死蔵喰らいと緑色の宝石 6/7
「そういえば以前から疑問だったが、アイテムの宝石は種類が少なくて特別な機能も無いのに、何故天然石よりも高価なのでござるか?」
「一番の理由は、やっぱり希少価値だよ。そもそもの話、宝石というジャンル自体が稀少性を売りにしているからなー。後は、魔法で創られているためか、硬度がやたらと高い。それにへこみ一つ無い完璧な楕円形。人類の技術じゃ、あそこまで研磨するのはまだ難しいんだよ」
「なるほどなるほど、言われてみれば確かに円形ばかりでござるな」
「あっ、あんたそれっ、本物の宝石アイテムじゃないかっ。しかも、そんなにたくさん……って、もしかしなくてもっ、全種類が揃ってるんじゃないのかっ!?」
目標物を無事確保した後、談笑する冒険者の両手の上には、いつの間にか様々な色の宝石が乗っていた。
気楽に外で晒していい価値ではないし、人一人が持ちうる価値でもない。
「拙者はこれでもさすらいの冒険者。ギルドからの依頼以外でも魔物と出くわす機会が多い故、集まりやすいのでござるよ」
「いやいやいやっ、宝石アイテムは高ランクの魔物じゃないと落とさないし、そんな数が偶然集まるわけないからっ」
「拙者の数少ない趣味は、全てのアイテムを揃えることでござる」
「いやいやいやっ!?」
宝石アイテムを敵視しているファイアであるが、さすがに無視できない。
装飾品の中で最上位とされる貴重品が無造作に扱われる様子を見ると、複雑な気持ちになってしまう。
「――――」
それは、比較的アイテムを見慣れているミランダも同じだったようで、目を見開いて凝視している。
「ふむふむ、男である拙者には今一つ価値が理解できぬが、やはりお嬢様方は宝石がお好きでござるなぁ。花より団子より宝石でござるなぁ」
「「…………」」
男女の違いで片づけていい問題ではないが、当の本人に自覚がない以上、言及しても無駄であろう。
最難関の依頼をあっさり完遂する冒険者ならではの感想かもしれない。
「話を戻すと、希少性だけがアイテムと自然石の価値の違い、でござるか?」
「あたしに言わせりゃ、それに尽きるよ。宝石アイテムは現存する数の少なさはもちろんのこと、入手するためには命懸けで高ランクの魔物を退治しなくちゃならない。こういう評価は好きじゃないが、命懸けの仕事に高い価値が付くのは、当然と言えば当然だよ」
「拙者の地元でもお猿さんが描いた抽象画にとんでもない高値が付いていたでござるからなぁ。本物の金持ちにとっては、金を無駄に使うことこそが趣味なのかもしれないでござるなぁ」
「「…………」」
女性二人からの「お前が言うな」という視線には気づかず、黒装束の冒険者は話を続ける。
「しかし、希少性が一番であれば、天然石にもやりようはあるのでは?」
「……どういうことだ?」
「アイテム産の宝石は、シンプルな円形だけ。ならば天然石は、もっと工夫を凝らした多角的なカットで勝負すれば、差別化が図られて価値も見直されるのでは、と愚考するでござるよ」
「多角的なカット? それは三角形や四角形とは違うのかよ?」
「もっと複雑で、宝石の魅力を最大限引き出すため無駄にカットしまくった、贅沢極まりない形でござるよ。もしかしてこの地域の天然石は、あまりカットしないのが普通でござるか?」
「宝石は硬いし少し間違っただけで粉々になっちまうから、元の形を基本に整えたり丸く研磨するのがやっとだ。……そんな複雑な形に研磨した宝石が、本当にあるのかよ?」
「百聞は一見に如かず。故に現物をお見せしよう……、と思ったけど、拙者には天然石のストックなんてなかったでござる。あーあ、非モテな独身中年男の弊害が仕事中にも出てしまうとは、世界は残酷でござるなぁ」
「何でもいいから早くっ」
「あ、はいっ。……よし、ならば絵に描いてみるか。テレビでよく見るダイヤモンドの形は、たぶんこんな感じだったと思うでござるよ」
そう言って男は、懐から取り出したスケッチブックにさらさらと筆を走らせ、それをくるっと裏返す。
そこには、上から見ると円形、横から見ると台形と三角形を合わせたような宝石が描かれていた。
