ある日、満足した男③/魔法とアイテム
若干の気怠さを感じつつ。
光が通り抜けた跡を確認すると、上半身が吹っ飛んだ魔物の残骸が残っていた。
出血はなく内臓もはみ出してない。
まさか復活しないよな、と警戒した瞬間、ガラスを割ったかのようにバンと音を立て、霧散するように消えてしまった。
予想通り血の通った生物とは根本的に異なる奇天烈仕様のようだ。
もしかして、魔法で創られたのかもしれないな。
「今度こそ、やった、かな」
不穏な勝利宣言をしつつ、魔物が消えた付近を確認していると、手のひらサイズの肉の固まりっぽい物質と指輪を発見。
肉片は内臓のようなグロさはなく、正方形で表面がツルツルしておりデザインされた蝋細工のようだ。
肉はともかくとしても、まさか熊さんが指輪を填めていたとは思えない。
そうすると……。
覚悟を決め指輪を左手の小指に填めてみる。
利き手じゃない小指を選んだのは、被害を恐れたからだ。
「おわっ」
填めた瞬間に指輪が光ったので驚いたが、痛みはない。
指輪は一度だけ点滅すると、サイズがピッタリと自動調整される。
目視しなければ装着しているのを忘れるほど感触がない。
――――そして目の前の空間に、指輪を指す光の矢印で旗揚げされたウインドウが浮かび上がり、その内側には文字が記されている。
『鑑定の指輪/ランク6』
……もしかしてとは思ったが、所謂ゲームでドロップアイテムと呼ばれる便利道具だったようだ。
物体を鑑定する能力を持つ指輪が、自らを鑑定しているのだろう。
説明ウインドウには触る事が出来ず、頭の中に直接表示されている感じだ。
「おおっ、不思議不思議」
感心しつつ指輪を眺めていると、更に詳しい説明文が出てくる。
『目視した物体の概要を表示。ランクは詳細と距離に比例』
意識する事で詳しく鑑定可能となるようだ。
アイテムの性能がランクで段階表示されるようで分かり易い。
「どれどれ、肉片はどうかな」
素敵な玩具を手に入れた俺は、早速鑑定してみる。
『ブラックベアー/ランク6の肉100㎏。アイテムに触れ復元を念じると元の状態に戻る。復元後は時間経過と共に劣化』
うん、あれだな。
突っ込み処が多いので、一つずつ整理していこう。
まず、魔物にもランクがあること。
ランクは強さに比例する可能性が高い。
ランクの上限が分からないので、ランク6の魔物が如何ほどの強さかは不明。
次に、肉片もアイテムであること。
生肉を圧縮しコーティングした状態と理解しておけば良さそうだ。
復元しない限り劣化しない仕様らしい。最初の圧縮状態だと小さくて持ち運びも便利だし、至れり尽くせりだ。
肉の量や美味さがランクと比例するのかな。
最後に、俺が倒した相手は創られた存在だと確定したこと。
死骸が残らず、アイテムに変換される仕様が証拠だ。
そうなると肉片が通常のドロップアイテムで、指輪がレアアイテムだったのだろうか。
肉片を地面に置き、指先で触れながら頭の中で復元と念じる。
次の瞬間に光が発生し大量の生肉へと変わる。
確かに100㎏程の量がある。
試しに元のアイテムに戻るよう念じてみたが反応がない。
一度復元したら、二度と元の圧縮状態には戻らないようだ。
「……此処が地球と違うルールが存在する世界なのは、間違いないようだな」
目の前で繰り広げられた不思議現象から結論づける。
少なくとも地球の常識を基準に行動するのは危険だろう。
それにしても、最初に入手したアイテムが鑑定能力とは幸運だったな。
俺の運値は低いはずなので、出現しやすいアイテムなのかも。
でないと、なけなしの運を最初に使い切った事になる。
運を定量かつ消耗品だと思っている俺には厳しい現実だ。
……そこで気づいた。
自分自身を鑑定出来ないかと。
いわゆるステータスの確認だ。
「鑑定! 俺自身!」
声に出す必要は無いのだが、対象を自身だと認識するため口にしてみる。
種族:人族
職業:無し
年齢:36歳
レベル:187
体力:15,000/19,000
魔力:90,000/93,000
力:1,500
素早さ:2,200
運:900
スキルランク:『体術2』『剣術1』『算術3』『科学3』『商人2』『料理1』
取得魔法ランク:『身体強化1』『放出1』
装着アイテムランク:『鑑定の指輪6』
「おおっ、でたでた!」
自身から出された情報を目にして興奮する。
常々数値化した自分の能力を見てみたかったんだよな!
