月夜の晩に⑦/最後の野暮用を片付けに
「まず、今回のあらましを教えてくれ」
「……はい。ここ数年、領主様は病気で外出を控えていたのですが、先日復調して王都の会議に参加出来るようになりました。おそらく領主様が回復した事に焦りを感じた敵勢が、街を離れ少人数で移動する今回を好機に強行したのだと思います。こちらも護衛を増やしていたのですが、想定以上に相手は本気だったようです」
疑っていた訳じゃないが、ウォル爺の証言と一致するな。
まあ、領主一家は純粋な被害者と見て間違いないだろう。
今回の要因は領主の回復。
彼の病死をカウントダウンしていた敵対勢力が、思いがけず元気になっちゃったので慌てて強行手段に打って出た訳か。
……やっぱりと言うか、因果応報と言うか。
俺は然るべくして巻き込まれたようだ。
『情けは人のためならず』と言うが、巡り巡って返ってきたのがこの結果とはね。
俺の座右の銘である『塞翁が馬』に則り、今後に期待したいところである。
――――つまりは、今回の襲撃を乗り切っても、同じ事が繰り返される可能性が高い訳か。
やはりこの一件、最後まで徹底的に片付けた方が良さそうだ。
「襲撃した相手に心当たりは?」
「……幾つかは」
こちらが真面目な顔をしている所為か、メイドさんも真剣な表情で答えてくれる。
まあ、彼女は基本無表情なので、あまり変わらないがな。
「おそらくオクサード街の利権を狙っている輩です。領主一家が亡くなった場合、王都から新たな領主が送り込まれる仕組みになっています。その候補者の一人が犯人である可能性が高いと思われます」
「その候補者の中に、デフレイト家の名はあるのかな?」
「……はい。最有力です」
ビンゴだな。
特権が蔓延る貴族社会のためか、陰謀もシンプルで分かり易い。
「その名前はどこから?」
「先程の賊から直接聞いたよ。間違いないだろう」
「――――そう、ですか」
話を聞いたメイドさんの殺気が段々と増していく。
周りの空気が冷たくなっていくようだ。めちゃ怖い。
……これで、目的は定まったな。
「クロスケ様は、如何なさるおつもりで?」
「どうにも?」
「……そう、ですか」
目を閉じて肩をすくめる。
メイドさんはそんな俺を見て、僅かに頬を膨らませて不満げだ。
年齢的にどうかと思う仕草だが、可愛いから問題ないだろう。
「因みにデフレイト家ってのは、どんな輩なんだ?」
「……王都でも有力な貴族ですが、権力を笠に着た自らの利権しか考えていない屑の集まりです。彼らがオクサード街を治めたら、増税をはじめあらゆる面で住みにくい街作りに尽力するでしょう」
メイドさんは嫌悪感を隠す事なく淡々と答える。だから怖いって。
「――――これはもしもの話だが、彼らがこの世界から消えてしまったら、どんな影響があるのかな?」
「それは…………、いえ、そうですね、虐げられている多くの者が歓喜する事でしょう。もっとも直ぐに、新たな害草が生えてくるでしょうが」
「悲しむ者は?」
「彼らからお零れを与る手下ぐらいです。圧倒的に喜ぶ者が多いでしょう」
「なるほどなるほど。草を刈れば一時的には綺麗になるけど、根が残っていると新たな害草が生えてくる。やるからには徹底的に除草しないと駄目だと言う訳だな」
「……そうなります」
「うんうん。綺麗な街並みが一番だよな」
外国から見た日本は、とても綺麗な国に見えるそうだ。
確かにあれこれ理由と金と時間を費やし、いつも清掃しているもんな。
俺も社会人としての責務を理由に、色んな団体の色んな清掃活動に駆り出されたものだ。
――――うん、掃除だ。
清廉潔白が好きな民族として当然の事なのだ。
「クロスケ様?」
「いや、ただの世間話、仮の話だ」
「……」
「もう一つだけ仮の話を。その害草が突然消えたら、オクサード街が疑われないかな?」
