表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/279

物欲は三大欲求に入っていない




 毎月恒例の反省会。

 月一どころか、事ある毎に開催されるお食事会。

 もはや何の目的も無く、ただ食って雑談するだけの集まり。


 そんな無意味な催しに、俺の貴重な部屋と時間が強制消費させられる現実に怒りを覚えるが、決して表には出さない。

 それがダンディで紳士な大人の証。

 無駄を楽しめる精神こそが心の余裕に繋がるはずだから。

 そうでも思わないとやってられないから。


「あら、口ではそう言ってても、本当は旅人さんだって可愛い女の子に囲まれて楽しんでいるんでしょ?」

 

 分かってますとばかりに、そんな憎まれ口を叩いてくるのは、オクサードの街を治める領主様のお嬢様。

 年端も行かぬ小娘が、いったい俺の何を知っていると言うのか。

 俺本人だって、自分のことはよく分かっていないのに。


「ふん、お子ちゃまには理解できない崇高な悩みが大人にはあるのだよ」

「大して働いてもいないのに?」


「……仕事ばかりが人生ではない。ほら、もっと他に憂慮すべき現実があるだろう? 物価高とか、政治問題とか、人類の未来とか?」

「子孫を残すどころか結婚さえせず、無駄遣いばかりしている旅人さんにはどれも関係ない話だと思うのだけど?」


「…………」


 確かに、この俺ほど将来を考えていない大人も珍しいだろう。

 異世界人かつ根無し草かつ独身中年男である俺は、浮世人も同然。

 いつ消滅しても世界に何の影響も及ばさないオマケ。

 そんな俺が未来に思いを馳せるだなんて、鬼どころか閻魔様さえ大笑いしてしまう。


「いたっ!?」

「すまん、手が滑った」


 テーブルの上に乗っかるピスタチオの殻を指で弾いたら、対面に座るお嬢様のおでこに偶然当たってしまった。

 ははっ、赤くなってやんの。


「もうっ、絶対わざとでしょっ! 言い負かされると暴力に訴えるのは旅人さんの悪い癖よっ!」

「言葉の通じない相手には身振り手振りで意思疎通するしかないのだよ」


 肉体言語は全世界共通である。


「そんなことより、先日ちょっと街の外に出たから、お土産があるんだ」


 不毛な会話を続けても仕方ないので、話題を変えてしまおう。

 好奇心旺盛で現金お嬢様であれば、きっと食いついてくるはず。


「やった! 旅人さん大好き!」


 これ程嬉しくない愛の告白も珍しい。

 クリスマスの二日後なのにまだ売れ残っている萎れたケーキ並に大安売りで価値が無い。


「まてまて、順番だ順番」


 もはや形骸化しているが、それでもこの食事会の名目は人形売り商売の慰労会。

 主役はこの街でトップクラスに偉い貴族のお嬢様でも、世界でもトップの強さを誇るであろうメイドさんでもない。

 何の肩書きも持たないパンピーなミシルとコルトなのだ。


「はい、ミシルには、いつもの地域文化が感じられる郷土人形だ」

「あああありがとうございますっ! にに人形作りの勉強になります!」


 食事会で旅先のお土産を渡すのはお決まりになっている。

 なので、本人の趣味趣向に合った品を選んで買っているのだ。

 ミシルの場合は、本人の希望で、歌って踊る人形作りの参考となるよう、各地の伝統的な人形を選んでいる。

 仕事優先であるが、彼女自身も人形が好きらしいし、とにかく喜んでくれるならそれでいい。


「はい、コルトには、これまた伝統的な人形、が着ていそうな可愛らしいお洋服だ!」

「……あのさぁ、あんちゃんさぁ、毎回言ってるけどさぁ、そんなヒラヒラした服をもらっても、着る機会なんてないんだよ」


「今着ればいいじゃないか」

「ぜったい嫌だ!」


 照れ屋さんだなー、もう。

 意固地なコルコルは毎回受け取ってくれないから、俺の部屋の壁にはハンガーで取り付けた少女の服がいくつも並んでいる。

 事情を知らない人が見たら、少女の服が大好きなロリコン野郎だと誤解されそうだが、インテリアとしては悪くない。