種族は人のままなので問題無いだろう。
異世界人などと特記されないのは、この世界の人族が地球人と同じ構造だからと思われる。
あえて種族名が表示されたのは、人と異なる知的生物の存在を示すのかな。
ここは異世界っぽくエルフや猫耳少女との邂逅に期待しよう。
職業は、この世界に来たばかりの状態なので無職扱いなのだろう。
年齢は問題ない。普通のおっさんだ。
ファンタジー的に若返っていればベストなのだが、さすがに高望みだろう。
問題はレベル。
ゲーム定番のレベル制であること。
鍛えるほど強くなれるルールだと考えると愉しそうだが、強さに圧倒的な差が生じる世界だと考えると恐ろしさが優る。
また、強さに段階があるという事は、力が必要な世界である可能性が高い。
魔物のみならず、人同士の闘争も激しいのかもしれない。
レベルは187。
先ほど倒した魔物のランク6とは呼称も桁も違うので、人類と魔物では強さの表現が異なるのだろう。
もしも同じ基準だとしたら、レベル187の俺が6の相手を一蹴出来ないとおかしいからな。
仮に魔物のランクが100段階だとしたら、ランク6なんて雑魚だ。
……先が思いやられる。
もうお家に帰ろうかな。帰れないけどな。
身体能力が上がっている事や、魔力値の高さはレベルと比例しているのだろう。
そうなると、魔物を倒す前の何もしてない状態からレベルが上がっていた事になる。
心当たりはないのだが、此処は摩訶不思議な奇天烈世界。
理論的な説明を求めるのが間違っているのかもな。
漫画でよくある異世界に召喚されたボーナスとかで適当に納得しておくべきか。
…………そうだな。
この世界は俺の願望が具現化した、俺に都合が良い妄想である可能性も十分残ってる。
単純に夢を見ているだけなのかもしれない。
まあ、妄想でも夢でも愉しめれば問題ないだろうさ。
想像通りになる優しい世界だといいのだが、油断しているとあっけなく死にそうで怖い。
俺自身の強さの程度が分からないのが問題なのだ。仮に高水準だとしても理由を特定しておきたい。
まあ、とにかく現地人に聞くのが一番だろう。
レベル制なんて地球には無いルールだしな。
ステータスはレベルとの比例を前提にすると、魔力の高さが特徴かな。
地球で魔法使いの称号を持っていた訳ではないのだが。それとも他の数値が低いだけなのかも。
何せ中年の糖尿メタボ予備軍の肉体だからな。
体力、力、早さが低くなるのは必然だろう。
俺的に最重要な運値はどうだろうか。
項目の中で最も低いが、運は元々上がりにくいイメージがある。
持って生まれた先天的な才能だから、レベルでは上がらない可能性もある。
そう考えると絶望的な低さではないと思われるが、少なくとも高くはないだろう。
要確認、要注意だな。
スキルは習得している各分野の能力を数値化したものだろう。
ラインナップを見る限り、残念ながらこの世界で新たに覚えたものはなさそうだ。
後天的に得られるのであれば、これからの努力次第になるだろう。
部活動や授業等で得た技術=『体術スキル』。
小学生時代の剣道教室=『剣術スキル』。
学校と会社で培われた知識=『算術・科学・商人スキル』。
独身の悲哀=『料理スキル』。
といったところか。
『科学スキル』は詳細な分野を含む総称かな。
例えば多少の知識がある農学とかもこれに含まれるのだろう。
そして取得している魔法は……。
ありました、ありましたよ!
