死蔵喰らいと青い鳥
月に一度の労働日。
労働者の定義から弾かれそうな労働頻度だが、人が自主的に働くのは、このくらいが丁度良い。
そんな貴重なお勤め日真っ只中の俺は、忍び足でスキップしながら冒険者ギルドへと戻ってきた。
毎月のノルマである三件のうち、既に二件終えたのに、まだ昼前。
このまま順調に進めば、最後の三件目も昼過ぎに完了し、少し遅めの労働後ランチをゆったりと楽しめるだろう。
いや、仕事が終わった後だから、一休みのランチとはいわず、深酒が解禁される早めのディナーに突入するのもあり。
「この一杯のために生きている!」とはよく聞く台詞で、それ程までに労働後のお酒は美味しいのだ。
まあ、三十路を過ぎた今でも甘い酒しか飲めない子供舌だけどな!
「そんなわけで受付嬢殿! 頑張り屋さんの拙者は二件目の案件も難なく達成してきた故、本日最後となる案件を見繕ってほしいのでござるよ!」
困り眉が麗しい、いつもの美人受付嬢に、いつものような台詞を投げかける。
毎回似たやり取りを繰り返しているから、彼女は催促されるまでもなく既に用意しているはず。
「クロスケ様、案件の達成おめでとうございます。……それで、次の案件について、ご相談したいのですが?」
そう思っていたのに、本日の対応はちょっと違っていた。
有能な彼女に限って段取りが悪いとは思えないし、歯切れも悪くないから、きっと特別な事情があるのだろう。
「ほかならぬ受付嬢殿の頼みとあれば、喜んで引き受けるでござるよ。ただし、夕方までに終わる仕事に限る、でござるが」
「ありがとうございます。時間はそれ程取らせないと思いますので」
続けて受けた説明によると、本日のところはもう、めぼしい死蔵案件が残っていないらしい。
なので、かねてより考えていた例の計画について、具体的な相談をしたいそうで。
例の計画とは、俺が冒険者になった初日に引き受けた案件の一つ、土砂災害の復旧作業に起因するもの。
高いレベルを誇る冒険者が持て余している腕力やアイテムを上手く活用し、災害復旧に役立つシステムを作り上げる計画。
ギルドの受付係として冒険者を陰から支える彼女からすると、その冒険者が社会貢献に寄与できていない現状を無視できないのだろう。
「なるほどなるほど、それで災害大国と揶揄される地域出身の拙者の意見を聞きたいのでござるな」
「はい、最初の対応から、クロスケ様は災害復旧に理解があると承知していましたので。ギルド側の都合で申し訳ありませんが、本日三件目の評価ポイントを対価として、相談に乗ってもらえないでしょうか?」
「話の内容と事情は理解したでござる。しかし、災害に一家言あるとはいえ、所詮は拙者も素人。相談しても役立てる保証は無いのでござるが……」
「もしそうだとしても、冒険者の中で一番詳しく、しかも対策を講じる意思を持つのはクロスケ様なのです。どうか、概要だけでも聞いてもらえないでしょうか?」
「ふむ、そこまで頼られて断るのは、紳士の名折れ。この度の話、若輩者ながら引き受けるでござるよ」
似非紳士どころか、似非忍者だけどな。
「重ね重ねありがとうございます。では、ちょうど昼時なので、外で食事をしながらにしましょう」
「それは良いでござるな。狭くて辛気くさい会議室より、リラックスできる場所で話す方がきっと良いアイデアが浮かぶでござるよ」
「はい、私もそう思います。では、準備してきますので、建物の裏口で待っていてもらえますか?」
「委細承知、でござる」
こうして、職場のちょっと気になるあの子とのランチイベントが突発的に始まったのである。
