好奇心を殺すお嬢様とメイド③/土産・驚嘆・冗談
――――10日後。
「お嬢様、本日はお土産があります」
「あら、何か珍しい物でも見つけたの?」
「はい。こちらの人形になります」
「普通の……いえ、あまり出来がいい品ではないわね」
「外見はオマケみたいなものです。お嬢様、人形の前で手を叩いてもらえませんか?」
「これでいいの…………って、お、踊り出したわよ!?」
「はい。柏手の音に反応して動く付与魔法が掛けられています」
「……それにしても良く動くわね。魔法で動く人形は何度か見た事あるけど、こんなにも滑らかな動きはしてなかったわ」
「お嬢様、この人形の最大の長所は何だと思いますか?」
「それは、音に反応する事や、繊細な動きじゃないの?」
「いいえ。その2つも高い技術ですが、この人形の驚異的な特徴は、持続性にあります」
「持続性? そういえば、ずっと踊りっぱなしね。今まで見た人形は数分程度しか動かなかったのに」
「製作者の弁では、1日中踊り続ける事が可能だそうです」
「1日中!? 本当なのエレレ!?」
「しかも2回目の柏手で、一旦動きを停止する事が可能です。節約して使えば1ヶ月程は持つそうです」
「そ、そんな事が本当に可能なのっ?」
「ワタシは付与魔法が使えないので詳しくありませんが、単純に考えた場合、人形に込める魔力量を多くすれば可能でしょう。ですが、消費する魔力は膨大になるはずです。それこそ、一人の人間が一度に使える限界量を軽く超えるでしょう」
「……エレレ、もしかしてこの人形を作ったのは――――」
「製作者はこの街に住む16歳の少女です。…………ですが、彼がこの少女と懇意にしている目撃情報があります」
「……つまり、件の男が何かのアイテムをその少女に与えたって訳ね?」
「あるいは、何らかの方法で魔法の力を高めた、ですね」
「確かに、魔法の技能に長けた者なら可能かもしれないわね」
「しかしお嬢様、これらも推測に過ぎません」
「そうね、人形だけでは直接的な物証にならないわね。それにしても、今回の目的は何なのかしら?」
「少なくとも金銭目的ではないと思われます。人形は1体銀貨1枚で売られていましたので」
「やすっ!? この性能で銀貨1枚は安いでしょ!」
「おそらく、製作者本人が動く人形の本当の価値に気づいていないのでしょう」
「……と言う事は、件の男の指示で商売している訳ではなさそうね」
「ワタシもそう思います、お嬢様」
「…………」
「…………」
「ねえ、エレレ。その、何か問題は無いのかしら?」
「……人形を売る少女。それを買った客。どちらも嬉しそうに笑っていました」
「そう……。だったら、問題無いのかしらね」
「……はい」
「それじゃあ、今回も静観し、引き続き情報収集に努めるって事でお願いするわ、エレレ」
「承りました、お嬢様」
◇ ◇ ◇
――――さらに10日後。
「お嬢様、本日はお土産があります」
「……何かしら、既視感と嫌な予感がするわね」
「今回はお菓子です」
「え、食べ物なのっ」
「はい」
「今度は何処から手に入れたの、エレレ?」
「彼と交流が最も多いコルトから譲り受けました」
「……それって、本人にバレてないでしょうね?」
「はい。コルトが一人の時に接触したので、問題無いはずです」
「それでも、件の男に近しいコルト君に近づくのは危険じゃないの?」
「申し訳ありません。コルトがあまりにも美味しそうに食べていたものですから」
「えっ、そんな理由なの!?」
「もちろん冗談です」
「……エレレの冗談は分かりにくいのよ」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ、まったく。それに調査に必要とはいえ、子供から食料を奪うのは感心しないわよ」
「問題ありません。コルトは初めからワタシに渡すため、彼から貰っていたそうですので」
「ええっ、それってエレレの監視がバレているって事じゃないの!?」
「問題ありません。あまりにも美味しいお菓子だったので、コルトが菓子好きの知人にも食べさせたいと彼に頼んでくれていたそうなのです」
