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孤児院カラノス④/少女にとっての自由、男にとっての不自由




 寂れた路地裏の木陰にて、少女達はただ座り恵みを待っている。

 いや、本当に待っているのは、辛い日常から解放。

 それは、死を待つ事と、似ていたのかもしれない。


 家族と離れ、一人となり、どのくらいの時間が経っただろうか。

 一人となった理由は、何であったのだろうか。

 そんな事も思い出せない程に、体は衰弱し、精神は麻痺していた。

 それでも、自殺という手段を取らなかったのは、自分で自分を殺せる事さえ知らなかったからだ。


 ――そんな少女達が、ここには集まっていた。



「「「…………」」」


 どんな処にも物好きな人種が存在する。

 誰も見ようとしない物陰に入ってきて、僅かばかりの食料を置いていく者達の事だ。

 本日訪れた中年の男は、その中でも登場頻度が高い、とびっきりの変わり者であった。


 少女達にとっては、それがどのような者であるかなど関係なかった。

 ただ、食料を与えてくれる者、そして暴力を振るわぬ者であれば誰でも良かった。


「「「…………」」」


 だから、少女達は、その男の周りに集まる。

 定期的に訪れる男は、これまで一言も発した事がなく、全員に行き渡るほどの食料を置いていく。

 男の細い眼は怪しい光を灯していたが、そんな些細な事を気にする余裕など少女達にはない。


「「「…………?」」」


 しかし、何時までも続くものなど、ありはしない。

 少女達が、突然一人にされたように。

 訳も分からぬまま、地獄に落とされたように。

 その男もまた、これまでと違った行動を取るのだ。


「――今日は、君達に話したい事がある」



 そして、今日もまた、少女達の未来は大きく変えられてしまう――――。




◇ ◇ ◇




「……ここが、これから君達が住む孤児院だ」


 孤児院と呼ばれたその屋敷が存在する意味を、少女達は知らない。

 男とその仲間だと思われる二人の女性に促されるまま、体を動かす。

 まだ、思考は停止したままに。


「「「…………」」」


 最初の変化は、風呂と呼ばれる湯船に入った時に。

 全身を包み込む温かさが、忘れていた何かを思い出させる。

 痛みとは違う刺激を感じたのは、何時以来だろうか。

 そんな事を考える余裕が、少しだが、確かに生まれたのだ。


「「「あ……」」」


 次の変化は、綺麗になった体を可愛い服で着飾った時に。

 脱衣所に置かれた大きな鏡が、これまでと違う姿を映し出している。

 顔の汚れなど、気にした事がなかったのに。

 服の汚さなど、気にした事がなかったのに。


「「「ああっ…………」」」


 更なる変化は、色鮮やかな食事を与えられた時に。

 それは、一人ではなかった時でさえも、食べた事のない料理。

 様々な色と形が調和しているそれは、絵画のような芸術の域にまで達しており。

 味が、食感が、匂いが、長らく封じていた欲を解放してしまう。


「「「あああっっっ――」」」


 最後の変化は、デザートと呼ばれる甘い食べ物を食した時に。

 栄養の観点からは、必ずしも食べる必要はない料理であったのかもしれない。

 しかし、それを食べた後の少女達は強く思う。

 必要なものだ。

 これは、必要なものなのだ。

 人が人として生きていく上で、無くてはならないのだ。

 今までの自分に足りなかったものが、今、満たされたのだ。


「「「うあっ…………、ああ、っん、ぐすっ――――」」」


 ――――この時から、少女達の思考は、ゆっくりと動き出した。




◇ ◇ ◇




 翌日は、穏やかな時間を過ごし。

 翌々日からは、男が「厳しい仕事」と称したそれが始まる。


 午前は、主に一般教養の勉学。

 この孤児院において、「母」に位置付けされたメリルが教師を務める。

 言葉の意味。言葉の種類。

 文字を読むこと。文字を書くこと。

 数の数え方。計算の仕方。

 世界のルール。レベル、魔法、スキル、人類、魔族、社会、宗教、戦争。

 王都に住む子供達であれば誰でも知っているような、しかし孤児の少女達にとっては未知の常識が植え付けられていく。


 昼はしっかりと食べ、しっかりと昼寝。


 午後は、主に実技。

 実習と実用を兼ねた屋敷の掃除。

 スポーツと呼ばれる道具を使って技能を磨く修練。

 失っていた体力を取り戻し、さらには人並み以上の技術を身に付けていく。


 日が暮れてからは、皆で夕食を作り、皆で食べる。

 食事の後は、風呂に入り、部屋で談話しながら就寝。


 このような基礎学習を終えた後は、外部から専門家を呼んで本格的な授業が開始される。

 街中で実際に仕事をしている様々な分野のプロ達から手解きを受ける。

 それは、王都の子共達でも経験出来ないような貴重な時間。


 そして時折、孤児院の創設者にして院長である男、自らが教壇に立つ。

 院長――――頑なに少女達の「父」だと主張する男は、普段留守にしている事が多く、ふらりと立ち寄っては、勉強する少女達を陰から眺めているだけ。

 実質的なまとめ役である「母」のメリルと、その娘である「姉」のリノンが弁解しなければ、ただの怪しい中年男にしか見えない。

 そんな風に、普段は従業員である母娘に頭が上がらない情けない男も、レベルと魔法の講義においては一味違う。



 例えば、レベルの重要性を教える授業では。


「レベルアップの恩恵は、君達も体感した事があるだろう」


 数少ない見せ場であるためか、この時の男の張り切りようは尋常ではない。


「レベルが上がると、ステイタスが上昇する。しかし注意すべきは、上昇具合が足し算ではなく掛け算だということ。元より有る才能は増加するが、元より無い才能が追加される訳ではない」