噂では、女性と二人でお出かけするだけでデート認定される場合があるそうだが、今回のケースはどう判断されるのだろうか。
食事といっても仕事がメインだし、ギリギリ、本当にギリギリだけど、アウトかなぁ。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました、クロスケ様」
「なんのなんの、拙者も今来たばかりでござるよ」
冒険者ギルドが構える建物の裏口なので、待ち合わせと言うほどでもないのだが、デート時のお約束とされる「気が利く男子の台詞」で返事しながら、なるほど、と思う。
ギルド内の受付カウンターから裏口へ移動するだけなので、彼女もすぐに出てくると思っていた。
なのに、そこそこ待ちぼうけしてしまったのは、こうした理由があったからか。
「その、見違えたでござるよ」
「ありがとうざいます」
外でランチしつつだけど仕事の話なので、仕事用の制服のまま出てくると思っていたのに。
時間を置いて出てきた彼女は、いつもの銀行員のような制服を脱ぎ捨て、私服にクラスチェンジしていたのだ。
想定外の出来事だったに、どうにか誉め言葉が出せた自分を褒めてあげたい。
これも月一のメイドさんとのデートで鍛え上げられたお蔭だろう。
「もしかして、拙者もドレスアップした方がいいでござるか?」
「いいえ、それには及びません。私の場合はギルドの制服のまま外で食事すると悪目立ちするので、着替えただけですから」
いやいや、間違いなく今の格好の方が目立ちますから。
普通の私服だったらそうかもしれないけど、これからお見合いでもするの?って問い詰めたいくらい、バッチリ決まったお洒落服ですから。
しかも、普段は後頭部でアップしている髪を降ろしているから、雰囲気が全然違うし。
いやまあ、元からキャリアウーマン風の美人なんだけど、仕事時の真面目なイメージが強い分、余計にインパクトが強いんですよ。
女は装いで化けるって、本当なんだなぁ。
「受付嬢殿の髪は、けっこう長かったのでござるな」
「はい、いつもは業務の邪魔にならないよう束ねているものですから。……短い方がお好みでしたか?」
「ご本人に似あっている髪型が一番でござるよ」
「私の場合は、ギルド内の短い方と、今の長い方では、どちらが似合っているのでしょう?」
「もちろん、お綺麗な受付嬢にはどちらもお似合いでござるよ」
「ありがとうざいます」
うーん、笑顔を見せてくれるのはいいんだけど、言わされてるなぁ。
俺の髪フェチに感づいたのか、ギルド内では話さない部分にまで突っ込んでくる。
今度からはお仕事頑張ったご褒美に、長い髪を触らせてくれないかなぁ。
「では、近くに手頃な料理店があるので、そこへ行きましょう」
「お任せするでござるよ」
良かった、外見は変わったけど、かっちりした中身は変わらないようだ。
これでいきなりお嬢様風の柔らかい口調になっていたら、もはや別人かと疑うレベル。
それに――――。
「「「…………」」」
ああ、やっぱり目立ってるなぁ。
道行く人々が、驚いたり不審がったりと注目していらっしゃる。
美女と野獣の組み合わせならまだ救いがあるが、美女と黒子の組み合わせだと、舞台劇の宣伝だと思われてしまう。
紙で作った花吹雪を舞わせて歩けば、まだ面白味があるかもしれない。
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
「はい、予約しているミランダです」
好奇の視線に耐えながら数分歩いて到着したのは、この世界ではかなり頑張っているお洒落な料理店。
その外観を損なわないスマートな店員さんが迎えてくれる。
それはいいのだが、いつの間に予約したのだろう?
