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舞台アイドルのスキャンダル④/鯨に乗った少女




 流れゆく景色。

 されど、風の動きは感じられず。

 まるで、自転という強制的な動きから切り離されたかのような錯覚を覚える。

 日本に住む現代人はもう慣れ過ぎて感じ取ることはできないだろうが、子供の頃、初めて新幹線や飛行機に乗った時、そんな錯覚の中で、湧き起こる恐怖に襲われたはず。


 だというのに、高速で移動する空飛ぶ絨毯の上で、その恐怖を真っ当に受け止めているのは、ただ一人。


 俺の愛人兼アイドルであるルーネとティーネのネネ姉妹は、何度も経験があるので、もう慣れたもの。

 お菓子とジュースを挟むように座り、流れゆく景色を楽しみつつ腹も満たすという、理想的な旅路を体現している。


 最も恐怖を感じていないのは、新人アイドル三人組の中でダンスを得意とする赤い髪のロート。

 空飛ぶ絨毯の上から地上を覗き込むだけでは満足できなかったようで、胴体にロープを巻き付け、躊躇なく絨毯の上から飛び降り、ぶら下がった状態でケタケタ笑いながら高速飛行を楽しんでいる。

 精神医学用語であるらしい高所恐怖症、の対義語とされる高所平気症、を更に飛び越した高所愉悦症だろうか。


 その狂気に無理やり同行させられているのは、俺の似非妹にして新人アイドル三人組のリーダーでもある青い髪のブラウ。

 ギャーギャーと喚きながらも、その声には歓喜も含まれていて、ジェットコースターに乗っている時のリアクションとそっくり。

 今はまだ恐怖が勝っているようだが、いずれ慣れて好奇心の割合が大きくなるだろう。

 さすが、ノープランで故郷を飛び出し、曲者揃いのチームをまとめる女は度胸が違うぜ。


 ちなみに、この二人の胴体に結ばれたロープの先にある重石は、俺の体である。

 もしも彼女たちが空飛ぶ絨毯から落っこちる時は、俺も一緒ってこと。

 随分と遠回しな無理心中だな。


 新人アイドル三人組のボーカル担当こと黄色い髪のフラーウムは、お師匠様に寄り添いながら、ご満悦。

 最も信頼する相手が隣にいるので安心しているようだが、この娘も強心臓だよな。

 まあ、アイドルなどという自分自身を神聖化させ信者からお布施を分捕る阿漕な商売をやれているのだから、それも当然かもしれない。

 

 前置きが長くなったが、高度を高速移動する高水準の恐怖を純粋に味わっているのは、消去法で残る一人。

 超大型新人のソロシンガーにして、フラーウムのお師匠様であるイライザ嬢。

 俺と同じ三十路超えなのに、若返り薬とレベルアップのお陰で瑞々しい二十歳の姿を取り戻している。

 弟子と並ぶ姿は、以前は母娘だったのに、今では姉妹にしか見えない。

 俺との関係は、金銭を用いた契約を締結していない大人の関係ってところ。

 自分で言っててよく分からんな。


 イライザ嬢は、姿形は全盛期に戻れても、経年劣化した耐性スキルまでは回復しなかったようで、落ちたら即死間違い無しの空の旅を純粋に恐怖している。

 年を食うと、ジェットコースターを楽しむ心より、恐怖する心の方が大きくなっちゃうんだよなぁ。

 高齢になり、死という虚無の状態を、より実感できるようになったからだろう。


 ガタガタと震えながら俺の右腕にしがみつく様子は、外野から見ると萌えポイントだろうが、彼女のアラサー時代の姿がまだ頭に残っている俺からすると、かなり微妙。

 ぎゅむっと押し付けられた乳房の感触がより一層、複雑な感情を刺激してくる。

 せめて、利き腕じゃない左腕にしてくんないかなぁ。

 普段強気なあの子の可愛い姿を見て照れているわけではない、決して!


