お嬢様とメイドの奮闘記①/球体と立方体の罠
≪ メイドさんに球体のプレゼントを ≫
「……探しましたよ、グリン様」
「これはこれはメイドさん、メイドさんじゃないか。そのメイド服を着たメイド職のメイドさんが、おっさんに何用かなメイドさん?」
公式には二度目の対面となるメイドさんは、いつもより更に冷ややかな目つきで睨んでくる。
俺、何かしたっけな。
「先日の暴言を撤回して頂くために来ました」
「俺はおちゃらかすのは大好きだが、暴言を吐く趣味は無いぞ?」
「……その冷やかしが暴言だと言っているのです」
そうだったのか。
おかしいな、毒舌タレントが人気の時代だと思っていたのだが。
「それで、どんな暴言だったかな?」
「本当に自覚が無いのですね。はぁ……」
メイドさんは心底疲れたようにため息を吐く。
幸せ逃げちゃうぞ?
「ワタシが男女関係よりも甘い物を優先していると言う話です。一介の女性として見過ごせない暴言です」
「あー、それなー」
ウィットな冗談のつもりだったのだが。
メイドさんだって見事に嵌っていたじゃないか。
むしろ喜んで落とし穴に落ちてツッコミを待つ芸人のようだったぞ。
「おっさんの戯言なんて、あんたのように麗しい女性へのやっかみだと思って聞き流せばいいだろう?」
「――――グリン様、それはプロポーズと受け取ってよろしいでしょうか?」
「違うからな? そんな話はしていないからな?」
まったく、褒めたら褒めたで面倒なメイドさんである。
しかしそうだな、どのみち面倒な相手なら、からかって遊んだ方が面白いよな。
ここは全力で戯れるとしよう。
「言いたい事は良く分かったよ」
「ご理解頂けましたか」
「しかし俺は、エレレ嬢が甘い物好きである事は知っているが、男好きである事は知らない」
「……誤解を招く言い方は止めて下さい」
「だから、証明してもらおうじゃないか!」
「証明、ですか?」
俺は笑いが漏れるのを必死に我慢しながら、懐から2つの品を取り出す。
右手には団子、そして左手には花束だ。
団子は、言わずもがな、先日プレゼントして揶揄した「甘い物」そのもの。
花束は、男が女に送る代表的なプレゼントであり「男女関係」を象徴している。
この意味は、メイドさんにもちゃんと伝わるだろう。
「さあ、どちらか好きな方を進呈しませう」
「……」
メイドさんは悩み。
「…………」
悩み。
「………………」
悩み。って悩み過ぎだろ!
「……では、こちらを」
メイドさんはギギギと、音がするように力を込めて腕を伸ばし、決死の表情で花束を手に取る。
……いや、そこは嘘でも素早く花を選ぶ場面ですよね。
「これで、ワタシに対する認識を改めてもらえますね?」
「ああ、すまなかったな。謹んでお詫びしよう」
「いえ、分かって頂ければ十分です」
メイドさんが安堵した笑みを浮かべる。
その笑顔、曇らせたい。
「――――ああ、本当に悪かった。エレレ嬢がそんなにも花が大好きとは知らなかったよ。今度からのプレゼントは甘味を止めて花にするよ」
「!?」
「それじゃ、またな」
愕然として固まるメイドさんを余所に、俺は颯爽と立ち去るのだった。
◇ ◇ ◇
「ふーん、それでエレレは、素直に花束を貰ってきた訳ね」
「はい、お嬢様。次回からお菓子をもらえないかもしれませんが……、その大き過ぎる代償と引き換えにワタシへの誤解は解く事に成功しました」
「そんな簡単な相手だったら良いのだけどね」
「……何か問題でも?」
「はぁ、エレレは彼の事になると目が曇るようね。惚れた弱みという奴かしら。……その花束の匂いを嗅いでみなさいよ」
「? …………この香りは、まさか!?」
「ほら、次は花びらを食べてみなさい」
「あ、甘い……。まさか砂糖で作られた花が存在するとはっ!」
「問題はそこじゃないでしょ!」
「?」
「これは、花を選んだつもりでも、結局は甘い物を選んでいたって皮肉よ!」
「!?」
「平たく言うとエレレには、男性よりも甘い物の方がお似合いって思われているのよ!」
