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死蔵喰らいと緑色の宝石 7/7




 王とは、英雄。

 王政とは、英雄への称賛。

 王族とは、英雄の、ただの子孫。

 今となっては、残滓ともいえない、害悪。


 そんな彼らの統治が曲がりなりにも続いているのは、魔族の存在が大きいだろう。

 人類を圧倒する天敵を前にしては、多少の歪みあれど、絶対君主の下で一致団結が不可欠。

 隣接する他種族との仲が保たれているのも、魔族あってこそ。

 加えて、王族の特権である最高ランクのアイテム独占と、視察や招宴の名目で行使されるアイテムの接収。

 慣例的にたくさんの高ランクアイテムが集まることで、王族の力は維持されてきた。

 討ち滅ぼすべき敵の存在で成り立つとは、何という皮肉であろうか。


 偽りの御旗。偽りの統治。偽りの平和。

 偽りなれど、平穏に違いなく、歪だけど、丸く収まっている。

  

(この鮮やかすぎるほど鮮やかな、楕円形の宝石アイテムのように)


 視察する先で、地域の有力者たちから献上される宝石――――魔族が生み出した偽りの宝石を、満面の笑顔で受け取りながら、少女は思う。


 円とは、輪にして和。

 一つに繋がり、全てを包み込み、角が立たない、人の和を現す形。

 だけど、歪んでいる。

 まるで、抗えない力で左右から握りつぶされているかのように。


(魔物が落とす宝石アイテムの形が全て楕円形なのは、そんなメッセージが込められているから……)


 さすがに考えすぎだと思うが、そう考えずにはいられない。

 生活から戦闘まで、様々な場面で役立つアイテム。

 その中で唯一、実用性の無いアイテムが、宝石。

 さらに宝石アイテムだけは、形が単純な楕円形オンリーで、多様性がない。

 何らかの意図が隠されていると考えるのも、当然。

 

 だけど、誰も疑問を抱かない。

 それは、王族に対しても、同じ。

 現在の横暴さに不満は抱いても、王政そのものは疑問視しない。

 一度成立してしまった状態を引っ繰り返すのは、それほど大変なのだ。


(希望が、欲しい。希望の、光が……。円の鎖を突き通すような、鋭い光の矢がっ――――)


「――これ、は?」


 思わず、笑顔以外の感情が漏れてしまった。

 異変に気づいた周囲の者たちが、騒ぎ出す。 


 目の前で跪くのは、高級なれど嫌味の無い実用的な衣服に身を包む、大商会の長。

 目の前に差し出されたのは、自分自身が希望した、宝石。

 これまで幾人もの有力者から献上された品と、同じ。


 だけど、違う。

 宝石だけど、アイテムではない。

 長い長い時間を経て、大自然が生み出した原石。

 比べて短い時間だが、その一点だけに集約された技能と情念。

 その双方が揃って初めて精製される、天然にして人工の結晶。

 

(美しくも、力強い、光の、矢)


 緑色の宝石を目にした瞬間、珍しい形状よりも先に、その内側で光り輝く矢が心を射止めた。

 宝石を上から見た際に現れる、光模様。

 東・西・南・北と、北東・北西・南東・南西の、八つの方位を射す、八本の矢。


 この場にいる、誰一人として知る由もないが……。

 それは、光学的理論を取り入れ最高の輝きが得られるよう考案されたラウンド・ブリリアント・カットにおいて、シンメトリーが特に優れ形状が合同一致した際に、計算し尽くされた反射と屈折が形成する光。

 秘められた愛を、永遠の愛へと成就させるため、愛の使者であるキューピッドが放つ、光の矢。

 

「……初めて見る、宝石です。詳しく、教えていただけますか?」


 視線を釘付けにしたまま、教えを請う少女に向かって、大商会の長は、意気揚々と口を開く。


「はい。この天然の宝石こそは、高ランクの魔物が徘徊する山奥に眠る原石を使い、最高の宝石職人が昼夜を分かたず丹精込めて磨き上げた最高傑作。美しく澄んだ緑色に輝く宝石の名は、エメラルド。最高品位で理想的な輝きを追求した造形の名は、ブリリアントカット。そして、エメラルドの宝石が象徴する言葉は、愛と、幸運と、希望でございます」


 人の手で生み出された結晶。

 内包する一条の光にして、円環を貫く鋭利な矢。

 緑に込められし想いは、希望。


(件の旅人も、緑色の髪と服であったと聞く。この都市は、彼が住む街とは遠く離れているから、ただの偶然? ……それでも、希望の光は、確かにある!)


