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お嬢様とメイドの奮闘記③/新たな二つ名と名物




 よく晴れた昼下がり。

 ある屋敷の庭先に椅子とテーブルを構え、メイド服を着た女性が優雅にお茶を楽しんでいる。

 その見せびらかすような一人お茶会を、好奇心が過大なお嬢様が見逃すはずもなかった。


「あら、エレレじゃない。こんな場所で何を食べているの?」

「……あむあむ」


「ねえったら?」

「……あむあむ」


「…………」

「あむあむ…………おや、お嬢様。いらっしゃっていたのですか。いま気付きました」


「……全部食べ終わるまで、無視してたでしょう?」

「はて、何の事でしょうか?」


「私に分け与えたくなかったのでしょう?」

「……これは、お嬢様のためなのです」


「何でそうなるのよっ」

「ワタシのお菓子を奪う不届き者には鉄槌が下されるでしょう。いわばワタシは、お嬢様の安全を守ったのです」


「どんな詭弁よ!? ……エレレったら最近、意地悪な誰かさんに似てきたんじゃないの?」

「光栄なことです」


「……どうも手遅れのようね」

「お嬢様の指導の賜物です」


「…………」

「…………」


「そもそも、私が横取りなんてする訳ないでしょう?」

「……本当にそうでしょうか?」


「当たり前よ!」

「そうですか、安心しました。実はもう一つお菓子が残っているので、どうすべきか悩んでいたのです」


「え?」

「これで心おきなく食べる事が出来ます」


「……やっぱり似てきたわよ。とても悪い意味で」

「あむあむ」




「――ねえエレレ、このすごく冷たくて柔らかいお菓子、どこから取り出したの?」

「けっきょく横取りしているじゃないですか。まったく、お嬢様はまったく」


「もう、ちょっとぐらい、いいじゃないっ。それで、どこから出したのよ?」

「これです。作りたての状態のまま保存出来るポーチです」


「ど、どうしたの、これ?」

「もちろんグリン様から頂きました。いつでも美味しい状態でお菓子が食べられるようにとのご配慮です」


「…………」

「グリン様の食へのこだわりは、是非見習うべきでしょう」


「ちょ、ちょっと、問題はそこじゃないでしょ!?」

「なんでしょう?」


「このポーチ、マジックアイテムじゃない!」

「ええ、そうですが。何か問題でも?」


「大問題でしょ! 状態保存が可能な収納アイテムなんて、金貨1000枚はくだらない希少品でしょ!?」

「……お嬢様」


「な、なによ」

「お金など些細な問題です。重要なのは、グリン様がワタシの事を想ってプレゼントしてくださったという一点なのです」


「些細じゃないわよ! このポーチを売るだけで大きな家が建つくらいの高級品よ! それをお菓子を美味しく食べるためだけにポンと渡すだなんて、どんな価値観してるのよ!?」