 的を射た内容ではあるものの、くどいのが大きな欠点だ。


「今まで出来ていた事が、更に上手に出来るようになる。力が強くなったり、速く走れたり、高くジャンプ出来るようになったりする」


 しかし、男の実演は、どの授業よりも鮮烈だ。


「だから、レベルがいっぱい上がると、こんな事も出来るようになる」


 したり顔でそう言った男は、いきなり飛び上がると空中でくるくる回転し、教壇の上へと降り立つ。

 ……左手の人差し指だけで全身を支えた逆立ちの体勢で。


「「「わあっ!!」」」

「ふふふっ」


 感嘆する少女達を満足そうに眺め、男の授業は終わりを迎える。

 その後には、廊下で「やりすぎです」とメリルに怒られ、しょんぼりしている男が見受けられる。



 また、魔法の有用性を教える授業では。


「レベルアップと魔法のランクアップは別物だ。魔法の大きな特徴は、レベルアップによる身体能力の向上では出来ない事が出来るようになる事だ」


 くどいのは相変わらず。


「魔法は、君達もよく知るであろう、火を出したり、水を出したりするだけの力ではない」


 右手に炎を、左手に水を出して教壇を水浸しにしながら、男は壁際へと歩いていく。


「魔法を上手に使えば、こんな風に壁を歩く事も出来るようになる」

「「「――」」」


 壁に辿り着くと、そのまま止まる事なく、すたすたと壁に足を付けて歩いていく。


「もちろん、天井を歩く事も容易い」

「「「――――」」」


 壁の上限に辿り着つくと、そのまま止まる事なく、すたすたと天井に足を付けて歩いていく。


「更には、何も無い場所でも歩く事が可能だ」

「「「――――――」」」


 そして最後には、天井から足を離し、何も無いはずの空中を歩いて回る。

 少女達は、椅子に座ったまま男を見上げて、ポカンとしている。


「あ、あれ? なぜウケないんだっ? 空中浮遊はマジックの鉄板ネタなのに!?」

「「「――――――――」」」


 ……少女達は、驚きすぎて声を上げる事が出来ないでいたのだが。

 それに気付かず、少女達から称賛を貰えなかったと落ち込む男は、ふらふら浮かびながら教室を後にしていく。

 男が去った後の教室では、「いんちょ先生が何か変な事をしたら、ちゃんと驚いてあげないとダメだよ?」と、リノンが少女達に諭している様子が見受けられる。




 ――兎にも角にも、とても有意義な授業であり、とても奇妙な事業であった。

 これを「事業」と呼んでいいのか悩むほど、生産や営利を度外視した仕様。

 親族どころか知人さえ居ない少女の集まりであるからして、当然外部からの寄付は皆無。

 少女達を道具として扱った金儲けが行われている訳でもない。

 完全に、収入がゼロの上で行われる経営。


 対する支出は、どうであろうか。

 拠点となる屋敷の購入費と維持費、少女達の生活費、従業員への給金、教師として招かれる者への礼金。

 その他の雑多な必要経費まで数えると、大層な出費となる。

 更に、少女の数は絶えず増えていく。


 公共機関からの補助でもあるのだろうか。貴族や商人などのスポンサーが居るのだろうか。

 ……いや、無い。そんなものは一切無い。

 その全てを支払っているのは、たった一人の男。

 院長と呼ばれる男に他ならない。


 男は何故、そんな大金を使ってまで、利益の無い事業を推し進めるのだろうか。

 将来的に還元される見込みがあるのだろうか――――いや、無い。

 倫理的な義務感に基づく慈善活動なのだろうか――――いや、無い。

 過去の過ちに対する罪滅ぼしでもあるのだろうか――――いや、無い。


