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孤児院カラノス①/男にとっての天国、少女にとっての監獄




 その日。

 俺はまた、路地裏に来ていた。


 今回の目的は、娼婦のおねーちゃんではない。

 いつもいつもエロオヤジモードだと侮ってもらっては困る。

 人間三十歳を超えると、直接的な欲望が抑えられていくのだ。

 実技よりもシチュエーションが大事になっていくのだ。

 素っ裸よりも服を着たままの方が興奮するのだ。

 ……まあ、胸を張って言う事ではないのだがな。


 そんな訳で本日のお相手は、何を隠そう、年端も行かぬような少女達だ。

 …………いや待て。

 確かに俺の好みはやや低めかもしれないが、流石に日本で結婚出来ない年齢の少女に手を出すのははばかられる。

 異なる世界とはいえ、道徳は大事だからな。


 若い娘さんを好むのは、ほら、男の本能みたいなものだし、仕方のない事なのだ。

 『女房と畳は新しい方が良い』って諺もあることだし。

 道徳観に溢れる俺もまた、男の本能からは逃れられないのだ。


 ――そんな言い訳っぽい事を考えながら、見慣れた路地裏へと入っていく。



「あ……」


 俺に気付いた少女の一人が、トコトコと近寄ってくる。

 トコトコ、トコトコ。

 可愛い。すごく可愛い。お持ち帰りしたい。

 まあ、する気満々なのだが。


 その少女を皮切りに、また一人、また一人と俺の周りに少女が増えていく。

 まるで、池に投げ込まれた餌に集まる鯉のようだ。

 まあ、「まるで」を付けるまでもなく、そのものなのだが。


「「「…………」」」


 投げ込まれた餌である俺を逃さぬためか、取り囲むように集う少女達。

 人族のみならず、猫耳が可愛い猫族、犬歯が可愛い犬族、羽が可愛い鳥族など、その他にも獣人族の少女達がバラエティ豊かに並んでいる。

 なんだ、天国は此処にあったのか。


 集まった少女達は、しかし言葉を発せず、指をくわえて上目遣いでこちらを見ている。

 その眼には、光りが灯っていない。

 求めている物は明確であるはずなのに、なぜか口にしようとはしない。

 それが、こんな路地裏での生活を強いられている少女達の経験則なのだろう。


「「「…………」」」


 決して催促せず、決して手を伸ばそうともしない。

 少女の方から触れてくるなんて最高に光栄な事なのだが、残念である。

 それでも俺を避けず、近くに集まってくれた事は、これまでの成果の現れに他ならない。


 ――そう。

 俺は各地を旅するうちに、このように路地裏で何の当てもなく過ごしているみなし子達の存在に気付いた。

 拠点にしているオクサード街には冒険業という基幹産業で賑わっているためか、子供であれ仕事に有り付けず飢え死にする者など居なかったのだ。

 日本でもスラム街と呼ばれるような地域は、少なくとも地方に住む俺は見かけた事がなかったので、この世界では当たり前にあるそれに気付くのが遅れたのである。


 だから、路地裏で希望を持つ余地が無い少女達を見つけた時、俺は思ったのだ。

 好都合だな、と。



「「「…………」」」


 だから、その日から、いつものアレをやる事にした。

 俺の必殺技であり、最強の外交手段。

 そう、餌付けである。


 これまで少女達の体調を考慮し、餓え死にしない程度の間隔で餌付けを続けてきた。

 当初は、わざわざ路地裏に侵入し食料を配給する者など稀であるためか、随分と警戒されたのだが、崇高な目的のため決してめげずにやり続けた自分を褒めてやりたい。

 その成果が実り、今では御覧の通り俺の顔を見るだけで近寄ってくれるようになったのだ。


 それでも俺に触れようとしないのは、まだ完全に信頼されていないからだろう。

 今まで散々辛い目に遭って来たのだろうしな。

 大人を信じきる事が出来ないのは仕方ない。

 決して俺が怪しいおっさんだからでは無いはずなのだ。

 ……だよな?