俺が二件目の仕事を終えてギルドに戻る時間は決まっていなかったし、話を切り出されて了承したのもつい先ほどだし。
……きっと、受付嬢がギルド内で着替えている最中にスマホで電話したのだろう。
うん、そうに決まっている。
電気がまだ使用されていない文明だけど、きっと魔法とかでどうにかしたのだろう。
「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
案内された席は、VIPな個室とまではいかないものの、喧騒から離された最奥の席で、真面目な話をするのに適している。
できるキャリアウーマンだと思っていたけど、こんなセッティングまで完璧とは恐れ入る。
ほんと、エスコートが苦手な駄目男との相性が良さそうなお姉さんである。
俺は女性のエスコートも完璧だから、関係ないけどな。
「クロスケ様は、何を食されますか? この場は業務に含まれ、経費で落ちますので、どれでもお好きなものを頼んでください」
「拙者はこの店に来たのが初めてで勝手が分からぬ故、受付嬢殿のおススメでお願いするでござるよ」
この世界にもサラリーマンが大好きな「経費で落ちる」概念があったとは驚きだ。
働く大人ならではの必殺技。
なお、サラリーマンのそれは全部落ちるのだが、個人事業主だと一部しか落ちないので、奢ってくれる相手によって気をつける必要がある。
「かしこまりました。ちなみに、お嫌いなものは?」
「野菜類と貝類と無駄に辛い物以外でちゃんと調理された料理であれば、何でも大丈夫でござるよ」
「……かしこまりました」
まあ、どんなに外見が洒落た店でも、この世界の料理は満遍なく手抜きで素っ気ない味付けだから、リクエストするだけ無駄だろうけど。
特に最近は、ベル子たち奴隷少女が作った料理をたらふく試食しているから、舌と腹が肥えていて、現地の料理では満足できないんだよなぁ。
「――それでは、早速ですが、ご相談してもよろしいでしょうか?」
「むろんでござる。働かざる者、食うべからずでござる」
私服の受付嬢は、給仕係に初めて聞く名の料理を頼むと、仕事モードに移行した。
ぶっちゃけ、こっちの顔の方が応対しやすくて助かる。
プライベートモードは、何だか場違い感があって、その、困る。
「クロスケ様は災害現場にお詳しいようなので、まずご承知の知識をお聞かせください」
「ふむ、確かに拙者の地元は災害大国で、その対応も手慣れたものだが、この地域とは文化というか歴史が違う故、システム的に参考になりそうなところを掻い摘んで話すでござるよ」
日本で暮らしていた頃の仕事は、災害や土木関連の専門ではなかったので、詳しいところまでは知らない。
だが、今回は冒険者ギルドという畑違いの組織における対応を考えてのことなので、むしろ間接的に関わっていた知識と見解の方が役立つかもしれない。
そんな前提条件のもと、取捨選択しながら地方住みサラリーマンの一般知識を伝えていく。
「……お話、ありがとうございました。やはり、人を動かすには、その仕組み作りが肝要なのですね」
「うむ。頭の良い人物というのは、お金を使わずとも人を半強制的に動かせるシステム作りが本当にお上手。いやもうほんと、何かにかこつけてただ働きを強要する計算された社会のルールには、怒りを通り越して感心してしまうほどでござるよ」
「着目すべきは、災害対応の専門職以外の人たちを巧みに引き込む仕組みですね」
「ボランティア精神は美しいが、それで事足りれば誰も苦労しない。使われる者から見ると阿漕に感じられたとしても、被災者の救助を優先する、半強制的な労働システム作りも、やむなしなのでござろう」
社会という巨大で歪な組織をまとめるには、持ちつ持たれつつの精神が不可欠。
忙しいと愚痴が零れるのは、まだ余裕がある証拠なのだから。
「ギルド職員として、至らなさを痛感します」