「!!」
「とどのつまりエレレには、一生恋人が出来ないって言われてるのよ!」
「……それは流石に言い過ぎだと思いますが?」
「と、とにかく、警戒されているようだから気をつけないとね」
「……警戒と言いますか、相手にされていない気がしますが」
「ま、まあ、見方を変えれば、からかわれるほど親しまれていると解釈できるわ」
「……本当に、そう、でしょうか?」
「そうよ、そう考えれば全く脈が無い訳でもなさそうだわ!」
「…………」
「頑張れば希望があるわ!」
「……ワタシは既に挫けそうです。主にお嬢様の辛辣な言葉で」
≪ お嬢様に立方体のプレゼントを ≫
「ようやく再会出来たわね、旅人さん?」
「……?」
可愛く首を傾げるおっさんこと俺。最高にきもい。
「えっ!? ちょっとまってっ、まさか私の事をもう忘れたの!?」
「……キンパツポニテに、そのやかましさ。……ああ、領主家のご令嬢だったな。もちろんちゃんと覚えてるさ」
「今思い出したでしょ!? しかも髪型と口調しか覚えてないじゃない!?」
「すまんな、年を取ると大事なものしか覚えておけなくなるんだ」
「それって私の顔が大事じゃないって事でしょ!」
「俺は女性を顔で判断するような男じゃないのさ、マドモアゼル」
ポーズを付けて気取る俺。やはり最高にきもい。
仕方なかろう。コミュ障は人を直視出来ないから、顔を覚えるのが苦手なのだ。
「はぁ……。まあ、いいわ。今日は言いたい事があって来たのよ」
諦めたようにため息を吐くお嬢様。
やはり気の強い女性をからかうのは面白い。
「この前のプレゼントの礼なら不要だ。大事に使ってくれればそれでいい」
「……あんなに嫌みが籠もったプレゼントにお礼を言う訳ないでしょ!」
結構根に持つタイプのようだ。
まあ、好奇心が強い執着体質だから当然かもな。
「今日はメイドさん連れじゃないようだな?」
「流石にいつも一緒じゃないわよ。エレレにもプライベートが必要でしょうしね」
幸い、と言うべきか、本日はメイド職なメイドさんが同伴していないようだ。
その代わりだろうか、少し離れたところで2人の護衛らしき男性が待機している。
彼らの緊張感は薄そうなので、護衛と言うより付き添いの子守に近いのだろう。
「あらあら、エレレに会えなくて残念だったようね?」
「そうだな。正確には、メイドさんに会えなくて、だがな」
「……相変わらず、つれない事ね」
元の世界において本物のメイドさんは、貴重種を通り越して全滅種なのだよ。
少しばかり思い入れが強くなっても仕方あるまいて。
「でも、そのエレレには毎回プレゼントを渡しているそうじゃない?」
「女性に贈り物をするのは、当然の事だからな」
紳士の嗜みってところだ。似非紳士だけどな!
「だったら、はい」
「?」
差し出されたお嬢様の手の平を眺め、またもや首を傾げる俺。
舐めていいのかな。
「私もプレゼントをもらえるって訳よね?」
「……あのな、人生経験が少ない十代のお嬢様には分からないだろうが、男が女に貢ぐのは見返りを求めての事なのだよ」
「それくらい分かるわよ。それでエレレへのプレゼントは、どんな見返りを求めているの?」
「怒らせると怖そうだからな。機嫌取りが目的だ」
「……それって、見返りと言っていいのかしら?」
「マイナスを回避する事も立派な戦術さ」
「何と戦ってるのよ、まったく。相変わらず酷い人よね、旅人さんは」
何故だ。円滑な人間関係を築こうとしているだけなのに。
ほんと、女性を怒らせたら最悪なんだぞ。
俺なんて、理由も分からず会社の女の子に1年間無視された事があるからな。
「それで、私へのプレゼントはどういう意味を持つのかしら?」
「いや、だから、見返りを求めたくない相手には、そもそもプレゼントなんかしないって話だろ?」
「……相変わらず回りくどいわね。そしてやっぱり意地悪だわ!」
「自分に優しく、自分に正直に、自分にご褒美を。それが俺のスローガンだ」
素直に生きるって大変なんだぞ?
