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月夜の晩に⑬/獣人奴隷との約束




 そこは、暗い地下牢であった。


 生物が微かに蠢く音と啜り泣く声以外は存在しないような、とても死に近い場所。

 様々な種族が、様々な理由により、様々な苦痛を与えられていたが、絶対的な共通点があった。

 それは、彼らが奴隷であること。


 その中の一人、連日の拷問で動く事が出来ないルラォーは、侵入者の気配を感じ取った。



「……誰だ?」

「――――ふむ、感がいい奴隷も居るものだな。何故気づいた?」

「……姿は見えぬが歩く物音が聞こえたぞ。それに果物の匂いもする」

「なるほど、勉強になったよ。香水は汗っかきに必需なのだが、密偵時には控えた方が良さそうだな」


 ルラォーは気配のする方向へ返事をしたが、それに答えたのは闇であった。

 しかし、姿が見えない何者かが居る事は明白だった。


「こんな牢屋に何の用だ? 屋敷の者なら姿を隠す必要はないはずだぞ」

「それがな、俺の安住を邪魔した報復にと酔った勢いで侵入したんだが、屋敷の内情が分からず困ってな。恨みを持っている奴隷なら協力してくれると思った次第だ」

「……お前は正気なのか?」

「それについては自信がないが、本気ではある」

「…………」


 依然として姿を見せぬ相手の言い分に、ルラォーは呆れる。

 ここの貴族連中は、自分達が恨みを買っている事を認識しており、常に十分過ぎる程の警戒態勢が取られている。

 そんな処に単身で乗り込んでくること自体が正気ではないのだ。


 ――――そう、無謀にも正面から一人突撃した、あの日のルラォーのように。



「あんたが適任みたいだな。どうだ、協力してくれるなら、ここから解放しよう」

「……願ってもない事だぞ。奴らを仕留める事が出来るなら何だってやろう。……だが、今の俺は全身を切り刻まれ動けん。それに隷属化の魔法を掛けられている。口惜しいが奴らに刃向かえないのだ」