今更ながらこの世界に、魔法という確立された技術が存在すると確認出来た訳だ。
マジックアイテムも凄いのだが、自分で魔法を使えるという事実は格別だな。
やっべー、オラ興奮してきたぞ!
取得済みの魔法は2種類。
『放出』は魔物を倒した時に覚えたのだろう。
『身体強化』は意識してなかったので、魔法とセットの一般的な技術なのかもしれない。
重要なのは、魔法が労せず使える事実。
初心者な俺が使用出来るという事は、杖や魔法陣のような媒体も決まった詠唱も必要なく、簡単に使える力だと考えていいだろう。
どんな魔法が使えるのか非常に愉しみである。
装着アイテムは指に填めている指輪のみ。
魔法が付与されたマジックアイテムは、装着すると能力を発揮する仕組みのようだ。
因みに各数値は、意識すると1桁まで表示される。
鑑定結果は俺の意図までも反映してくれるようで、名前や性別など既知の事項は省略可能。
数値も任意の桁で四捨五入が可能で、スキルも大枠にまとめられている。
大筋に影響しない細かい情報は邪魔になる場合が多いので、大雑把な俺には有り難い機能である。
……さてさて。
これでこの世界の大まかなルールと、自分のステータスが掴めた訳だが。
これからどうしようか、と一考したところ――――とりあえず暫くは、この場に留まる事にした。
ここはこの世界に迷い込んだ場所であり、今のところ元の世界に帰れる可能性が最も高い場所といえるだろう。
実際に帰るかは決めてないのだが、帰宅可能かどうかは確認しておきたい。
曲がりなりにも社会人として、会社と実家に断りもなく失踪するのは気が引けるしな。
多少は戦える力も有るようだし。
先程の魔物と同ランクが定期的に現れ、食べ物系アイテムをドロップしてくれれば飢え死ぬ心配はないだろう。
それに強化された身体や魔法の使い方に慣れていないので、練習しながら様子見する腹積もりだ。
寝付きが悪い身としては寝床が一番の心配だが、車のシートでなんとか我慢出来るだろう。
会社でもよく昼寝に使っていたしな。
――――そんな訳で、予期せぬキャンプ生活が始まった。
休日は極力外に出ない主義の半引きこもりな俺としては不安だったが、夢見ていた世界――――実際夢なのかもしれないが――――に対する期待が大きく苦にならなかった。
不思議な事に、夜間、車の中で眠っている間は魔物が現れなかった。
理由は不明だが、こちらとしては歓迎すべき事なので深く考えず、睡眠中には襲われないイージーモードだと割り切って過ごした。
安寧の地を得られた事に感謝しながら、10日間を過ごす。
日中は周囲を探索しつつ遭遇した魔物を倒しアイテム収集。
それと魔法の実験。
魔力は数時間休むとある程度回復するので、念のため三分の一程残しつつ、好き勝手に使い特性を調べる。
その結果、3つの特徴が判明した。
一つめは、『魔力とはイメージを具現化する力』であること。
魔力は、火を望めば火となり、水を望めば水となる。
この様な単純なイメージで指向性を持たせ、変換する事が出来る。
魔力を手の平に集め、イメージで火に変換し、これを押し出す事で炎を放出する魔法となる。
何にでも変換出来るからこそ、何も知らないと具現化出来ない。
見て触れる物質はイメージし易いが、想像上のものはイメージしにくく変換出来ない。
この仕様が魔法という不思議な力の肝なのだろう。
物質文明が発展した現代において、特異な精神文明が根深く残る日本。
更に色濃い二次文化。
そこにどっぷり浸かっていた俺にとっては、比較的制御し易い力だと思われる。
