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好奇心を殺すお嬢様とメイド②/調査・報告・憶測




 ――――5日後。



「お嬢様、調査が終わりました」

「はやっ!?」


 難題に挑んでいたメイドからの余りに早い報告に、お嬢様は淑女らしからぬ返事をしてしまった。


「まだ5日しか経ってないわよ。本当に分かったの?」

「はい。調べたワタシ自身も簡単すぎて当惑しています」


 当惑のとの字も感じさせない表情でメイドは告げる。

 ソマリはエレレの実力を信頼していた。少なくとも密偵において、この街で彼女の右に出る者は居ないだろう。


「……とにかく、謎が解けたのなら喜ばしい事だわ。順を追って説明してちょうだい」 

「はい、お嬢様」


 期待にささやかな胸を膨らませる主人の命を受け、メイドは淡々と話し始めた。



 彼女が最初に調べたのは、最初の打合せで当たりを付けた『流れの客』という線だった。

 まずは領主の病気が治った日に、ウォルの店に訪れた客をターゲットにしたのだ。

 元々客が少ない店である。特定するのは、さほど難しくないはずだ。店の周辺で聞き込みすれば外見程度なら直ぐに掴めるだろう。

 しかし、店の近くで嗅ぎ回ればウォルに知られる可能性が高い。この件の犯人を知るはずの店主と領主は、未だ口を閉ざしている。

 ウォルの弟子に当たるエレレとしては迷惑を掛ける訳にはいかないため、件の人物が薬を売った後の行動を追う事にした。


「希少なアイテムを売り大金を得たのであれば、何らかの目立つ行動を起こしているのではと予想しました」

「なるほどね。金目的で薬を売ったのは欲しい物があったから、という訳ね。その口ぶりでは当たりだったのでしょう? いったいどんな高価な品を買っていたの?」

「ふろです」

「ふろー? 聞き覚えの無い名前ね。凄い武器とかなの? それとも宝石の名前?」

「いいえ、貯めた湯に人が入る設備の事です」

「…………え?」


 ソマリが理解出来ないのも無理はない。

 大金が使われた痕跡を探していたエレレがその答えに辿り着いた時、我が耳を疑ったものだ。


「風呂って、その、風呂釜を買ったって事なの?」

「正しくは、風呂付きの高価な宿を1年間契約したようです」

「……日常的に風呂に入る貴族も居るけど、本当にそれが高価な買い物なの?」

「年間契約とはいえ、たかが宿に白金貨2枚を一括払い。これほど大胆な買い物をする者はそうそう居ません」

「き、金貨200枚っ!?」


 ソマリはこの街一番のお嬢様とはいえ、所詮は貧乏領主の娘である。

 民の生活を第一に考える彼女の父は、最低限の税しか徴収しておらず、生活には困らないものの領主家が自由に出来る金は少ない。

 因みにお嬢様の毎月のお小遣いは金貨1枚であり、日本円にすると2万円程度であった。


「更に翌日、その者は十日市にて様々な品を購入しています。最も高い物では珍しい剣に白金貨3枚を支払ったようです」

「全部で金貨500枚! 私のお小遣いの数十年分あるわよっ!?」

「お嬢様のお小遣いは全く関係ありません」


 因みにメイドの毎月の給金は金貨30枚と現物支給。冒険者時代の年収は金貨500枚を超えていた。


「確かに怪しいわね。凄く羨ましいわね。でも、それだけじゃないんでしょう?」

「……はい。まずこの男の素性を調べてみました」


 宿屋からの聞き取りでは、くすんだ緑色の髪と服をした見ため平凡な中年男であり、初めて見る客。これ以上の情報は得られなかった。

 そこでエレレは、その日初めてオクサードを訪れた新参者として調べる事にした。

 この条件であれば、必ず手掛かりが残されている場所がある。そう、門番だ。


「3日前に初めて街に来た緑色の服を着た中年男かい? ああ、覚えてるよ」


 門番の話では、海を越えた遠くの国から一人で来たこと、それにそこそこレベルが高かったことが印象的で覚えていたそうだ。


「男の名前はグリン。遠方の島国から来た旅人、だそうです」

「それだけ聞くと、さほど怪しくないわね。海を越えた国というのは、まあ珍しいけど」

