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月夜の晩に④/一仕事の後に




 ――――さてさて。


「待たせたな、賊の方々」


 俺がそう言って振り返ると、はっとしたように賊は構え直す。

 いや、ほんとお待たせしました。


「今まで静観してくれた礼だ。選択肢を3つにしよう。一つめは戦って死ぬ道。二つめは逃げて死ぬ道。三つめは黒幕を話し生きる道」


 まあ、彼らが静観していたのは、突然空から怪しい格好で現れ、突然キスシーンを繰り広げた俺の奇行に唖然としていたからだろう。

 仕方なかろう。ラブストーリーは突然に、なのだ。カンチッ!


「さあ選べ。俺の道楽を邪魔した報い、身を以て味わうがいい」


 完全に悪役の台詞だが、それでいい。

 正義さえも別の正義とは相容れないのだ。

 ならば悪の敵も、また悪だとしても問題ないだろうさ。



「「「…………」」」


 残念ながら、この時点で投降する者は居ないようだ。


 ああ、本当に残念だよ――――。


「簡単に壊れてくれるなよ?」


 こうして俺の憂さ晴らしは始まった。




 ――――結果。


 彼らは結構なプロ集団だったらしく、手足を折られても目を潰されても自白してくれなかった。

 このため、半殺し→アイテムで回復→半殺し→回復の無限ループを繰り返すと何人かが素直に話してくれたので、付与紙で口止めして解放した。

 俺はそこそこ約束を守る男なのだ。


 最後まで抵抗し絶命した者は、証拠隠蔽のため別の場所に転送しておいた。

 行き先は火山口の真上である。亡骸は落下して直ぐに火葬されるだろう。

 そういえば、増え過ぎたゴミを火口に流し込んで効率的に処分する漫画があったな。



 次は、使い魔で足止めしていた領主の方の追手を排除。

 ……こちらも同じ結果だった。



 最後は、生き残っている領主家の護衛の救助だが、芳しくない。

 どうやら領主一家が逃げる時間を稼ぐために、壁役を務めて初期に倒されていたようである。

 現場に着いたとき半数の者は事切れていたが、残り半数は重傷ながらもまだ息があった。

 賊の目的は領主一家のみだったようで、護衛に止めを刺さず追跡を優先したのが幸いした格好だ。


 鑑定して命がある者には回復薬と睡眠薬を投与。

 その後は近くの洞窟に詰め込んでおく。回復後に騒がれても面倒なので、朝まで寝ていてもらおう。

 死者は勝手に触るのも躊躇われたのでそのままだ。

 朝には到着する増援部隊に任せよう。




 これにてお役ご免…………とは行かないよな。

 賊は全て排除したはずだが、新たな敵が現れないとも言い切れない。

 念のため、ウォル爺達が到着するまで見張っておくべきだろう。

 これでも一応、責任のある元社会人だしな。


 確かメイドさんと合流する約束だったな。

 領主とお嬢様を引き合わせてもいいのだが、俺には成人した同性と会話し続ける社会性が無い。

 可愛い少女と話すよりも緊張するのだ。

 同世代の男と会話すると、自分が如何に低俗な存在であるか思い知らされるしな。

 付与紙で創った見張りも居る事だし、合流は夜が明けてからでいいだろう。


 今宵は、元の世界でもこの異世界でも初めて見る本物のお嬢様とメイドさんとの第三種接近遭遇を愉しむとしよう。

 



◇ ◇ ◇




「――――何者ですかっ!?」

「俺だよ、俺、俺」

「……そのような名前の方は存じませんが」


 打合せ通り洞窟に隠れていたメイドさんが、接近する不審者の気配を察したようだ。

 一仕事終わって陽気になっている不審者こと俺が手を振ってアピールすると、メイドさんはため息を吐いて憎まれ口を返してくる。

 両手に持つのは短剣でなく、包丁とオタマにしてほしい。


 ……彼女達と別れてから2時間ほど経っている。

 結構手間取ったな。


「もう終わったのですか?」

「ああ、話が分かる連中で助かった。お菓子を渡したら喜んで帰って行ったよ」


 ハッピーハロウィーン!


「…………そう、ですか」


 メイドさんが何やら複雑な表情をしている。

 お菓子がほしいのかな?