「私も一応貴族令嬢なのよ? もう少し優しくしてくれても良いんじゃないの?」
「俺は冷静に損得勘定が出来る大人なんだよ」
「……それって、私から得られる利益よりも、損の方が大きいって事かしら?」
「俺の地元には『百害あって一利無し』という格言がある。流石のお嬢様でも零という事は無いだろうから、『百害あって一利有り』ってところだ。名付けて『百害一利姫』だな」
「不名誉な二つ名を付けないでよ! 広まったらどうするのよ!?」
語呂がいい名前なのに、お気に召さなかったようだ。
「……分かったわ。ええ、よく分かったわ。口論では旅人さんに敵わないって事がね」
「言葉は知性の顕れだからな。もっと敬うがいいさ」
「…………はぁ」
心底疲れたように項垂れるお嬢様。
何故だろうか。俺と話す相手はため息がお好きらしい。
「そもそも怪しい中年男にプレゼントをせびらなくても困らんだろう。一応お嬢様なんだし?」
一応年頃の娘さんだし、一応顔も可愛い部類だし。
黙ってさえいれば、足の長さが取り柄の若い男が貢いでくれそうなものだが。
「だって旅人さんは、珍しい物をいっぱい持ってそうじゃない」
単にレア物が好きなだけかよ。
確かに俺は、この世界には無い地球産の品や高ランクのアイテムをいっぱい持ってるけどさ。
分かっていても、物や金だけが目当てだと面と向かい言われるのは悲しいものだ。
体が目当てと言われた女性と比べ、どちらの切なさが優るのであろうか。
永遠の謎である。
まあ、飛んで火に入る羽虫の如く、せっかく少女がからんで来てくれているのだ。
大人の男性として、全力で受け止めないといけないだろう。
「話は分かったが、タダでお嬢様に貢ぐのは面白くない。ここは一つ勝負と行こうか」
「な、なにをするつもりなの!?」
スカートを押さえて後ずさるのは止めてほしい。
お嬢様には、まだ直接的なセクハラをした覚えがないぞ。
「なーに、ちょっとした頭脳ゲームさ」
厭らしく笑いながら、懐からとある玩具を取り出す。
「――――あら。六面に違う色が塗られた木箱に見えるわね。それとも何かのアイテムなのかしら?」
「こうしたギミックが盛り込まれた玩具だ」
説明しながら、一面が縦横3つずつの計9つに細分された正方形を適当に回してみせる。
そう、言わずと知れた立方体パズル、ルービックキューブである。
……もしかして、最近のデジタル世代のお子様は知らんかもしれんがな。
「何これ、凄いわ! 魔法を使わずに、こんな複雑な動きが出来る玩具が作れるなんて!」
立方型パズルの奇妙な動きに興味津々なお嬢様に渡すと、もの凄い勢いでカチャカチャと回しはじめる。
俺もはじめて見た時は驚いたものだ。
構造は今でもよく分かってないのだが。
「……確かに凄い仕組みだけど、どんな目的で遊ぶものなのかしら? ただ回すだけならすぐ飽きるわよ?」
意外と飽きるのが早いらしいお嬢様が、首を傾げている。
どうやら未知の物に対する興味は強いけれども、その本質を見極める感はさほど良くないようだ。
「おいおい、ちょっと考えれば分かるだろう? それともお嬢様のおつむは飾りなのか?」
「そ、そんな事ないわよっ! 少し待ってなさい!」
そして負けず嫌いで、挑発に乗りやすいらしい。
「――――分かったわ! この玩具はただ回すのが目的じゃなくて、回して色を整えるのが目的なのね!」
「おおっ、よく分かったな。すごいすごい」
「ふふっ、私が本気になればこんなものよ!」
更には煽て易く調子に乗り易いときましたか。
もしかして、お嬢様の本質は探求者ではなく、単なる子供なのかもしれない。
希少な『好奇心スキル』が泣くぞ。
「あら? でも、それって――――」
「ルールが分かったところでゲーム開始だ。お嬢様の勝利条件は、キューブを元の状態に戻す事だ!」
「やっぱりぃー!? まってまって! こんなバラバラの状態から!?」
お嬢様は、回し過ぎて今やバラバラな配色となったキューブを引きつった顔で睨みながら、カチャカチャと回していく。
「……で、できたわよ!」
「そうだな。ちゃんと出来たな。……一面だけな」
「や、やっぱり六面とも全部揃えないと駄目なの?」
「そういう遊びだからな」
「で、でも、こうやって一面は簡単に揃うけど、他の面はバラバラなのよっ? 同時に六面揃えるなんて無理じゃないかしら!?」
「んなこたぁない。最初はちゃんと揃っていたじゃないか。それを元に戻すだけだろう?」
「た、確かに理屈ではそうなんだけど、そうなんだけど!?」
ゲームの難易度を理解したお嬢様が泣きそうな顔で問いつめてくる。
ああ、やっぱり彼女には涙がよく似合う。
「別に無理して挑戦する必要はないぞ。ゲームをクリア出来なくても罰は無いからな。でも見事クリアした暁には、お嬢様がこれまで見た事も聞いた事もない超レア物をプレゼントするぞ?」
「!? ――――やるわ! 絶対クリアしてみせるわ!」
またもや簡単に挑発に乗ってくれたお嬢様が高らかに宣言する。