「だったらまず、怪我を治そう。口を開けてくれ」

「……こうか?」


 素直に開かれたルラォーの口の中に、小さな物体が投げ込まれる。


「――――まさかっ、今の小さいやつが回復アイテムだったのか!?」

「次は隷属魔法の解除だな。この指輪を付けるといい」


 全身の傷を一瞬で完治させた効用に驚く暇もなく、新たなアイテムが渡される。


「魔法を解除するアイテムだと? 馬鹿な、ランク外のレアアイテムだぞ?」

「感想は不要だ。早くしてくれ。腹を空かせた子供を待たせているんだ」

「………………間違いない、俺は奴隷から解放されたぞ!」


 謎の人物に急かされ指輪を装着したルラォーは、興奮して己の状態を確かめる。

 そこには、半ば諦めていた傷痕も拘束もない元の体があった。



「それでは、約束通り協力してもらおうか」

「――――お前は神の遣いなのか?」

「ああ、よく云われるよ」


 漆黒から厭らしい笑い声が漏れる。

 崇高なはずの神に似つかわしくない不気味さに、ルラォーは躊躇う。

 が、残虐を尽くしてくれた貴族連中へ報復する意志が優った。


「約束は守る。この蛮勇と恐れられたルラォーが大暴れしてやろうぞ!」

「……いや、その呼び方って蔑称だからな? 無駄に血気盛んな無謀者って馬鹿にされているからな?」

「ば、馬鹿な!?」

「その通り馬鹿なんだよ。あんたの役目は道案内と悪人を見分ける事で、殺生は私の役目だ」

「な、なんだとっ! この俺がただ見ているだけだと!?」


「それが嫌ならこの話は無しだ。そのまま牢屋に入っておけばいい」

「ぐぬっ……」

「そもそもあんたは負けたから牢屋に入れられているんだろ。そんな弱者に手伝われても邪魔なだけだ」

「よ、弱い!? この俺が!?」

「ほら、いつまでも騒いでないでこの服を着ろ。それで姿を隠す事が出来る」

「…………仕方ない、約束だ。お前に従おう」

「ああ、しっかり自重してくれ」




 その後は、恐ろしくスムーズに事が運ぶ。

 むしろ地下牢でのやりとりの方が手間取ったと感じる程であった。


 謎の人物とルラォーは、姿を消したまま屋敷を自由に闊歩する。

 ルラォーの進言を元に、罪深き者は一室に集め監禁、罪無き者はアイテムで眠らせていく。

 その判別作業は、護衛どころか監禁された本人さえ気づかない程の手並みであった。


 そして、罪人に認定された者を、神の如く圧倒的な力で、神の如く人の願いなど無視して、殺害。

 ――――その瞬間。

 謎の人物には、躊躇が感じられた。慈悲が感じられた。後悔が感じられた。

 だが何よりも強く感じられたのは、草むしりするかのような「面倒くさい」という感情であった。 




「迷惑料として屋敷の財産は全て頂戴しよう。残された連中が再興する力を失うから、一石二鳥だな」


 あっさりと仕事を完遂してしまった謎の人物は、さも当然かのように告げた。


「――――お前は悪魔の化身なのか?」

「ああ、よく云われるよ」


 底知れぬ力と残忍な性格を恐れたルラォーからの問いに、謎の人物は愉しげに笑う。

 その笑い声は、先に神の遣いかと尋ねられた時と比べ、よく響いた。



「押収した財産は、あんたと折半するよ。私たちは共犯者だからな、虎男」

「……お前に共犯呼ばわりされると寒気がするぞ。それに俺の名前の呼び方が少し違う気がするのだが?」

「気にするな。この方が呼びやすいんだ。タイガーっぽい獣人のあんたにピッタリな名前だろう?」

「よく分からんが、馬鹿にされている気がするぞ」

「気のせいだ。だから気にするなよ馬鹿」

「……おい」


 出会ったばかりの二人は、妙に気が合っているように見えた。

 互いが独尊的な気質を持っていながらも、今まで譲歩した事のないルラォーが、薄気味悪い相手を前に気後れしていたからだろう。



「なあ、お前の名は教えてくれないのか?」

「手掛かりを残したくない。あれでも有力な貴族らしいから、すぐに追っ手がかかるだろう。だからあんたも、私の事は知らぬ存ぜぬで通してくれ」

「意外だぞ。お前なら大抵の奴は一蹴出来るだろうに。それどころか今回のように奇襲すれば、全ての貴族さえ始末出来るだろうに」

「そんな事しても腹の足しにならん。私は愉しみながら安寧に暮らしたいのだ。今回は偶々意見が合わなかった者を排除したにすぎない」

「……ふははっ、やはり無茶苦茶な奴だな、お前は」

「ああ、よく云われるよ」


 今度の笑いは、二つ響いた。




 二人は、屋敷中の財産を集めて回る。

 特に謎の人物は、一切の慈悲も許さぬよう全ての隠し財産を暴いていく。


「集金が済んだら、さっさと退散しよう。虎男はどうする? どこか行きたい場所があれば転送するぞ」

「……お前に頼みがある。まだ地下牢に監禁されている奴らも解放出来ないか? 俺の同族も捕まって居るのだっ」

「…………」

「頼む! お前ならやれるはずだ!」

「……言っただろう、これ以上手掛かりを残したくないと。それに解放しただけでは助けた事にならない」

「ぐっ、しかし――――」


「――――だから、虎男が助けた事にして、解放後も面倒を見てくれるのなら手伝おう」

「!! 本当にいいのか!?」

「共犯者だからな、私達は」

「ふははっ、お前は人でなしなのか、お人好しなのか分からんぞ!」


「……どちらも同じことさ。人の一番の恐ろしさは、善と悪が同居していること。これは人のみに許された最も崇高で最も愚かな特徴。感情に支配され、誰もがどんな時であろうと神にも悪魔にもなれる。それが相反せず内包されている。――――善悪を併せ持つ。それこそが人の本質なんだろうさ」

「…………」

「私が殺した貴族連中だって、根っからの悪人だから罰を受けた訳じゃない。きっと私達が知らない処で善の面も持っていたはずだ。ただ、今回は関わった相手が悪かっただけ――――そう、運が悪かっただけだ」