「そう悲観せずとも、冒険者ギルドは庶民の味方として機能していると思うでござるよ。特に死蔵案件で特別ポイントを付与するのは、拙者の故郷のシステムとよく似ているのでござる」
「……なるほど、災害案件は死蔵案件から切り離し、もっと大量の評価ポイントを付けるのは有効かもしれませんね」
「大規模な災害の発生時には、月に何度かの災害対応を強要する義務化が理想。その際に、国や領主から最低限の協力金が自動で流れてくるシステムであれば、なお完璧でござる」
「はい、大変参考になりました。ここから先は、ギルド職員の役目。災害対応の仕組みの改正に向け、しっかりと取り組んでまいります」
「よろしくお願いするでござるよ」
ちょうど料理が届いたので、前段の話はここまでとなった。
受付嬢のやる気に溢れた表情を見るに、有意義な意見交換会となったようだ。
これで本当に、特別枠の「災害案件」が認定されればめっけもの。
今の死蔵案件より、もっと多くの評価ポイントが加点されるようになれば、それだけ俺が受ける仕事の数が減って楽ちんになる。
これこそ、頭が回る奴の自分本位なシステム作り。
いやぁー、公私ともにいい仕事したなぁ。
「では、次の話は食事を楽しみながらにしましょう」
「御意、でござる」
どんな料理かは不明だが、このお洒落な店の看板料理と思われるお洒落な料理を口に入れつつ、一息つく。
うーん、他の店と比べて見た目は頑張っているのだが、味はやはり期待を裏切ってくれない。
表情で気取られないよう注意しながら、奢ってもらっている手前、感想を述べるとしよう。
「初めて食べる料理故、とても新鮮でござるよ」
「それは、良かったです」
彼女は、曲者が多い冒険者との会話に慣れているので、嘘をつくとどこぞのお嬢様みたいにばれそうだから、曖昧だけど良い印象っぽく聞こえる言葉で誤魔化そう。
上手く伝わっているといいのだけど。
「…………」
「ん? どうかしたのでござるか?」
「……その、クロスケ様のお顔を初めて拝見したものですから」
視線が気になったので尋ねたら、そんな理由だった。
言われてみれば、彼女の前で口元の覆面を下したのは初めて。
さすがの似非忍者も、覆面したままでは食事できないので仕方ない。
正体を隠す忍者が覆面を脱ぎ取るのは、口を使う時だけ。
そう、食事と、接吻する時だけ。
……ううっ、やんちゃしていた時の黒歴史を思い出して、頭がっ。
「どうかされたのですか?」
「失礼、持病の頭痛がやってきただけでござる。それよりも、食事時に拙者の冴えない顔を晒してしまい、申し訳なかったでござるよ」
「そんなことはありません。何かその、とても新鮮な感じで少々驚いただけですから」
「……それは、良かったでござる」
おっと、料理の感想と同じ返しをされてしまったぞ。
味があるという点では同じだろうがな。
俺の顔面偏差値は、可も不可も無い一般的なモブおじさんレベルだが、美男美女ばかりの異世界ではさぞかし醜く見えるのだろう。
ゴブリンに間違えられないだけマシだと思おう。
「こほんっ。では本題の、冒険者が有する能力とアイテムを災害時に活用する話に移りましょう」
誤魔化すように話題を切り替えてくる受付嬢に合わせるとしよう。
謎に包まれた怪しい忍者の正体がただの冴えないおっさんだったなんて、誰も得しない話題は止めて、な。
「その件については、冒険者の数と時間が限られる故、被災地で最大限に活用するためには、やはり常人では対応が難しい巨大物や危険地帯を中心とした役割分担が効率的だと思うでござる」
「はい、私も同意見です。冒険者の方々には苦労や危険を強いる結果になってしまいますが……」
「なんのなんの、魔物に比べると遥かに楽ちんでござるよ」
「そう言ってもらえると助かります。冒険者自前の能力活用は、適切な役割分担になり、これについてはギルド内で対応しますので、残る議論はアイテムの活用となります」
災害現場で際立つ冒険者の能力とは、レベルアップの恩恵を受けた肉体と、魔物対峙で慣れた命知らず具合。
