お嬢様とメイドの奮闘記②/男は金、女は顔
オクサード街に構える領主家の一部屋にて。
二人の女性の密談が聞こえてくる。
「はあぁぁぁ……」
「随分と大きなため息ですね、お嬢様。持病の腰痛が悪化したのですか?」
「そんな持病は患ってないわよ。……実は今日、久しぶりに、彼に会えたのだけどね」
「――――伺いましょう」
◇ ◇ ◇
「また会えたわね、旅人さん?」
「げげっ、お、お前は、お嬢様っ!?」
「……なんでそんなに驚くのよ? 嫌そうにするのよ?」
この日、まだ眠気が残っていた俺は、お嬢様との邂逅を許してしまった。
彼女はよく俺を捜しているようなので、なるべく事前に気配を感じ避けているのだが、油断してるとエンカウントしてしまうのだ。
もはや危険なモンスター扱いである。
「な、なんだ? 金なら持っていないぞ!?」
「なんで私が借金取りになっているのよ? それにお金なら沢山持っているのじゃないの?」
おっさんのしょうもないギャグに、いちいち反応してくれるとは案外いい子なのかもしれない。
ピコーン! お嬢様に対する好感度がちょっと上がったぞ!
「ところで、この前進呈した7分割のキューブはクリア出来たのかな?」
「も、もちろんよ! これを見なさい!」
お嬢様の手の平には、六面全ての色が揃ったキューブが乗せられている。
これだけを見ると、確かに完璧なのだが……。
「……もしかして、最初の状態から崩していないだけじゃないのか?」
「い、いいがかりは止めてほしいわねっ。どこにそんな証拠があるのっ!?」
その慌てぶりが何よりの証拠なのだが。
まあ、7分割キューブは単純にプレゼントしただけなので追及しないでおこう。
あまり追い込んでノイローゼになられても、それはそれで面倒な事になりそうだからな。
「まあいい、疑わしきは罰せずと言うからな。お望みなら別のパズルを進呈するが?」
「もうパズルは結構よっ。十分に堪能したからっっ」
どうやらお嬢様は、パズルに拒否反応を示しているようだ。
パズルは知的な玩具だからな。
ただの知りたがりなお嬢様には合わなかったのだろう。
「そ、そんな事より、こうして出会ったのも何かの縁だわ。少しお話ししましょうよ、旅人さん?」
「……まあ、少しだけなら」
合縁を理由にされると、運・縁・感を崇拝している俺としては断りにくい。
こういった状況を無意識に作るとは、油断ならないお嬢様である。
「それで、旅人さんは結婚しているの?」
って、いきなり恋バナかよ。
もっとちゃんとサイコロ回せよ。
大体、こんな風に、日頃ぶらぶらしている旅人に妻子なんて居る訳なかろうて。
もしかして、分かってて聞いているのだろうか。
「……実は、一度失敗していてな」
「あ、あら、そうだったのね。ごめんなさい、余計な事を聞いてしまったわ」
「――――このように返事しておくと、相手が勝手に悲恋か離婚したのだと勘違いして結婚を勧めるうざい輩が減り便利だぞ。覚えておくといい」
「…………ええーと、つまり、結婚した事は無い訳ね?」
「絶対に離婚しない方法は結婚しない事だ。覚えておくといい」
「……つまり、私をからかっている訳ね?」
「いいや、うざい親戚を上手にあしらう方法を教えただけだ。きっとお嬢様の役に立つさ」
「立たないわよ! 私は普通に結婚するわよ!」
「本当にそうかな? お嬢様は何となく結婚に縁が無いというか、結婚が似合わない気がするのだが。実際、貴族でお嬢様の年ぐらいなら結婚している者が多いのだろう?」
「くっ……、私は、その、ほら、遙かに年上で独り身のエレレに遠慮しているだけよっ」
なにげに酷いな。
まあ俺も結婚しない理由の一つとして、会社の独身な先輩に気を遣っていると言い訳していたから同じ穴の狢だな。
「話が逸れちゃったけど、本当のところはどうなの?」
「ふむ、質問に質問で返すが、俺が結婚しているように見えるか?」
「いいえ、全く」
「……それが、正解という訳だ」
うん、素直なのは良い事だよな。
いつか泣かしちゃる。既に前科二犯だけどな。
「つまり、旅人さんは独身という訳ね」
「そうなるな」
「それで、結婚するつもりはあるの?」
「そうだな、たとえばお嬢様が『貴女は性格が悪くて何の取り柄も無く胸さえも皆無だけど顔だけは良いので結婚しよう』と求婚されたらどうする?」
「……その具体的な例えに悪意を感じるのだけど?」
「美人だと自称するとは、とんだ自意識過剰だな」
「……そんな最悪のプロポーズ、もちろん断るわよ」
「そうだな。当然俺もそうする」
つまり、そういう事だ。
男が女を選ぶ場合は、性格の優先度が低く、容姿の優先度が高い。
女が男を選ぶ場合は、容姿の優先度が低く、資金の優先度が高い。
無駄に察しが良いお嬢様なら、俺が言いたい事に気付いてくれるだろう。
「確かに男性の外見や性格は二の次ね。まずは安定した生活を築けるだけの力――――つまり財力が重視されるのは仕方ないわ」
