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月夜の晩に⑥/珍味と甘味がお好きな貴女に




「まあ、朝まで時間がある。質問の内容はゆっくり考えてくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「俺はその間、飯でも食っておくよ」

「……え?」


 お嬢様の疑問符を無視して、ゴザの上に料理を並べていく。

 この世界では無骨な焼き肉とパンが主流なので、見た目と匂いで食欲をそそる料理が中心だ。

 寿司、うな重、チャーハン、エビチリ、ラーメン、パスタ、ピザ等々と、この世界では珍しい料理のオンパレードだ。


「な、何なのこの料理はっ?」

「こんな事もあろうかと、非常食を用意していたんだよ。いやー、走り回って腹が減ってたんで、ちょうどよかったなー」

「…………」

「…………」


 二人のレディは無言で料理を凝視している。

 おそらく食べるどころか見た事さえない料理の数々に、お嬢様でなくとも好奇心が疼くはずだ。


「あ、あの、助っ人さん? この豪華な料理は、私達も頂戴していいのかしら?」

「ああ、もちろんだ。――――言っただろ、願いを一つだけ叶えるって」

「!?」


 そう、これが俺の策である。

 相手の要望に制約をかけ、その上で誘導する訳だ。

 彼女達は長い時間、飲まず食わずで走り回っていたはずだ。疲労とともに空腹もマックスな状態であろう。

 メイドさんには薬を投与しているが、体力回復薬では空腹までは満たされないのだ。



「さあ、好きなだけ食べてくれ。まだまだ沢山あるからな」

「うぐっ…………」


 お嬢様の口元から、うめき声が漏れる。

 俺の魂胆が分かって悔しいのだろう。

 効果覿面である。

 ああ、いいよその表情。もっといぢめたい!


「お嬢様、ワタシは特に聞きたい事も無いので……」

「だ、駄目よエレレ!? 屋敷に戻ったら好きなだけ甘い物を食べていいから!」


 自然体で主人を見捨てようとするメイドさんをお嬢様が必死に引き留める。

 薄々感じていたけど、この二人結構フランクな関係だな。

 ……しかし、メイドさんの好物を漏らすとは。

 失言だったな、お嬢様。


「もちろんデザートもあるぞ。定番の生クリーム苺ケーキ、アーモンド入りのチョコレイト、牛乳と卵を混ぜたプリン、蜂蜜で作ったカステラ、砂糖100%の綿菓子、何でもござれだ!」

「!? ちょっとまっ――――――」

「あむあむ」


 今度はお嬢様が止める間もなく、メイドさんはいつの間にか食べ始めていた。

 俺の目にも止まらない早業だ。



「あむあむ……これはっ! あむあむ……なるほど! あむあむ……こんな仕掛けが!!」


 食べたり驚いたりで忙しいメイドさんだな。

 鉄壁のお澄まし顔が僅かだが緩んでいる。

 冷静沈着な人が偶に見せる素顔って可愛いよな。

 少女漫画に出てくる不良みたいなギャップ萌えって奴だな。


 とうに成人しているはずの彼女は、メインディッシュには目もくれずデザートばかりを食べ続けている。

 正座して両手に持ち上品に食べているのだが、その速度は半端ない。

 甘い食べ物が無くなると僅かに悲しげな瞳を向けてくるので、おかわりを出さない訳にもいかない。

 プライドの高い猫を餌付けするのってこんな感じだろうか。

 ……リクエストに応えるのも面倒になってきたので、一度に数種類のケーキをホールで出して黙らせておこう。



「おやおやー? お嬢様は腹が減っていないようだなー?」


 残るターゲットはお嬢様だけだ。

 ここぞとばかりに愉悦顔で煽りまくる。

 ねぇねぇ今どんな気持ちぃ?


