最も新しい民話 1/2
≪ 孤児院カラノスの場合 ≫
俺の楽園にして、終の棲家でもある、孤児院カラノス。
世間的には、孤児を預かる福祉施設という体裁だが、その実情は女子寮&女学院に近い。
学院もどきなので、座学や実習等の授業は充実させているつもりだが、催しが不足している。
特に、毎年恒例の遠足は欠かせない。
俺の愛娘たちに捧げる、年に一度のお楽しみ。
そんなわけで、アイテムをふんだんに使いまくった豪華世界一周旅行を計画していたのだが……。
「私は反対です。ただでさえ王都の学院でも難しい教育を行っているのです。その上、安易に都市を巡るような遊びを覚えてしまえば、子供たちの常識が乖離してしまい、街の住民からも疎まれてしまいます」
孤児院の院長である俺よりも院長らしい、メリルママに怒られてしまった。
しょぼーん。
では妥協して、音楽の街は? 海の見える街は? 山の麓の温泉街は?
「それも十分に贅沢で、常識外です」
これもあかんかー。
ほな本当に、小学生低学年向けの近場の山登りレベルで妥協せにゃあかんかー。
はい、そんなわけで、妥協に妥協を重ねてやってきたのは、とある農村の外れにある樹木の下。
いわゆる、ただのお花見である。
しかも、孤児院から転送アイテムを使って一瞬で到着するから、情緒も達成感もへったくれもない。
それでも、ろくに街の外へ出た経験がない愛娘たちには新鮮だったようで。
「街の中では自然が感じられないので、子供たちはみな楽しんでいるようですよ」
「うんっ、こんなお日さまの下で、きれいなお花を見ながら、おいしいご飯を食べれるなんてさいこうだよっ」
メリルママとリノンの母娘が太鼓判を押してくれたように、意外と好評らしい。
お花見なんて、社会の荒波に揉まれ疲弊した大人だけが楽しめる、悪い意味での上級者向けの趣味だと思っていたが、違ったようだ。
一本桜が麗しい雅な場所を発見できたので、春の定例行事にしてもいいかもな。
うん、美味い。
俺の愛娘たちが、俺だけを想い、俺だけのために作ってくれたランチセットは最高だ。
子供向けの料理ばかりだけど、甘いお酒のツマミには良く合う。
咲き誇る桜の樹の下で、未成熟な蕾みに囲まれながら、花の香りが漂う地酒を楽しむ。
そうか、これが本当の花見なのか!
欲を言えば、もっと場が盛り上がるための歌や踊りが欲しいところ。
来年からは、愛娘たちに芸を仕込んで、お遊戯会も兼ねるとしよう。
社会に出る際に一芸を持っておくと、何かと役立つはず。
「お金がない!」というドラマで、その重要性が語られていたしな。
「社会に溶け込めるよう努力するのは、とても良いことだと思います。明日からさっそく授業に組み込みましょう」
珍しくメリルママも快諾してくれた。
俺が提案するカリキュラムは、この世界にはまだ早すぎるといった理由でよく却下されるので、少々意外だ。
とにかく、決定権を持つ彼女が了承して本決まりになったので、俺もお手本となるべく一発芸を練習しておこう。
ええと確か、あのドラマでやっていた芸は、こうやって樹や柱に張り付いて。
ミーンミンミンミン!!
≪ アイドル組の場合 ≫
本日の花見は、王都の劇場で活躍するアイドル組とやってきた。
彼女たちとは、劇の合間に慰安旅行と称して色んな観光地へ連れていかされているが、たまには自然の中でゆっくりするのもいいだろう。
孤児院の愛娘たちによる歌と踊りが待ちきれなくて、出来合いで済ませる狙いもある。
「どうして慰安旅行に来てまで、歌わなくちゃいけないのよっ」
律儀に歌って踊りながら、似非妹のイモ子が抗議してくるが、それさえも極上の酒の肴。
ははっ、いいぞっいいぞっ、踊れや踊れ!
桜の花びらのように、くるくると回りながら、短いスカートをひらひらしやがれ。
もっとお捻り投げさせろっ。
これぞ、セクハラとパワハラが合法だった昭和の花見!
今は失われてしまった、古き良き文化がここにある!
