表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/278

月夜の晩に⑨/特別出張の終わりに




「忘れなさいっ!」


 朝、起き抜けに俺の姿を見るなり、お嬢様は口を開いた。


「……何の事だ?」

「昨晩の事を忘れなさいって、お願いしてるのよっ!」


 いや、どう見ても命令されているのだが。

 人前で泣き喚めいてしまった事が、よほど恥ずかしいのだろう。


「残念だけどー、お嬢様の願い事はー、昨日叶えてしまったからなー」

「!? ……ぐぐっ」


 ふははははっ。

 言い負けたお嬢様は悔しそうに歯を食いしばっている。うん、可愛い。

 このネタは永遠に使えそうだ。

 もしも再会する機会があったら活用しよう。



「クロスケ様。朝日が昇り、お嬢様も起きた事ですし、そろそろ出発しても宜しいのでは?」


 お嬢様いじりを愉しむ俺を咎めることなく、平常運転のメイドさんが脱出を促してくる。


「ああ、援軍もそろそろ着くだろう。まずは領主殿と合流しようか」

「はい。お嬢様、走れますか?」

「……体力は大分回復したけど、足が痛いわ」


 願いが拒否され歯ぎしりしていたお嬢様だが、直ぐに切り替えて体の調子を確かめている。

 昨日は随分と走り回ったようだから、筋肉痛になっているのだろう。


「お嬢様は普段から運動不足なので、いい運動になったでしょう」

「きつすぎるわよ!」


 メイドさんの冗談に言い返せるようなら軽傷だろう。


「仕方ない、俺がオンブするか。それとも回復魔法をご所望かな?」


 手をワキワキさせながらお嬢様に近づく。


「い、いえ、結構よっ」

「……お嬢様はワタシが背負って行きましょう」


 お嬢様は変質者から逃げるようにメイドさんの影に隠れる。

 残念だな。「あててんのよ」をしてもらいたかったのに。



「それじゃあ、後を付いて来てくれ」


 先導して、領主が身を潜めている洞窟へ向かって走り出す。

 メイドさんは高レベルだけあって、お嬢様と言う荷物を抱えていてもかなりのスピードだ。

 お嬢様もアトラクション感覚で楽しそうである。この二人、仲いいよな。

 ちょっと羨ましく思いつつ、目的地を目指す。




 ――――翌朝は、こんなゆるい感じで進行し、まずは領主と無事に合流。


 感動的な親子の再会シーンが始まりそうだったが、援軍と合流するまでは油断出来ないと忠告してカット。

 第三者おいてけぼりの内輪ネタは屋敷に帰ってからやってくれ。


 その後も、俺が先導して森を脱出。

 奥方は領主様が背負って走っている。こちらも仲がいいことだ。

 消去法として、領主の息子が走れなかったら、俺が背負うハメになっていただろう。

 先に回復薬を渡しておいて、本当に良かった。

 男に「あててんのよ」をされたらショック死するわ。



 森を抜けると、オクサード街の方角に、ウォル爺が引き連れる集団が見えた。

 ほっと一息。

 これで本当にお役ご免である。

 ウォル爺と対面すると面倒な事になりそうなので、さっさとずらかろう。


「程なく到着する援軍と一緒に、残りの護衛を探索してくれ。――――拙者はこれにて」


 最後は似非忍者風に別れを告げる。


「あっ、おいっ……!」

「――――」


 慌てて引き留めようとする領主一家と黙ってお辞儀するメイドさんを尻目に、森の中へと走って戻り姿を晦ます。

 しばらく走り、近くに人の気配が無い事を確認すると、転送アイテムで自室へと移動。

 一風呂浴びたいところだが、コルトを待たせているのでウォル爺の店へと向かう。




「――――あ、あんちゃん! どうだった!?」


 朝早くだというのに、コルトは起きていた。

 徹夜で待っていたのだろう。

 彼女も店番という役目を果たしたのだ。