「そうですね。レベルも25と高い方ではありますが、少なくともランク7の魔物を倒すのは到底不可能でしょう」

「エレレの方が強いわね。でもエレレの年齢と同じレベルね」

「……ワタシの年齢は全く関係ありません」


 エレレのレベルは32。

 冒険者が集まるこの街でもトップクラスに入る高さだ。性別と年齢を考えると驚異的な強さである。

 ……余談になるが、このメイド服の女性は25歳で未婚。男顔負けの腕っ節と非情な性格が恐れられ、色恋沙汰が少ない事が彼女の悩みであった。

 なお、「少ない」と表現したのは、彼女の名誉を傷つけないためである。合掌。


「でも、その男の調査を続けた。そうでしょう?」

「……はい。相手が魔人、または上位ランクのアイテム保持者であれば、擬装し素性を隠している可能性がありますので」


 そう、一連の張本人は高レベルである可能性が高い。そんな相手を上辺で判断する訳にはいかない。

 エレレは引き続き件の男の行動を探った。

 すると間もなく、有力な情報が得られる。

 男はその日、ある人物と一緒に行動していたのだ。


「コルト君?」

「はい。街中で働いている子供です。お嬢様も外出時に見かけているはずです」

「そうね、覚えているわ。十歳ぐらいの結構可愛い子だったわよね。仕事というのは?」

「簡単な仕事を手伝う何でも屋です。街案内なども行っており、ウォル老師とも顔見知りのようです」


「――――つまり、初めて街に来た男を案内していたコルト君が、男からアイテムを売って金にしたいと相談を受けたので、ウォル様の店に連れて行った、という流れになる訳ね」

「ご推察の通りだと思われます」

「うん、状況証拠としては十分ね。もうその男で間違いないってくらい、話が通るわね」

「同感です」


 むろんメイドの卓抜した推測や行動力が実を結んだ結果である事は、お嬢様も分かっている。

 だが、迷うことなく一発で当たりを引くとは少々拍子抜けであった。


「簡単に分かってしまうと、逆に犯人じゃないのかもと疑いたくなるわね」

「……お嬢様、彼は別に犯罪者という訳ではありません」

「あら、そうだったわね。いつの間にか犯人捜しをしている気分になっていたわ」


 思い込みの激しさは、ソマリの短所の一つである。

 そして短所が多い事が最大の短所であった。


「ワタシ達は最初から薬の出元が老師だと知っており、街の事情にも詳しいのです。余所者が特定するのは難しいと思います」

「そうね。ウォル様ならどんなアイテムでも上手く捌くでしょうし、通常なら入手先が掴めないでしょうね。大きなヒントがあった今回は特別という訳ね」


 運が良かったと言うより、彼女達の行動はイレギュラーだったのだろう。

 件の男にとっても、ウォルにとっても、そして彼女達自身にとっても。


「それで、最後は直接観察したのでしょう?」

「はい。ですが…………」


 ここで初めて、エレレは言い淀んだ。

 それはほんの僅かな間であり、ソマリさえも気にする程ではなかった。


 ……メイドは淡々と報告を続ける。



「結論から言いますと、彼が魔人である可能性は無いと思われます」

「確かに魔人とする確証を得るのは難しいでしょうけど、反対に人間と特定出来るような理由でもあるの?」

「……はい。彼は、余りにも人間くさいのです」


 それが数日に渡って男を観察し続けた結論であった。

 とにかく観察対象は、人間らしさが強かった。

 街並みを無邪気に楽しみ、食事をしては不味そうに顔をしかめ、連れの少年をからかっては楽しそうに笑う。露出の多い女性と擦れ違えば下品な笑みを浮かべ、男性には素っ気なく接し、子供には引きつった笑みで対応する。

 その一つ一つの仕草は、長年俗世で生きてきた者以外が真似出来るような俗物ぶりではなかったのだ。


「率直に言いまして、観光を楽しむただの中年男にしか見えませんでした」


 しかも、だらしない部類に入る冴えない中年男、である。


「それに、今まで確認されている魔人は全て女性です。王都も魔人は全て女性である可能性が高いと結論付けています。いくら擬装したとはいえ、女性があのような中年男性独特の行動を真似る事が出来るとは思えません」