「まったく、あんたは何でもできるくせに、実際やるのはみみっちいことばかりだねぇ。そんなに私たちの歌が聴きたいなら、劇場を貸し切って専用コンサートでも開けばいいじゃないか」
律儀にお酌しながら、似非二十歳のイライザ嬢が抗議してくるが、あーあ、分かってないねぇ。
現代技術の粋を集めた建築物の中よりも、何も無い自然を背景にした方が映えることもあるんだよ。
ああ……。
日本で社畜していた頃、夜遅く残業でへとへとになりながら、川辺で花見する集団を鼻で笑って帰った記憶が蘇ってくる。
あの時、駄目なおっさんにしか見えなかった彼らは、こんな気分で酒を飲んでいたのか。
ようやく、この歳になって、異なる世界に来てまで、本物を味わえたようだ。
「――――」
うん、今なら苦いビールや辛い日本酒の本当の美味さが、感じ取れる気がする。
これこそは、おっさんこそが最も楽しめる、上級者向けの道楽だよ。
≪ 水の都の二人組の場合 ≫
月一の恒例となってしまった国外逃亡。
最初は、神殿から抜け出してくる自称俺の娘ことメイと一緒に、湖面を流れる小舟の上でミズッちの美声を聞きながら、お昼寝を楽しんでいただけなのに。
マンネリ化を避けるため、一度海に連れていったのが始まりで、それ以降は観光地巡りがお決まりとなってしまったのだ。
……このパターンばかりだよな、俺。
「らーらーらー」
ミズッちの心が洗われるような美声と歌う姿は、湖の上だけでなく、桜の下でも映える。
動画に撮って、一日中見ていたい。
「ぬーぬーぬー」
一方、水の都の巫女様で有らせられるメイの歌は、微妙に音程がズレていて、心が不安になってくる。
美しい桜を背景に、歌う姿も美しいだけに、音痴な歌が一際違和感を放ち、最早呪いの歌に聞こえる。
対照的な二人の違いを口に出すと、何故か二人から怒られるので、根性で笑顔を維持しつつ、酒を片手にお捻りを投げつつ誤魔化すしかない。
まあ、気を遣いながら上司の下手な歌を聞かされるのも、お花見の醍醐味であろう。
無礼講な花見の席でも気遣い上手な自身を見て、つくづく小市民だと実感させられる。
だけど、小市民の宴が富豪のソレに劣る道理はない。
少なくとも、俺にはコッチの方が楽しめるだろう。
あー、いつも船の上でミズッちの歌を聞きながらお昼寝しているから、眠気が襲ってきた。
勝手に寝ると怒られそうだが、三大欲には勝てない。
おやすみなさい。
≪ 奴隷娘三人組の場合 ≫
うむ、愛娘たちの愛情たっぷりな料理や、魔法で複製した日本料理も素晴らしいが、この世界で最高峰の調理技術を持つベル子と兎姉妹の料理が総合的に一番だな。
歌と踊りは無いけど、草花が揺れる音と虫の鳴き声をBGMに、しんみりと食って飲むのも悪くない。
もしかしたら、これが本来の花見の楽しみ方かもしれないな。
「そんな気はしていたけど、やっぱり他の女とも一緒に来ているのね。しかも、私たち以外の女にも料理を作らせているのね」
心の中で感想を述べたつもりが、どうやら口から漏れていたようで、いつも以上にジト目なベル子がそんなことを言ってきた。
思わず目を逸らすと、赤い目の兎姉妹も似たような顔をしている。
ああ、出逢った頃の純朴だったあの子たちは、いったいどこへ行ったのだろうか……。
「他の女と遊ぶのを止める権利は、私たちにはないわ。でもね、他の女と遊ぶのは仕方ないとしても、料理を作らせるのは私たちだけにするべきでしょっ」
んん?
女性とピクニックする時の弁当を作ってくれるなんて、オカンなのか?
姑気取りなのか?
「だれが姑よっ!?」
だって、金を払わずに飯を作ってくれるのは、オカン以外にありえないだろう?