種族やスキル的に土堀が得意とか夜目が利くとか、個人特有の能力もあるだろうが、それらはギルド職員が把握し、最も作業効率がよい現場に割り振ればいい。
だから、不本意ながら冒険者代表として俺に求められる意見とは、冒険者が所有するアイテムの使い道、つまり便利な道具のレンタル活用術について、である。
「ふーむ、少し考えてみたところ、災害現場で役立ちそうなアイテムというと、まず拙者が初日の死蔵案件で使用したように、大量の土砂を格納及び運搬が容易な収納袋を筆頭として、自動で大量運搬が可能な空飛ぶ絨毯、邪魔な岩盤を破壊可能な攻撃魔法が付与された武器アイテム、夜間の作業が可能な暗視アイテム。体力や速度がアップする補助系アイテムなどなどと、多岐にわたる便利グッズが揃っているのでござるよ」
「ではやはりっ、冒険者から一時的にアイテムを借用するのは有効なのですねっ」
「……確かに、誰でも使用可能で、しかも消耗しないアイテムのレンタルは非常に有効でござる。されど、冒険者が虎の子のアイテムを一時的に手放すリスクは、その報酬や評価ポイントで相殺できるとしても、最も懸念すべきは、希少で高価なアイテムが奪われた場合。レンタルしたアイテムを使用するのは、村人などの戦闘力が皆無な者が多いと想定される故、下手に高級品を渡してしまったら、他の誰かに奪われる危険性が発生し、加えてその本人に持ち逃げされるリスクも無視できない、と思うのでござるよ」
「――っ」
「そんなこんなで、いろいろ総合すると中々難しいというのが、拙者の見解でござる。あまり役立ちそうな案が出せず、申し訳ないでござる」
「…………いいえ、そこまで考えてもらえただけで、十分です。本当に、大変参考になります」
受付嬢に伝えたように、アイテムのレンタル活用術は、とても良いアイデアに思えるのだが、それ以上に課題が多い。
特に、レンタル時にアイテムが消失するリスクへの対応は、困難だろう。
「通常、レンタル中に消失した場合、その借り手が補償すべきでござるが」
「それは、実質的に不可能でしょう。たとえば、クロスケ様が土砂排除の案件で使用された上級の収納アイテムを補償するとしたら、村人全員、もしくは農地を全て売り払うことになります」
「そんなにっ!?」
「はい、そんなに、です」
それなりに高価だとは認識していたが、人や畑で換算されると驚きだ。
それだけアイテムが高いのか、人や畑の価値が安いのか。
俺の場合は、農村丸ごともらえるとしたら、食糧供給基地の増強として活用できるが、他の冒険者では売り払うほかないだろう。
「拙者の地元には、貸し手と借り手の間に、万が一を補償する保険業なる商売があるのでござるが?」
「商業系のギルドではそのような組織もありますが、今回のように高価でしかも奪いやすいアイテムの貸し出しについては、誰も間に入ろうとしないでしょう」
ですよね。
日本の完成されたシステムでさえ、保険金詐欺が横行していたし、この弱肉強食な世界では損するのが目に見えている。
「発想は素晴らしいけど、リスクが如何ともし難いでござるなぁ」
「はい、こうして具体例を挙げてもらえると、浮き彫りになります。……そのような浅はかな計画を思い付きで口にした自分を恥じるばかりです」
「あっ、いやっ、受付嬢殿は悪くないでござるよ。なんもかんも政治が悪いのでござるっ」
やっちまったなぁ!
責めるつもりはなかったのだが、結果的に悪い所にだけ焦点を当てて全部否定してしまう駄目な上司ムーブになっちまったぞ。
見慣れてしまった、彼女のいつもの表情。
眉をハの字にした、困り顔。
だけど、ハの字の角度が、いつもより深い気がする。
駄目だ駄目だ駄目だっ。
俺は女性の困り顔が大好きだが、それは俺個人に向けられるから楽しめるのであって、他の原因に向けられるのは解釈違い。
断じて我慢ならない。
どうにかせねばっ。
何としてでも、彼女の困り顔を俺だけのものにっ!
