月夜の晩に②/二つめの依頼に
店を出ると、人目が無いのを確認して真上へ飛び上がり、そのまま南西方向に向かって飛行開始する。
本気で急ぐ時は、空を飛ぶアイテムを使うより自分の魔法で飛ぶ方が速い。
一度行った事がある場所ならアイテムで転移するのが最速なのだが。
空を飛びながら、千里眼アイテムと鑑定アイテムを使って正確な場所を探し出す。
千里眼アイテムとは、その名の通り遙か遠くの風景や人物の姿を見る事が出来るレアアイテム。覗きにはもってこいの道具だ。
まずは、大人数が密集してそうな場所に狙いを付け探して行く。
「……あの森の中みたいだな。次は領主を探すか」
場所を絞り込んだ後は、鑑定アイテムを併用させ職業欄が領主となっている人物を探す。
鑑定で表示される職業は、正式に登録されている職業以外にも、世間一般で認識されている名称も示されるので便利だ。
しばらく森の中を探し続けるとヒット!
まだ無事なようで何より。
徒労にならず良かった良かった。
名前:クマラーク
職業:オクサード街 領主、元冒険者
年齢:43歳
レベル:41
体力:1800/5100
そういえば、領主様は元冒険者だとコルトが言ってたな。
ウォル爺とパーティーを組んでいただけあって、レベルもかなり高い。
走って移動しているようだが、体力が随分と落ちている。逃げ回って疲れているのか、それとも負傷しているのか。
敵と思しき勢力とはある程度離れているが、徐々に追いつかれている。
急いだ方が良いだろう。
……けれど、同性の同世代との接触か。
しかもエリートな貴族様ときましたか。ある意味、価値観が違い過ぎるギャルよりもやりづらい相手だ。
惰性で過ごしている俺みたいな奴は、大人になった同級生に会うと否応なく劣等感が刺激されるんだよなー。
そんな悲しい記憶に懐かしさを感じながら、森の中を移動している領主らの真上に到着する。
秘密裏に敵を倒して回るのが簡単なのだが、事が事だけに万が一にも間違いがあっては困る。
面倒だが、直接接触して本人確認と状況を聞いておいた方がいいだろう。
念のためアイテムで周辺を隠蔽しておこう。
「――――っ! 誰か居るのかっ!?」
周囲の異変に気づいた領主が足を止め、辺りを見渡す。
彼は奥さんと息子の3人で逃げていたようだ。
護衛の姿は近くに無い。敵と交戦して足止めしているのか、すでに倒されてしまったのか。
どちらにしろ、かなり追い詰められているようだ。
「オクサード街の領主殿とお見受けするが、相違ないか?」
「!? ……何者だ?」
声を掛け、木の上から地面に降り立った俺を見て、領主が警戒感を顕わにする。
こちらが畏まって片膝を地面に着き、敵意が無い事を示したお陰か、一応話を聞いてくれるようだ。
俺が言うのも何だが、突然現れた怪しさ満点の相手を見て、この落ち着きよう。
流石は一都市の主。流石は高レベルの元冒険者。
肝が据わってて助かる。
想像より若いな。30代半ばに見える。しかも欧米風の彫りが深い金髪が似合うイケメンである。
くっ、まさかイケメンの味方をする時が来ようとは。無念だ。
奥方は41歳でレベル15。息子は16歳でレベル18。
低いレベルではないが、多勢相手ではあまり役立たないだろう。
因みに今の俺は、冒険者兼暗躍バージョンの姿をしている。
黒装束に身を包み、顔を隠した所謂ジャパニーズ・ニンジャスタイルだ。
……悪乗りしている自覚はあるが、正体を隠し偵察や暗殺するには相応しい格好ではなかろうか。
まあ、単純にダークヒーローっぽい忍者が好きなだけなのだが。
「失礼。拙者は流れの冒険者でクロスケと申す。オクサード街にも世話になっている。仔細は承知しておらぬが、火急の事態とお見受けした。拙者でよければ助太刀いたすが如何か?」