「……エレレの甘い物好きって、子供に気を遣われるほど街中に浸透しているのね。びっくりだわ」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ、まったく。……それで、今度はどんなびっくり箱なのかしら?」
「ダイフクと言うお菓子だそうですが、一つだけなのでまだ食していません」
「毒とか入ってないでしょうね?」
「鑑定結果では有害物質の混入は確認されませんでした。材料は苺、豆、米のようです」
「苺は分かるけど、豆は甘いお菓子に無関係な食材じゃないのかしら? 米というのも確か穀類で甘くないわよね?」
「おそらく特別な調理方法で加工されているのでしょう。とにかく半分に切ってみます」
「……あら、苺が丸ごと入っているのね。こんな大きくて綺麗な苺、どうやって育てたのかしら」
「外側の白い膜と間の黒いものが豆か米で作られたようですね。このような手が込んだお菓子は、少なくともこの街には売っていません」
「私も初めて見たわ。とても美味しそうよね」
「お嬢様、万が一を考えて、まずワタシが毒見します」
「き、気をつけてね。違和感があったら直ぐ吐き出すのよ」
「はい。それでは――――――あむ」
「………………」
「あむあむ…………」
「………………」
「あむあむあむ…………」
「………………」
「――――っ!?」
「ど、どうなのエレレっ?」
「……危険です」
「毒が入ってたの!?」
「とても危険な食べ物です。こんな危険な物をお嬢様の口に入れる訳にはいきません。残り半分もワタシが食べて処分します」
「……ちょっと、涎が出てるわよっ。本当は美味しかったので独り占めしたいだけじゃないのっ!」
「そ、そんな、ワタシはお嬢様の身を案じただけですのに……しくしく」
「わざとらしい嘘泣きは止めなさいっ。残りは私が食べるわ」
「あっ……」
「――――――!?」
「あああっ…………」
「――――何これ? こんな美味しいお菓子、はじめて食べたわっ」
「ワ、ワタシの唯一の楽しみが……」
「エ、エレレ? もしかして本気で落ち込んでいるの?」
「ダイフク様、ワタシのダイフク様が…………」
「食べ物に様付けするのは止めなさいよ。……分かったわ、今度の現物支給は王都から取り寄せた蜂蜜にするから機嫌直しなさい」
「表面の白く柔らかいものは米を加工したのでしょう。豆も半固形状にしてこれほど美味しくなるとは驚きです。苺もこの辺で売られているものとは比較にならない甘さです」
「……いきなり真面目ぶらないでよ。まったく、現金なんだから」
「おそらく王都にも売ってない品でしょう。これ程完成されたお菓子であれば、ワタシの耳に入っているはずです」
「……甘い物に関してはエレレの聞き耳が一番だものね。だったら、何処で売られている品なの?」
「彼の故郷で作られたお菓子だそうです」
「確か、遠方の離島だったわね……」
「食べ物に関する事ですから、特段嘘をつく理由はないと思います」
「海に囲まれた島国か。独特の文化があると聞くけど、こんなに洗練された食べ物があるなんて羨ましいわ」
「是非とも行ってみたいものです」
「上位アイテムに次いで人形と菓子、ね。何だか情報が集まる程に混乱するわ。件の男もエレレと同じように、甘い物には目がないのかしら」
「甘い物好きに悪い人は居ません」
「……エレレの基準ではそうかもしれないけど、それを判断材料にしちゃダメよ。まあ、今回の件も保留ね。害意はなさそうだし」
「引き続き物証の収集に全力で努めたいのですが」
「……はあ、美味しいお菓子を食べたいだけでしょう? 情報収集はいいけど、直接接触するのはダメよ。エレレが負ける事はないと思うけど、相手もそこそこレベルが高いし魔法のエキスパートである可能性が高いのよ。自重してちょうだい」
「…………残念です」
◇ ◇ ◇
――――さらにさらに10日後。
「お嬢様、本日はお土産があります」
「今度は驚かないわよっ」
「別にお嬢様を驚かせる目的で報告している訳ではありません」
「分かってるわよ。心構えの問題なのよ!」
