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娼婦の姉妹②/プリティなコールガールからの提案




「…………旦那はいつも起きてるね。ちゃんと寝てるのかい?」


 草木も眠り、静まりかえった丑三つ時。

 姉のルーネが、上半身を起こしながら話しかけてくる。

 彼女もまだ寝ていなかったみたいだ。


「寝首を掻かれないように注意してるのさ」

「あははっ、あたいらはそんな事しないよ」


「……」

「……」


 何とはなく、間が空いてしまう。

 妖怪の仕業ではない。たぶん。



「……旦那はさ、変わってるよね」

「そんなこと言われたのは初めてだ。変人という自覚はあるけどな」

「あはっ、あたいが気を使った意味が無いじゃないか。やっぱり旦那は変わってるよ」

「変わり者は、嫌いかな?」

「いいや、あたいは好きだよ」


 異性に好きだと言わせたがるのは、愛に飢えている証拠だろうか。

 ぼっちを好んでいるはずなのに。

 恋愛を避けているはずなのに。



「…………」

「…………」


 今度の間は、少し緊張が感じられた。



「……ねえ、旦那。お願いがあるんだけど」

「ああ、俺の性格のこと以外なら、とりあえず聞くよ」

「その……、妹のティーネを旦那の愛人にしてくれないかい?」

「あい、じん?」


 『愛する人』だと崇高な感じがするが、『愛人』だと途端に安っぽくなる。

 『恋する人』と『恋人』は、どちらも清い感じなのに、不思議なものだ。

 『愛』は『恋』よりも進んだ感情かもしれないが、劣る場合もあるのだろうか。


 ……いかんいかん。

 三十過ぎの非モテなおっさんが、十代の少女から縁がない単語を聞いてしまったためか、動揺してポエマーな思考になっているようだ。


「分かり易く言うと、旦那専用の娼婦にしてほしいんだよ」

「それって、毎月決まった金を払う見返りに、俺以外の客は取らないって事かな?」

「うん、そうだよ」


 ほほう、擬似的な恋人契約と言う訳だな。

 ウェブで金持ちリーマンの似たような体験談を見た事がある。

 正直ちょっと羨ましかったんだよな。


 海外で外人さんと遊んだ時は、露骨に結婚を匂わせてきたものだ。

 あれはあれで、お互い騙し騙されの緊張感があって面白かったんだけど。


 ……これまでの行きずりの関係から、一歩踏み込んだ話だ。

 冷静に考えなくてはならない。



「……理由を聞いても?」

「この前も少し話したけど、ティーネは一人では客が取れないんだ。目が悪いから危ない事になっても逃げたり出来ないしさ。性格も引っ込み思案だから、あたいと一緒じゃないと客の相手が出来ないんだよ」