こちらの思惑通り進み過ぎて申し訳ないほどだ。
「期限は設けないでおこう。クリア出来た時に実物を見せてくれればいい」
「こんなの少し慣れれば、どうって事ないわ! 直ぐにクリアして見せるから、ちゃんとプレゼントの準備をしておくといいわ!」
「ああ、一番いいものを用意しておくよ」
おーおー、自らハードル上げちゃってまあ。
「ではでは、その時を愉しみにしているぞ」
これで暫くは、静かになるだろうさ。
◇ ◇ ◇
ある屋敷での出来事。
カチャカチャカチャ――――。
1晩目。
「お、お嬢様。そろそろ就寝のお時間となりますが?」
「いま良いところなのよ! やっと二面同時に揃うように成ったんだから!」
カチャカチャカチャ――――。
2晩目。
「お、お嬢様。今日くらいはお休みになった方がよろしいと思いますが?」
「三面まで来たのよ! あと半分、あと半分なのよ!」
カチャカチャカチャ――――。
3晩目。
「お、お嬢様。流石に三日三晩の徹夜は、本当に倒れてしまいますよ?」
「なんで!? なんで四面が揃わないの!? 本当に出来るのこれっ!?」
――――そして十日後。
◇ ◇ ◇
「――――出来たわっ! これを見なさい!!」
もの凄くやつれた顔で、それでもやりきった満面の笑顔で、お嬢様が俺の前に立つ。
「随分早かったな」
まじか。たった十日で完成するものなのかよ。
俺が子供の頃には、二面しか揃える事が出来なかったぞ。
……やはり、このお嬢様は侮どれんな。
「これが私の実力よ!」
「…………」
……くくくっ。
十日は予想外の早さだが、俺が仕掛けた罠は完全に作動したようだ。
罠とは――――。
一、珍しい賞品を餌に『好奇心スキル』を刺激。
二、スキルが発動してゲームクリアを諦める事が出来なくなる。
三、『好奇心スキル』には答えまで導く能力は無い。と思われる。
四、クリアするまで手が止まらない地獄のはじまり。
五、仮にクリアしても心身ともにボロボロ。いまここ。
いやー、ちょっとした悪戯のつもりだったのに、こうも見事に嵌ってくれようとは。
愉快で仕方ない。
大声で笑いたくて仕方ない。
目にクマをつくったお嬢様が愛おしくて仕方ない。
「馬鹿な子ほど可愛いって言うのは、こんな感じなのかな」
「……どういう意味かしら?」
ついつい心情を呟いていたようだ。
独り身が長いと独り言が多くなって困るな。
このアホ可愛いお嬢様といい、人形売りのミシルといい、俺の父性っぽいものを刺激してくれるよな。
「いや、気にしないでくれ。それよりも、ゲームをクリアしたらプレゼントする約束だったな」
「そうよ! そのために頑張ったのよ! 凄く凄く頑張ったのよ!」
まるで、これまでの人生で一番頑張ったかのような口ぶりである。
本当にそうなら笑うしかない。
「これで普通のプレゼントだったら怒るわよ! むしろ泣いちゃうわよ!」
あまり寝ていないためか、クリアした高揚感からか、変なハイテンションのお嬢様がにじり寄ってくる。
ファイティングポーズに涙目とは、中々可愛いじゃないか。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと最高の品を用意しておいたぞ。おそらく誰も持っていない唯一無二の品だ」
まあ、この世界では、の話だが。
「やったっ! 頑張って良かったわ!」
おそらく『好奇心スキル』を使って、俺の言葉に嘘が無いと分かったのだろう。
お嬢様は万歳しながらはしゃいでいる。
「これが約束のプレゼントだ」
ゲームは、クリアされた俺の負けという格好だが、ここまで喜んでもらえるなら悪い気はしない。
素直に、お嬢様の頑張りに、敬意を表するとしよう。
そして俺は、約束通り、この世界で誰も見た事が無い傑作品をお嬢様に渡す――――。
「――――あ、――――えっ?」
感激のあまり、彼女は言葉を失う。
「そんなにも夢中になるまで、キューブを気に入ったようだな。そんなお嬢様にピッタリのプレゼントだろう?」
「…………1、2、3、4、5、6、7? ななつ? みっつでも大変だったのに……、それが、倍以上の、……7分割?」
これまで彼女が挑んでいたキューブは、3×3分割。
そして、今プレゼントしたのは、7×7分割。
人類の英知と技術が生み出した最高難易度のキューブパズルである。
「は、はは…………」
お嬢様は、手の平に置かれたキューブを呆然と見ている。
「こ、これが、最高のプレゼント? 私が連日徹夜したその結果?」
震える手が、彼女の心情を如実に顕している。
武者震いという奴だ。
早く遊びたくて仕方ないのだろう。
「約束通り、誰も持っていない、最高難易度のパズルだ。さあ、思う存分遊んでくれ!」
「あは、あはははは――――――――――」
予想を上回るプレゼントに、お嬢様は感激してしまったらしい。
俺は近くで困惑している護衛に、座り込んで笑い続けるお嬢様を任せると踵を返す。
ああ、プレゼントして喜ばれるのって、最高に気持ちいいな!




