月夜の晩に③/ちょっと待ったコールを君に
上空へと舞い戻り、領主の娘をアイテムで探すと、…………結構離れた場所で見つかる。
「敵との距離が近い。戦闘中かな」
領主よりもやばい状況のようだ。急ごう。
……全力で飛ばすと、すぐに姿を捉える。
どうやらお嬢様を庇って、護衛の一人が複数の追手と戦っているようだ。
力量は護衛の方が上回っているが、敵もそれは分かっているようで、距離を取って体力を削るような遠距離攻撃を仕掛けている。
それでも護衛が突っ込んで行けば勝てそうだが、何分お嬢様を守りながらの防衛戦だ。後手に回らざるを得ないのだろう。
今のところギリギリ拮抗しているようだが、長くは持たなそうだ。
お嬢様に危害が及ばぬ内に横入りしよう。
「ちょおっとぉ待っっったーーー!!」
昔のテレビ番組で流行った「ちょっと待ったコール」を絶叫しながら、空を飛ぶ勢いそのままに、ズザザッっと派手に地面を抉りながら両者の間に割り込む。
二人の女性(=お嬢様と護衛)に大勢の男性(=賊)が迫っている集団お見合い的な状況だ。
これ以上相応しい乱入コールは無かろうて。
本当は頭から地面に突っ込む犬神家ジョークをやりたかったのだが、流石に不謹慎かと思い自重してしまった。
こんな美味しいシチュエーションはそうそう無いだろうに、残念だ。
「「!?」」
突如現れた敵味方の識別不能な黒い物体を見て、双方とも手を止めて警戒態勢をとっている。
既に日付が変わる時間だが、今夜は満月のうえ雲も晴れている。真っ黒な俺の姿も十分視認出来るだろう。
どちらかの勢力が一人でも増えてしまうと、決定打になりかねない拮抗した状況だ。乱入者の一挙一動を様子見せざるを得ないようで都合が良い。
停戦状態の内に話を付けよう。
改めて観察すると、領主勢は二人。
一人は、ウェーブがかった金髪ポニーテールに勝ち気な瞳を持つ十代半ばの少女。
動き易い庶民的な服を着ているが、領主夫妻の面影がある。彼女が件のお嬢様で間違いないだろう。
予想外だったのは護衛の格好。
遠目にひらひらしていたので、もしかしてと思っていたが、間違いない。
――――メイド服である。メイド服を着たメイドさんである。戦うメイドさんである。
異世界ならではのトレビアンだ。
やはりメイドと司書は戦うと映えるよな。
黒髪黒目と色白な肌にメイド服が合わさり、構成色が白黒2色だけのシックな存在感がベストだ。
「第一印象から決めてました!!」
「……何者ですか?」
しまった。
本物のメイドさんに出会えた嬉しさに、つい告白してしまった。
メイドさんは両手に持った小剣を眼前に構え、差し出された俺の右手を冷ややかに見下ろしながら、警戒心マックスな声色で聞いてくる。
年は二十歳くらいかな。
肩まで伸びたストレートな黒髪。冷ややかな表情がよく似合うが、可愛らしさも残る端正な顔つき。落ち着いた口調に、鋭い眼光。慎ましい胸。
普通に好みだ。俺って結構Mっ気があるのかもしれん。
名前:ソマリ
職業:オクサード街 領主家 長女
年齢:17歳
レベル:13
名前:エレレ
職業:オクサード街 領主家 護衛兼メイド
年齢:25歳
レベル:34
鑑定すると、やはり彼女達が依頼対象のお嬢様と護衛で間違いない。
メイドさんは、姿は華やかだが、此処までお嬢様を守り続けていただけに、かなりの強さである。
……ん? 高レベルなメイドと言えば、どこかで聞いた事があるような……。
っと、時間がない。話を進めないと。
「失礼。拙者は領主殿から娘の救出を依頼された冒険者のクロスケと申す。そちらが領主殿の娘で相違ないか?」
「お父様達は無事なの!?」
答えたのはお嬢様だ。
質問に質問で返されても困るのだが、心情は汲み取ろう。
「三人とも無事だ。安全な場所に避難している」
「そうなの!? よかったわ……」
俺が言うのも何だが、彼女はもう少し警戒した方がいいかもな。
まあ、それはメイドさんの役割なのだろう。
「……それで、領主様とあなた様のご関係は?」
今度の質問はメイドさんからだ。
どうやら俺の質問に答えてくれる者は居ないらしい。鑑定で本人確認は済んでいるのだが、様式美は大事にして欲しい。