「フラーウムがもう片方の腕に抱きついてくれたら、俺も素直に喜べたのになぁ」

「ば、馬鹿を言いなよっ。そんなの絶対許さないからね!」


 はいはい、親馬鹿親馬鹿。

 異世界なれど、百合の間に挟まる男は許されないらしい。

 罵倒されながらも右腕は解放してもらえないので、左手で酒が入ったグラスを傾けながら、目的地を目指す。


 そう、本日の旅は、当てのない散策じゃなくて、ちゃんとした目的地がある。

 事の発端は、ジャパニーズポップスをお手本に、歌謡劇の練習をしていた時。

 歌詞の中に出てきた一つの単語が、アイドルたちの好奇心を刺激したのだ。


 その単語とは、「鯨」。

 魚は知っていても、海は見たことない娘さんが多く。

 その程度の知識なので当然、鯨も知らないわけで。

 家よりも大きい魚の存在に、半信半疑ながらも興味を引かれた彼女たちを引率し、慰安旅行がてらに空飛ぶ絨毯に乗って海を目指しているのである。


 鯨は、正確には魚類じゃなく哺乳類なのだが、それを説明しても彼女たちには伝わらないだろうし、鯨という漢字は魚偏だからお魚扱いでいいだろう。

 鯨探しの旅という意味では、港から船に乗って探索するのが正道だが、それだといつ遭遇できるのか運任せで、下手すると沈没する恐れもあるので、こうして情緒の欠ける空の直行便を利用しているってわけ。

 船旅のゆったりした重厚感の代わりに、高い場所から遠くまで見渡せる楽しさが味わえるから悪くないはず。

 同じ高さの目線から眺める水平線も良いが、線よりも面の視点で俯瞰する方が、海の広大さを強く感じるだろうからな。


「だからって、こんなに高いところを飛ばなくてもいいだろっ。人は飛べるようにはできちゃいないんだよっ! 高い所から落ちると死んじゃうんだよっ!? 死ぬと痛いんだよっ!?」


 良い景色を見てもらおうと、ワンランク上な高い視点でのフライトを提供していたのに、空気を読めない一般乗客がクレームを入れてくる。

 恐怖感に襲われ、若返り薬の効果以上に知能が低下しているようだ。

 くっ、ギャップ萌え狙いとは卑怯なっ!


「あー、分かる分かる。年食って大人になると、恐怖感にも耐性がつくと思っていたのに、逆に現実的な死を鮮明に想像できてしまって恐怖感が増すんだよなぁ」

「わっ、私は元から高いところが苦手なんだよっ。だから年は関係ないんだよっ」


 涙目で見上げてくるのは反則じゃない?

 肉体年齢が若返っても、あざとさまで取り戻す必要はないんだぞ?


「仕方ない。お客様の要望を受け、高度を落とすとしよう」

「うぎゃーーーっ!?」


 水平飛行していた空飛ぶ絨毯を一時停止し、そのままゆっくりと90度回転し、目線が合った海に向かって下降開始。

 直滑降するジェットコースターみたいな物だが、アトラクションとは違いどれほど無理な体勢や速度でも、魔法で制御されている絨毯の上は快適なままだから、そんなに騒がなくてもいいのに。


「よーし、これくらい海に近ければ、クレーマーも黙るだろうさ」


 海面の十メートル程上空で停止し、再び水平体勢へと移行し、前進開始。

 船に乗っているのと同じ視界なので面白みに欠けるが、お客様のお望みとあらば仕方あるまい。

 そう、お客様の要望通りにしているのだから、割と本気でぽかぽか叩いてくるのはやめてほしい。

 今時の暴力系ヒロインは忌避されるんだぞ。

 

 見た目だけ若返り系ヒロインのみならず、ロープで釣り下がっていた似非妹からも割と本気で怒られる羽目になった。

 いやー、すまんすまん。

 視界に入っていなかったから、本気で存在を忘れていたよ。

 海面に叩きつけられる前に気づいてよかったよかった。

 赤髪のロートだけは最後まで楽しんでくれたようで、唯一の救いだ。

 

 視界も下がったので鯨を見つけにくくなったが、そこはアイテムを使えばどうとでもなる。

 元より、肉眼で探すよりも広範囲の生命を探索できるアイテムを使った方が遥かに簡単。

 苦労して探す楽しみもあるだろうが、釣りを楽しめないせっかちな俺には無理な話。

 釣った魚は食べてなんぼである。



 そんな人工アトラクションを楽しんでいるうち、黒くて巨大な天然のアトラクションを発見した俺たちは、海面に浮かぶぬるぬるした背中へと着地することに成功した。


 ここでもまた、魔法とアイテムを使い、不安定な足場から振り落とされないよう固定し、海の中でも息ができるようにすれば、豪華な潜水艦へと早変わり。

 潜ったり、浮かんだり、潮を吹き出したり、無慈悲に大量の魚を飲み込んだりと、イベント盛りだくさん。

 無銭乗客たちは、当初はその巨大さに圧倒され及び腰だったが、すぐに金で買えないズートピアの虜となり、キャーキャーと大喜び。


 その様子は、まるで、普通の、若い娘さんみたいで。

 いつも練習場や劇場で気張ってるけど、実際はまだ二十歳にもならない学生なんだよなぁ。

 俺と遭遇していなければ、普通の人生を歩んでいたはずなんだよなぁ。

 十代の貴重な時間を奪ってしまったようで、少しおセンチな気分になる。

 一人だけ例外のアラサーがいるけど、それも含めて、人生とはままならないものである。


 まあ、今更考えても仕方あるまい。

 ここまで関わってしまったからには、もうなるようにしかならないのだから。




 ◇ ◇ ◇




 海で遊んだ後は、海で食事が定番。

 珍しくちゃんとディナーを予約していた俺は、出資している海辺の料理店へと転移。

 興奮冷めやらぬ中で開始された宴会は、大変大盛り上がりで、本日の幹事を仰せつかる身としても大変満足。

 最後まで完璧にエスコートできるとは、俺の似非紳士っぷりも板についてきたようだ。

 この盛り板に付く刺身のようにな!


