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死蔵喰らいとハイエナ族の少女




 素質や鍛錬による技能とは別に、それぞれの種族には固有の特性がある。

 その種族の特性は、小柄で、俊敏で、気配を消すのが得意で、鼻が利き、危機察知に長けているところ。

 冒険者として有利に働く能力が多いが、身体が小さく力も弱いため、頑丈な魔物に大きなダメージを与えるのは難しい。

 パーティーを組めば、斥候として重宝されるが、群れを嫌う個体も少なくない。


 そんな種族に属する少女が、冒険者の中で生き抜くためには、裏方に回るしかなかった。

 必要な仕事だけど忌避され、それでも誰かがやらなければならない役割。

 俗に言う、死体漁り。


 街の外で活動している最中に命を落とした冒険者を、いち早く発見し、その状況を冒険者ギルドへ報告する対価として、死者が所持していた物品を受け取る。

 死亡した冒険者の関係者やギルドにとっては、行方不明のまま捨て置かれるリスクを回避でき、生存している冒険者にとっても、危険なエリアを知る重要な情報源となる。


 誰にとっても有益な役割であるが、一部の冒険者からは忌み嫌われている。

 もしも、その種族が、自分の後をついてきていたら、それは死の宣告に等しい。

 死臭を嗅ぎつけ、死骸に群がる、野生の獣と同じ。

 不吉の象徴として、恐れられて当然。


 重要な役割を担いつつも疎まれ、命知らずが集まる冒険者ギルドにおいてなお恐怖される種族――ハイエナ族の少女は、「屍喰らい」と呼ばれていた。




 ◇ ◇ ◇




 ハイエナ族の少女の一日は、情報収集から始まる。

 朝一番で冒険者ギルドに赴き、目立たない部屋の隅に陣取り、掲示板に貼り出されているさまざまな依頼書を選別する、これまたさまざまな冒険者たちを観察する。

 その中で、失敗する可能性が高いと感じた相手の後をこっそりと追跡、もしくは先回りして待ち構え、魔物と戦う様子を観察する。


 戦闘に勝利すれば、それで好し。

無駄な時間に終わるが、ハイエナ族の少女とて失敗を望んでいるわけではない。

 戦闘に敗北し、逃走も叶わなかった場合には、魔物が去るのを待ち、まだ存命であれば可能な限り回復をはかるが、大抵は絶命しているので、身分証である首飾りと金目の物を拝借し、亡骸はそのままにして、冒険者ギルドに戻って報告する。


 周りの冒険者から白い目を向けられる中、ギルドの職員からは頭を下げてお礼を言われ、その後は外に出て買取店に入り、対価として譲渡された遺品を売って金銭を得る。

 優秀な職員のお蔭で、死者が発生する頻度は低いのだが、冒険者の装備品や所持品は高価な物が多いので、たまの稼ぎでも食べていくには十分。

 安全圏から見ているだけだと思われがちだが、魔物と戦わずとも出現エリアに入り込むため、危険度は高く、持ち前の俊敏さと危機察知能力をフル活用し、自分を守るので精一杯。

 幸いなことに、頑丈で凶暴な魔物は強敵だが、行動がパターン化され愚鈍な個体も多いので、最初から逃げに徹すれば、まだ成長過程にある少女でも、生き抜くのはそう難しくない。