「……お前は、この出来事の全てが、運だと言うのか?」

「ああ、私も運に見捨てられればあっさり死ぬだろう。全ての人にとって、運に負けない事が人生の課題なのかもな」


「運……、そうか。俺に足りなかったのは、それなのか……」

「いや、虎男の運は高いのだろう。私がここに来てしまったのは、お前の運に呼び寄せられたのかもしれない」

「…………そうか、そんな考え方も、出来るのか」

「だから虎男に足らないのは、単に思量深さだと言う事だな、馬鹿」

「……おい」


「石橋を叩いて割る深謀遠慮な私を見習うがいい」

「……言葉の意味はよく分からんが、お前の真似はしない方がいい事くらい俺にも分かるぞ」

「はは、それが今回学んだ教訓と言う訳だな。いい感じのオチも付いた事だし、さっさと最後の仕事を済ませよう」




 その後、謎の人物は、残りの奴隷にもルラォーと同じ処置を行い、王都から離れた森の中へと転移させた。


「……本当に何でも出来るのだな、お前は」

「全てアイテム頼りだがな。そんな事より、帰宅に必要な物資はこれで足りるのか?」

「十分すぎるぞ。強力な武具に回復アイテム。馬車、食料、衣服、魔法で創られた黒い従者、それに金まで。屋敷で得た金は本当に全て貰っていいのか?」

「半分は共犯者として、残り半分は後始末の経費だ。これだけの人数を世話するのだ。金は多い方がいいだろう」

「そうだな。この際だから、全てお前の世話になっておこう」


「……面倒事を押しつけて、その、まあ、すまんな」

「――――」

「どうした?」

「驚いたぞ。お前のような存在でも頭を下げるのだな」

「私を何だと思っているのだ。これでも元社会人だぞ。謝罪には慣れている」


 意味は分からなかったが、何だか格好悪い事を堂々と宣う謎の人物に、ルラォーは笑みを浮かべた。



「――――この恩は決して忘れん。困った事があったら必ず力になろうぞ!」

「ん? 今何でもするって言った?」

「そうだ!」

「…………」

「どうした?」

「ちょっとサブイボがな。……まあ、そうだな、私が頼れる程度には強くなってくれよ」


「ぐははっ――――――精進しようぞ! 俺ははじめて、他人のために強くなりたいと思っているぞ!」



 こうして、王都の有力な貴族を壊滅させた二人は、あっさりと別れた。

 余韻を気にしない様も、よく似た二人であった。






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――




 聡明な部族として知られる豹族。

 これを治める族長の十三男として生を受けたルラォーは、しかし勇猛と無謀を履き違える愚息であった。


 勇猛とは、決して引かず真っ直ぐに突進し続けること。

 それがルラォーの信条である。


 彼はある日、仲間が不当に捕らえられた悪名高き貴族の舘に単身乗り込む。


 それは身内を案ずるよりも、一族が手をこまねく敵を一人で打ち破り、名声を得ようとする虚栄心が優る愚行であった。


 周りの忠告を聞かず、多勢に屈して新たな玩具を提供しただけの結果に、部族からも見限られてしまう。



 しかし、奴隷の身となり、一切の希望を奪われたルラォーは。


 自分よりも遙かに強い力を持つくせに、表舞台に出ようとしない胡散臭い人物と出会う事となる。



 ――――その後、仲間を救出し、見事生還を果たした彼は、評価を一転させ一族の英雄として称えられる。


 その名誉をはじめ、強力なアイテムと謎の黒い従者を手に、更には思量深さまで兼ね備えたかつての愚弟は、多くの兄達を押しのけて豹族の族長へと駆け上がっていく。



 こうして、豹族史上最も勇猛な族長となったルラォーは。


 あの時の約束通り、名も知らぬ奇妙な恩人に借りを返す事になるのだが――――――それはまた、別のお話。





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[気になる点] 何度目かの読み返し中 そう言えばルラォーの伏線あったなと。 男のことなんか秒も覚えていない旅人さんだけど 意外と仲良かったんだよなあw
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