「な、なんだ、これ……? こんな形の天然石が、本当に人の手で作れるのか……?」
「残念ながら拙者は、宝石業界とは最も縁遠い存在故、書物で得た知識以上は承知しておらぬが、魔法もスキルも使わず、人の手だけで作られたのは間違いないでござるよ」
「まじ、なのか…………」
「拙者の地元では、やたらと細かい作業に情熱を燃やす職人が多かったでござるからなぁ」
男が描いた宝石の形は、地球において長い長い研磨の歴史を経て辿り着いた完成形であった。
テーブルと呼ばれる最上部から最下部のキューレットに至るまで、実に五十以上のカット面が施され、一つの傑作品を形作っている。
紙に描かれた絵だけでは伝わりにくかったが、宝石職人の中でも珍しい光魔法を使うファイアの目には、複雑かつ緻密に計算された光の輝きが感じ取れた。
「この複雑な形には、どのような理由があるのでしょうか?」
絵だけでは輝きを読み取れないミランダが、もっともな疑問を投げかける。
確かに美しいのだが、あまりにも複雑すぎる。
完成させるためには、恐ろしいほどの作業時間と集中力、そしてカット面の多さに伴い原石の半分以上を捨てる羽目になるため、とても労力と価値が釣り合うとは思えない。
「ふむ、拙者の中に眠る漫画知識を呼び覚ますに、宝石が放つ輝きとは、全体の輝きと、内包する光の分散と、鏡面反射といった三要素のバランスが肝要。それを究極まで追求した結果の理想的な形が、これでござる」
「外の綺麗さだけじゃなく、内側の光?」
「形状が完璧に合致すれば、愛の象徴であるハート形の光さえ浮かび上がる。外面は生まれた時からある程度決まっているが、内面は確固とした執念によって磨き上げられる。それは、宝石も人格も同じ。……って、どうして拙者は、最も縁遠いはずの宝石や愛について熱く語っているのでござろうなぁ」
「光が、形になる?」
後半の解説はよく分からなかったが、宝石の本当の輝きは、人の手で作り上げることができるのだと、ファイアは知った。
これまでは表面上の美しさだけに囚われていたが、独特の透明感を持つ宝石は、内包する光を磨いてこそ本領を発揮するのだ。
「名前」
「んん?」
「この宝石の形に、名前はあるのか?」
「ええと確か、柴田純刑事の有名な台詞だったような……。『なんじゃこりゃあ』ではなくて女性の方の、『ブリリアント!』そう、『ブリリアントカット』だ! うん、たぶん!」
「いいじゃねーか! 豪華で上等な名前じゃねーか! よーし決めたぞっ! あたしはこのブリリアントカットでエメラルドを仕上げてやる! 絶対にこのカットをものにしてみせる!!」
ファイアの頭の中に、究極に輝く緑色の宝石が浮かび上がる。
仕事で手を抜いたことはないが、いつも物足りなさを感じていた。
天然石のポテンシャルは、こんなもんじゃないと思っていた。
宝石は、もっと美しく、もっともっと輝けると信じていた。
ついに、ようやく、理想に相応しい頂きを見つけたのだ。
「……あー、でも、こんだけ複雑で綺麗にカットするには、研磨工具も上等なヤツを揃えないとなぁー」
「硬度が高い工具が必要であれば、宝石アイテムを提供するでござるよ?」
「簡単に言うなっ! 価値が高い宝石アイテムを砕いて価値を無くしてまで価値が低い天然石をを作る馬鹿がどこにいるんだよっ!? ……それに、あたしは、アイテムの力に頼りたくねーんだよ」
「職人特有のこだわりというヤツでござるな。では、人類の魔法を使って、既存品の硬度を上げてみては?」
「魔法で、硬度を、上げる?」
「たとえば、武器屋に売っているこの普通のナイフに、魔法で創った付与紙をぺたっと貼り付けて、『硬くなれ~硬くなれ~』と念じるとあら不思議。アイテムに匹敵する切れ味と耐久性を持つ付与道具の出来上がり、でござる」
「………………」
魔改造されたナイフを手渡しされたファイアは、怒鳴りたい気持ちを必死に堪え、足元に転がっている岩石に向かって振り下ろしてみた。