「お待たせしました! 本日のメイン料理になります!」


 料理長である弟君自らが運んできてくれたのは、一種類の魚を使った複数の料理。

 刺身を始め、大和煮、カツ、竜田揚げ、汁物などなどと、幅広い料理が並んでいる。

 この日この場面に相応しいメインディッシュとして、俺がリクエストしたのだ。


「今日のために特別に用意してもらった料理だ。漁業が中心のこの街でもあまり捕れない珍しい魚だから、存分に味わってくれ」

「へぇ、仕事以外には気が利かないあんたにしては、ずいぶんと手回しがいいじゃなか」


 空の旅から解放され、いつもの調子を取り戻したイライザ嬢が、いつもの憎まれ口を叩いてくる。

 空飛ぶ絨毯の上で醜態を晒した後なので、照れ隠しなのは見え見えだから、逆にツッコみづらいんだよなぁ。


「ふふん、やればできる男なのさ、俺は」

「あんたが言うと冗談じゃなくて嫌みになるから、困ったもんだよ。それじゃあ、さっそく、と……。うんっ、美味いよっ! 柔らかいのに濃厚で、揚げ物にもよく合うじゃないかっ」


「そうそう、生でも揚げても焼いても美味しい魚ってのは案外珍しい。まあ、正確には魚じゃないんだけど。俺の地元でも、海からの恵みとして古くから好まれているんだよ」


「へぇー、なんて名前の魚なんだい?」

「あれ、言ってなかったかな。鯨だよ」


「……なんだって?」

「だから、鯨だよ。ほら、ついさっきまで上に乗って遊んでいた魚だよ」


「…………」

「残念ながら、先ほどの鯨じゃないからそこまで新鮮じゃないけど、先日近くで捕れたヤツだからまだまだ新鮮で美味しいだろう?」


「「「………………」」」


 あれあれ?

 これまで勢いよく食べていたイライザ嬢の手が止まり、俯いて暗い顔をしているぞ。

 どうしたものかと、他の娘に助けを求めようとしたら、俺以外の全員が同様に暗い顔をしている。

 それどころか、ぐすぐすと涙ぐんでいる娘さんもちらほら……。

 その嗚咽から漏れる声は、「くじらさんかわいそう」と呟いている。


 ええっ?

 もしかして、一緒に遊んだ鯨に情が移っちゃったのか?

 ははは、まさか、な?

 だって、牧場で牛と戯れた後に牛ステーキを食ったり、水族館でクラゲを愛でた後にクラゲ料理を食べるのがトレンドだったはず。

 そんな俺の地元の食文化を伝えると、信じられないといった顔で見られてしまった。

 どうやら本当に、鯨に愛着が湧いて、食欲が失せたらしい。


「……お兄ちゃんって、そういうとこあるよね」

「あははっ、その方が旦那らしいよ」

「やっぱりあんたは、いつまで経ってもあんたのままだねぇ」


 イモ子、ルーネ、イライザ嬢の姉トリオから、曖昧ながらも明らかに悲観的な評価が下された。

 おっかしいなぁ~。

 最初から最後まで鯨づくしを狙ったサプライズ料理だったのに。

 俺の評価も鯨の潮吹きみたいに、噴き上がっていたはずなのに。


「文化の違いって、難しいよなぁ」

「「「………………」」」


 女性陣が無言で首を横に振っているが、気づかない振りをしよう。

 まあ、好き嫌いできるってことは、それだけ平和で、余裕がある証拠だからな。

 俺は、自分にそう言い聞かせながら、残りの鯨料理を平らげるべく、手を伸ばす。


 この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます!




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イライザおば…おねぇちゃんだいすこ 出番あって嬉しい…嬉しい…
某美食漫画の主人公も反捕鯨団体の外人に鯨肉だと言わずに食べさせた事あるからセーフ…セーフ?
>彼女たちを怖がらせまいとあえて高い所を飛んでいたんだろうなぁ~。 主人公はジェントルマンだから当然ですね。
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