水の都の眠り巫女・前編②/それは、風雲急を告げる水と火の関係
「……そんな理由なのか?」
この水の都で、戦争が起こる理由を聞いて最初に出た言葉が、これである。
教えてくれたミズっちもウンザリした顔をしている。
「私も酷い理由だと思うけどね。相手は大真面目だそうだし、こちら側からはどうしようもないそうだよ」
「まじですか……」
ミズっちから聞いた話を簡単にまとめると、こんな感じになる。
その一。水の都ヴァダラーナは、名が示すように『水』を崇める宗教的な都市である。
その二。同じように、『火』を至上とする『炎の教団』と名乗る宗教的集団が存在する。
その三。『水』と『火』とは相反する関係のため、相手の存在を許容出来ない炎の教団が攻めてくる。
説明終わり。三行で終わり。
実際はもっと細々とした理由や、長い歴史で積み重なった恨みとかがあるのかもしれんが、本質はこのたった三つの理由で説明出来るようだ。
そもそも、水と火の相性って何だよ。
そんな事いったら、火は相性が悪い相手が多すぎだろうに。
陰陽師を題材にした漫画とかに出てくる五行なる思想が、そんな考え方だったな。
そういえば、マイナーネタだったはずの陰陽師が、一時期やたらと流行った記憶がある。
会社のノーマルな女子から、「きゅうきゅうにょりつりょうって知ってる?」って聞かれた時はビックリしたものだ。
それはともかく、五行とは、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つといった、互いに与える影響が循環する思想だったかな。
確かにこの思想だと、火にとって水が天敵になるけどさ。
仲が良い物も仲が悪い物も、全てが繋がり合って世界は成り立っている事を示す面白い考え方なのに。
そのどれか一つでも排除しちゃったら、全部が駄目になっちゃうのが分からんのかね。
……でも、まあ、そんなものかもしれないな。
どんなに規模が大きくても、所詮は喧嘩。
理由なんて、「相手が気に入らない」で全部片付く。
そこに宗教や政治が混じり込んでいたとしても、根源となる理由はそんなもの。
ある意味では、とてもシンプルで分かり易く、善悪を併せ持つ人らしい理由と言えるだろう。
「でも戦争って、近年では禁止されていたよな?」
「禁止というより自粛だよ。人類間で争っているとお互い疲弊した後に魔族が介入してきて、結局共倒れになっちゃうから」
そうそう、魔族という人類の天敵が出現してからは、狡猾に横槍を入れて漁夫の利をさらっていくため、人類同士の抗争はご法度だったはずだ。
「でもそれは、国家間の大々的な戦争での事だよ。街や団体の小規模な争いまでには、魔族は出てこないから」
「規模が小さいと魔族のメリットも小さくなるから、切り捨ててるって訳だな」
魔族は損得勘定も上手いらしい。
力だけでなく知恵でも劣るのであれば、そりゃあ人類は敵わんわな。
魔族が世界を征服する日も近いのかもな。
念のため、魔王様にゴマをすっておいた方がいいのかもしれない。
もうすでに魔王様の腹心たるアレなアレらをアレしちゃっているので、手遅れかもしれんがな。
「一応聞くけど、話し合いの余地は残ってないのか?」
「相手の要求は、炎の都に名前を変えて、街中の水を無くす事だよ。……そんな要求が飲める訳無いのにっ」
「だろうなー」
聞く前からそんな感じがしていたけど、やはり話というか理屈というか言葉そのものが通じない相手のようだ。
お互いに根本的な思想が違えば、どうやっても相手の考えを理解する事が出来ないのだろうな。
「抗争が避けられないのは分かったが、ミズっちみたいな一般人が気張っても仕方ないだろう?」
「そうかもしれないけど、じっとなんかしていられないよ。この都には大した兵力が無いから、私にやれる事は何でも手伝いたいんだよ」
「いやいや、冒険者ならまだしも、戦う力を持たないなら、素直に避難すべきだと思うのだが?」
鑑定してみたところ、ミズっちのレベルは年相応に低いし、戦闘向けのスキルや魔法も会得していない。
そんなんで戦いに参加しても、無駄死にどころか邪魔になるだけだと思うのだが。
「この戦争には巫女様も参加するそうなんだよ。それなのに、いつも守られている私達が黙って見ている訳にはいかないよっ」
「ん? みこさまって何だ?」
「お、お客さんっ、まさか巫女様の事まで知らないの!?」
「ああ、初耳だな」
ミズっちが信じられないものを見て、驚愕しているような表情をしている。
普段は見せてくれない表情なので、ちょっと得した気分だ。
彼女をそこまで驚かせるなんて、よほどの有名人なのだろうか。
「ほんとうに呆れちゃったよ。お客さんがここに通い出して、そこそこの日が経つのに」
「もしかして結構な有名人なのか?」