「今回は、この果物です」
「あら、随分としなびれた果物ね。またコルト君から強奪してきたの?」
「……違います。付近の村に住む農家が自分で作ったそうです。彼の助言を受けて」
「助言、ねえ。でも果物なんて短期間では作れないでしょう?」
「元からあった果物に手を加えたそうです」
「だからといって味が変わるものかしら?」
「食べれば分かりますよ、お嬢様」
「その口ぶりでは、エレレは既に食べてしまったのね」
「主人を守るのがメイドの役目。毒味はメイドの嗜みです」
「まあ、いいわ。では早速…………!? 甘い! 砂糖よりも甘いわ!」
「こちらが元の果物です。食べ比べてみて下さい」
「なんだ、元は甘い柿の実だったのね。だから干からびても甘い訳ね。…………って渋っ! 元は渋い柿の実だったの!?」
「はい。渋い柿を加工して甘くしたそうです」
「そんな事が可能なの!? あ、魔法を使ったのね?」
「いいえ、純粋な技術だけで作られた物だそうです、お嬢様」
「……つまり、今回は魔法と別物の知識が使用されている訳ね」
「彼の故郷の技術、あるいは旅路で得た知識なのでしょうか」
「魔法やアイテムだけなら疑いが残ったけど、確かにこれは食事を必要としない魔族とは無縁の技術ね」
「……まだ魔人の可能性を疑っていたのですか。その粘着さは、流石お嬢様と言わざるを得ません」
「褒めてないわよね、それ。それにしても、他にも面白い事を沢山知ってそうで、興味が尽きないわ」
「はい。甘露を生み出す技術は人類の宝となるでしょう」
「……甘さは重要じゃないと思うけど」
「はっ!? まさかダイフクや砂糖柿以外にも妙々たる甘露を隠し持っているのでは――――」
「…………あの、エレレさん? 本当の目的を忘れないでね?」
◇ ◇ ◇
――――さらにさらにさらに10日後。
「お嬢様、最近は主立った動きが見られないようです」
「自粛しているのか、ネタが尽きたのか、――――他の街で遊んでいるのか、ね?」
「……ご明察です。コルトにそれとなく尋ねたところ、最近は留守にする事が多いそうです」
「余所で何をしているのかしらね。件の男は冒険者ギルドとかに所属しているの?」
「いいえ、何処のギルドにも属していません」
「流浪人とはいえギルドに加入しない人は珍しいわね。組織に与するのを嫌っているのか、組織の力なんて不要なのか、身分を明かせない理由があるのか……」
「あるいは、その全部、でしょうか」
「そうね。件の男が人族なのは間違いなさそうだけど、行動や能力に謎が多いし、何処かしら不審なのよね」
「…………」
「人知れず街の外でも事件を起こしてそうよね」
「……お嬢様、彼は悪事を働いている訳ではありません。むしろ結果を見れば、この街に寄与しています」
「そうかもしれないけど、何故かしら、素直に受け取ってはダメな気がするのよ」
「……例のスキルが、そう感じさせているのですか?」
「ええ、茫洋として正邪が定かではない曖昧な感じがするわ」
「それは何も分からないのと変わらない気がしますが?」
「そうだけど、少なくとも聖人君子な感じではないのよ」
「…………」
「――――だから私は、外の異変について洗い出してみたの」
「…………それで、何かしらお嬢様の勘に引っかかったのですね?」
「ええ。先月に疫病で閉塞された村の事は、エレレも知っているわよね?」
「はい。この街からは結構離れた村の事ですね。病魔で滅ぶ村は毎年のようにありますから、魔物や戦争より身近で深刻な問題です」
「その村の閉塞指定が昨日解除されたわ」
「……これまでのように、村ごと死体を焼き払って終わりですか?」
「――――いいえ。村人は全員無事で、疫病は誤報として処理されたそうよ」
「……病症の間違い、ですか? 鑑定アイテムに間違いはないはずですが?」
「いくらアイテムが絶対でも使うのは所詮人なのよ。調査方法、記録方法、伝達方法のどれかに誤りがあって、事実と異なる情報が出回る事も珍しくないわ」
「確かにそうでしょうが、疫病は国の存続に関わる大きな問題です。いい加減な調査をされては困ります」