「「「…………?」」」


 いつも無差別に飯を配りまくる俺が、いつまで経っても黙ったままなので、少女達もいつも以上に不安げな表情をしている。

 だが、すまない。

 今日は、配給に来た訳ではない。

 もう、餌付けの時間は終わったのだ。

 準備は、全て、整ってしまったのだ。


「――今日は、君達に話したい事がある」


 飯を貰えないのだと察した少女達の表情が、悲しみに暮れていく。

 同時に、不安が深まっていく。

 これまで何も言わずに食料を渡していた俺が、はじめて口を開いたからだ。

 大きな変化の到来を肌で感じているのだろう。

 その懸念は正しい。

 少女達の未来は、今日、決定的に変わってしまうのだから。


「孤児院を用意した。君達が望むのなら入居してもらう。……孤児院とは何の事だか分かるか?」


 そう、晴天なる本日は、晴れて孤児院の準備が終わったため、正式に少女達を勧誘しにやって来たのだ。

 もちろん本人の意志は尊重するつもりである。

 もっとも、そんな上等なものがあればの話だが。


「「「…………???」」」


 少女達は少し考えて、首を横に振る。

 まあ、そうだろうな。

 孤児院の存在を知っており、それが近くにあれば、とっくに入居しているはずだからな。


「家と服、そして毎日食事を与える代わりに、厳しい仕事をやってもらう。それで良ければ、俺と一緒に来るといい」


「「「――――――」」」


 ……この時、少女達は、何を考えたのだろうか。

 選択肢が無いほど切羽詰まった状況で、それでも怪しい大人の言いなりになる恐怖といった、少なからずの葛藤があったはずだ。

 それでも、餓えの恐怖が優ったのだろうか。

 それとも、これまでの餌付けが功を奏したのだろうか。


 少女達は、弱々しく、頷いた。

 ……頷いて、しまった。






「――よし。準備が終わったようだな」


 まあ、準備と言っても持ち物など殆ど無いだろうがな。

 それに、別れを交わす者も居ないだろう。

 それでも一つのケジメとして、これまでの生活とおさらばする心の準備は必要なのだろう。


 なお、ここの路地裏には男の孤児も居るが、テメーらはダメだ。

 俺の崇高な計画の支障になる。

 子供であれど男は誰の手も借りず、一人で生きていくべきなのだ。

 邪魔な彼らは既存の孤児院に寄付と一緒に放り込む予定だ。


「それではアイテムで移動する。少しの間、目を閉じなさい」


 ビクビクと不安げに目を閉じる少女達を愛でながら、転送アイテムを使用する。

 ふふふ、その不安がどんな風に変わっていくのか楽しみである。



「――よし。目を開けていいぞ。……ここが、これから君達が住む孤児院だ」


 恐る恐る瞼を開いた少女達は、いきなり目の前に現れた大きな屋敷に驚きを隠せないようだ。

 もっとも突然屋敷が現れたのではなく、自らが移動したのだが。

 それに大きいとは言っても、数十人の子供が住める程度の寮みたいなものだ。



「お帰りなさいませ、院長。……そして歓迎しますよ、この孤児院の生徒達」

「孤児院カラノスへようこそっ!」


 玄関前で待ち構えていた、メイド仕様の服を着た二人の女性が出迎えてくれる。

 彼女達は、以前病に侵されていた村で出会ったメリルとリノンの母娘。

 その時の縁で、今回の孤児院事業を手伝ってもらっているのだ。

 手伝いと言ってもちゃんと給金を払っているので、正確には事業主と従業員の関係になるだろう。


 母娘には、最初に会った時の悲痛な面影はもう残っていない。

 痩せていた体つきもすっかり回復し、元の血色がいい様を取り戻している。

 いや、回復という言葉では表現しきれないほどに、清楚で落ち着いた美しさを備えている。

 元々美人母娘だったという訳だ。


 娘のリノンは、村でも笑顔の多い子だったが、より一層の無邪気な笑顔で歓迎している。

 メリルママは、村では強ばった表情をしていたが、母親の包容力を感じさせる柔らかで力強い笑顔で歓迎している。

 我が孤児院カラノスが誇る最高の従業員である。



「――それでは、手筈通りに参りましょう。院長は食事の用意をお願いします。その間に、私共はこの子達をお風呂に入れて汚れを落としてきます」

「ああ、そういう手順だったな。……しかし、食事の支度は直ぐに済むから、俺も風呂で洗うのを手伝ってもいいぞ?」

「いいえ、そこまで院長の手を煩わせる訳には参りません」

「いや、遠慮する必要は――――」

「食事の用意だけをお願いします」

「……はい」


 なんだかメリルママから得も言われぬプレッシャーを感じるのだが。

 ……まあ、たぶん、気のせいであろう。

 俺は金を出すだけの名ばかり院長。

 彼女は雇われとはいえ、お世話係兼教師の実質的な責任者。

 その使命に燃えているのだろう。


 少女達とお風呂に入れないのは残念だが、今日のところは素直に引き下がろうではないか。

 ここでの生活に慣れてくれば、そんな機会は幾らでもあるだろうからな。

 俺は他所から気が向いた時に通う事になるが、これからは家族同然で過ごしていくのだ。

 だから、遠慮する必要などないのだ。

 これからは、自由に戯れていいのだ。



 ――――さあ、はじめるとしよう。


 少女達に囲まれた、俺の楽園を。





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― 新着の感想 ―
[一言] 基本的に気持ち悪い変態だよね
2021/12/24 19:09 退会済み
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