「甘い食べ物が何物にも代え難い価値を持つという証明でしょう」


「……本気で言ってそうだから、手に負えないわね。最近のエレレったら、本当の本当に旅人さんの影響を受け過ぎよ?」

「ワタシはお嬢様にそそのかされたと記憶していますが?」


「それにしても毒され過ぎよ。……はぁ、エレレをけしかけるって作戦が間違っていたのかしら」

「……もし、そうだとしても、もう作戦の中止は出来ないでしょう」


「どうしてよ?」

「手遅れなのです、とっくに」


 そう言い放つと、メイドは最後の一切れを口に入れた。




◇ ◇ ◇




「ねえ、ひどい話でしょ?」

「……」

「別に他人のプレゼントを奪うつもりはないのよ?」

「……」

「でもね、私だってお菓子が嫌いな訳じゃないのよ?」

「……」

「幾つもあるのだから、一つくらい分けてくれても良いと思うでしょ?」

「……」

「ねえ、ちゃんと私の話を聞いているの、旅人さん?」


 なぜ俺が、お嬢様の愚痴を聞かねばならぬのか。

 そう主張したい気持ちをぐっと堪える。

 なぜなら、女性の愚痴には口答えしてはいけない社会の掟があるからだ。


「ねえ、ねえったらっ」

「――――」

「んぎゃっ!?」


 俺はデコピンを受けてよろめくお嬢様を見て、心の平穏を取り戻す。

 口を出してはいけないが、手を出してはいけない決まりは無かったはずだ。


「痛いじゃない! 何をするのよ!?」

「すまんな。ブンブンとうるさいハエが飛んでいたから、思わず手が出てしまったよ」

「えっ、うそっ、私のおでこに潰れたハエが付いているの!?」

「……いや、どうやら潰しきれなかったみたいだな」


 皮肉も通じないとは。

 どうやら打ちどころが悪かったらしい。



「だいたい、そんな事を俺に言われても困るのだが。直接本人に言えばいいだろう?」

「だめよ。エレレったら聞く耳を持たないんだから」

「だからって、俺に言われてもなー」

「でもね、私は気付いたのよ! そもそも旅人さんがエレレばかりを贔屓せずに、私にもプレゼントしてくれれば争いなんて起こらない事にっ!!」

「……」


 いや、そんな世界の真理に気付いたみたいに、偉そうに言われてもな。

 もう一発、デコをピンした方がいいのかもしれん。

 今度はまともな思考になる事を祈って強めにな。


「……プレゼントなら、お嬢様にも渡しただろう?」

「もうパズルは嫌っ、嫌なのよ!」


 そこまで忌避反応を示さんでもよかろうに。

 まだこっそりと7分割キューブに挑戦しているのだろうか。


「だからね、私にもエレレと同じお菓子を渡しておけば問題が無くなるでしょ?」

「いや、問題ありありだな」

「な、なにがよ?」

「それだと面白さが足りない!」

「そんなの要らないわよ!」


 何を言うか。

 お嬢様の『好奇心スキル』だって、面白い物を求めている現れではないか。


「それに、俺がメイドさんに貢いでいる甘い物は、良い事ばかりじゃないんだぞ」

「えっ、どういう意味なの?」

「物事は総じて二面性を持つって意味だ」


 たとえ良い事ばかりに見えたとしても、本人の見えないところで、又は他の誰かにとって、もしくは地球そのものにとって何らかの不利益が生じているものなのだ。

 悲しい現実として、我々は知っておかねばならぬのだ。


「それって、エレレが甘い物を食べちゃうと、何か悪い事が起きてしまうって意味なの?」


 流石はお嬢様。

 面白そうな気配を感じ取ったのか、先程までのポンコツ思考はどこへやら、察しが良い思考へと切り替わる。

 しかし、悲しいかな。

 食文化や医学が遅れているこの世界の知識では、そのデメリットが何であるのか気付けないようだ。

 ……そうだ。この話の流れであれば、面白いプレゼントがあるぞ。


「ちょうど良い物がある。今日はこれをプレゼントしよう」

「わっ、やったわ! ……って、これは何なの?」


 お嬢様は、俺から渡された平べったい正方形の物体を見て首を傾げている。

 やはり、この世界ではまだ使われていない道具のようだな。


「それは『体重計』と言ってな。その上に乗った人の重さが分かる道具だ」

「あら、そうなのね。……でも、自分の重さなんて計ってどうするの?」


 なるほどな、自重を計測する習慣が無いと、反応もこんなものか。

 これでは、体重の重要性に気付ける訳がない。


「まあ、物は試しだ。お嬢様が実際に乗れば分かるだろう」

「そうね、何でも試さないと分からないものね」


 この素直さは、育ちの良さから来ているのだろうか。

 生来のお気楽さから来ているのだろうか。


「あっ、49と書かれた場所に針が止まったわ」

「流石お嬢様、縁起が悪い数値だぞ」

「何が流石なのよっ!?」


 ふむ、17歳の女性で49kgだと、平均よりやや軽めって感じかな。

 聞けば領主家は慎ましい生活をしているらしいし、お嬢様も慎ましい体型だから妥当なところだろう。

 この体重をこの世界の重さに換算して伝えても、「そうなの?」って具合で何の感慨も無い。