「……」

「だから実質、ティーネは客が取れないんだよ」

「確かに、客の俺が言うのも何だが、妹ちゃん一人では危険だろうな」

「元々あたいが面倒見るつもりだったから、無理に働かなくていいんだけどさ。ティーネは気にしていて、落ち込んでるのさ」


「……事情は分かったが、俺なんかが相手でいいのか?」

「もちろんさっ、旦那以上の人は居ないよ! 優しいし、金持ちだし、何よりティーネが怖がってないしね!」


 金が理由なのは、当然であり、彼女の素直さは好ましいが、ちょっぴり切ない。

 容姿や頼もしさに触れてくれないのは、まあ当然であり、自覚ありありだが、割りと哀しい。


 しかし、男の優しさを評価するのは、どうかな。

 誰でも擬態出来る事だし。

 「優しさだけが取り柄」なんて、最低の褒め言葉だしな。

 率直に「女性を騙すのが上手いね」と言われた方が、嬉しいかもしれない。



「愛人になったとしても、直ぐ飽きられて捨てられるかもしれんぞ?」


 俺の飽きっぽさを考慮するに、その可能性は高いだろう。


「それでも良いんだよ。そしたらまた、元の生活に戻るだけだからね」

「……そんなんでいいのか?」

「元より先がない商売さ。少しの間でも定期的な収入があって、家でゆっくり過ごせるなら、それが一番だよ」


 そんなものなのか。達観しているな。

 愛人契約を、一夜限りの延長戦だと割り切るのなら、それも良いかもしれん。

 俺なんかには勿体ないほど魅力的な姉妹だ。

 一応それなりに、独占欲なんかもあったりする。


 ……だけどなぁ。

 金銭的にも時間的にも肉体的にも問題ないのだが、情が移ってしまうとなぁ。

 今でさえ常連客なのに、これ以上長い時間を共有してしまうと嵌ってしまいそうで怖い。

 まあ、俺にそこまで深い情は無いと思うのだが。




「――――どうかな、だんな?」


 ルーネが、はじめて見せる潤んだ瞳で見上げてくる。

 くっ、普段溌剌な彼女にそんな表情でお願いされたら、ホイホイ頷いてしまいそうになる。


 だが、これは俺だけの問題じゃない。

 俺のような駄目人間と必要以上に深く付き合うと、少なからず彼女達の人生が歪むはずだ。


 そして何より、俺が男として愛人を演じきる自信がないのが問題だ。

 最初から金だけの関係だと割り切った行動であれば悩む必要はない。

 全て嘘だと自覚しておけば、演じるのはそう難しくない。


 ――――だが、愛人。

 いくら金だけの関係とはいえ、愛する人、である。

 俺には、人を愛する自信も、幸せにする自信も、全くないのだ。



「――――――――――」


 だから断ろう。

 ……断ろうと、思った。

 …………だけど、そこで、思い出す。


 俺が手に入れたかった『余裕』とは、どんなものだっただろうか。

 ここで面倒くさいと投げ捨てるような、隙間の無い生き方だっただろうか。


 もちろん俺に、全てを享受するような甲斐性は無い。

 だが、今の俺なら。

 異なるこの世界で、不相応にでも力を手に入れた今の俺なら。

 少しばかり先の見えない道でも、手探りで歩いて行く事が出来るはずだ。


 ――――俺は、そんな道楽を、求めていたのではなかろうか。




「愛人契約、……魅力的な話だ」

「ほ、ほんとうかい!?」

「だけど、契約するには、条件が3つある」

「いいよっ、何でも言っておくれよ!」


「一つめは、妹のティーネ本人が望むこと。但し、視力が回復した後でな」

「そ、そんなっ、ティーネの目を治すなんて無理だよ!?」

「ああ、すまない、言い方が悪かったな。俺がティーネの目を治した後に、彼女の意志を確認するって事だ」

「ほ、本当に治るのかい!?」

「ああ、大丈夫だ」


 ランク10の状態回復薬であれば、視力も完全に回復する。

 自分で立証しているので間違いない。

 もしも駄目な時は、眼鏡を複製すればいいだろう。


 ティーネも視力が戻りさえすれば、他にやりたい仕事があるかもしれないし。

 何より、本当にこんなおっさんが相手でいいのか、ちゃんと姿形を自分の眼で見て判断してほしい。

 本人の意志がきちんと固まっておらず、嫌々やられても嫌だしな。


「分かったよ、旦那。ティーネの気持ちも大事だからね。それで、次は?」

「二つめは、ルーネとティーネ、姉妹で愛人になること」

「…………あたいの面倒も頼んじまっていいのかい?」

「もちろんだ。俺は姉妹丼が大好きなんだよ」

「……ありがとう、旦那。意味はよく分からないけど、あたいらを愛してくれるんだね」


 珍しく、ルーネが照れたように呟く。

 二人とも好きなのは嘘じゃないが、男と女のマンツーマンだと上手くやっていく自信が無い事は言わぬが花だろう。

 特に妹のティーネと二人っきりでは、口べた同士困った事になるだろうし。

 この契約に、姉のルーネの存在は不可欠なのだ。


「最後の三つめは、空いている時間を使って自分達がやりたい事を見つけ、行く行くは独り立ちすること」

「えっ、どういう事だい?」

「こう見えても俺は、商人や冒険者の真似事をしている。だから金は有るが、その分危険も大きい。いつ野垂れ死んでも不思議じゃない」

「…………」

「だから、いつ俺が居なくなってもいいように準備しておいてほしい。もちろん俺も出来る限り手伝うからさ」

「それじゃあ旦那の負担が増えるだけじゃないかっ。……旦那はそれで、本当にいいのかい?」


 姉妹が二人で生きていくだけの金と力を蓄えるまでは、一緒に居る事も出来るかもしれないが、情けない事にどんなに余裕があっても人生の最後まで守り通す自信が湧かないのだ。

 一緒に長い時間を過ごし、まるで家族のようにお互いに寄り添える関係を築けるなんて、まるで想像出来ない。

 年を重ね、力を手に入れ、時間を持て余してなお、逃げ道を作らないと女遊びも出来ないとは……。


「まあ、要するに、俺は若い女にしか興味がないから、年食って捨てられる前にさっさと出て行った方がいいって事だ」

「――――あ、あははっ、台無しだよ旦那!」


 笑いながら頭を預けてくる彼女をゆっくりと抱きしめる。


 ……そうか、これが女に貢ぐ楽しみという奴か。

 存外、悪くないかもな。

 そう、駄目男街道を突っ走るのも、きっと立派な道楽なんだろうさ。



 かくして俺は、愛人と言う名の男の夢を手に入れたのである。

 入れてしまったのである。

 ほんと大丈夫かよ…………。


 まあ、姉が言ったように、こんなものは難しく考えない方がいいのだろう。

 所詮金だけの上辺な関係なので、俺が飽きるか、彼女達に呆れられるかまで、気楽に過ごせばいいのだ。

 それがきっと、大人の関係、大人の楽しみ方なのだ。

 だから、いつか来るその日まで、擬似とはいえ元の世界では縁の無かった恋人関係なるものを精々味わってみよう。



 ――――願わくは、寝取られイベントが発生しませんように。





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