旅路の姉弟①/灰色の商人
俺は今、『空飛ぶ絨毯』という何処かで聞いたようなアイテムに乗り、空中を移動しながら街を探している。
このような日本風の名称は、別世界から来た俺向けとして馴染みやすい言葉に翻訳されているのだろう。
この世界の本意とは多少違う意訳もあるだろうが、それは仕方ない。
「街に着いたら、まずは腹を満たして、見学して、食事して、風呂に入って、食べた直後に寝たいなー」
この世界の料理は、未だ食べた事がない。
魔物からも食材が手に入る不思議な世界だ。
さぞかし料理も美味かろうと期待が高まる。
そこでふと気づく。
盗賊から戦闘に関する基本知識を得ていたが、普通の生活に必要な知識は聞き忘れてたのだ。
彼らから頂いた多少の金と魔物から得たアイテムがあるので、金銭には困らないと思うが……。
出来れば街に入る前に、一般常識や物品の価値なんかを知っておきたいところである。
「どうしたものかな……」
腕を組んでしばらく悩んでいると。
「――――――っ」
前方から叫び声が聞こえた。
若い女性の声だったので、地上を探しながら飛行速度を上げる。
「あれかな」
魔物に追われている現地人の姿を発見。
背丈から大人一人と子供二人のようだ。
魔物の動きは速くないのだが、子供連れのためもたついているらしく、次第に距離が縮まっている。
「様子を見る時間は無いか」
とりあえず魔物を撃退してから考えようか。
魔法は遠距離からでは巻き込む危険があるので使わず、照準追尾機能が付いた弓矢のアイテムを取り出して撃つ。
――――グガっ!
矢が頭部を串刺しにすると、断末魔の悲鳴を上げて魔物が消える。
低ランクのゴブリンタイプだったようだ。
「大丈夫ですかー?」
いきなり空から現れるとビックリされそうなので、まずは声をかけてみる。
「…………えっ、……あ、はい?」
呆然としていた人族の成人女性が、こちらの姿を見つけて返事をする。
それを確認して地面へと降り立つ。
「えっ、あっ、その…………」
彼女は突然消えた魔物と突然現れた俺を前に、状況が理解出来ていないみたいだ。
苦手な愛想笑いを浮かべ、相手の様子を確認する。
どうやら怪我は無いようだ。
成人女性は、20歳くらいで柔和な顔立ちだが疲れた表情を覗かせている。
彼女の後に隠れ、中学生くらいの女の子と小学生高学年くらいの男の子が半身を覗かせている。
3人とも顔立ちが似ているので姉弟なのだろう。
長女は長いストレートヘア。次女は肩までのショートヘア。末っ子は、……男の髪型なんかどうでもいいな。
よほど魔物が怖かったのだろう、みんな涙ぐんでいる。
泣いている女の子って可愛いよなー、などと考えながら話しかけてみる。
「お困りのようでしたので断り無く倒しましたが、問題ありませんか?」
余計なお世話かもしれないので、一応確認しておこう。
「……は、はい。助かりました。もう少しで殺されるところでした」
倒してよかったみたいだ。
颯爽と登場して勘違いでは悲しすぎるしな。
「本当にありがとうございました。この通りは魔物が少ないので油断してました。本当に助かりました」
「いえ、偶々通りかかったご縁です。お気になさらず」
そう応えると、彼女はやっと安心したようだ。
「わ、私はハンナといいます。こちらが妹のミイナと弟のカイルです」
妹キター!