「――そうだっ! レンタル時の盗難防止に、護衛を付けたらいいでござるよ!」
「……しかしそうなると、護衛代が嵩むのでは?」
「そこで妙案! その護衛役を担うアイテムもセットでレンタルするのでござるよ!」
「そっ、そのようなアイテムがあるのですかっ?」
「肯定でござる。これこそは、誰も近寄らない僻地にあるダンジョンの最奥部で運良く偶然発見されたアイテム。使用者の命令に忠実で、変幻自在に動物の姿へと変化し、しかもベテラン冒険者並に強い、とても使い勝手の良い護衛用アイテムにてござる!」
そう大袈裟に宣伝しながら俺は、懐に手を入れ、青色の小鳥に変化させた付与紙を取り出した。
いつもは目立たぬようクロネコやカラスの姿で使っているのだが、今回の用途を考慮するに、受け入れやすい小鳥の姿が良いと判断したのだ。
青色の鳥と聞くと、「幸せの青い鳥」が有名であるが、「青い鳥症候群」という、自身の環境に満足できず他に理想を求める心理状態を示すネガティブな意味合いもあるらしい。
他力本願なレンタル活用術としては、皮肉が利いているな。
「意思を持つ動物に変化するアイテムなんて、初めて見ました……」
困り顔から驚き顔に変化した受付嬢は、恐る恐ると青い小鳥に手を伸ばそうとしては躊躇っている。
お堅いキャリアウーマンなのに、案外可愛いところがあるじゃないか。
「きゃっ」
小鳥に変化した付与紙に念話で命令し、彼女の肩に飛び乗らせてみると、可愛い悲鳴で驚いてくれた。
これがギャップ萌えってヤツか。
「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「女性には危害を加えないよう命令しているので、大丈夫でござるよ」
「……それは、言い方を変えれば、クロスケ様の命令次第では誰にでも攻撃する、ということでは?」
「ははっ、拙者が人畜無害な平和主義で良かったでござるなぁ」
「…………」
受付嬢は、何か言いたそうにしていたが、結局飲み込んでしまったようだ。
刃物も火薬も、使い方次第で正反対の結果になる。
そんなことは、キャリアウーマンな彼女であれば百も承知だろう。
「とても汎用性の高いアイテムだと思います。このようなアイテムは、どれくらいの冒険者が所持されているのでしょうか?」
「残念ながら、拙者以外の所有者は見たことないでござるなぁ」
「……そうなると、この護衛用アイテムは、クロスケ様から常時お借りする格好になりますが?」
「問題ナッシングでござる。拙者は自分の身は自分で守れる故!」
「ですが、護衛用アイテムが周知されていないのでは、他の冒険者から高価なアイテムをお借りするのは難しいと思います」
「未知のアイテムを信じられない冒険者が難色を示すのは、当然でござろう。そこでご提案でござる。護衛用以外のアイテムも最初は拙者がレンタルして実績を作り、その輝かしい結果を示してから他の冒険者にも参加を促せばいいのでは?」
「ギルドとしては願ったりな提案ですけど、そこまでクロスケ様だけに負担を強いるわけには……」
「むろん、相応のリターンを期待しているでござるよ」
「――――っ」
「あっ、いやっ、そういう意味じゃなくて! 護衛用と実施用の二種類のアイテムをレンタルする故、評価ポイントもそれなりに上げてほしいと言いたかっただけでござるっ」
俺の曖昧な要求に身の危険を感じた彼女が、一瞬身体を強ばらせたのに気づき、慌てて言い訳する。
普段からセクハラしてると、こうした真面目な場面で誤解されるから注意が必要である。
「……ご提案いただき、ありがとうございました。想定を超える内容になりましたので、一度持ち帰り上と相談してもよろしいでしょうか?」
「むろんでござる。ろくに考えず決済するのも、後で責任を取らされるのも、無能な上司の数少ない使い道故」
「ふふっ」
ずっと厳しい表情の彼女だったが、最後は笑顔で終われたようだ。
やはりキャリアウーマンには、ビジネスジョークが刺さるのだろう。
「その小鳥の命令権は受付嬢殿に委ねる故、持ち帰って説得材料にでも使ってくだされ」
「助かります。……ところで、貸し出ししていない間の小鳥の扱いは、どうなるのでしょうか?」
「放置しても無駄になる故、レンタルされていない時には受付嬢殿の護衛としてでも自由に使ってもらって構わぬでござるよ」
「――ありがとう、ございます」
うんうん、これでようやく話がまとまったぞ。