「もう大丈夫だ。護衛に多少の被害が出たが、領主一家は全員無事らしい。今晩には帰ってくるんじゃないかな」


 不安げな少女を落ち着かせるため、静かな口調で安否を伝える。

 護衛の探索と帰宅時間を考慮しても、今日中には帰ってくるだろう。領主の安全確保が第一だからな。

 コルトには、とにかく無事である事が伝わればいい。


「そっか! よかったぜ!!」


 うんうん。

 俺の休日出勤が褒められた訳ではないのだが、やはり純真な少女の笑顔は最高だ。

 これが一番の報酬であろう。

 ……何故だか、メイド服を着た女性の冷え冷えした表情が思い浮かんだが、気にしまい。


「コルトは寝てないんだろ? 後は俺が店番するから、ウォル爺が戻るまで休んでろよ」

「……あんちゃんも徹夜じゃないのか?」

「俺は――――」


 そういえば、俺は何をしていた設定だっけ?

 えーと、確か知り合いの冒険者に救援を依頼するため外出していたんだよな、たぶん。


「そうだな、俺も走り回って疲れたよ。だったら一緒に寝るか」

「……そこは、眠気を我慢して一緒に店番するか、じゃないのかよ」


 うむ、的確なツッコミである。

 コルトに窘められると、平穏な日常が戻ってきたと実感するな。


 仕方なく、眠気を避けるため、飯を食ったり遊んだりして時間を潰す事にする。

 この世界にはまだ存在しないのか、コルトがトランプを気に入ったので手持ち無沙汰にならずに済んだ。

 運値が低い俺は眠気の所為もあり、随分と負けが込んでしまった。




 ――――そして、夜も更けようとした頃、店のドアが開かれる。


 今気付いたのだが、これまで1人も客が来なかったな。

 大丈夫かよ、この店。


「……帰ったぞ。世話を掛けたな」


 のっそりと何事もなかったかのように、だけど若干疲れた顔をして厳ついドワーフが入ってくる。


「おかえり、ウォル爺! みんなを無事助けたんだよな!」

「……ああ、奴らは無事じゃ」


 強面の元冒険者が、こちらを睨みながら答える。

 怠惰をこよなく愛する俺も、今回ばかりは結構頑張ったのに酷い仕打ちである。

 まあ、ごつい爺さんに笑顔でハグされても困るのだが。


「…………」

「ウォル爺、もしかして怪我してるのか?」

「いや、儂には傷一つない。……お陰でな」


 コルトが無邪気に「さすがウォル爺だな!」と喜ぶのを余所に、ウォル爺は俺を睨み続ける。

 何だろう? 俺が所持するアイテムに期待した彼に、正体を隠しつつ出来る限り応えたつもりなのだが。


 ……もしかして、やり過ぎたのだろうか。

 確かに、酔って腹を立てていたとはいえ、賊どころか黒幕まで始末したのはオーバーキルだったかも。

 一応、オクサード街には迷惑が掛からぬよう配慮したつもりだけどさ。

 だって、ほらさあ、その場の勢いっていうか、流れみたいなものがあるじゃん?



「……コルトに小僧、今回の件は借りておこう。困った事があったら言ってこい」


 葛藤の果てに結論へと辿り着いたのか、ウォル爺はそんな風に捻くれたお礼を言ってきた。

 捻くれ者の俺に合わせたのかもしれない。

 それにしても、コルトは名前で呼ぶのに、おっさんの俺は小僧呼ばわりって酷くねえ?

 まあ、偽名とはいえ、親族以外から呼び捨てにされると妙に照れてしまうのだが。


「ええ、その際は、遠慮なく」


 日頃世話になっているからと断る事も出来たが、今回は素直に受け取っておく。

 ウォル爺もそれを望んでいるように見えた。



 ……こうして解放された後は、眠そうなコルトを俺の部屋に誘って、そのまま寝る事にした。

 今日ばかりは、隣に人が居てもよく眠れそうだ。

 汝、隣人を愛せよ、だ。

 ああ、フワフワのベッドと温かいリアル抱き枕が気持ちいい。


 ――――こうして、俺の特別出張は終わったのである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