 地域独自のタペストリーを飾るのと似たようなもの。

 まあ、彼女は持ち家が無いので、服をもらっても置き場に困るのだろう。

 いつも通り、後でお洋服の代わりとして日持ちする土産品を渡しておこう。


「次に、いつも俺の部屋を綺麗にしてくれるリリちゃんには、伝統工芸品のアクセサリー類だな」

「わわっ、いつもありがとうございますっ、ご主人様!」


 一番素直にプレゼントをプレゼントらしく受け取ってくれるのは、この宿屋の従業員であるリリちゃんだけのような気がする。

 はたしてそれが、受け取る側の問題なのか、それとも渡す側の問題なのか、難しい問題である。


「それじゃあ、後は部外者で、そもそも何でこの場にいるのか疑問だけど今更なのでスルーするとして、新旧メイドさんコンビには、由緒正しきお菓子である銘菓。可愛い売り子が地元で大人気だと言っていたから、きっと美味しいはず!」


 実は試食しているけど、味に関してはノーコメント。

 砂糖も食への興味も乏しい世界なので、お察しください。

 一応、試食した銘菓もどき中では、一番マシな甘味を選んでいるので許してほしい。

 名物に旨い物なしである。

 

「いつもありがとうございます、グリン様。後生大事にします」

「いやいや、すぐ食ってくれ。真空パックどころか保存料さえ入っていないから」


 古い方のメイドさんことエレレ嬢は、いつものお澄まし顔で、でも少し和らいだ感じで頭を下げてきた。

 彼女は主に俺の所為で上等な菓子を食べ慣れているから、それに比べたら陳腐な手土産だろう。

 それでも、文句を言わず、顔にも出さず、喜んでくれるのは、大人の女の証。

 そう、25歳の大人の女だからこそ。

 これ以上年を食うと婚活市場の価値が下がると言われる、絶妙なお年頃。

  

「……ありがたく、いただきます」


 新しい方のメイドさんことシュモレ嬢も、珍しく素直にほころんだ顔で礼を述べてきた。

 シュモシュモは、崇敬する先輩メイドと同じ甘党だから、俺からのプレゼントを喜ぶというより、エレレ嬢とお揃いのお菓子を手に入れたことを喜んでいるのだろう。

 相変わらず、護衛対象であるはずのお嬢様より、エレレ嬢至上主義だな。 

 エレレ嬢を餌にすれば、簡単に騙せそうで逆に怖い。


「ではでは最後に、オクサードの街が誇る名物お嬢様には、伝統文化が色濃く反映されすぎて余所者が見たら一体全体何なのかよく分からない置物だっ!」


 奇妙で、インパクトがあって、その地域にしか売っていない珍品。

 古き良き時代を背景に持つ縁起物だが、地元民以外は今ひとつ有り難みが理解できない。

 田舎のお土産あるある、である。


「……ねえ、旅人さん? どうしていつも私が最後なの? どうしていつも余り物みたいなお土産ばかりなの?」

「メインディッシュは最後に登場するものだろう? その後にデザートもあるけど。それにお嬢様は、珍しい物が大好きだろう? ぶっちゃけ嫌がらせだけど」


「確かに最後の方が、わくわくする時間が長くて楽しいわ。奇妙な置物でも、正直珍しくて好きだわ。でもね、今日こそは、いつもと違う扱いをしてもらえるかもって期待する乙女心が分からない?」

「絶対に期待が裏切られない方法を教えようか?」


「……けっこうよ。なんとなく、答えが分かるから」


 その答えとは、誰にも何にも期待しないこと。

 結婚しなければ、絶対に浮気されないのと同じ理屈だな。


 よしよし、お嬢様の曇った顔が見られて満足満足。

 天真爛漫な少女ほど、曇った表情が似合う子はいないだろう。

 観客は、普段から輝いている勝ちヒロインよりも、負けて輝く負けヒロインに惹かれるものなのだ。


「はぁぁぁ~。いつものことだし、旅人さんに乙女心だし、素直に諦めるしかないわよね」


 馬の耳に念仏みたいに言うなし。

 どうやら、落ち込んでいたのは一瞬で、すぐにいつもの調子を取り戻したようだ。

 さすがお嬢様、しぶとい。

 もっと曇らせたい。


 