「……おいおいおいっ、野菜を切るみたいにすっぱり切れちまったじゃねーかよっ。しかも、刃こぼれ一つしてねえ。その道具を強化する商品は、いったいどこに売ってんだよっ? それこそがアイテムじゃねーのかよっ?」
「拙者が個人的に依頼している特注品故、非売品でござる。それにこれは、付与魔法の応用故、アイテムではなく一般的な人の技術でござるよ」
「どこが一般的なんだよっ!? ……でも、アイテムじゃないなら、それで構わねえ。その強化道具は、あたしにも売ってくれるのか?」
「お近づきの印に進呈するでござる。ただ、拙者以外では起動できない代物故、この後にでも工房にお邪魔して研磨工具に付与を施すでござるよ」
「くははっ、アイテムを簡単に使い捨てするヤツは、言うことが違うねぇ。初めは真っ黒で辛気臭い男だと思ったけど、ずいぶんと男気があるじゃねえかっ。遠慮なく使わせてもらうよっ!」
歓喜したファイアは、勢いのまま突進して黒装束の冒険者に抱きついた。
男は、「おっとっと」とわざとらしくよろめき、満更でもない表情で頭を掻いている。
「……意気込みは大変素晴らしいと思いますが、最高峰の原石とカット方法と道具が揃ったとしても、理想通りに研磨するには相応の研鑽が必要なはずです。しかし、時間は限られていて、試作を繰り返すにも原石の数が足りませんよ?」
お熱い二人に対し、底冷えするような声で、ミランダが冷静な意見を挟んでくる。
「こちとら上等な夢心地だったのに、現実に戻すんじゃねーよ」
「現実的な対処法を模索することが、私の仕事ですから」
水を差されたファイアは憤慨するが、もっともな忠告に反論できない。
新しい技術を習得するためには、それに見合うだけの時間と犠牲が必要。
腕前や覚悟が揃っていても、失敗が許される材料が不足していては、技術の確立は困難。
特に彼女が目標とするブリリアントカットは難易度が高く、しかも宝石は種類別に硬度や癖が違ってくるので、使い捨てが許されるエメラルドの原石が大量に余ってでもない限り、短期間での目標達成は不可能と言わざるをえない。
……だが、繊細で深刻な悩みは、力業で強引に解決してしまう場合もある。
そして、今まさに、その力業を大得意とする人物が目の前にいた。
「要するに、エメラルドの原石がもっとたくさんあれば解決する話でござるな?」
「クロスケ様のおっしゃるとおりですが、単純に原石を多く採掘すれば済む問題ではありません。埋蔵されている原石の数には限りがあるので、この度の計画が成功した後の発展を望むのであれば、練習用に使い捨てる余裕は無いのです」
「では、初めから練習用に用意した原石もどきがあればいいのでは?」
「それはそうだけど、特性がかけ離れた石だとあんま練習になんねーんだよ。特にエメラルドの原石は、内包物が微細で含み割れが出やすくて研磨が難しいって聞いたことあるし」
「偽物の扱いなら似非紳士にして似非忍者の拙者にお任せあれ! 忍法、分身の術!!」
黒装束の冒険者は、両手の人差し指を合わせたポーズを取ると、次の瞬間、その身を三体に増やした。
魔法と体術を融合した幻術だが、一般人には本物と偽物の見分けがつかないほど高度な術であった。
「このように分身の術を使うと、拙者本人だけでなく、着ている服や持っている道具も増えるのでござるよ」
「…………」
「故にこの術を応用すると、はい、このとおり、物体をいくらでも増殖可能でござるよ」
「…………」
何でもないことのように、とんでもない説明を終えた男の足元には、実際に増殖されたエメラルドの原石が、無造作にゴロゴロと転がっていた。
それはもう、数え切れないほど、大量に。
「この偽物は、本物と全く同じ構造だけど、忍法で一時的に増やしているだけなので、一か月もすれば消えて無くなる欠陥品でござる。だが、欠陥品だからこそ失敗を気にせず思いっきり試せるが故、こんな状況にはぴったりな術でござろう」
男の説明には嘘が交っていたが、それに気づける者はいなかった。
増殖させる技術やその偽物の完成度が嘘なら問題だが、一か月の期限が嘘で、本当は無期限だなんて、意味の無い嘘に気づけるはずがない。