 王族への叛意を汲み取ってくれた、商人。

 危険を冒してまで原石を手に入れてくれた、冒険者。

 人の手が生み出す無限の可能性を示してくれた、宝石職人。

 そんな彼らに尽力してくれた、協力者。

 

(古く腐った体制に頼らなくても、やっていける)


「強い想いが込められた贈り物、大変嬉しく思います。……普段使いしても構わないでしょうか?」

「そうしていただくと、職人も喜ぶことでしょう。……これからもご入用の際は、何なりとお申し付けください」



 こうして、王族による視察は、つつがなく終了した。

 大都市を治める貴族をはじめ、各ギルドの代表、大手企業の会長など、有力者がこぞって地域特産物と称したお土産を献上したのだが、唯一説明を求められたのは、最も安価で、最も手間暇をかけた、天然の宝石。

 魔力を帯びぬ、たかが石っころなれど、彼女が興味を示したこの日を境に、価値は一転するだろう。


 結局のところ、意味を見出し、価値を決めるのは、誰かの都合に過ぎない。

 絶望に駆られた者が、何に対してでも希望を抱いてしまうのと同じ。

 弱った心が見せる、一時の幻想。


 それでも、人の心が価値を決めるように、偽りの希望であっても、心の支えになる。

 思惑や切っ掛けはどうであれ、結局は本人次第なのだ。


 戦乱の中、強く輝く英雄が誕生し、かつては、希望の光であった王族。

 光を失い只人に戻りつつあるその末裔が、また同じように得体の知れない希望に縋ろうとするのも、当然の回帰であるのかもしれない。


 


 ◇ ◇ ◇




 今はもう幻となった緑色の宝石の原石を探し出すという、最初は無茶振りに思えたものの、案外簡単に片づいた死蔵案件から、数ヶ月後。

 困り眉が似合う美人受付嬢に、事の顛末を教えてもらった。

 と言っても、古い時代の宝石を復刻させるため、程度しか聞かされていなかったので、褐色の肌が色っぽい宝石職人の手で無事に完成し、その最終的な所有者も満足したらしい、ってだけの話。


 それでも、受けた仕事がちゃんとした成果に繋がったのは、悪い気分ではない。

 たとえ、その成果の報酬がバカ高いのに、俺には案件の報酬以外に一銭も入らないとしても。

 それが、会社の駒として働くってこと。

 あー、いい仕事したわー、達成感ないけどー。


「クロスケ様、これは宝石職人のファイアさんからお預かりした例の宝石です」


 そう言いながら渡されたのは、木箱に入った緑色の宝石。

 なんぞこれ? 

 ……ああっ、そうだったそうだった。

 冒険者ギルドから受けた仕事の報酬とは別に、宝石職人のお姉さんのご厚意で、成果物をお一つ頂戴する約束をしていたことを思い出した。


 積極的な彼女との会話の流れ的に選択した、もう一つの報酬であるが、正直扱いに困るんだよなぁ。

 俺が宝石アイテムを集めているのは、ただ単にアイテムの一種だから、という理由に尽きる。

 美術系の才能を持たず、さして興味も抱けず、何より冴えないおっさんが普通の宝石を持っていても、使い道が無い。

 これぞまさに、豚に真珠。

 誰が豚やねん!


「ふむふむ、ブリリアントなエメラルドの実物を拝見したのは初めてだが、見事なものでござるなぁ」


 無用の長物であるが、受け取らないのも失礼なので、力加減を間違えて破壊しないよう恐る恐る指で摘まみ上げ、しげしげと眺める。

 美的感覚に欠ける俺だが、それでも見事に仕上げられた逸品だと感じる。

 宝石アイテムはシンプルな楕円形なので、比較するとブリリアントカットの複雑怪奇さが際立つ。


 これって、本当に人の手で成しうる造形なのか?

 いつも料理にばかり注目しているが、地球の製造物はどれも変態じみている。

 特に、見た目の美しさ。

 物の姿は、最初にインプットされる情報なだけに、拘りが半端ない。

 それだけに第一印象で大半が評価され、差別や偏見なんかも生まれるんだろうけどな。

 人は見た目が9割と言われるように、外見で最も軽視される代表格の中年男としては、身につまされる話である。


 自虐ネタはこの辺にして、実際問題、この緑色の宝石、どうしたものか。

 飾る場所なんて無いし、個人的に楽しめる素養も無いし、渡す相手もいないし。

 非モテな中年男の悲しい現実だなぁ。


「…………」


 おや?   