シンプルな内容や結論ありきな話でも、人が集まって会議すると、無駄に長くなるのはどうしてだろうなぁ。
ランチタイムもだいぶ過ぎてしまったし、これにてお開きとしよう。
「受付嬢殿、本日はご馳走になったでござるよ」
「いいえ、こちらこそ本当に助かりました」
「なんのなんの。拙者はもう帰宅するが、受付嬢殿も直帰するでござるか?」
「まだ就業時間ですので、お土産でも買ってギルドに戻り、通常の仕事を行う予定です」
「ふむ、それならちょうど良い甘味がある故、ランチのお礼に拙者からプレゼントするでござるよ」
「とても上品なお菓子のようですが。しかも、こんなにたくさん」
「ちょっとした伝手があって大量に余っていて、職員の皆様で消費してもらえると拙者も助かるのでござるよ」
「そういうことでしたら、有り難く頂戴します。きっとみんな、喜びます」
本当にちょうど良かった。
お菓子の国のお姫様との契約で、毎回たくさんのケーキをもらっているが、とても一人では食べきれなくて困っていたのだ。
知り合いに配るのも限度があるし、ベル子なんて食べ過ぎて太って逆切れされるし。
それに、経費とはいえ奢られっぱなしだと男の沽券に関わるので、最後にお返しすることで相殺しておきたい。
俺は、貸しを作るのは好きだが、作られるのは苦手なのだ。
冒険者ギルドとは、付かず離れずのビジネスな関係で上手くやっていきたいものである。
◇ ◇ ◇
「あら、姉さん、今日は冒険者ギルドの仕事、休みじゃなかったの?」
「ギルドの仕事で、少し外に出ていただけよ」
「…………」
「どうしてそんな、変わった物を見るような目で私を見てくるの?」
「実際に変なモノが見えてるからよ。ぱっと見ただけで、三つもあるわね。まず一つめ、仕事で外出したはずなのに、どうしてそんなに気合いの入った私服なの? 以前までは、制服のままで外出してたわよね?」
「仕事相手に合わせたまでよ」
「……ふーん、つまり気合いを入れる必要がある相手と会ってたってことね。次に二つめ、その甘ったるい匂いを振りまいてる大きな箱は、なに?」
「その仕事相手からの差し入れよ。職員の皆さんでどうぞって」
「うわっ、これって最近もの凄く美味しくなったお菓子の国の新作ケーキじゃないっ! 開店してすぐ売り切れる超人気作なのに、どうやってこんなにたくさん手に入れたのっ!?」
「だから、頂き物だと言っているでしょう」
「だったら、三つめの、肩に乗せてるその小鳥も、プレゼントされたの?」
「ええ、そうよ」
「……青い鳥の装飾品って、求婚や婚約目的で贈られるって知ってる? 本物の鳥を贈るのはどうかと思うけどね」
「あら、それは知らなかったわ。でも、そうだとしても、仕事目的で預かった物だから、気にしていないわ」
「…………」
「…………」
「訂正するわ、姉さん。変な所は三つじゃなくて、四つあったわ。その四つめは、ずっと顔がニヤけてるとこよ」
「……そんな顔はしていません」
◇ ◇ ◇
冒険者が持つアイテムのレンタル活用術について、受付嬢から相談を受け、モニタリングを兼ねて実際に俺の収納袋と護衛役を貸し出してみた結果。
彼女からの報告では、それなりに上手くいっているようで、思いつきで提案してしまった身としては、一安心である。
だがまあ、やはり課題は残っているようで。
俺以外のアイテム貸出者が中々現れないとか、収納袋よりも護衛役の方が活躍しているとか、レンタルされていない時は何故か常に受付嬢の肩に小鳥が乗っているとか……。
初めての試みが茨の道なのは、世の常。
時間が解決してくれると信じたい。
俺個人の感想としては、アイテムレンタルで得たポイントのお蔭で、これまで月に一日三件処理していた仕事が二件に減り、昼過ぎには終わるようになったことは、評価すべきであろう。
ただ、二件目が終わった後に、毎回受付嬢からランチ&仕事の相談に誘われるのが定番になり、結局帰宅するのが夕方になっている事実については、どう評価すべきか保留としたい。
むろん、困り眉が麗しい綺麗なお姉さんに接待されるのは喜ぶべきであろうが、何かこう、得も知れぬプレッシャーが感じられて居心地悪いのだ。
日本で真面目に働いていた時に感じたソレと同じようで、でも全く違うようでもあり……。
だから、俺の総評は、これになる。
「やっぱ、働くのって、大変だよなぁ」
▼あとがき
本日は書籍版7巻の発売日! でした!
朝寝坊して宣伝が遅れました!
よろしくお願いします!!