弁当を作ってくれる彼女なんて都市伝説だよ、都市伝説。
漫画やアニメの見過ぎだって。
「……毎年同じ花を咲かせる樹と同じで、私たちのご主人様はいつまで経っても変わらないようね」
ははっ、そんなに褒めてもお捻りしか出てこないぞ。
ほれほれ。
桜の樹の寿命は、100年以上も珍しくない。
それほど長い期間、美しい花を咲かせ続ける桜。
そして、ベル子たちを買った時から、ずっと変わらずダンディな紳士で在り続ける俺。
桜の素晴らしさに例えて、俺を褒め称えるだなんて、粋な真似をするじゃないか。
うん、美しい花を見ながら、美しい女性が作った美味しい料理を食べるのは、やはり格別だ。
≪ 狼族の兄妹の場合 ≫
「ささ、大兄上、もう一杯」
うん、美女がお酌した酒は、やはり格別だ。
「兄者! 俺の酒も飲んでくれ!」
うん、男がお酌した酒は、やはり不味い。
「ぐははっ、同じ酒なのに、兄者は相変わらず面白いこと言うな!」
お酌してくれるのは、俺を兄と呼んでくれる妹のクーレイだけで十分。
俺の似非弟を自称するクーロウからお酌は、逆に迷惑極まりない。
そんな嫌みが通じないのは、酒が入っているからだと思いたい。
というわけで本日は、ちょっとした縁でワンコのように懐かれてしまった狼族の兄妹と花見に来ている。
事あるごとに飲みに誘われるのだが、レベル40を超える国宝になったコイツらと一緒にいると目立つから、店選びに苦労する。
だから、人気のない所での花見が良いのでは、と提案した次第。
しかし、周りに人がいないと馴れ馴れしさも増すようで、さっそく後悔している次第。
今度からは兄のクーロウは置いてけぼりにして、妹のクーレイと二人だけで飲むとしよう。
「いやぁ、感激だ! まさか兄者の故郷にも、我ら狼族と同じで花見の風習があったとは!」
ワンコは花見ではしゃぐそうだが、狼も同じだろうか。
舞い散る花びらを追い回す習性があるのかもしれない。
「うまい! 料理も酒も、最高にうまい! こんな花見ができて、最高に幸せだ!!」
いつもより酒を飲んでいるせいか、いつもより更に饒舌だ。
ワンコにとって桜の樹木は毒みたいだから、口の中に放り込んだら静かになるかな。
「……本当に、綺麗だ。こんな風に、もう一度花見ができるなんて、思ってなかった。全部、兄者のおかげだ」
「……はい、大兄上には、感謝しかありません」
兄妹そろって、急にしんみりするの止めてくれる?
温度差で風邪ひいちゃうから。
でも、まあ、そんなおセンチな気分になるのも、仕方ないのかもしれない。
100年以上の寿命を持つ桜の美しさは、永遠。
その永遠が魅せる散り際は、やはり美しい。
ひらり、ひらりと、舞い散る桜の花びらが。
ぽとり、ぽとりと、盃の中に落ちて。
ぷかり、ぷかりと、酒精の湖面に小さなイカダをつくり。
ごくり、ごくりと、鯨のような大きな口に吸い込まれ消えていく。
春の訪れを余すところなく堪能しながら、俺は、思う。
花見に憧れ、真似してみたけど。
美しい花を眺めながら、美味しい料理に舌鼓を打ち、酒を嗜むのは、確かに雅だけど。
やっぱり、他人と一緒に飲むのは、気を遣って疲れるな。
≪ メイドの場合 ≫
月に一度のメイドさんとのデートもどき。
本日は、お日柄が良かったので、花見と洒落込んでみた。
ちなみに、お日柄とお天気は、関係ないらしい。
いつも人が多い都市ばかり巡っているので、たまにはこんな落ち着いた場所もいいだろう。
……熟年カップルみたいで、なんか嫌だなぁ。
「グリン様、どうかされましたか?」
俺の小さなため息が気になったのか、メイドさんが尋ねてくる。
出会った当初は、色恋沙汰に疎い鈍感アラサーな彼女であったが、最近はちょっとしたことにも反応してくる。
それもまた、こなれている感じがして、……何だかなぁ。
俺のことなんて気にしなくていいから、食いねぇ食いねぇ餅食いねぇ。
こんな時は、甘味を出しておけばオールオーケー。
桜の美しさが永遠だとしたら、彼女の甘い物好きも永遠に変わらないだろう。
「はい、いただきます」
桜の樹の下で、メイド服を着た麗しき女性が、穏やかな笑顔で、串団子を頬張る。
これ以上完璧な絵はないだろう。
「あむあむ」
至高の一枚画。
タイトルはもちろん、花より団子。
かきかき。
家に帰ったら、神棚に飾るとしよう。
≪ ヒトリノ夜 ≫
桜は、つくづく魅力的な花である。
枯れ木だと思っていたら、唐突に蕾をつけ、一気に開花し、一時の全力を振り絞った後、潔く散って、すぐに青々とした緑の葉で覆われる。
大勢で騒ぎながら楽しむのも良いが、独り寂しく見上げるのも、乙なもの。
雅。
圧倒的な雅。
ヒトリノ夜の寂しささえ、雅び。
地面に寝転び、散り際の桜を見上げていると、ぼけーっと開いた口の中に、花びらが入ってくる。
こんな雅空間で……。一句詠まねば……。無作法というもの……。
さくらばな
もぐもぐしても
あじしない