「んぐぐっ・・・」


 腹心の部下にあっさり裏切られたショックと、限界まで追い込まれている空腹が相まってか、お嬢様は唇を噛み締めて悔しがっている。

 素晴らしい。ぐぬぬ顔の見本として飾っておきたい。

 こんな雑魚っぽい表情が似合うとは、中々愉快なお嬢様だ。


 ……ふむ、もう一息かな。



「まあ、食欲が無いなら無理に食べない方がいいぞ。冷えると不味くなるから、俺は先に食べさせてもらうがな」

「あっ、そのっ――――」


「あむあむ。クロスケ様、こちらは何と言うお菓子なのですか?」

「モンブラン。栗をペーストしたケーキじゃないカナ」

「あむあむ。こちらは?」

「期間限定のシフォンケーキ。ラムレーズンの高貴で甘酸っぱい香りが好評です」

「あむあむ。こちらは?」

「キャラメリゼしたバウムクーヘン。大阪のマダムが作ったケーキだな……って、俺にも食べさせろよ」


 質問ばかりで俺が食う暇がない。

 メイドさんはこんな性格だったのかよ。

 無類の甘党って奴か。

 まあ、可愛いから良いけど許すけど!


 一方のお嬢様は、ぷるぷると震えながら遠慮無く食べ続けるメイドさんと料理を凝視している。

 対するメイドさんは、主人なんてデザートに比べたら塵芥とばかりにガン無視だ。

 もしもしメイドさん、あなたの主人は涙目ですよ?


 さて、俺も追随するか。



「うんめー! やっぱラーメンとチャーハンは鉄板だな!」

「あむあむ」

「う・ま・い・ぞーー! エビチリはプリっとした食感がたまらないな!」

「あむあむ」

「エクセレント! 鰻はせいろ蒸しに限るな!」

「あむあむ」


 料理漫画に出てくる審査員を真似て、オーバーにリアクションしてみる。

 まったく、日本の料理は最高だぜ!


「ああそうだ。言い忘れていたが、これらは俺の地元で作られた珍しい料理でな。王都でも売っていない代物だ。もしかすると、もう二度と食べるチャンスはないかもなー」

「んなっ!?」


 希少性も強調して、更にお嬢様の好奇心を刺激する。

 くっくっく、効いてる効いてる。


「あー、そろそろ料理のストックが無くなってきたなー」

「はぐっ!?」


 そして最後は、タイムリミットを強調してやれば――――ほら、チェックメイトだ。



「わ――――」

「さて、これが最後の料理かな」

「私にも食べさせてよっーーー!!」


 はしたなく大声を上げた元レディは、ガバッと料理に飛びつき凄い勢いで食べ始め、食べ続ける。

 食べ続ける。食べ続ける……。以下略。



「何この料理どうやって食べるの何でこんなに柔らかいの何でこんなに良い匂いがするの何でこんなに美味しいの誰が作ったのどうやって調理したの何を味付けしてるの食材は何なの何の肉なの何の魚なの何の野菜なの何なの何なの何なの何なの何なの何なの何なの何なの…………」


 よくもまあ、食べながら息切れせず喋り続けられるものだ。

 これも『好奇心スキル』の成せる技なのか。

 もしかして、これまでの我慢が祟り暴走しているのかもしれない。


「何なの何なの何なの何なの何なの何なの何なの何なの…………」


 いや、あんたが何なんだよ。

 って言うか、怖い怖い。むしろ怖すぎる。



「…………んぐっ!?」


 お嬢様は、しばらく食べ続けた後、喉に詰まらせて苦しそうにしたので、そっと麦茶を渡すと、勢いよくガブ呑みし、ぷはっと息を吐き出して、「死ぬかと思ったわ!」と宣った。



「!? ………………!!」


 そしてギギギと音を立てるように首だけを動かし、生温かく見守っていた俺と目が合うと硬直する。

 俺は百面相を披露する少女を愛でながら、にっこり笑って止めを刺す。


「願いが叶って、よかったな?」

「!! ――――っっ、んわーーーっ!」



 上半身を伏せて堰を切ったかのように泣き出すお嬢様。


 質問する権利を失ってショックなのだろう。

 あれだけドヤ顔していたのに食欲なんかに負けてショックなのだろう。

 信じていた従者に見捨てられてショックなのだろう。

 一介のお嬢様として醜態を晒してしまいショックなんだろう。

 おっさんに言い負けてショックなのだろう。


 ……色々とショック過ぎるな。百メガショック! 