 ――――男の目的は、ただの道楽。

 いや、そこにも辿り着いていない、言わば道楽探し。

 そんな、猟奇趣味。




 …………しかし、どんなに猟奇的な目的であったとしても、孤児の少女達には関係ない。

 どんな理由であれ、人並みの生活を送る事が出来る機会を得たのだから。


 やがて、少女達は気付く――。


 男が言う「厳しい仕事」とは。

 確かに、屋敷の掃除など、如何にも仕事らしい作業もあるのだが、それらも含めた一般教養であり。

 加えて、専門的な知識の習得やスキルの向上を目指した訓練を繰り返すうちに。

 今まで思考を停止させていた少女達も、これが教育であるのだと気付く――――。



「……とうさま、わたしたちの仕事は、このままでいいのでしょうか?」


 ある日、戸惑いつつ尋ねてきた少女達に、「とうさま」と呼ばれご満悦な男は尊大に答える。


「子供の仕事とは、勉強をする事だ。だって、勉強は難しくて面倒で嫌なものだろう?」


 至極当然のように的外れな回答をする男を見ながら、ようやく少女達は置かれている環境を知る。

 もしかして、自らの意志で、生きていく事が出来るのでは、と。


 それは、とうに諦めていた夢。

 裏切られる事を恐れ、必死に考えないようにしていた夢。



「――とうさま」

「うん、なにかな?」


「わたしたちは、とうさまにお返しをしなくてもいいのでしょうか?」

「……俺なんかのために何かをする必要はない。これは俺の道楽に過ぎないのだから」


「どう、らく?」

「見かけの優しさに絆される哀れな少女を見て悦に入る醜悪な趣味でしかないのだから」


「…………」

「人を幸福にするのも不幸にするのも力が必要だ。俺は与えられた力で遊んでいるだけで、それを意味の有るものだと感じるのは他の誰かだ」


「…………」

「――だから、もし君達が、他の誰かに関わりたいと思うのなら、強くなればいい」


「つよ、く…………」


 それは、ひどく身勝手で、思いやりの欠片も無い言葉であった。

 男が言った『強さ』とは、単純にレベルや魔力の高さといった戦闘能力を指していたからだ。


 それでも少女達は、はっきりとした自覚は無いものの、『強さ』というものに憧憬の念を抱いた。


 ……『強さ』とは何であるのか。


 この話は少女から少女へと伝わり、いつしか孤児院のテーマとして探求され続ける事になる。






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――



 ……その街には、奇妙な孤児院がある。


 後ろ盾を持たない個人経営にもかかわらず、たくさんの子供達が集められている。


 オーナーの中年男は、めったに屋敷の外へ顔を出さず、偶に見られるのは少女達を前に品位の欠けた顔をする姿ばかりで、とても慈善家には思えない。


 その一方で、実質的に孤児院を切り盛りしている母娘は気立てが良く、街でも評判であった。


 また、街中で遊ぶ孤児の少女達から、好色家と噂されるオーナーの慰み者にされている様子は感じられない。


 街の住民からは奇妙に思われつつも、表立った問題が見受けられないため、とりあえずは容認されていたのである。



 ……その孤児院には、不思議な逸話がある。


 学修を終えて院から飛び立った少女達は、一市民とは思えないほどの教養と特技、そして強かさを身に付けており、様々な仕事先で活躍していくのだが――――――それはまた、別のお話。





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