残念ながら、俺が交渉役を引き受ける事は出来ない」

「――っ、……そう、ですか」


 彼女は、最後まで毅然とした態度を崩さなかったが、一瞬だけ悲しそうな表情を見せた。

 ……君にそんな表情は似合わない。

 その憂いの表情、俺が消し去ってみせよう!


「――――なぜなら、俺は炎の教団と無関係だからな!」

「……ふぇ?」


 ほら、巫女さんから悲しい感情が消え去ったぞ。

 代わりに「?」マークが頭上に浮かんでいるようだが。

 凛とした表情が初めて崩れ、ぽかんと口が開き、あら可愛らしい。



「そ、それじゃあ、あなたは、だ、誰なのっ!?」


 哲学的な問いである。

 それを知るために、俺は放浪しているのだろうか。


「俺はただの旅人だ! この都には昼寝目的で立ち寄っているだけだ!!」

「…………」


 あっけにとられていた巫女さんだが、段々と真顔になり、最後には睨みつけてくる。


「メイを騙していたの……?」


 メイって誰だよ……。

 あ、本名がメイアナだから、愛称かな?

 自分の事を名前で呼び出したりして、口調が変わりすぎだろ。


「――なんでっ、なんでメイに嘘をついたのっ!?」

「いえ、嘘はついていません。否定しなかっただけです」

「一緒じゃないっ!!」

「ごめんなさい」


 俺は即座に土下座した。だって怖いんだもん。

 まあ、天井で土下座してるから、うずくまった黒い塊にしか見えないだろうが。

 普段温厚な人ほど、怒らせると怖いって本当なんだな。

 ちゃんと反省している様子をアピールしておく方がよさそうだ。

 だから許してくださいよー。


「ね、ねえ、本当に、関係ないの?」

「ああ、本当だ。何だったら神に誓おう」

「…………」

「…………」

「ほ、ほんとうに?」

「くどい!」


 なんで怒られている俺が逆ギレしているんだよ。

 これまでの冷静さを何処に忘れてきたのやら、巫女さんは面白いように動揺している。

 これで嗜虐心が疼かなかったらドS失格ってもんだ。

 普段冷静な人の慌てふためく姿っていいよなー。



「…………ぐすっ」

「ちょ、おまっ――」


 あっ、やばい。

 巫女さんは、俯いてぷるぷる震え出したと思ったら、遂に――――。


「んわぁぁぁーーーーー」


 あーあ、盛大に泣き出してしまったよ。


「んわぁぁぁーーーーー」


 しかし、大丈夫、問題ない。

 領主家の襲撃事件で、お嬢様が洞窟でやらかした前例があるから、もしかしてと思っていたんだよな。

 やはり、ここぞって時は経験がものを言うよな。

 前もってアイテムを使い、この部屋の音が漏れないよう工作しておいてよかったよ。

 あやうく駆け付けた関係者に、婦女暴行罪の冤罪で捕まるところだったよ。


「んわぁぁぁーーーーー」


 まるでダムが決壊したように、巫女さんは泣き続けている。

 よほどストレスが溜まっていたのだろうな。

 お飾りとはいえ街のトップともなると、気苦労が絶えないのだろう。


「んわぁぁぁーーーーー」


 まあ、ちゃんと涙が出ているのなら、まだ元気であろう。

 そんな名曲があるからな。

 可愛いキャラクターからは想像出来ない衝撃のラストで号泣必至なゲームだったよなー。


「んわぁぁぁーーーーー」


 ボロボロと、面白いように零れ落ちる涙の粒を前にして。

 少女の涙を飲む少年が登場する漫画を思い出す。

 涙を流す少女の眼に口を付けて飲み取る様に、一種の美しさを感じたものだ。

 ……今、頼んだら、飲ませてくれるかな。

 乙女の涙は、どんな味がするのかな。

 いや、きっと、しょっぱいのだろう。



「……ふむ、女を振って、泣かせて愉悦に浸る屑男の気持ちが分かる気がするな」

「――ちょっとぉ、なんで泣いている女性を放っておいて、お茶なんか飲んでいるのよっ!?」


 泣き止むまで時間が掛かりそうだったので、天井から降り、砂糖三杯入れた紅茶と苺ジャムを付けたスコーンを優雅に食べていた俺に、何故か抗議の声がかかる。


 いやいや、そう言われましても。

 俺に女性を慰めるスキルなんて無いし。

 こんな時は、片方がもらい泣きするのを我慢して冷静でいないと、場が収まらないからな。

 そんな俺の努力を分かって欲しいものだ。


「……もう、いいのかい?」

「だからっ、なんでっ、我が儘を言う女性を慰めている懐の深い男みたいな目で見るのよっ!?」


 うん、まあ、概ねそんな感じだと思っていたのだが。

 違ったっけ?


「まあまあ、冷静に話し合おうじゃないか。君も言っただろう。……争いからは、何も生まれないよ?」

「きーーっっ!!」


 久しぶりに聞いたな、その擬音語。

 確か女性のヒステリックさを表現しているんだよな。

 まさかリアル世界で聞けるとは、翻訳アイテムも粋な意訳をするものだ。




「――――っはぁ、はぁ、はぁ…………」


 時間が経つにつれ、巫女さんはゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

 俺の適切な対応が功を奏したのだろうか。

 それとも、単に泣き疲れただけだろうか。


「……なんで、なんでよっ」


 巫女さんの涙は止まったようだが、怒りはまだまだ残っているようだ。

 失恋ソングが好きな俺にとって泣いている顔は好ましいが、怒っている顔は苦手である。

 女性の喜怒哀楽全てを享受出来るようになれば、完璧な紳士になれるのだろうか。


 ……しかし、髪の色や喋り方など全体的にキャラ作りしている感じだったので、試しに酷い男を演じてみたのだが、やはり子供っぽい素顔が隠れていたようだ。

 年相応以上に子供っぽかったのは予想外だが。

 まるで思春期の中学生みたいな態度である。

 他人に甘える事に慣れていない感じがするな。


「酷い事をしてご免ね。本当の君を見たかっただけなんだよ」って、甘いボイスで囁いたら許してくれるだろうか。

 いや、殴られるな絶対。止めておこう。

 沈黙は金、雄弁は銀、ってやつだ。



「なんでなんでなんでよっ。なんであなたじゃないのよっ。誰がメイを助けてくれるのよっ!」


 よく分からんが、何やら助っ人の当てがあったらしい。

 かといって、誰とも知れず、明確な根拠がある訳ではなさそうだ。

 これも『水占い』なる謎スキルの所業なのだろうか。


「もう時間が無いのにっ。やっぱり結果は変わらないのっ? 膨れて破裂して死んでしまうの!?」


 何だか愚痴みたいになってきたな。

 ますます手に負えない感じだぞ。



「――――許さない、ぜったい、絶対許さないっ!」


 ゆらりと体を動かし俺の方を振り向いて、鬼の形相をした巫女さんが宣言する。

 あ、怒りが頂点に達して、恨みに進化している気がする。

 しかもその恨みは、俺に向けられている気がするぞ。


「ずぇっったいぃ許さないんだからぁぁぁーーーーー!!」


 ……どうやら俺は、やり過ぎてしまったようだ。

 女性の涙は情緒があり良いものだが、恨みはダメだ。

 女性の恨みだけは、本当にやばい。

 恨み辛み嫉みのような心霊的攻撃には、俺が持つ能力では対抗出来ない。

 しかも彼女には、『水占い』といった呪いが得意そうなスキルまで備わっている。


 駄目だっ。

 こいつは本当に駄目だ!

 早くなんとかしないとっ!!





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