月夜の晩に⑪/男達の悩みと女達の企み
朝方、冒険者達を連れたウォルが現地へ辿り着くと、無事生き長らえた領主一家とメイドが迎えた。
「おおっウォル! 来てくれたか!」
「無事じゃったか!?」
「ああ、何とか命拾いしたよ。ある助っ人のお陰でな」
「…………そうか、馬鹿が来てくれたのか」
「ウォルが手配してくれていたのか。馬鹿と言えば、もしかして――――」
「……」
「おっと、詮索無用だったな」
オクサード街の領主クマラークは、解毒薬を飲んだ夜の事を思い出す。
確か親友のウォルは、馬鹿正直に薬を売ったという客を馬鹿と呼んでいたのだ。
「……いや、今回の事でお主にも縁が出来たじゃろう。一度対面するのもいいかもしれん」
「ああ、改めて礼が言いたいし、その機会はお前に任せるよ。それよりも今はまだ、護衛達が森の中に残っているんだ。探索を手伝ってくれ」
「一晩経っておる。望みはあるのか?」
「彼らは賊の撃退が無理だと判断し、俺達を逃すため足止めに徹してくれたんだ。……正直、生存の確率は低いと諦めていたが、助っ人の話では生き残りを洞窟に避難させているらしい」
「それが護衛の仕事じゃ。お主が気に病む必要はない。……それに、あの馬鹿が手を出したのなら望みはあるやもしれん」
「とにかく向かってみようじゃないか」
一同は残党を警戒しながら探索していく。
暫くすると、謎の助っ人から聞いていた通りに、洞窟の中で気絶している護衛を見つける。
その近くには、既に事切れた護衛達も横たわっていた。
「……半数程は無事のようじゃな」
「多勢に無勢だったんだ。亡くなった者には申し訳ないが、生き残った者は運が良かったようだな」
「……運だけじゃなかろう。生き残った奴らの防具をよく見るのじゃ」
「ん? あれは、……傷痕かっ!?」
「切り口が深い。本来なら致命傷じゃ。……おそらく瀕死のところに回復薬を投与したのじゃろう」
「…………重体をも治す薬か。最低でもランク6は必要だな。しかもこの人数分……。恐れ入るよ、彼は商人なのか?」
「ふん。貴重な商品をタダで渡す商人など居るものか。奴の行動は利害が釣り合っておらん。だから馬鹿なのじゃ」
「そうだな、幾ら何でも型破り過ぎる。…………なあ、もしかして彼は、どんな物でも生み出せるレアアイテムを持っているんじゃないのか?」
「……確かにそんなアイテムがあれば、奴の行動にもある程度は説明がつく。じゃが――――――」
「……」
「そのアイテムは間違いなくランク10以上の最高品じゃ。ならば、世に二つと無いアイテムを持つ存在こそが問題になるじゃろう」
「そうだな。ランク10の魔物なんて、一国の軍隊が立ち向かう相手だからな。とても一人の力でどうにかなる問題じゃない。やはり彼は有力な商人、若しくは高位の貴族じゃないのか?」
「そんな可愛い玉ならいいのじゃがな。…………いや、まて!」
「ど、どうした?」
「――――じゃったら、美味い酒を幾らでも作れるという事じゃろう!?」
「……そ、そうだな。もし本当にそんなレアアイテムが有ればの話だが。そこで最初に酒が出てくるのが、流石ドワーフだな」
探索を続けると、更に数人の骸を発見する。
但し、見知らぬ顔ぶれであった。
「こやつらが賊で間違いないのじゃな?」
「ああ、俺達を襲ってきた相手に間違いない。最初の戦闘時に、なんとか倒した奴らだ」
「小汚い盗賊を装っておるが、装備が中級冒険者以上じゃな」
「かなりの手練れだったよ。俺やエレレなら一対一で後れを取る事はないだろうが、数十人が連携して押し寄せてくるとお手上げだ。護衛が時間を稼いでくれなかったら、逃げる事さえ出来なかったぞ」
「賊の死体はこれだけしか残されておらんようじゃ」
「……賊の殺気は鬼気迫るものがあった。相当な報酬を約束されていたのだろう。たとえ同胞を何人失おうとも、何が何でも俺達を亡き者にする執念すら感じたよ」
「…………」
「――――そんな大勢の難敵をたった一人で撃退するとは、どれだけのアイテムが有れば可能なんだろうな、ウォルよ?」
「儂に聞くでない」
「はっ、そうだな。冒険者時代を思い出して興奮してしまったよ」
「……儂はな、奴が持つ高ランクのアイテムで少しでも時間を稼いでくれればと、……それで十分だと考えておったのじゃ」
「…………」
「それがこの結果じゃ。儂らが辿り着く前に解決。しかも最良に近い成果。死の淵へ落ちた者を引き戻し、死さえ恐れぬ者を退かせる力……」