俺には元の世界にリアル妹様が居るのだが、二次元の妹キャラも大好きなのだ。
まあ、異世界とはいえ、ここも現実なんだが。
あ、リアル妹もそこそこ可愛いですがね。
「これはご丁寧に、私は行商人のウスズミと申します」
念のため偽名を告げておく。
真名を介した呪いのような魔法があったら怖いしな。
『ウスズミ』は、灰色の髪をした腹黒商人でグレーな服を着ているから、灰色=薄墨色って感じで名付けている。
――――俺は、現地人と交流する際に、対外的な役職別に名前、性格、服、髪の色などの外見を使い分ける事にした。
複数の人間を演じておけば、どれかが失敗しても切り捨てて逃げ易いからだ。
役職は大まかに『旅人用』『商人用』『戦闘用』に区分する予定。
『商人』の顔は、主に人助け用だ。
むろん対価はしっかりと頂く。
偽名は『ウスズミ』。
口調は腹黒く慇懃無礼な丁寧語。服は灰色のローブを装着。擬装用のアイテムで髪と目の色も灰色にし、眼鏡を掛ける事にしている。
服は『変幻自在服』というレアアイテムで、その名の通り大きさ、形状、色合いまで服のカテゴリーなら何にでも変化できる。
防御力も高く、自動洗浄と修復機能付き。
『旅人』に擬装する場合は、緑基調の作業着にして見た目の印象から変える予定だ。
ローパーさんちのシンディーちゃんが、その日の気分で髪の色を変えていたのと似てるかな。
「え、商人さんなんですか。てっきり冒険者の方だと……」
ハンナが驚くのも無理はない。
最低ランクの魔物でも一撃で倒すには、冒険者でも中級の実力が必要だろう。
「魔物は高級商品のマジックアイテムを使って倒したのですよ」
なるほど、と何とか納得してくれたようだ。
実際にアイテムで倒したので嘘ではないのだが、俺の無駄に高いレベルを気取られないよう注意が必要だな。
話を聞いたところ、両親を亡くした姉弟は、戦う力も護衛を雇う金も無いため、遠回りだが魔物の出現率が低いこの道を通って親戚が住む村へ向かっている最中だったそうだ。
この世界で安全な場所は、強固な防御壁を築いている市街ぐらいで、外では頻度の差は、あれど魔物が居ない地域は無い。
彼女達も危険は承知で移動しているのだ。
これ以上の深い事情は聞かない事にする。
初対面の相手に話すものじゃないし、聞いてどうこうするつもりもない。
俺は自分の都合で接触しただけなのだ。
それでは、目的である情報収集を始めようか。
「災難でしたね。何かご入り用はありませんか、今ならサービスしておきますよ?」
まずは商人らしい話をして、とっかかりを作ろう。
「い、いえっ。これ以上お世話になる訳にはいきません。むしろ助けて頂いた御礼をさせて下さい」
おっ、都合良く話が進んだな。
しかし、『商人』バージョンでは代価を求めるつもりだったものの、具体的には考えていなかったな。
さて、どうしたものか。
「とは言っても、お金もアイテムも持ってないのですが……」
申し訳なさそうに俯くハンナを見て、嗜虐心が湧いてくるが、ここは我慢。
流石に子供の前で体を要求するほど、俺のハートは強くない。
「目的の村までは、どれ程かかるのですか?」
「その、街から歩いて8日かかるので、残り6日ほどです」
ずいぶん遠いな。
情報だけを聞き出して去るのは簡単だが、その後にまた襲われたら寝覚めが悪い。
だったら、こんな提案はどうだろうか。
「では、村に着くまで私が護衛しますので、その代価として商品の実験に協力してもらえませんか?」
「じ、実験、ですか?」
「はい。マジックアイテムの使い勝手を確認しておきたいのです。もちろん安全は保証しますよ」
大変な作業だけどね、と心の中で付け足す。
そんな俺の思惑を知る由もないハンナは、少し悩んだ後に、こくりと頷く。
「それでしたら……。私達が役に立つか分かりませんが、協力させて下さい」
はい、言質取りましたー。
「ありがとうございます。商談成立ですね」
俺は最高に胡散臭い笑顔で歓迎した。
そわそわしていた弟君に、倒した魔物のドロップアイテムを「好きにしていいですよ」と言うと、喜んで取りに行った。
危機が去り、姉弟もだいぶ落ち着いてきたようだ。
まずは彼女達が持っていた地図で、現在地と目的の村の位置を確認してみる。
「この森は魔物が多いので、こちらに迂回する予定です」
ハンナが地図を指さしながら説明してくれる。
「森を通った場合は、どれ程で到着しますか?」
「何もなければ、半分の3日ほどです」
森は直進ルートだから断然早いようだ。
「それでしたら、私が乗ってきたアイテムで森の上空を通りましょう。その方が実験にも都合が良いですし」
「その、早く着くのは有り難いのですが、大丈夫でしょうか? 空を飛ぶ魔物も居ますし」
「問題ありませんよ」
姉弟は、俺の言葉を聞いてほっと息を吐く。
「皆さんに魔物を倒してもらいながら進みますので」
だが、次の言葉を聞いて目を見開いた。
「……えっ?」
「武器アイテムの実験ですからね」
「え、えっ?」
驚いて硬直している姉弟を「大丈夫、大丈夫、怖いのは最初だけですから、先っちょだけですから」と宥めながら『魔法の絨毯』に押し乗せる。
「さあ、出発しましょう!」
「えええっーーー!?」
こうして、人体実験の旅が始まったのである。