「ねえ、いつもみんなにお土産を買ってきてくれるけど、旅人さん自身は何も買っていないの?」

「あー、そうだなー、俺もいろいろと買い集めたいけど、食指が動く品が無いんだよなぁ」


 人形やアクセサリーはおっさんに不釣り合いだし、服も作業着があるから不要だし、甘くないお菓子は要らないし。

 日本にいた頃も、出張で遠出した際には親族用に土産を買っていたけど、自分用は甘いお菓子と甘いワイン程度。 

 神社でお守りを買うのは好きだったが、この世界には神社が無いしなぁ。

 まあ、教会で似たような物は買っているけど。


「そういえば、他の都市に住んでいる私の伯父さんも、この街に遊びに来る時にはお土産をいっぱい買ってくるのよね。それで誰彼構わず配りまくって、もらった相手の反応を見てニヤニヤしているのよね。あら、そういえばその伯父さんも、旅人さんと同じで、貴族にしては珍しく独身だったわね」

「……おいおい、お嬢様よぉ。そんな言い方されると、まるで独身中年男が自尊心や寂しさを紛らわせるために無駄な買い物をしているみたいに聞こえるのだがぁ?」


 全世界の独身中年男に謝れ!

 ついでに衝動買いするOLにも謝れ!


「私はそんなこと言っていないけど、旅人さんがそう聞こえたのなら、そうなのかもしれないわね」

「断じて違う! 俺は未婚の寂しさや、ストレス解消や、有り余る金の使い道に困ってお土産を買っているわけじゃない! 地域経済を潤滑に回すためにお金を使っているだけだ!」


「その伯父さんも似たようなことを言っていたわ。今の旅人さんと同じように、顔を真っ赤にして、ね」

「――――」


 俺は、懐に手を入れて、ピスタチオを取り出し、テーブルの上に置き、中身を取り出さず、指で弾いた。

 両手の中指で、連続して、何回も何回も。


「いたいっいたいっいたいっ! 本当にすっごく痛いんですけどっ!!」


 ふん、デリケートな独身貴族を馬鹿にした当然の報いだ。

 その証拠に、護衛のはずの独身メイドさん25歳は、指弾の雨嵐からお嬢様を守るどころか、その両肩を押さえつけてターゲットを椅子に固定させている。

 よーく味わいやがれ。

 俺とメイドさんが受けた心の痛みは、そんなもんじゃないんだぞ。



「ふう~、やれやれ」


 ピスタチオ指弾を継続させながら、溜息をついて物思いにふける。

 俺は別に、物欲が弱いわけじゃない。

 日本に住んでいた頃は、それなりに趣味の品も購入していた。

 二次娯楽大好き人としては、やはり小説や漫画等の書物、音楽やアニメの電子媒体、そしてその関連グッズ。

 そんなコレクター心をくすぐる品であれば購入したいのだが、如何せんこの世界では売っていない。

 購入済みの品は複製魔法で実体化できるが、未購入の品や俺が転移した後に発売された品は、もう二度と手に入らない。

 日本への心残りがあるとすれば、それだろう。


「そういえば、大人になって稼げるようになったら、高価なフィギュアをたくさん買って飾りたいと思っていたんだよなー」


 アラサーになって、平均的な給料をもらえていたはずなのに、結局そんな些細な夢も叶えることができなかった。

 迷ったら買え。推せる時に推せ。満足したら実質無料。

 それらの迷言は、真実なのかもしれない。

    

「人生は一期一会。今度から、気になる品を見かけたら、迷わず買おう!」


 あー、これって、結局買わないヤツの台詞じゃん。

▼あとがき

そんなわけで、ヒーロー文庫のグッズショップが開店しました!

よもやよもやで、本作のグッズもあります!!

詳細は活動報告にて!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