今回のケースでは、期間は短くても問題なく、使い捨てても問題ない原石が無数にある事実だけが重要だからだ。
「――――おいっ、おいおいおいっ、あんたっ、上等の中の上等かよっ!!」
「えへん、よく言われるでござるよ」
「…………」
テストで満点を取った我が子を褒めるように大喜びする宝石職人と、そんな彼女に再び抱き着かれながら、ママから褒められた子供のように得意げな顔をする冒険者。
そんなバカップルを、受付嬢は憮然としながら眺めていた。
有り余る原石と、宝石の強度を上回る工具と、相性が良い宝石職人。
準備は、十分すぎるまでに整った。
これで失敗しろというのが、逆に難しい程に。
「よっしゃー! 絶対に王族や魔族さえも魅了しちまう宝石に仕上げてみせるぜーっ!!」
「これにてミッションオールクリアでござるな。よかったよかった、でござる」
「そんな不気味な格好なのに、あんたは本当の本当に上等な男だよっ! 世話になりすぎちまったから、お礼しないとこっちの気が済まない。どうだい、筋肉ばかりで宝石みたいに硬い身体だけど、抱いておくかい? 乱暴にしても壊れないから安心だし、こう見えても惚れた男には尽くすタイプだよ?」
「大変魅力的なお誘いだが、仕事の関係者と必要以上に親密な仲になると、経験上ろくなことがないので、遠慮しておくでござるよ。そう、経験上!」
褐色の宝石職人からの情熱的なお誘いに対し、黒装束の冒険者は慣れた様子で流してくる。
本当にそんな経験があるのか、ただのリップサービスだと受け取ったのか、単なるヘタレなのか。
「――――」
男の隣で、笑顔のまま目を見開いている受付嬢の存在も、断る要因の一つだったのかもしれない。
「言い訳臭いが、まあいいかー。その気になったら、いつでも言いなよ。あんたなら、喜んで相手するからよ」
「男冥利に尽きる、でござるよ」
「それは置いとくとしても、ちゃんとした礼の品も渡したいから、他に欲しいものはないのかい?」
「ふむ、何でもいいのであれば、拙者も宝石職人殿が丹精込めて磨き上げた緑色の宝石が欲しいでござるな。むろん、依頼主に渡す品よりも簡単で小ぶりな物でいいので」
「おおっ、そうかいそうかいそうかいっ! やっぱりあんたは、天然石の価値が分かる上等で希少な男だよ!」
ミッションの達成を祝うように、宝石職人の高笑いが晴天の空に響き渡る。
真似するように、黒装束の冒険者も、胡散臭い笑い声を上げる。
そんな中、本来最も喜ぶ立場であるはずのミランダは、一人だけ貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
冒険者ギルドの受付嬢として、自身が知りうる中でも、最難関案件かつ最速達成。
得た報酬は、冒険者ギルド全体を大きく発展させる保険制度。
加えて、大都市でも有数の大商会と、今後注目されるであろう宝石職人との、大きな繋がりもできた。
これほどまでに、予想を遙かに上回る成果が出るのも珍しい。
「…………」
順風満帆のはずなのに、胸の中には、しこりが残っている。
上手く言葉にできないが、あえて言葉にするとしたら、失敗。
仕事とは全く関係ないところで、だけど、明確な、手痛いミス。
「おいおいおいっ、今日は一緒に飲むぞっ! 朝まで浴びるほど飲むぞっ!」
「うむ! 仕事上がりの一杯は格別でござる!」
仕事と能力の相性を判別する、適材適所スキル。
この度の原石探しの案件に不可欠な相性とは、知識や技術だけではなかった。
もう一人の協力者である、黒装束の冒険者ありきの案件。
彼と、そのサポート役に選ばれた彼女との相性が悪いわけがないのだ。
「飲んで飲んで飲みまくって、そんですっきりして、仕事は明日からだっ!!」
「明日のことは明日の自分に任せればいいのでござる!!」
「…………私も、ご一緒します」
ミランダは、自身のスキルが導いた結果に満足する一方で、もやもやとした感情を残しながら、今後は黒装束の冒険者に関わる相手を厳選すべきだろうかと、仕事と私情との天秤のバランスに苦悩するのであった。




