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いい加減な純愛③/広がる選択肢が生む詮なき矛盾




 彼女の夢は、一人前の冒険者になる事である。


 それは、冒険者の街オクサードに住む少年にとって、最も人気の高い夢だ。

 少女の場合は、現実的に商業系の仕事が人気だが、お嫁さんを職業の一つと捉えるのであれば、やはり夢を見るのは少年少女も同じであろう。


 常に命の危険が伴う冒険者という職業は、人族では原則15歳からの就職が可能となっている。

 能力が突出している者は15歳未満でも例外として認められる場合もあるが、そんな事例は極僅かだ。


 実入りが良い職業だが、それ故に求められる能力は高い。

 レベルは冒険者になった後の経験でも上昇可能だが、魔法やスキルといった固有の才能を持たない者は見送るのが賢明とされている。


 その点、彼女は12歳ながらも『水魔法』と『身体強化魔法』、そして『直感スキル』を取得しており、才能豊かとは言えないまでも平均を上回る適性を有していた。

 この才能こそが、彼女が冒険者を目指すと決めた大きな要因であり、ある意味では危険な道へと誘う指針とも言えるだろう。


 一般的な冒険業志望者は、適齢期になるまで他の仕事を手伝いつつ体や才能を鍛えて過ごしている。

 金や時間に余裕がある者は、訓練所で本格的な修練を受ける事も可能だ。


 晴れて冒険者になった後は、初心者同士でパーティーを組む場合が多い。

 才やコネが有る者は、ベテランのパーティーで鍛えてもらう事も可能であり、オクサード街の女性で最も高いレベルを誇る戦うメイドもこの類だ。 

 初心者とベテランの集まり。

 どちらの生存率が高いかは、言うまでもないだろう。



 際立つものを持たない彼女は、15歳までは生きる事に精一杯で、15歳からは初心者同士で危険な橋を渡り、そして運が良ければ生き残って一人前の冒険者になっていただろう。

 しかし、彼女には転機が訪れる。


 それは、チャンスと呼ぶにはあまりにも強烈で、あまりにも他動的であった。

 もしも彼女が、少女という最大の強みを活かして上手く立ち回れば、どんな力も財も地位も手に入れる事が可能となる劇薬。


 幸いにも良識を持っていた彼女は、その麻薬の虜になりはしなかったが、それでも多少の影響を受ける事は避けられなかった。

 関わるだけで否応なく波風を立てる自然現象のような存在。

 そんな中年男の最も近くに、彼女は居たのである。




 彼女は突然現れた転機を、無垢で素直な少女として、そして野望を抱く冒険者志望として利用しようとした。


 彼女にとって、男の最大の利点は、金。

 とにかく金払いが良く、仕事の難易度に関係なく簡単に金貨を放出する。

 彼女にとって20日分の給金となる金貨を、である。

 おそらく大雑把な男にとっては、金貨未満の金額は小銭として数えられていないのだろう。

 冒険者になるため必要となる初期費用を工面する彼女にとっては、それだけでも危険な性癖を持つかもしれない男と付き合う価値が十二分にあったのだ。



 しかし、意外な事に男には、もう一つの利点があった。

 それが、魔法である。


 はじめて宿に泊まった日、男は大きな風呂一杯の水を造作もない様子で出現させたのだ。

 彼女は驚きつつも冷静に見立て、ランク4程度の魔法だと予想した。

 取得魔法とスキルは、10段階ながらもランク5を超える者は極僅かである。

 このため、ランク4の魔法は、彼女が憧れる一人前の証であった。


 目の前のヘラヘラした変人が自分の目指す先だとは考えたくなかったのだが、彼女は賢明にも事実を受け入れ、男から魔法を教えてもらう事に成功する。


 この世界で魔法は誰でも使える力だが、仕組みを理解している者は少ない。

 人は考えずとも立ち上がり、歩き、走り、そして飛び上がる事が出来るのだ。

 同様に先天的な能力とされる魔法は、上手く使える者は特に努力せずに使え、上手く使えない者はどんなに努力しても下手なままだと言われているのだ。


 だからこそ貴重な力を身に付けるべく、彼女は男に教えを乞うのだ。

 もちろん助言程度では大した力にならない事も承知していたが、それでも何もしないよりは大分マシであろうと考えていたのだ。



 ……その予想は、良い意味で裏切られる。


 少しばかりの男の助言により、練習の成果があるどころか、レベルさえもが引き上げられたのである。

 12歳である彼女のそれまでのレベルは7。単純に考えて、1~2年に一度レベルが上がっている計算となる。

 この長期間と今回の僅かばかりの訓練時間とが比例すると考えれば、異常さも窺い知れるだろう。


 だが彼女は、レベルと魔法ランクが上がった事実に夢中で、事の重大さを理解していなかった。

 いや、仮に彼女が冷静であったとしても、これまでに他人から魔法を習った経験が無いため、今回教わった内容の重要さを判断する事が出来なかったであろう。



 ……結局、彼女は男の異常性に気付く事なく、端から見れば血縁関係のない少女と中年男が水遊びをしたという事案だけが残されたのである。


 男にとっては厄介事が増えただけで実入りのない出来事だったが、彼女が多少なりとも男を見直した事は、望外の報酬といえるのかもしれない。




 彼女は、今回の事を切っ掛けに、水魔法の才を開花させていく。


 それは男が懸念した通り、危険な道へと進む選択肢を増やしたのだが、同時に自らを助ける選択肢、さらには他人の命をも救う選択肢をも得た事になる。

 そして助けられた者は、巡り巡って彼女にあだなす選択肢を残された事になるが、これ以上は思うて詮なきこと。



 ――――果たして、男には彼女に対して責任が発生したのだろうか。


 男は、本人が思うよりも多少は情深く、本人が思うよりも遙かに残酷であったが、初めて出来た友達のように少女を大切に思っていた。


 もしも、少女の身に危険が及んだ場合には、何を犠牲にしても助ける程度には。


 ……そして、その犠牲の中に、男自身が含まれる事はない。






◆ ◆ ◆






―――― 数日後 ――――



 彼女の魔法ランクが不自然に上がった事に気づいたのは、幸いにも2人だけであった。


 一人目である寂れた店の主は、それが彼女の助けになること、まだ常識の範囲に収まっていること、そして何より自分が望んだ展開であることから、顔をしかめながらも言及を避けた。


 一応は男への警戒レベルを上げたのだが、元々最大値に近かったため大して変わる事はなかった。


 二人目である甘党のメイドは、率直に羨ましく思い、自分が強くなれば以前のように手を煩わせずに済むといった配慮と、会う機会を増やして親しくなりたいといった打算を持って男に頼み込み…………。


 「それ以上レベルが上がると『四十の悪魔フォーティ・デビル』と呼ばれるな。はははっ」と茶化されてショックを受けるのだが――――――それはまた、別のお話。





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