 困り眉が麗しい受付嬢が、いつも以上の困り顔で、俺の方をじっと見ている。

 正確には、俺が持っている緑色の宝石を見ているようで……。

 視線と同時に、何故かプレッシャーも感じられて……。


 ブオンッ!――といった機械音を立て、目の前にウィンドウが表示された。

 いやまあ、実際は俺のゲーム脳が作り出した脳内選択肢なんだけど。

 昨晩、眠気が襲ってくるまで、古き良き時代のエロゲーをやっていた後遺症が残っているようだ。

  

 選択肢は、【受付嬢に宝石をプレゼントしますか? →YES NO】。

 うーん、シンプルすぎる。

 もっと他に、抱きつくとか服を脱がすとかπタッチするとか、大人向けの楽しみは選べないものか。

 俺の脳内が作り出しただけあって、ヘタレな選択肢である。


「あー、そのー」

「…………」


 単純で正反対な二択だが、これって本当に選択の余地は残されてるの?

 こんな選択肢が出てきた時点で、正解はもう決まってるんじゃないの?

 俺が考えるべきは、どんな言葉を添えるか、だけ。


「じ、実はっ、最初っから受付嬢殿にプレゼントするつもりで、作ってもらいました! でござる!!」


 そう言って、緑色の宝石が入った木箱を、両手で持ちながら、勢いよく差し出す。

 先ほど受け取ったばかりの品を即座にお返しするとは、滑稽にも程がある。

 だけどその方が、似非忍者を気取る道化師には相応しい。

 

「――――っ。……ありがとう、ございます」


 俺が選んだ選択肢は正解だったようで、彼女は少し戸惑うような素振りを見せつつも、抱きしめるように受け取ってくれた。

 こんなに心臓バクバクしたのは久しぶり。

 もしも拒否されていたら、一生自虐ネタに困らなかったかも。

 そういう意味では、ばっさり断られた方が面白かった気もするが……。


 まあ、実際のところ、ドギマギしているのは非モテのおっさんだけで、ギルドの花形である受付嬢の中でも人気が高い彼女の方は、野郎からのプレゼントなんてもらい慣れているのだろう。

 業務の一環だとしても、拒否せず受け取ってくれた気配り上手なお姉さんに感謝感謝である。



 数十年の時を経て、グレードアップして復活した緑色の宝石。

 鑑定アイテムで表示される正式名は、何故か「エメラルド」のまま。

 俺のイメージカラーが緑色なこともあって、手放したら手放したで惜しいと感じてしまうが、より相応しい持ち主に使ってもらう方が道具も喜ぶというもの。


 俺のような独身のおっさんにとっては「豚に真珠」だとすれば、受付嬢のような若くて美しいお嬢さんにとっては「水を得た魚」、もしくは「鬼に金棒」だろうか。

 「鬼に金棒」とは物騒な例えなのに、ピッタリな表現だと感じてしまうのは、何故だろう?

 その金棒で、いったい誰に、どんな攻撃を仕掛けるのだろう?

 似たような意味合いなのに、使う言葉の違いで印象も大きく違ってくるのは、日本語特有かもしれない。


 言葉といえば、緑色の宝石ことエメラルドの石言葉って、何だっけな?

 原石を採掘した時に、宝石職人のお姉さんと話したような気がするが、忘れしてしまった。

 綺麗さっぱり忘れているってことは、どうせ俺には一生関係の無い言葉だったに違いない。

 

 まあ、美女に宝石をプレゼントして受け取ってもらうという、冴えないおっさんには起こりえないはずのSSSレアイベントに恵まれたのだから、俺個人への追加報酬としても十分すぎるほどだ。

 アイテムならともかく、天然の宝石を誰かに手渡しするだなんて、もう二度とやんないだろうからな。

 たとえ、キャバ嬢への貢ぎ物と同じで、陰で嘲笑されながら速攻で質屋に流されたとしても、男として満足である。

 せめて、質屋の買取額が高いことを祈るばかり。


「こんな風に経済は回っているのだろうなぁ……」


 たらい回しされる、自分と同じ色の宝石の行く末を考えていたら、虚しくなってきた。


 あーあ、こんな愛も希望も無い世界なんて、誰かぶっ壊してくんねーかなぁ。




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