忠義に厚そうな忍者っぽい口調で助力を申し出る。
……何だよ拙者って。酔っている所為もあるが、意識し過ぎて変な喋り方になってしまった。
旅人バージョンのグリンとはキャラ分けが必要なので仕方ないか。他に思いつかなかったのだ。忍忍。
「…………加勢なら是非ともほしいが、周りが急に霧がかったのは君の仕業か?」
「然り。アイテムを用いてこの一帯を隠蔽した。暫くは敵に気づかれまい」
「そうか…………」
俺の問い掛けを否定しないって事は、彼が領主であり、賊に追われ切迫している状況に間違いなさそうだ。
とりあえず、勘違いや勇み足ではなかったようでほっとする。
領主は、考え込むように目を細めている。
だが、視線はこちらを離さない。
俺の提案を吟味し、俺自身を見極めようとしているのだろう。
彼ほどの高レベルであれば、仮に俺が敵だったら不意打ちも容易かった事に気づいているだろう。
「……頼む。手を貸してくれ。知ってのとおり俺は貧乏領主だが、出来る限りの謝礼を約束する」
領主は少し考えた後、他に選択肢が無いと覚ったのか、こちらの申し出を受け入れてくれた。
よかった。無駄に話が拗れずに済んだようだ。
「礼は不要。今の街並みを維持してくれれば十全」
「……そうか、それ以上の言葉はないよ」
俺の謙虚な言葉に、領主をはじめ妻と息子も少し安心した表情を見せる。
リップサービスが出来るとは、俺も大人になったものだ。とっくにおっさんだけどな。
「しかし敵は多いぞ。しかも手練れ揃いだ。何か策でもあるのか?」
「拙者は隠蔽や撹乱が得意故、適当に誘導して追っ払うでござる。領主殿は安全な場所へ避難してほしいでござる」
「……任せて大丈夫なのか?」
「一人の方が動き易い故、問題無いでござる」
ここは余計な手出しをさせないため、格好つけて断言しておこう。
力を使い過ぎると目立つだろうが、今宵は無性に暴れたい気分なのだ。
酒に飲まれ自棄になってるのかもな。時には暴力でストレス解消も必要だろう。家庭内暴力いくない!
「それならっ――――それならばっ! はぐれた娘と護衛も助ける事は出来ないか!? 是非とも頼む! むしろ俺たちの支援は後回しでいい!」
いやいやいや。それはあかんでしょう。
トップがやられちゃ街も駄目になっちゃうでしょ。
だからこそあんた達を逃がそうと、護衛も命がけで敵を食い止めてるんでしょ。
……しかし、だからこそ命を懸けて助ける価値のある領主と言う訳か。
ウォル爺が俺のような得体の知れない輩に、藁にも縋る思いで下手な芝居を打ったのも理解出来るというもの。
「僕からもお願いします!」
「どうかあの子達を助けてください!」
これまで父親の影に隠れ黙っていた息子と母親からも懇願される。
十分に検討した上で丁重にお断りしたいが、了解しないと素直に避難してくれそうにない。
……困った領主様である。
「……承知した。微力を尽くそう」
「そうか! 頼まれてくれるか!」
「だが、領主殿が殺されては本末転倒。これを持って早急な避難を願う」
「体力と魔力の回復薬かっ。助かる!」
「下手に動かれては撹乱に支障が出る。この先の洞窟で夜明けまで隠れておいてくれ。助けた者は朝にでも連れてくる故」
「分かった。あいつらを頼むっ」
二人の中年男は頷き合い、逆方向へ走り出す。
まずは、付与紙で創った使い魔を放ち、追っ手を撹乱しておこう。
これでまあ、領主の方は大丈夫だろう。
追っ手の始末は、後で自ら行う予定だ。
次に優先すべきは、領主の娘か。
予定外の仕事だが、まあ、はぐれたのが娘の方で良かった。
イケメン領主の息子だったら、やる気が出なかったからな。