「……ウォル?」
「儂は耄碌していたようじゃ。強力なアイテムを持つだけの男ではないと分かっていたはずじゃが、…………随分と厄介な相手に借りを作ったようじゃ」
「……そう言うな。今回の件は賊を撃退出来なかった俺の責任だ。だから俺が精算してみせる」
「奴は何か要求してきたのか?」
「ああ、今まで通り平穏な街並みを維持してくれ、とさ」
「維持、か。簡単なようで難しい要求じゃな」
「肝に銘じて今まで以上に頑張るしかないだろう」
「……それが賢明じゃ。約束を違えば、奴は牙を剥くかもしれんぞ?」
「そんな、まさか。彼はどんな形であれ、オクサード街を好んでくれているんじゃないのか?」
「気に入っている内は大事にするが、気に入らなくなったら壊す。子供のオモチャと同じじゃ」
「馬鹿な……、自分で守ったものを、自分で壊すだなんて」
「そんな危うさが奴にはある。だから、馬鹿なのじゃ」
「――――」
「奴が血迷えば、どれ程の損害が出るか分からん」
「……まいったな」
「儂らの手に負えん事態が起こったら、腹を割って奴に相談した方がいいじゃろうな」
「……ああ、そうするよ。そんな日が来ない事を祈るけどな」
大勢の無事が確認され、安堵した空気が流れるなか、肝心の領主とその親友は、いつまでも難しい顔をしていた。
◇ ◇ ◇
領主一行が無事に屋敷へと帰り着いた後。
それまで大人しくしていたソマリは、自分の部屋に入るなり笑い出した。
「ふふっ、ふふふふふっ――――」
「……申し訳ありません、お嬢様」
「あら、どうしてエレレが謝るの?」
「ワタシが不甲斐ないばかりに、賊を撃退出来ず怖い思いをさせてしまい、…………気が狂ったのですよね?」
「狂ってないわよ! そりゃあ怖かったけど!」
「クロスケ様に辱められて、特殊な趣味に目覚めちゃったのですよね?」
「目覚めてないわよ! そりゃあ恥ずかしかったけど!」
「それだけ元気なら大丈夫でしょう」
「……もしかして心配してくれたの?」
「もしかしなくともそうです」
「……エレレの冗談は分かりにくいのよ」
「善処します。それで、どうして不気味な笑い声を上げたのですか?」
「もちろん彼の事を考えていたからよ! 大勢の手練れをたった一人で撤退させ、更に瀕死の護衛まで助けちゃうなんて普通じゃないわ!」
「良家の娘としては、まず無事に帰り果せた事に安堵すべきではないでしょうか?」
「悪かったわね、不良娘で」
「いえ、ワタシの教育が行き届かず申し訳ありません」
「…………」
「…………」
「ねえ、エレレ。もしかして話を逸らそうとしていない?」
「……とんでもないです」
「エレレも彼に興味あるのでしょう?」
「もちろん、クロスケ様は領主家の恩人ですから。護衛の一人として恩義を感じるのは当然です」
「それだけ?」
「それだけです」
「…………」
「…………」
「ふふっ、エレレって意外と嘘が下手なのね。表情は変わっていないけど、話し方や雰囲気で違いが分かるわ」
「……いえ、そのようなことは」
「あんなにも得体の知れない能力を持つ得体の知れない人物よ。私でなくとも興味を抱くのが普通だわ」
「……」
「それに、極上の甘露を持つ人物をエレレが見逃すはずないでしょう?」
「……」
「何より、――――連絡用のアイテムを貰っておいて、知らんぷりは出来ないでしょ?」
「!? ……まさかあの時、意識があったのですか?」
「いいえ、彼が盛った睡眠薬のお陰で熟睡していたわ」
「でしたら、なぜ……」
「あの珍しい料理を食べている最中に、『好奇心スキル』がランク4に上がったみたいでね。睡眠中でも音声を記憶出来るようになっていたのよ」
「……レベルは10にも満たないのに、スキルランクは4に達しますか。お嬢様の好奇心は常識を越えますね。人の秘密ばかり見ていると、そのうち後ろから刺されますよ?」
「そう警戒しなくてもいいじゃない。就寝中の物音を覚えるだけの可愛い能力なんだし」
「知りたがりのお嬢様に相応しい能力だと思います」
「褒めてないわよね、それ。でもそうね、スキルがこんな形で役立つとは思わなかったわ」
「……クロスケ様とのやり取りを隠した事は認めます。ですが――――」
「未知の力を持つ者には、近づかないのが一番だと言いたい訳ね。でも無理よ。これだけ深く関わった因縁はそうそう切れるものじゃないわ」
「縁がどうと言うより、お嬢様の嗜好が問題だと思いますが」