 やはりこの世界の住民は体重に興味が無い、というか疎いようである。


 それもそのはず。

 この街に住んで三ヶ月ほど経つが、その間、丸々と太った女性を見た事が無い。

 おそらく、過剰摂取が常時許される程の食料が確保出来ないこと、特に太り易い糖分を含む食料が少ないこと、そしてハードな肉体労働を行う人が多いことが要因だと思われる。

 貴族や商人の男性は、それなりにでっぷりしている者も居るので、金銭の問題も大きいのだろう。

 とにかく、ここで重要なのは、この世界の女性は太る危機感を持っていないって事なのだ。



「それで結局、この道具で何が出来るの?」

「まあ、端的に言えば、『太っている』か『痩せている』かを判別出来るってとこだな」

「なによそれ、そんなの見れば分かるじゃない?」

「そうだな。だからこの体重計は、見ただけじゃ分からない詳細な体重の変化を知るための道具だな」

「ふーん、そんな些細な変化まで知る必要があるのかしらね」


 これだけ説明しても、お嬢様にはピンと来ないらしい。


「そもそも、太っている女性なんて居ないでしょう?」


 確かに、太る要因が少ないこの世界の女性諸君にとっては、無用の長物であろう。

 ……だが、忘れてはいけない。

 俺達の身近に、常識を超越する逸材が居ることを!


「……だからここで、話が戻る訳だ」

「えっ、まさか!?」

「――そう、甘い物を食べると物凄く太ってしまうのだ!」


 何で俺は当たり前の事を、さぞ驚愕の事実みたいに言っているのだろうな。

 だが、お嬢様には効果覿面だ。


「そ、そんなっ! それじゃあ、エレレはっ!?」


 若干演技がかっている気もするが、ここは乗っておこう。


「ああ、もう手遅れだろう……」

「確かに最近のエレレは、少しふっくらしてきたと思っていたのよ。特に胸あたりが」

「ほうほう、詳しく聞こうじゃないか?」

「てっきり旅人さんが揉んでいるからだと思っていたのに」

「……俺は無実だ」


 まだ揉んでねえよ。



「まあ、そんなこんなで、この道具を使うと女性のぽっちゃり具合が事細かに証明される訳だ」

「な、なんて恐ろしい道具なの!?」


 ふむ、やっと事の重大さが伝わったようだな。


「この問題は、何より本人に自覚させる事が重要だ。だからお嬢様は、この道具を使ってメイドさんに真実を伝えてほしい」

「で、でも……」

「辛い役目を負わせてしまうが、お嬢様にしか出来ない事なんだ!」

「…………そもそも、旅人さんがエレレに甘い物をプレゼントしなければ済む話よね?」


 ちっ、気付いてしまったか。急に冷静になりおってからに。

 だが、もう遅い!


「おやおやぁ、そんな事をしていいのかなぁ? お嬢様の命令で甘い物が貰えなくなったと知ったら、メイドさんはどうするだろうなぁ?」

「ちょ、ちょっと待ってよっ。何で私の所為になるのよ!?」

「俺には、プレゼントを止める理由なんて無いからなぁ」

「そ、そんなっ!?」


 ふふふっ、絶望を噛みしめな!


「ちなみに、最初に会った時にこっそり鑑定したメイドさんの体重は55kg。この時点では平均的だなぁ」

「何で体重まで鑑定してるのよっ!?」

「さてさて、今は何kgになっているのか愉しみだなぁ?」

「あ、悪趣味だわ!」

「あれから随分と餌を与えてきたからなぁ。大台の60kgもありえるかもなぁ」

「酷すぎるわっ!」

「このまま順調に太っていけば、二つ名が『でぶメイド』になちゃうかもなぁ」

「それは面白そうだけど!」


 真実は、いつも残酷である。

 それでも、正面から向き合う勇気を持ってほしい。

 切に、願う。



「あの、その、もしかして旅人さんは、ふっくらしている女性が好みだったりしないの?」

「そうだな、有りか無しかで言えば……」


 ふっくらと丸みを帯びてポチャリしたでぶメイドさんを想像してみる。


「お、お慈悲をっ!」

「無いな」

「……」

「うん、全く無いな。はははっ、無い無い、本当に全く無いぞっ、はははははっっ!」

「…………」

「ははっ、はははははっ――――」


 妙にツボに入った俺の笑い声は、渇いた空に響き渡った。




◇ ◇ ◇




「――ごめんなさい、エレレ。私が間違っていたわ」

「……お嬢様が自ら非を認めるなんて、よほどの事ですね?」


「エレレに彼を薦めた事を後悔しているのよ……」

「今更の話ですし、ワタシは一切後悔していませんが、いったい何があったのですか?」


「それがね、酷いのよ? ほんと酷いのよ? 酷過ぎるのよ? 私は悪くないのよ?」

「…………」






◆ ◆ ◆






―――― 数時間後 ――――



 ……その日から。


 オクサードの名物に、深夜の街中を走り回る謎のメイドが加わるのだが――――――それはまた、別のお話。





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