「領主殿とは先程偶然会ったばかりだが、娘の救出を依頼され褒賞の約束を貰っている」
褒賞は街の平穏、つまりは俺の安寧の日々だ。
無償の助っ人では警戒されそうなので、金目当ての冒険者という体にしておこう。
「何か証明する物はありませんか?」
「……無い。口約束だけだ」
「そうですか……」
仕方なかろうて。
緊急事態だったし、そこまで頭が回らなかったんだよな。
……そりゃあさ、今まで孤軍奮闘だったから、見知らぬ誰かから助けると言われても俄かに信じられないのは分るよ。
自分で言うのも何だが、怪しい話だし、怪しい格好だし、実際怪しい存在だし。
信頼を得るだけの話術も欠けているしな。
「――――」
……でもさー、少しは信じてくれてもいいんじゃないかなー。
手前味噌だが、面倒くさがりの俺としては結構頑張ってると思うんだよなー。
褒めてくれとは言わないけど、もうちょっとさ、ほら、労わってくれてもいいんじゃないかなー。
「ここは一つ、騙されたと思って信じてもらえませんか?」
「……残念ですが、そんな余裕はありませんので」
「……ですよねー」
「…………」
依然としてメイドさんは、警戒態勢を解いてくれない。
口調を変えて下手に出てみたが、にべもない。それどころか警戒レベルが増した気がする。
…………なんだか、段々と腹が立ってきたな。
酒が入っている所為か、大分感情的になっている自覚はあるのだが、どうにも制御出来ていない。
――――仕方ない。
時間が無いので強硬手段を執らせてもらおう。他の生き残りも探さないといけないしな。
「!!」
俺が右手を上げると、メイドさんが殺気を放ってくる。
だがもう遅い。
既に魔力で紡いだ不可視の糸が、彼女を拘束している。
「なっ!? 体がっ! …………あなたの仕業ですかっ」
「エレレ! 大丈夫なのっ!?」
ふむ。動けない女性を見ると興奮するな。やはり俺はSっ気の方が強いようだ。
後は黒頭巾を下げて口元を表に出すと、準備完了である。
相手は成人している女性だ。遠慮しなくていいだろう。
――――さあ、日本の伝統芸をご披露しよう!
「何を――――んんっ!?」
魔法の糸に拘束され動けないメイドさんに近づくと、有無を言わせず口を塞ぐ。
もちろん俺の口でだ。ズギューンと言う効果音が頭の中で鳴り響く。
これぞ、日本古来受け継がれ、今なお人気を博す『酔っぱらいのセクハラ芸』である。
「……っ!!」
…………まあ、待ってくれ。一応言い訳も考えてある。
カプセル型にした回復薬を飲ませるためなのだ。俺の口内に忍ばせていた回復薬を口移ししているのだ。
カプセル型の回復薬は改良が進んでおり、子供が飲んでも大丈夫なように甘いシロップ味にしてある。至れり尽くせりなのだ。
唇の表面が触れ合うだけのソフトな状態では薬を移せないので、舌で相手の口をこじ開けてディープ状態へと進化させ、喉の奥へと薬を送り込む。
俺の拘束魔法では、口の中までは制御出来ない。
つまり歯を食いしばる事で舌の侵入を阻止出来るのだが、よほどビックリしたのだろう。
メイドさんが弛緩した状態で助かった。
「――――っ! ――――っっ!? ――――っっっ!???」
メイドさんは舌の動きに反応してビクンビクンと体を震わせる。
……残念ながら、素人童貞の俺がテクニシャンという訳ではない。
ここでソフトとディープの違いを確認しておこう。
大した違いはない。むしろ粘液を交換するなんて気持ち悪い。
――――そう思っていた童貞時代が、俺にもありました。
それが実際やってみると全然違うのですよ。
ソフトは精神的な満足感はあるけど、肉体的な満足感はない。表面が触れているだけだもんな。
これに比べ、ディープは肉体的な快感が高い。体の内部で蠢くためか、穢れた背徳感があるためか、物凄い刺激が得られるのだ。
特に初体験の者には顕著だろう。
…………個人の感想です。個人差がありますのでご注意下さい。
メイドさんの反応が良かったので、ついつい動かしまくったのは内緒である。
しかし、反応が大き過ぎる気がするけど…………。
ま、まさかね。25歳の大人だしね?