二つめは、『魔法の威力はイメージ力に比例』すること。
同量の消費魔力でもイメージ次第で威力が大きく異なる。
具体的には、科学的な原理を伴ってイメージすると威力が上がる。
火は酸素の結びつきで燃焼する。
そんな学生時代の知識を思い出しながら炎を具現化させると、威力が段違いに上がるのだ。
面白いことに、漫画のシーンを想像する事でも威力が上がる。
百聞は一見に如かずって感じだろうか。
原理と漫画の一場面を思い浮かべ、全力で『カイザーフェニックス』と叫ぶと恐ろしい威力になる。
放出系魔法は威力の調整に注意が必要である。
三つ目は、『魔力は身体強化にも使用可能』なこと。
魔力を変換せず、そのまま体内に注入すると身体能力を強化する事が出来る。
漫画とかでメジャーな使い方なので容易に使えたのだが、メカニズムは不明だ。
とにかく、体内に注ぎ込む魔力量に比例し、力、俊敏さ、耐久性、更には回復力まであらゆる身体機能が向上されるのだ。
だが、大きな欠点もある。
魔力を常時使うため、魔力消費量が半端ない。
非常時に短時間使用するか、もしくは経時による回復魔力量と同量を使用すれば問題無いだろう。
魔法の基本仕様はこの程度だと思われるが、まだ俺が知らない秘密があるのかもしれない。
それは実地で追々勉強していく事になるだろう。
とりあえずこの三本柱を使いこなせば、そう簡単に殺される心配は無いと信じたい。
重要なのは、使い方次第で様々な効果を発揮するという事だ。
これは多くの創作物で得た知識があったからこそ気づけたのだろう。
日本の文化は偉大だな。
こんな感じで、魔法という超常的な力をある程度使えるようになったこと。
また、迷い込んだ場所で10日間様子を見ても、元の世界に戻れそうなヒントが無かったこと。
この事実から区切りを付け、この場から離れる決心をする。
車は目立ちすぎるので、目印として置いて行く事にした。
持ちきれないアイテムも車の中に入れて置いた。
――――さて、ここからの旅路は二択だ。
一つは、人里を探して現地人と接触し、魔物を倒す仕事なんかに就いて一市民となり、コツコツと経験を積みつつ生活していく道。
これは、リスクが小さい正道といえるだろう。
だが断る。
市民や冒険者などの表立った立場になれば、国に管理され面倒事に巻き込まれる可能性がある。
何より毎日沢山の顔見知りと社交辞令を交わす苦行はもう沢山である。
だから、もう一つの選択肢を選ぶ事にする。
一人で魔物生息地帯を巡り、レベルを上げつつアイテムを手に入れ、十分な力を備えた後に市街へ赴き、職に就かず好き勝手に遊び回る道。
現地人とも深く関わらず、目立たないよう食べ歩きしたり女遊びしたりして優雅な旅人を気取る邪道だ。
一人で戦い続けるためリスクがあるが、無理そうなら考え直せばいい。
まあ、何とかなるかなと、俺の微弱な感が告げている。
ただ、闇雲に渡り歩いても効率が悪い。
実際に邪道が通行可能なのか、自身の強さの確認も兼ねてまず現地人から最低限の情報を得る必要があるだろう。
目立たないためには街を避け、外で単独行動している旅人や冒険者を探すのがいいかな。
いや、どうせなら魔法の対人実験もやりたいし、この世から消えても迷惑にならない者、……そうだ、盗賊がいいんじゃないかな。
などと言い訳じみた理由を考えてしまったが、良く云えば慎重、悪く云えば臆病な俺は、いきなり街に入る勇気が持てず、まずは盗賊の皆さんに力ずくで教えを乞う事にする。
――――こうして方針を定めた俺は、不安を感じつつもそれ以上の期待に胸を膨らませ、空に向けて飛び立ったのである。