「……そう、ですね。当然今回の報復として疑う者も居るでしょう」
「但し、除草されたのがオクサードの領主が襲われた時刻と同じ、つまり今日だったらどうなる?」
「!?」
「おそらく世間では、有名な貴族を狙った反乱勢力とでも思われるんじゃないかな」
「確かに、その可能性が高いとは思いますが……」
メイドさんが恐ろしいものでも見たかのように目を見開き、こちらを凝視している。
平和主義を気取る俺としては心外だな。
「だから例え話だって」
「――――っ」
メイドさんは何か言いたそうにしたが、ぐっと飲み込んでくれた。
いい子だ。ここから先は、オクサード領主の身内である彼女が関わっては駄目なのだ。
俺は何気なく立ち上がり、コキコキと首を回した。
洞窟の外に視線を向けると、木々の間から満月が見える。
……綺麗な月だ。
こんな夜に、すぐ寝てしまうのは勿体ない。
少しばかり、夜中の散歩と洒落込もう。
「それじゃあ、ちょっと散歩してくるよ。留守を頼む」
「………………はい。ご武運を」
「ありがとう」
そういえば、最初の時も同じ言葉で見送られたな。
武運、か……。運を尊ぶいい言葉だ。
運と縁が遠い身としては嬉しい言葉である。
――――さて、最後の野暮用を片付けに行こう。
◇ ◇ ◇
「ま、まて! 私を誰だと思っているのだ!?」
「き、貴様! 高貴な私にこんな無礼が許されると思っているのかっ!?」
「か、金なら幾らでも払う! だから儂だけでも助けてくれ!!」
……よくもまあ、そんなベタな台詞を言えるものだ。
呆れるを通り越して感心するよ。
「「――――! ――――!」」
追いつめられた彼らは、途切れなく騒ぎ続ける。
こちらの事情など知る気もない。
それでいい。
俺は話し合いに来た訳ではない。
これから行われるのは、良く云えば応報、悪く云えばただの気晴らしなのだ。
――――数十分前。
俺は王都に転移すると、アイテムでデフレイト家の屋敷を探し出し、いい気に熟睡していた犯人共を一箇所に集め魔法で拘束。
子供と女性は除外。仮に子が首謀者でも責任は親が取るべきだし、女性を殺めると呪われそうで怖い。
こんな中途半端な行動が追々後悔を招くのだろうな。
犯人を集めた部屋は、アイテムで外に音が漏れないようにしている。
マジックアイテムは魔法以上に万能っぽい。そのアイテムも魔法で創られた物なのだが。
嘘を見破るスキルやアイテムは持っていないが、俺の質問に対するクズのクズな回答を『感』で判断して有罪だと確定。
そもそも彼らは罪の意識が希薄であり、誤魔化す気さえあまりないのだ。
既得権益で腐敗した頭脳では、全てが正当化されるのだろう。
……などと、相手の悪い処ばかりを考えてしまうのは、まだ俺に罪の意識があるからだろう。
だけど、問題ない。
人が持つ最も優れ悲しい能力は『慣れ』である。
良くも悪くもすぐに慣れてしまうだろう。
こんな経験を繰り返すうちに、何の感傷もなく手を下せるようになるのだろう。
「さて、随分と遺言を垂れ流したようだし、もうお別れしていいよな?」
魔力で創った糸を操り貴族連中の口を閉じる。
残念ながら今の俺には断末魔を愉しむ趣味はない。
彼らに残された自由は、瞬きと、色々な場所から色々な液体を垂れ流す事ぐらいだ。
精々惨たらしく、恐怖を死顔に焼き付けてほしい。
残される家族に、同じ過ちを繰り返す気が起きぬように、我が身を以て伝えてほしい。
……そういえば、先に片づけた賊を含め、人を殺めるのは今日がはじめてだったかな。
「知らなかったよ。人を殺すのって蚊を殺すより簡単なんだな」
そんな益体もない事を考えながら――――。
「さよなら。お化けは苦手だから、恨まないでくれ」
ああ、酒が飲みたい。