 それに加え、満腹で気が緩み思わず涙が出たのだろう。

 災難な事である。

 

 ……そう仕向けたのは俺だけどな!

 行き過ぎた好奇心は、身を滅ぼす事が実証されたようだ。




「クロスケ様、どうかその辺で……」

「大丈夫大丈夫、直ぐに効くから」

「?」

「…………、…………、すうすう」

「お嬢様?」


 メイドさんの呼びかけに、お嬢様が反応する事はなかった。

 彼女は夢の国に旅立ったのだ。


「これは――――」

「最後に渡した飲み物に眠り薬を入れておいた。あのままでは気恥ずかしいだろうから、ちょうどいいだろう」


 まさか泣き出すとは思わなかったけどな。



「少々やり過ぎでは?」

「子供は寝る時間だよ。世の中には知らない方がいい事も沢山ある」


 フッと、良く云えばニヒルに、悪く云えば不気味に笑って答える。

 余計な事を知ってしまうと泡のように消されるかもしれんしな。主に俺に。



「愉快なお嬢様だな。からかい甲斐がある」

「それはワタシの仕事です。殿方はお控えください」


 メイドさんには冗談が通じるようで助かる。

 お嬢様は長女と言っていたから、姉のような存在なのだろう。



「…………何故ワタシには、薬を盛らなかったのですか?」


 戦うメイドさんが、何故か緊張した面持ちで聞いてくる。


「あんたには頼みたい事があったからな」

「………………」


 そう、実はやるべき事がもう一つ残っている。

 そのためにメイドさんが必要なのだ。




「――――やはり、そうなのですね。もちろん、反対しません」

「そうか、話が早くて助かる」


 流石は万能と名高いメイド職だ。察しが良いぜ。


「その……あ、あまり慣れていないので、リードしてください」


 そう言って彼女は、正座したまま両膝の上で拳をぎゅっと握りしめ、目を瞑って唇を突き出した。


「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

「………………………………?」


 沈黙が全てを支配する――――――。



「――――って、何でだよ!」

「んぁっ」


 思わず出てしまった俺のチョップを受け、メイドさんは頭を押さえて悲しそうな目をする。


「あの、クロスケ様、最初は優しくしてほしいのですが?」

「だから何でだよっ!!」

「んぁっ」


 またもやチョップ。まさかの連続チョップ。


「だから! 何で! 俺が! 体を! 要求したみたいに! なってんだよっ!?」

「…………え?」


 意外そうな顔をするのはやめてほしい。


「邪魔者が寝静まったので、救援の対価にワタシの体を所望されるのですよね?」


 雇い主のお嬢様を邪魔者扱いって、あんた。


「違うからっ! 何でさも当然みたいに言ってんだよ!?」

「んぁっ」


 三度目のチョップ。

 ……やばい。

 このメイドさん、冷静沈着系に見せて天然系。しかも乙女回路まで実装しているようだ。

 いつまでも夢見る少女じゃいられないぜ。HEY!


「あんたには聞きたい事があるだけだ! 俺がそんな低俗な要求をするような男に見えるのかっ?」

「……初対面で無理矢理唇を奪われましたが?」

「…………」


 前科持ちでした!

 ……そりゃあ、勘違いされるわな。



「ほ、報酬は領主殿からもらうので要らぬ心配だ。それにあの時は、緊急事態というか酔った勢いというか……」

「――――」


 あ、睨まないで睨まないで。


「そ、それよりも今は急いで確認したい事がある。賊を仕向けた黒幕についてだっ」

「! ……分かりました。話を聞きましょう」


 やっとこさ誤解を解いてくれたメイドさんが、佇まいを整えて頷く。

 よかった。

 やっと本題に入れるよ。


「酔っぱらいの件は、後でゆっくりとお聞きします」

「……はい」


 今夜は眠れない、だろうな。




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[一言] 栗ようかんの刑なんじゃないカナ
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