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月夜の晩に⑧/眠れない満月の夜に




「――――何者ですかっ!?」

「俺だよ、俺、俺」


 あれあれー? デジャブってるー?

 まだ警戒されているのかなー?


 警戒心マックスで出迎えてくれたのは、またしてもメイドさんである。

 彼誰時が近いとはいえ、己の存在に気付いてもらえないのは悲しいものだ。

 それとも迂遠に逢魔時を指して、俺の存在を揶揄しているのかもしれない。


 洞窟の奥には、すやすや眠っているお嬢様の姿が見える。

 食って泣いて喚いて寝るとは、まんま子供だな。

 どうやら留守中に問題はなかったようだ。


「…………、散歩に出られて2時間も経っていませんが?」

「短気でね、直ぐに飽きたよ。魚釣りとか苦手なんだ」

「…………」


 問い質しても無駄と分かったのか、メイドさんは静かにため息を吐く。


「全て終わったのですね?」

「ああ、清掃完了だ。……一応言っとくが他言無用だぞ」

「承知しています。……2人だけの秘密ですね」


 そう言いながら、メイドさんは少し頬を緩めて頷く。

 ……いや、そのニュアンスは違う気がするのだが。



「――――お勤め、ご苦労様でした」


 しばらく俺を見た後に彼女は、深々とお辞儀をした。


「……ああ、ただいま」


 って、嫁か! それともムショ帰りか!

 どちらにしても、いい皮肉である。


 しかし噂に聞いていたが、女性に帰りを迎えてもらうのも悪くないものだな。

 結婚するメリットの一つに数えておこう。

 もっとも、デメリットがリミットブレイクしているので、到底釣り合うとは思えんが。


「ん?」


 メイドさんはお辞儀した頭を上げようとしない。

 どうかしたのだろうか。


「この度のお力添え、真に感謝致します」

「お、おう」


 いきなり雰囲気を変えて畏まったメイドさんに、思わず生返事してしまう。


「……いや、待ってくれ。対価は領主殿からもらうので、礼は不要だと言ったはずだ」

「本来、領主家を守るのは我ら護衛の役目。その役目を押しつけただけでなく、護衛の命まで救っていただきました。ワタシも護衛の一人として、 恩義に報いない訳には参りません」


 ガチだ。ガチで真面目な話だ。

 仕事以外で真面目な話をしたくないんだよなー。そもそも仕事したくないんだよなー。

 それに、恩はともかくとしても、義は全くないんだよなー。


「いや、だから――――」

「正直に申しますと、借りを作ったままだとワタシの気が済みません。お返しが済むまでは、クロスケ様から離れる訳にはいかないのです」

「…………」


 やばい。この子、ヤンデレ属性まで持っているのかよ。

 属性は黒髪ショートの美人で淡泊な戦うメイドさんってだけで、既にお腹いっぱいなのに。

 ……それとも明日になれば、さっさと逃亡して雲隠れする俺の目論見を察しているのだろうか。


「だけど、本当に望みなんて――――」

「やはり脱いだ方がよろしいのですね」

「な!ん!で!だ!よ!!」

「んぁっ」


 本当に服を脱ごうとしたメイドさんの頭にチョップする。

 教育的指導である。

 段々と色ボケメイドさんへの暴力を躊躇わなくなってきたぞ。


 おかしいな、本来俺はボケ役なのに。

 彼女が相手だと調子が狂う。

 仕方ない、何でもいいから頼んでみるか…………。



「えっと、梨の皮を剥いてくれる?」

「はい」


 シャリシャリ。


「どうぞ」

「どうも」


 シャクシャク。


「美味い!」

「それは良かったです」

「……」

「……」

「…………」

「…………よもや、これで終わりとは言いませんよね?」


 だめかー。

 俺的に果物の皮を剥いてくれるのは高ポイントなのだが。



「……少し時間をくれ。考えるから」

「はい」


 それなりの事を頼まないと納まりがつかないようだ。

 しかし、急に言われても困る。

 俺はアドリブが苦手だし、大抵の事は手持ちの魔法とアイテムと金で自給出来るし。


 ……正直、本当に何でもいいのなら、彼女が勘違いしたように夜伽をお願いしたい。

 就寝中のおぼこいお嬢様の隣でメイドさんと秘め事なんて、この世界でも滅多に経験出来ない最高のシチュエーションだろう。


 ――――改めて評するに、艶やかな黒髪ショートカットをはじめ、整った顔立ちのなかでも一層映える冷ややかな眼差し、起伏の少ない表情と体型、更には有能そうに見せて天然系な処とか、結構なストライクだったりする。

 清楚や無邪気さとはまた違った趣の、乱れる姿が想像しにくいタイプにはぐっとくるものがある。

 うん、やっぱ俺はSだな。


 だが、女性の方から誘われたのを一度断っている手前、再度こちらからは頼みにくい。

 ……はっ!? もしやこれが狙いか!

 なんという策士!