「色んな魔人が居るとはいえ、日常の行為が偽装可能な範囲を超えていると言う訳ね。観察力が確かなエレレが魔人ではないと判断したのなら、間違いないのでしょうね」


 実際のところ、ソマリも魔人の仕業だと本気で信じていた訳ではない。

 可能性を感じたのも確かだが、今回の偵察はその僅かな最悪の可能性を消し去るための確認だったのだ。



「まあ、良かったと喜ぶべきでしょうね。少し残念な気もするけど」

「――――はい」


 主人の意見に同意しつつ、しかしメイドは自分の感情を隠すのに努めていた。



「でも、だとしたら件の男は、どうやって高ランクの解毒薬を手に入れたのかしら?」

「……おそらく、ですが、特殊な魔法の使い手だと思われます」

「例えばどんな魔法なの?」


 魔法は誰もが使える力である。

 イメージを根源とするため、通常は火や水などの目視可能な自然の力を真似る形で発現するのだが、目に映る現象に依存しない特殊な使い方も可能だ。

 大半は技術や魔力量の問題で成功しないのだが、ごく稀に特殊な魔法に特化し実用レベルまで昇華させる者も居る。


「今回のケースでは、例えば姿を消す魔法、転移する魔法、ダンジョンの宝物を探索する魔法などが考えられます」

「宝箱! そうね、魔物を倒さずとも高ランクアイテムを手に入れる方法があったわね!」


 世界各国に点在するダンジョンに眠る宝箱には、貴重なアイテムが隠されているのだ。


「確かに魔物を避けて宝箱だけを見つければ、レベルが低い人でも貴重なアイテムを手に入れる事が出来るわねっ」

「はい。そういったダンジョン探索を専門とする冒険者が居ると聞きます。危険性は高いのですが、その分実入りも大きいのでしょう」

「なるほどね。危険には違いないけど、高ランクの魔物と戦うよりは可能性が高いと言う訳ね」


 魔物は強力な戦闘能力を持つが、その特性はパワーと耐久性が目立ち、知略や俊敏性に優れたタイプは少ない。

 このため、如何に高ランクの魔物が相手であろうと、ある程度逃げ回る事は可能なのだ。


「特殊な魔法、ね。エレレの偵察に長けた能力もそうなの?」

「ワタシの隠伏能力は魔法とスキルの合わせ技ですが、特殊な魔法と称しても差し支えないでしょう」

「それで件の男もダンジョン探索向けの特殊能力を持っていると言う訳ね」

「はい。……実際に見た訳ではないので、あくまで推測ですが」

「それでも魔人が化けている可能性よりは、ずっと現実的な推測だとエレレは結論付ける訳ね」

「――――はい」


 エレレは僅かに逡巡したあと、強く頷く。

 それは主の言葉を肯定するというよりは、自らに言い聞かせるかのような自認に近かった。


「分かったわ。とりあえず差し迫った危険はないと判断しましょう。件の男の事は、しばらく静観。見かけても遠くから観察する程度。それと直接の関係有無に関わらず、街で変わった事が起きていないか情報収集しましょう」