ですよねー。
知ってたけど悲しい現実ですよねー。
「でも、男性の好みだって似たようなものじゃない。女性に求めるのは性格より美しさや若さでしょう?」
改めて言葉にされると、ほんと男って生き物はどうしようもないな。
だがな――――。
「――――それでも俺は、金目当ての結婚なんて嫌だ! そう、ありのままの俺を愛してほしいんだ!!」
誰もが誰かに愛されたい、少なくとも嫌われたくはないと思っているのだろう。
かく言う俺も、愛するのは大変な労力を使い面倒なので嫌だが、愛される分には特に拒否する理由も無い。
ストーキングされて包丁で刺されるほど愛されるのは、勘弁してほしいが。
まあ、俺にとってはいらん心配だろうがな。
「要するに、旅人さんの性格や本質を好きになった相手となら、結婚しても良いって事よね?」
「いいや、素の俺を好むような見る目が無い奴は真っ平御免だな!」
「…………」
「…………」
人を見る目は大事だぞ。
ほんと大事。
「……旅人さんの結婚観は分かったけど、それじゃあ八方塞がりじゃないの?」
「それこそが、俺が結婚できない――――いや、しない理由なのだ!」
「…………自覚しているところが手に負えないわね」
俺だってもう少し難儀じゃない性格だったら、と思わなくもなくなくない。
どっちだよ。
「でもそれって、別に女性が嫌いって訳じゃないのでしょ?」
「……まあ、否定するほど枯れちゃいないさ」
いいね、そのプラス思考。お嬢様のこういうところは嫌いじゃない。
「一応、愛人も居るしな」
ついつい見栄を張って、言わなくてもいい事を言ってしまう。
つくづく駄目な生き物だな、男は。
「あ、愛人っ? それは本当なのっ!?」
「なぜ、そんなに驚く? 金さえあれば愛人なんて、誰でも作れるだろう?」
男は財力が大事。
そんな話をしていたはずだが。
「そ、その愛人は、旅人さんから誘ったの?」
「いや、相手からだが。金目当てだから当然だろう?」
「もちろん普通は、そうなんでしょうけど…………」
考え込むように、お嬢様が黙り込む。
おぼこっぽいお嬢様には刺激が強い話だったかな。
「その愛人さんは、この街に住んでいるの?」
「いや、他の街だな」
ふむ、各地の街別に愛人を作るってのも面白そうだ。現地妻というやつか。
日本の47都道府県別に47人の愛人を囲うなんて、男の夢だからな。
まあ、漫画で見た、毎日違う365人の愛人と比べるとスケールが小さい夢だが。
「その、どんな人なの?」
「若くて可愛い子だ」
「…………それだけ?」
「それで十分だろう?」
女は容姿が大事。
この話も今し方していたはずだが。
「…………」
お嬢様は、引きつった表情で頭を両手で押さえている。
頭痛持ちだったのかな。
頭を抱えるといった表現がピッタリの体勢だ。
「…………その、何と言うか、……愛人を増やすご予定は?」
「……無いな」
先程は沢山作るのも悪くないかなと思ったのだが、何だかお嬢様には言わない方がいい気がする。
「そ、それじゃあ、恋人は?」
「結婚と同じ理由でパスだな」
「そう、よね…………」
「特別に、お嬢様がどうしてもって泣きながら志願するのなら、考えないでもないが?」
「!? …………私は、その、ご遠慮させてもらうわ」
「そうか、残念だな」
「………………、はあぁぁぁ」
そして、諦めたように、深い深いため息を吐くお嬢様。
驚愕→頭痛→ため息。
嫌なコンボである。
どうやら、恒例の質問タイムは終わったようだ。
相変わらずの好奇心っぷりだが、十代の女性と恋バナするなんて、日本ではセクハラで捕まりかねない貴重な体験だったな。
こなれてくれば、お嬢様と会話するのも悪くないのかもしれん。
一応見た目はパツキンポニーテールの可愛い少女だし。
今度からは無下に避けず、合縁に身を委ねてみるか。
「それじゃあ、俺は所用の腹痛があるので帰らせてもらうぞ」
「……ええ、また会いましょう」
縁があったらな。
◇ ◇ ◇
場面は戻り、領主家の一部屋。
苦虫を噛み潰したような顔の女性達の話が続く。
「――――そんな感じでね、随分と釘を刺されてしまったわ」
「…………」
「能力だけでも得体が知れないのに、ほんとうに難儀な相手だわ」
「……お嬢様に厄介者扱いされるとは、グリン様もさぞかし心外に思われるでしょう」
「ちょっと、そんな冗談を言ってる場合じゃないでしょ?」
「……そもそも、そんなにも露骨に美人局を臭わせる話しぶりでは、警戒されるのも無理はないかと」
「そう言われてみれば、ほんの少しばかり話を急ぎ過ぎたかもしれないわね」
「……少し、でしょうか?」
「な、なによ。もしかして私のやり方が悪かったって言いたいの?」
「ええ、間違いなく」
「…………」
「…………」
「し、仕方ないでしょ、男女の関係は早い者勝ちって言うじゃない!」