「謎に包まれた存在を前に、黙って大人しくしている選択肢なんてないわ。少なくとも、私にはね」
「……はぁ。そんなお嬢様だからこそ、知られたくなかったのですが。覚悟の上で深入りするのなら止めませんが、おそらくワタシでは助けになりませんよ?」
「もちろんエレレにも、この街にも迷惑を掛けるつもりはないわ。第一、避けて通っても安全とは限らないでしょう? 彼は確かに特異だけど、話は通じる相手よ。しかも冗談さえ通じると思うわ」
「随分とからかわれましたからね」
「……その件については忘れてちょうだい」
「お嬢様なら、悪戯相手として気に入られる可能性はあるかもしれません」
「……私だけが一方的に損害を被る交流は遠慮したいけど、最悪受け入れるつもりよ」
「お嬢様にそこまでの覚悟があるとは感服しました。……やはり苛められて快感を覚える体質なのですね?」
「違うわよ! どれだけ私を変態にしたいのよ!?」
「――――ですが、万が一逆鱗に触れた場合のリスクが大きいと思います」
「……急に真面目にならないでよ。でも、そうね、怒りのポイントは人によって異なるわ。特に彼のような得体が知れない相手では予測が難しいわね。それならと割り切って近づき、趣味嗜好を掴む方がいいのじゃないかしら?」
「……流石はお嬢様ですね。屁理屈を考えさせたら右に出る者は居ないでしょう」
「それも褒め言葉じゃないわよね」
「お嬢様の主張は一理あるかと思いますが、クロスケ様との接触手段がアイテム通信だけでは、大した事は出来ないと思いますが?」
「そうね、それが一番の問題よね。でも、――――エレレには彼の正体が分かっているのでしょう?」
「……っ」
「雰囲気が最初に報告を受けた時と同じだから分かるわ。あの時も何か言い淀んでいる感じだったけど、確証が無さそうだったから追及しなかったの」
「…………」
「でも、今回の件で確信したのでしょう? ウォル様に解毒薬を売った相手が誰であるか。――――そして、その男と、今回の彼が、同一人物であることを」
「……理由をお聞かせください」
「性別、年齢、背格好、性格、女好き、甘露と類似点が多いわね。そもそも特殊な強い力を持つ人物がそうそう居ても困るわ。だから、両者が同一人物と考えるのが自然よ。あからさまに黒頭巾で顔を隠していたしね」
「…………」
「そして何よりの証拠は、両者を知る人物であるエレレ、あなたの態度が物語っているわ」
「……ワタシの態度、ですか?」
「本当に相手の素性が分からないまま、アイテムによる通信だけの関係だったらもっと焦っているはずよ。それなのに今のエレレは、気落ちするところか浮かれてさえいるわね」
「……そんな事まで分かるのですか?」
「エレレは表情が変わりにくいけど、感情には素直なのよね。口調や仕草で感情の違いが伝わってくるわ。それに、あの夜の密会内容も一部始終聞いちゃったしね。エレレが随分と彼に執着しているのがよく分かるわ」
「……お嬢様の前では隠し事が許されないようですね。ワタシの秘密を知られたからには、お暇を頂くしかありません」
「こらこら、それは彼を陥落させてからにしなさいよ」
「……いえ、ワタシはそこまで望んでいる訳では…………」
「ダメよ! どんな切っ掛けでも相手でも、此処まで縁が出来た殿方をみすみす見逃す手はないわ。性格とか色々問題ありそうだけど、あれだけの能力を持つ人物なのよ。直ぐに他の子が放っておかなくなるわ!」
「それは――――、そう、かもしれませんが……」
「だからね、もっと積極的に接触しましょう。エレレも直接お話ししたいでしょう?」
「…………はい」
「よし! そうと決まったら早速明日から出かけるわよ」
「それは幾ら何でも気が早いのでは?」
「こういった事は急いだ方がいいのよ。それに明日は、今回世話になったギルドやウォル様達にお礼回りが必要でしょう。その途中に偶然会った恰好にすれば問題ないわ」
「……それだけの知略謀略があれば、お嬢様も直ぐに嫁入り出来るでしょうに」
「わ、私はいいのよっ。今はエレレのことが大事でしょう! この機会を逃せばもう手遅れかもしれないし!」
「…………」
「そういえば、私が寝ていた時のエレレの的外れなアピールときたら……、ぷぷっ、優しくしてくださいって、ぷぷっ、今思い出しても失笑ものよね。
あっ――――」
「――――失礼、足が滑りました」
「ぐぎゃーーー!」
三人揃わずとも、姦しい二人であった。