「クロスケ様、本当に何も無いのですか?」

「あ、あー、そうだなー……」


 女性に望むものが、体以外に思い浮かばない己の悲哀を噛み締めながら、考え続ける。

 カテゴリーを女性として考えるから駄目なのだ。

 他のカテゴリーでは、領主家のメイドさん、護衛、高レベルといったところか。

 ……そうだな、せっかくなので彼女の立場を利用させてもらおうか。



「情報を提供してくれないか? オクサード街をはじめ、この世界で大きな異変があった時に教えてくれ。もちろん領主に都合が悪い情報は除いていいから」

「……そんな事で宜しいので?」

「ああ、俺にとっては重要だ。情報集めが苦手だからな」


 話題に乏しいから、人と雑談するのが苦手なのだ。

 ほんと、面白くない大人だよ。


「…………」


 メイドさんは、こちらの提案を吟味しているようだ。

 立場上、色々と気を付ける事もあるだろうが、鑑みて不利益も手間も少なく、いい落とし処だと思うのだがな。



「――――承りました」

「そうか、引き受けてくれるかっ」


 よかった。

 無難な対価に収まりそうだ。

 彼女の頭の中でどう判断されたのか不明だが、微かに笑っているようなので満足しているのだろう。


「これで交渉成立だな」

「はい。……それで、連絡方法は如何しましょうか?」

「あ……」


 そこまで考えてなかった。

 そうだよ、明日になったら逃亡して、二度と会わないつもりだったのに。


「やっぱり今の話はキャンセルで――――」

「駄目です」

「…………」

「お断りします」

「…………」


 メイドさん?


「断固拒否します」


 情報提供の何が気に入ったのか、メイドさんは頑なに拒否する。


「はぁ」


 仕方ない。俺から言い出した事だし。

 これも応報の一貫だと思って諦めるか。

 俺は懐に手を入れ、指輪型のアイテムを取り出す。



「連絡用のアイテムだ。指輪を嵌めている相互間で何時でも連絡が取れる。若干魔力を消費するがな」

「……はい」

「繰り返すが、報告は大きな出来事だけでいい。むしろ俺が聞きたい時に連絡するから、それに返答してくれるだけでいい」

「承りました」


 やけに素直なのが気になる。

 ご利用は計画的に、ごく稀にお願いします。

 異世界に来てまで仕事の呼び出しとか勘弁してくださいよ。



「どうした? 受け取ってくれ」


 メイドさんが俺の手の平から指輪を受け取ろうとしない。

 何か気になるのかな?


「あの、嵌めてもらえませんか?」

「え……?」


 どこか張り詰めた雰囲気を纏ったメイドさんが、左手を目の前に掲げる。

 俺の眠たげな瞼が段々と開いていく。

 この世界でも男が女にプレゼントする習慣はあるようだが、指輪に特別な意味はなかったはずだ。

 ましてやマジックアイテムの指輪である。

 装着すると本人以外には目視出来なくなる代物なのだ。


「…………」


 だから、何でもない。

 ない、はずなのだ。

 ……それでも、成人女性に指輪を嵌めるという行為は、いい年こいた独身男性にはハードルが高い。

 くっ、俺には結婚願望など無いはずなのに、情けないっ!


「薬指にお願いします」


 おいっ!? 何でハードル上げてんの!?


「な、なんで、薬指に?」

「我が家には代々、贈り物の指輪を左手の薬指に嵌めてもらう習わしがあります。

 ……残念ながら、理由までは受け継がれていませんが」


 やはり、この世界には俺以外の異邦人も存在するのだろうか。

 ……いや、偶々似た風習の地域があってもおかしくないのだが。

 どちらにしろ、特別な意味が無いのであれば、気にする必要はない。



「……これでいいか?」


 それでもヘタレな俺は、若干躊躇した後、震える手で、彼女の希望通りに、指輪を嵌める。


「――――はい」


 左手の薬指に輝く指輪を見つめ、彼女は満足したように、そっと微笑んだ。


「大切にします」

「……ああ、給料三ヶ月分の高級品だ。質屋は勘弁してくれ」


 何言ってんだよ俺。

 それじゃまんま婚約指輪じゃないか。

 どうやら妙齢の女性の笑顔に動揺しているようだ。



「…………」


 なんだか急に照れくさくなって、後を向く。




 ――――そこには満月。


 丸く明るい月の夜、穏やかな風が流れる中、静かな森の奥で…………と、出来過ぎのシチュエーション。

 だからだろう。

 雰囲気に流されたのだ。

 そんな言い訳を考えながら、後頭部を掻く。



 ……自戒しながらも、まだ雰囲気に酔っている俺の脳裏には、この場面に相応しい台詞が浮かぶ。


「月が――――――」


「…………」


「――――――――丸いですね」


「? はい、満月ですね」


 もしもその言葉が返ってきた場合を考えて怖くなり、俺はぐっとその台詞を飲み込んだ。






 その後は、妙にしんみりしてしまい、特に話題もなかったので座って休む事にした。


 延々と雑談を続けられる人はホント凄いと思うよ。

 月見酒の続きを楽しみたかった俺は、徹夜の見張りを買って出た。

 今更来客は無いだろうし、飲んでも問題ないだろう。

 素面ではやっとられん心情なのだ。


 洞窟の入り口にて、酒とつまみをチビチビ食す。

 深夜の森が醸し出す幻想的な雰囲気の所為か、いつもより酒を旨く感じる。


 ……そんな俺の隣に座り、メイドさんも付き合ってくれている。

 お嬢様と一緒に寝ててくれと言ったのだが、メイド兼護衛の矜持があるようで断固として見張りの同伴を主張したのだ。


 俺が酒を飲み干すと、甲斐甲斐しく注ぎ足してくれる。

 よもやメイドさんにお酌される日が来ようとはな。

 彼女は仕事中という理由で酒を断ったので、眠気覚ましに温かいミルクティーを渡してある。

 そしておつまみのクッキーをパクパクと食べ続けている。……ご健啖で何より。


 こんな風に、特に会話もなく、夜は更けていくのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 意味を知っていたら怖いので 「綺麗だな」と言えなかったのね。
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