「それは王都も重々承知しているでしょうね。――――だから今回の一件は、実際に発生した疫病が治癒された、という可能性が考えられるわ!」
「…………国が封鎖する程の疫病がですか? 最低でもランク6以上の大病のはずです」
「当初の記録ではランク8だったそうよ」
「…………医術や魔法では対応不能な病です」
「それはつまり、ランク8の薬アイテムさえ大量にあれば対応可能、という事よね?」
「……………………」
「……………………」
「……ランク8の薬アイテムは最低でも金貨千枚はします。これに村人の人数を乗じると、途方もない金額になります」
「そもそも大量の上位アイテムを発見する事が不可能に近いでしょうね」
「……はい」
「でも、ランク7の、しかも出現率が低い解毒薬を2本同時に持つような人物であれば、どうかしらね?」
「……………………」
「……………………」
「――――我ながら、飛躍した話だとは思っているわ」
「最近開発された新薬が偶々上手く効いたと言われた方が、まだ信憑性があります」
「病を治した者は、どちらにせよ高等なアイテムか魔法か技術か知識を持っているのでしょうね」
「……上位アイテム、特殊魔法、踊る人形、素敵なお菓子、博学博識、ですか」
「最初は金銭目的だと思っていたけど、宛が外れたようね。行為がこんなにもバラバラだと目的を考えるのも馬鹿らしくなってくるわ。まるで愉快犯を見ている気分ね」
「得てして突出した人物の言動は、凡人には理解しにくいものです」
「そうよね。エレレの甘い物好きも常軌を逸しているものね」
「そんな事はありません。誰もが持つ平凡な趣味の一つに過ぎません」
「なるほど、その異常性を本人は自覚していない訳ね。参考になったわ」
「…………」
「とにかく、これからは外部の情報も詳しく集めた方が良さそうね」
「手配しておきます」
「はぁー、当分は気が休まらない気がするわ」
「余所の面倒事にまで、無理して顔を突っ込む必要はないと思いますが?」
「そうなんだけど、そうなんだけどね。この街で事件が無いなら無いで落ち着かないと言うか、面白くないと言うか」
「……それでこそお嬢様です」
「褒めてないわよね、それ。……まあいいわ。ところで件の男の外見はどうなのかしら? 行動だけに目が向いて、詳細な容姿は聞いてなかったわ」
「そうですね、特筆すべきものが無かったので伝えていませんでした。年齢は三十代半ば。身長は人並み。ボサボサのくすんだ緑色の髪に緑色の目。のっぺりとした起伏の少ない顔。眠たそうな細い目。嘘っぽい愛想笑い。猫背。寂れた中年男といった表現がよく合う御仁です」
「見事なまでに冴えない感じね。やっぱりエレレのタイプから外れるのかしら?」
「……ワタシは特段、相手の容姿に拘りを持っていませんが。それ以前に密偵に集中していたので、異性として意識した事はありません。…………お嬢様、何故そのような事を?」
「ふと思い付いたんだけど、エレレが件の男と結婚して篭絡するって作戦はどうかしら。どんな男も美人には弱いって聞くしね。相手が傑物であればエレレとも釣り合うでしょうし。案外お似合いかもしれないわよ?」
「………………」
「あ、冗談、冗談だから。怒らないでよ?」
「………………………………」
「エ、エレレさん?」
「……優れた能力、年上の包容力、それにダイフクのようなお菓子が食べ放題の生活が送れるとしたら――――――」
「ちょ、ちょっとっ、まさか本気なのっ!?」
「………………もちろん、冗談です」
「な、なんだ、驚いたじゃない。エレレの冗談は分かりにくいのよっ」
「…………甘美なる生活……ふふふ…………」
「じょ、じょうだん、よね?」
それからは、物見高いお嬢様も街に出て男を捜すようになったが、まるで避けられているかのように相見える事はなかった。
こうして、オクサード街で最高峰の力を持つ女性二人にとってその男は、様々な不安を抱かせながらも浮世離れした存在となり、他人事のように話のネタとして扱われていたのである。
――――本人達が、ネタの当事者となるまでは。