「当たり前だよ! 水の巫女様はこの都の代表にして守り神! この都を守ってきたのは代々の巫女様たちなんだよっ」
「へー、巫女さんがねー」
巫女、即ち神に仕える未婚の女性。
特に未婚が重要。個人的に。
国の頂点に君臨するみこさん、として思い出すのは、邪馬台国の卑弥呼女王。
洒落ではなく、卑弥呼はシャーマニズム的な呪術師って説があるから、広義に解釈すれば巫女とも呼べるだろう。
年増で即位した卑弥呼よりも、十三歳で跡を継いだ壱与の方が好き。個人的に。
そんな神秘を司る巫女さんが、水の都のトップを務めているという。
……うん、ちょっと個人的な興味も湧いてきたな。
「特に今の巫女様は、私とあまり変わらない年なのに、すごく落ち着いていて素敵な人なんだよ」
「若いのに大層な人物みたいだな。だったら、今回もその巫女さんが守ってくれるんじゃないのか?」
「……そうかもしれないけど、いつまでも巫女様ばかりに頼っていたら駄目だと思うんだよ」
ミズっちがメランコリックな表情で呟く。
彼女は太陽が似合う元気美人なだけに、憂いの仕草が際立つ。
正直、ぐっとくる。
……まあ、俺の趣味嗜好は置いておくとして。
話を整理するに、要は破壊を目的とする輩がやってくるってこと。
対する水の都には、敵を迎撃するだけの戦力があるのか疑わしい。
だから、都やミズっちが壊される可能性がある訳で。
つまり、俺の大事な大事な昼寝場所が、無くなってしまうのか――――。
「――いつもそうだ」
……そう、思い返せば、いつもそうだった気がする。
俺が気に入ったものは、いつも無くなってしまうのだ。
コンビニのお菓子も、漫画の連載も、ゲームソフトの会社も。
いつの間にか、無くなってしまうのだ。
「そうだよな、せっかく創り上げた昼寝場所が無くなるのは、困るよな。上手く睡眠を取るコツは、まず環境を整える事なんだよな。ミズっちほどの美声と美尻をまた探し出すのは、とても難しいよな。うんうん、ほんとうに、本当に凄く凄く困るよな…………」
「お、お客さん?」
地球に居た時は、その理不尽な行いを黙って見ているしかなかった。
だけど、今は違う。
今の俺には、大切なものを守るだけの力が備わっている。
もう、俺を悲しませるもの全てを、許しはしないっ!
「なんぴとたりとも――」
「えっ?」
「――何人たりとも俺の昼寝を邪魔する奴は許さねぇ!!」
「急にどうしたのっ!?」
「あ、すまんすまん。ちょっとした意志表明だから、気にしないでくれ」
「……もしかして、お客さんも一緒に戦ってくれるの?」
「はははっ、そんな必要はないぞ」
「……そうだよね。この都と関係無いお客さんが、そんな事をする必要ないよね」
「そうそう、ミズっちが戦う必要なんて無いからな」
「そうだよね…………って、えっ、どういうこと?」
「俺の地元には『果報は寝て待て』って言葉がある。難しく考えるよりも、寝て待っていたらいつの間にか解決しているって意味だ」
本当は『果報は寝て待て』と『案ずるより産むが易し』の都合が良い処だけを抜き出し、ごちゃ混ぜしたような意味だけど。
日本人でない彼女に対しては、単純にそう訳した方が伝わり易いだろう。
何より寝る事は正義だからな。
「ちょっと、それはお気楽すぎるよ。それで上手く行くなら誰も苦労しないよね?」
ミズっちは腰に両手をあてて、まだ寝転がったままの俺に説教してくる。
母親以外の女性に怒られるのって、なんかいいよな。
彼女の言い分は、まったくもってその通りなんだけど。
……だけど、真の平和ってものは、案外そんなものかもしれない。
平和を維持するため、裏で苦労している者がいる。
平和を享受している者は、その平和が守られている事に気付きはしない。
平和を守る者も、気付いてもらおうとは思っていない。
世界の構図とは、案外そんなものかもしれないな。
……ミズっちが心配しているご立派な水の巫女さんとやらも、そう思っているのだろうか。
まあ、俺の行動理念に、平和など全く関係無いのだが。
「まあまあ、明日には解決するかもしれないから、ミズっちも難しく考えない方がいいぞ」
「まったく、お客さんのお気楽さを分けてもらいたいよ。それと、その変な呼び方は止めてって言ったよね?」
「そういう訳で、また来週も来るから!」
「あっ、ちょっと!?」
慌てて呼び止めるミズっちを無視して、仰向けに寝転んだ状態から跳ね起き、そのまま近くの陸地へと飛び移る。
そうと決まったら、ゆっくりしていられない。
まだ時間があるからと油断して、後々泣きながら仕事する体験を今まで散々味わってきたからな。
特に面倒な仕事は、先に片付けた方がいいのだ。
――――さてさて、人様の睡眠を邪魔する輩に、長い長い眠りをプレゼントしましょうかね?