つっーーーと、俺の頬に冷たい汗が流れる。
酒で鈍っていた『感』が今頃反応するが、後の祭り。
……気づかなかった事にしよう!
「――――っぷはっ。な、なんのつもりですかっ!?」
「すぐに分かる」
拘束魔法を解いて離れると、メイドさんが毅然と睨んでくる。
その表情は僅かに紅潮し目尻に涙が浮かんでいる。
罪悪感と同時に可愛いと思ってしまう俺は、本当にクズです。
「……これは、回復、魔法?」
メイドさんに注入したのは、体力と魔力を全回復するミックス薬。
効用は直ぐに体感出来るはずだ。
「体力と魔力の同時回復!? いったいどうやって…………」
「俺の魔法だ。無事効いたようだな」
良かった、ちゃんと回復したようだ。
粗相して失敗しましたでは言い訳しようがないからな。
「……接触する必要はあったのですか?」
「直接体内に流し込まないと効かないのさ。何せ特殊な魔法だからな」
かなり苦しい弁明だが、回復魔法は難易度が高く、実際に効果が出ているのだから否定しにくかろう。
舌の動きに紛れて送り込んだ薬には気付いていないだろう。
それと、似非忍者言葉は面倒くさくなったので中止だ。
今回はもう、成り行き任せというか、どうでもいいというか、やけくそ気味である。
「拘束する必要はあったのですか?」
「事前に話しても信じてくれなかっただろう?」
「それは、……そうかもしれませんが」
「一応聞いておくが、事前に効き目が分かっていたら、俺の魔法を断ったかな?」
「…………いえ、非常事態です。回復出来るのであれば大抵の事には目を瞑りましょう」
よっし! 言質取れました!
これでセクハラじゃないよね! 訴えられないよね!
「但し、本当にあそこまでする必要があったのかは、後で詳しくお聞かせ願います」
やっぱり駄目でしたー。誤魔化しきれませんでしたー。舌を動かし過ぎましたー。
仕方ない。折檻されそうになったら、もう一つの伝統芸『ヤリ逃げ』をご披露しよう。
どうせこの忍者姿で会う事は、もう無いだろうしな。
「――――それで、今後どうするおつもりですか?」
調子を取り戻したメイドさんが、幾分和らいだ口調で尋ねてくる。
紆余曲折あったが、一応は味方だと認めてくれたのかな。敵を回復する馬鹿は居ないものな。
これで、ようやく話が進められる。
「ここは俺が引き受ける。あんた達は森の奥へ避難してくれ」
「……共闘しなくともよろしいのですか?」
「時間稼ぎは得意でね。お嬢様の安全を確保するのがあんたの役目だろう。自分の仕事に専念してくれ」
お嬢様を指差して方針を伝える。
こう言われればメイドさんも従わざるを得まいて。
しばらく言葉を発していないお嬢様は惚けているようだ。淑女には刺激が強かったのだろう。
「……お言葉に甘え、そうさせていただきます。……ご武運を」
「ありがとう。この先の洞窟に隠れておいてくれ。俺もこいつらを追っ払って、他の護衛の安否を確認し終わったら合流する。それまではお嬢様を頼むよ」
「承りました」
メイドさんは静かに頷き、未だボケーとしているお嬢様を引っ張って進んでいく。
後は高レベルの護衛兼メイドに任せておけば大丈夫だろう。
追手はここでシャットアウトするが、途中で魔物に遭遇しないとも限らない。
一応付与紙を使って監視しておこう。
これで一安心、かな。