「殿方と親密になるには、時間を掛けるべきだと思います」
「でも25歳のエレレにはそんな余裕が――――、あっ!?」
「失礼、足が滑りました」
「ぎゃーーー!!」
「――――しかし、愛人持ちですか……」
「エ、エレレ、気を落としちゃだめよ?」
「いえ、これで納得しました」
「えっ、どういうこと?」
「グリン様は、この街で女性と密会されたり娼館に通われる様子が無かったので、不思議に思っていたのです」
「……そんな情報まで探りなさいって言ってないわよね、私?」
「命令されずとも、主人の意を汲んで仕事をするのが真のメイドたる者です」
「その考え方だと、私が悪役になっちゃうわよね?」
「部下の不始末は、当然上司の責任です。グリン様がそうおっしゃっていました」
「それはそうかもしれないけど、あまり変な事まで旅人さんに感化されないでよね、もう」
「グリン様のお言葉に間違いはありません」
「…………」
「…………」
「そ、それにしても、エレレは愛人について思うところが無いの?」
「……殿方としては、当然の事でしょう。この地域は一夫多妻制が大半ですし」
「あら、随分と物分かりがいいのね」
「強い力を持つ方ですから、むしろ複数の女性を囲うのが正常と言えます。娼館を調べた時に聞いたのですが、領主様も独身で冒険者だった頃は――――」
「やめてっ!? 父親の情事なんて知りたくないわよ!」
「そうですか、参考になると思ったのですが」
「どんな参考よ!?」
「ですから毎晩とっかえひっかえ――――」
「だから言わないでよっ!」
「そうですか、ではまたの機会にでも」
「はぁ、はぁ…………」
「…………」
「ま、まあ確かに、お金持ちで健全な男性にとっては、愛人を持つのも当たり前の話かもしれないわね」
「はい、そう思います」
「それに、考えようによっては悪い情報じゃないわ。旅人さんが、ちゃんと女性に興味がある証拠なんだから」
「…………」
「そうよ! 愛人ぐらい、エレレが本妻になればどうとでも出来るわ!!」
「……ですが、今の話では、グリン様に結婚する意思は全く無いとの事ですが?」
「ええ、そりゃあもう、ビックリするくらい無いわね!」
「…………」
「…………」
「で、でも、ほら、ただの思い込みじゃないかしら。結婚なんて自分には似合わないって自己暗示をかけているだけで、本心では完全に諦めている訳ではないと思うのよ」
「……そうであれば、いいのですが」
「そうね、まずは愛人の座から狙うのも手よね」
「…………」
「それで徐々に籠絡していけばいいわ」
「…………」
「でも、エレレにそんな手練手管がある訳ないわよね」
「…………」
「それに、愛人は若い子の方が良いって、旅人さんが言っていたような……」
「…………」
「…………」
「…………」
「だ、大丈夫よ! 三十代の旅人さんから見たらエレレも若い部類だし。きっとギリギリ許容範囲内よ!」
「……お嬢様の助言を聞けば聞くほどに、自信が失われていくのは気のせいでしょうか?」
残念な二人の残念な作戦会議は、まだまだ続く――――。
◇ ◇ ◇
「――――ご報告は以上となります、グリン様」
「…………」
「どうかしましたか、グリン様?」
「いや、俺の名前はクロスケだからな? 間違えないでおくれよ、特に人前ではな?」
「承りました、グ、……クロスケ様」
「…………」
「…………」
「それに、情報提供は大きな事件が起こった時だけでいいって毎週言っているよな?」
「はい。承知しています」
「……うん、分かっているならいいんだ、分かっているなら」
「はい」
「…………」
「…………」
「クロスケ様は――――」
「うん?」
「男性が愛人を囲う事について、どう思われますか?」
「えっ!? それを俺に聞くのかっ!? 男に聞いちゃダメなヤツだろ!?」
「どう思われますか?」
「…………」
「…………」
「そ、そうだな、一般的な男性の観点からすると――――」
「クロスケ様個人の意見でお願いします」
「……」
「お願いします」
「お、おう……」
「…………」
「そ、その、男女関係は、自由であるべきかな、と思うが」
「…………」
「?」
「…………」
「メイドさん?」
「……そうですね、ワタシもそう思います」
「だ、だよな?」
「ええ。自由に、望むがままに、決して諦めずに進むべきだと、そういう事ですよね」
「う、うん? ちょっと違う気がするのだが。……その、何であれ相手を思いやる気持ちは忘れちゃだめだと思うぞ?」
「つまり、相手を想う気持ちの強さが勝敗を分けるのですね」
「う、ううん? だいぶ違う気がするのだが。……本当に分かっているかな?」
「はい。承知しています」
「…………」
「…………」
「そ、それじゃあ、また、かな?」
「はい。また来週ご連絡します」
「……………………」