「承りました」

「それに、冷静に考えたら状況証拠ばかりで、実際に薬を売った確証がないわ。せめて物証が見つかるまでは、あくまで第一候補として適度に接しましょう」

「……はい」



 こうして、一先ずの調査と報告は、終了する運びとなったのである。






 ――――メイドが、意図的に報告しなかった事実がある。



 件の男が魔人ではないという見解に偽りは無かった――――が、それは魔人と同等の力を持つ存在である可能性を否定した事にはならない。


 男は、いつも同じように、笑っている。

 まるでそれが、本心を隠す仮面であるかのように。

 外面では、本質が掴めないのだ。


 ……だから、仕事熱心なメイドは、独断で男の本性をも探っていたのである。



 この件における本性とは、すなわち上位ランクの魔物を倒せる戦闘能力の有無だ。

 エレレは執拗につけ回した。自分を上回るレベルであれば、気配に気づき何らかの行動を起こすはず、と見込んで。

 尾行を続けるにつれ、男の趣味や性的嗜好が顕わになっていったのだが、確信に至る証拠は掴めないままでいた。


 証拠が無いのであれば、無関係、または無害と断ずればよいのだが、彼女は判断を保留し続けた。

 状況から緑色の服を着た男がこの件に関わっている可能性は高い。反して、とても上位アイテムを保有するものの行動とは思えない。

 その不気味な齟齬感に焦った彼女は、我慢しきれず強硬手段に出る。


 のらりくらりと避けられるように、男は反応を示さない。

 だったら、無視出来ない挑発を――――背後から全力で殺気を放ってみてはどうか。

 レベル30を超える猛者の強烈な殺気を叩きつける事で、どの程度反応するのかを確認し、相手の力量を見極めようとしたのだ。



 …………それでも、渾身の挑発を行っても、男は何の反応も示さなかった。


 だからエレレは。

 最初、危険性はないと安堵し。

 次に、レベル25にしては鈍すぎると憤り。

 最後に、――――その可能性に至り愕然とした。


 レベルが高くなるほどに、僅かな殺気を掴む事が出来るようになる。

 低レベルの者も強い殺気には反応を示す。

 現に男の近くに居た者は皆、エレレの強烈な殺気を感じ反射的に飛び退き驚いていた。


 ならば何故、中堅の力を持つはずの男が反応しなかったのか。

 意図的に無視したのだろうか。


 ……無理だ、とエレレは否定する。

 仮に彼女が格下のレベル10の者から殺気を受けた場合、反射的に身構えてしまうだろう。

 しかし、もっと下のレベルであればどうか。

 レベル5程度の子供であれば、どんなに背伸びして凄んで見せても笑って流す事が出来るだろう。


 それはつまり、レベル30と5の絶対的な差。

 単純計算にして6倍もの差があるということ。

 …………エレレのレベルは32。その6倍は200に近い。

 それは、人類を凌駕する最高ランクの魔物どころか、その上位に君臨する魔人さえも凌ぐ理解を越えた強さ。



 ――――そんな突拍子もない可能性を思い付いてしまい、彼女は愕然としたのである。


 自分の殺気をそよ風の如く受け流す存在を後ろから見つめ、エレレは身動き一つ取れない。

 ……もちろん唯の憶測である。

 エレレを基準とした強引な計測に基づく話であり、単純に鈍感である可能性の方がずっと高いだろう。

 常識的に考えれば。


 彼女の主人が、通常なら一笑される魔人の可能性を懸念したのは、最悪の事態を考えての事だった。

 これは経験上、エレレも身に染みている。

 最悪の事態に備えておけば、あらゆる事態に対応出来るからだ。少なくとも、動揺せずには済むだろう。


 だが、無駄と揶揄されるほど疑い深いお嬢様も、『魔人と同等以上の力を持つ人が存在する可能性』を想像する事は出来なかったのだ。


 同じ人族だからと安心していいのか、はたまた魔人をも上回る最悪のケースなのか、エレレは判断しかねる。

 人だから味方、という甘い考えは危険なのだ。

 人類と魔族との抗争が激化している今でこそ、人同士の大きな諍いは表立って行われていないが、裏では陰謀や暗殺に形を変え衰えることなく続いている。

 その醜悪で厄介極まりない悪意を持つ種族こそが人だと知っているエレレにとっては、人類の敵であっても立場がハッキリしている魔族の方が扱い易いとも考えられるからだ。


 …………憶測、全ては憶測だ。

 証拠など一つもない。妄想と切り捨ててもいい程の戯言だ。



 ――――だから、お嬢様には報告すべきではないと、メイドは判断した。


 こんな現実味の欠片もない話をしても混乱を招くだけ。

 ……珍しい出来事が大好きなお嬢様は狂喜乱舞するかもしれないが、それでは厄介事が増えるだけ。

 それに、それが真実であったとしても、自分達に出来る事など無いのだ。


 此処まで考え、ようやくエレレは、ウォルが静観している理由に気づく。

 …………それが最善の方法なのだと。


 件の男は年齢に反し、思考や行動の幼さが目立つ。

 気まぐれが過ぎるのだ。

 そんな不安定な者を相手に、接触して刺激するのは逆効果になりかねない。

 とはいえ何時までも野放しにする訳にもいかない。



 ――――目が離せない、もとい、お守りする相手がお嬢様と謎の男の二人になってしまったメイドは、深い深いため息を吐いた。




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