「それでっ、護衛の方はどうなったのっ!?」


 調子を取り戻したお嬢様が問うてくる。

 元気なのはいい事だが、この娘は押しが強そうでちょっと苦手だ。


「……半数は手遅れだった。生き残った者は手当して、近くの洞窟に避難させている。命に別状はないだろう」


 回復させた、と言わないのがミソだ。

 回復魔法には接吻が必要な設定になっているから、男同士で舌を絡めまくったと思われるのは嫌過ぎる。

 今回は魔法にアイテムに大盤振る舞いしてしまったが、冒険者設定のクロスケは、明日の朝にお暇して雲隠れするから大丈夫だろう。


「…………そう」


 震える声で呟き、お嬢様が目を伏せる。

 それが護衛の役割とはいえ、主人を助けるために差し出された命だ。

 領主の娘として黙祷を捧げているのだろう。


「力及ばず、だ……。骸はそのままにしてある。明日には増援が来るだろうから一緒に弔ってくれ」


 領主一家の救援を後回しにして、最初から護衛の処に行けばもう少し助かる者も居たかもしれないが、今回の主目的は領主の救出なのだ。

 ……だが、なりふり構わず全力を出していれば、救えた命もあっただろう。

 俺が関与しない処で知らない者の命がどれほど消えようとどうも思わんが、今回は曲がりなりにも救援目的でやって来たのだ。

 半端にしてしまった後悔が少しある。


「……彼我の戦力差は明らかでした。半数が助かっただけでも僥倖でしょう」

「そうか…………」


 メイドさんが気を遣って励ましてくれる。

 冷淡な表情がデフォだが、案外優しいのかもな。


 当初の目的はクリアされている。

 後は朝まで見張って領主家と増援部隊を引き合わせたら、俺の役目も終了なのだ。

 ――――そう、俺が出来る範囲でやる。それがウォル爺との約束だったしな。




 …………しばらく沈黙が続いてしまったが、気を取り直して二人のレディを観察してみると、その格好が気になった。

 戦いながら森の中を走り回っていたため、泥まみれで服もボロボロなのだ。

 せっかくのメイド服が台無しである。


 それに、少しアンモニア臭がするんだよな。

 おそらく賊に襲われた時に、お嬢様が恐怖でちびってしまったのだろう。

 なんだか俺と距離を取ってもじもじしてるし。


「よかったら着替えるかい? ちょうど着替えを沢山持っているんだ」

「……どのような状況を想定して女性服を持ち歩いているのでしょうか。是非お聞きしたいのですが?」


 あ、そこ突っ込んじゃう? 

 流石はメイドさん。容赦ないな。


「俺の地元には『備えあれば嬉しいな』という格言があってな。どんな事態にも対処出来るよう老若男女の服を常備してるのさ」

「…………」

「…………」


 呆れたような視線が痛い。

 おかしいな、良かれと思ってやってる事なのに。そして実際に役立ってるのに。


「適当に出すから、好きな服に着替えてくれ」


 説明が面倒になったので、懐から取り出したゴザを引き、続いて服と水とタオルを並べる。

 なお、ビニールシートはまだこの世界に無さそうなので、い草で作ったゴザにしておいた。


「……通常、収納用アイテムには貴重品を入れるのですが」


 なおも呆れた口調でメイドさんが追随してくるが、聞こえなかった事にしよう。

 バッグ型の収納用アイテムは高価だが、ドロップ率はさほど低くない。

 金さえあれば誰でも買えるのだが、一般に流通している物は低ランクなので収納量が少ない。

 一方、俺の収納用アイテムは無限に入るランクマックスなので、貴重品から生活用品まで何でも入れている。

 しかも手が届く範囲の任意空間から出し入れ可能な指輪型なのだが、低ランクのバッグ型を装い懐から取り出す振りをしているのだ。


「外に出ているから、着替え終わったら呼んでくれ」


 こちらも汗をかいたので外で着替えよう。

 アイテムや魔法で強化した視力を使えば、こっそりと生着替えを拝めるのだが、紳士は覗きなどしないのである。似非紳士だけどな。




 ……二十分程でお呼びが掛かったので、洞窟内へと戻る。


 お嬢様は、着替える前と同じく動きやすい庶民的な服を選んだようだ。

 ドレスまでは用意してなかったので消去法かもしれないが、結構似合っている。

 しかし、カジュアルな服が似合うとは、ちょっと残念なお嬢様である。


 メイドさんは、もちろんメイド服に着替えている。

 当然だ。

 だってメイドさんだもの。


 俺が用意したメイド服は、特殊な服を嬉々として作る風変わりな服屋に、アニメから模写した原図を渡しオーダーメイドしたものだ。メイド服だけにな。

 元の控えめなデザインと比べ少々派手だが、よく似合っている。

 グッドデザイン賞をあげたくなる素晴らしさだ。にょろーん。

 是非ともくるっと一回転して微笑んでほしい。


「…………」


 そんな素敵メイドに転身したメイドさんから、「何でメイド服まで持っているの? 馬鹿なの? 死ぬの?」的なきつい視線を受けるが気にしまい。

 いいじゃないか、無料提供する服くらい趣味に走ったってさ。

 視線が痛いし、気の利いた台詞も思い浮かばないので、服を褒めるのは止めておこう。


 ……そういえば、生まれてこの方、女性の服を褒めた事があっただろうか。

 真剣に思い返し、真剣に落ち込む。



 身なりを整えると心身ともに落ち着いてくる。

 はぁっー。

 一段落ついたってところだな。





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