 それに、魔物を倒さず逃げ回っているだけでも、少しずつ経験値が蓄積され、ほかの冒険者に比べるとだいぶ遅いものの、しっかりレベルも上がる。


 どれほど罵られようと、適性と弱点を併せ持つハイエナ族の少女にとって、死体漁りこそが着実な生き方なのである。



「受付嬢殿、拙者は、その、ほかにも野暮用がある故、冒険者業だけに多くの時間を割くのは、難しいのでござるが?」

「問題ございません。クロスケ様のようなお忙しい方に、ぴったりの案件がございます」


「おおっ、そんな裏技がっ!」

「はい、それこそがこの死蔵案件なのです」


 その日、いつものように冒険者ギルドの片隅で待機していた、ハイエナ族の少女のセンサーに引っかかったのは、初めて見る冒険者――黒装束の怪しい中年男であった。


 黒装束の男は、本日冒険者になったばかりのド新入らしく、ギルドの受付嬢が勧めるがまま、いわくつきの依頼書に手を伸ばしている。

 その依頼は、報酬と危険度が釣り合っていないため、誰も引き受けようとしない、死蔵案件。

 とても新人向けの仕事とは思えないが、ギルド職員の内で最も信頼が厚い彼女がそう仕向けているのだから、問題ないはず。


 それなのに、黒装束の男からは、濃厚な香りが漂ってくる。

 金の匂いか、それとも、死の気配か……。

 もしかして、「屍喰らい」と揶揄される自身の心の内が、死蔵案件なる厄介な仕事を押し付けられた新人冒険者に対し、シンパシーを感じたのかもしれない。


「わたしと、同じ……」


 そう思ったハイエナ族の少女が、いつも以上に聞き耳を立てていると、魔物が多く出現する危険な山地を越える案件であることが掴めた。

 護衛する対象は商人の親子二人と少ないが、護衛する冒険者は新人一人だけで更に少ない。

 護衛や戦闘が不得意な少女であっても、かなり分の悪い賭けだと理解できる。

 己の実力を把握できていない新人冒険者が、初回の依頼で失敗する確率は高い。


「…………」


 馬車に乗って移動するらしいので、尾行は無理だから待ち伏せするしかない。

 こうして、確度が高い情報を得たハイエナ族の少女は、黒装束の男と受付嬢の話が終わる前に、冒険者ギルドから飛び出すのであった。




 ◇ ◇ ◇




 先回りしたハイエナ族の少女が、見晴らしがいい中腹の山道近くに潜んでいると、山の麓から一台の荷馬車が駆け上がってくる姿が見えた。


 この山林地帯は、多くの魔物が徘徊するスポットなので、いつ襲われてもおかしくないのだが、予想に反し、荷馬車は山道を通り順調に登ってくる。

 ハイエナ族の少女は不思議に思い、スキルと魔法で強化した視力を使って注意深く観察してみると、護衛として雇われている黒装束の男が、ガクガクと揺れる荷台の上に器用に立ちながら、不思議な踊りを踊っている姿が見えた。


「踊り、じゃない?」


 あれは、もしかして、何かを投げているのだろうか。

 投げているとしたら、何を? 武器を? 魔法を? 誰に? 魔物に? まだ襲ってきてないのに? あんな不安定な場所から?


「魔物が、山道に出てくる前に、倒してるの?」


 積もり積もった疑問が晴れるかのように、黒装束の男が何かを投げたと思われるその先――山林の中から、微かな光が見えた。

 魔物を倒した時に、砕け散って放たれる光が……。

 信じられない面持ちで観察を続けていると、やがて荷馬車は、自身が身を隠す樹木を通り越し、そのまま山頂に向かって走っていった。


「――――」


 荷馬車が通り過ぎる瞬間、荷台の上に立つ黒装束の男と目が合った気がしたが、きっと気のせいだろう。

 笑顔で手を振っていた気もするが、それもきっと気のせい。


「そんなのより、早く追いかけなきゃ」


 もしも本当に、魔物を倒しながら走り続けているとしたら、山林の中には回収されていないお宝が残っているはず。

 冒険者が命を賭してまで欲しがる、高価なドロップアイテムがっ!


「……あった。本当に、あった!」   


 森林の中を探しながら登っていくと、無造作に転がるアイテムが目に入った。しかも、何個も。

 下位の魔物が落とす下級アイテムのみならず、あろうことか中級も少なくない。

 宝の山とは、まさにこのこと。


「すごいっ! これでずっと、お腹いっぱい食べていけるかもっ!」


 周りから白い目で見られ、塞ぎ込んでいた感情が思わずほころぶ。

 辛くても頑張って生き続けていれば、いつか報われる日が来る。

 そう誰かが言っていたが、本当にそんな日が来るとは思っていなかった。

 今日は最良の日だ!


「あっ」


 地面ばかり見ていたのが、失敗だったのだろう。

 感じていたはずの危機察知を無視して進み続けたのも、原因だろう。

 夢中になってアイテムを拾っている最中、ふと、地面に影が射したので、視線を上げてみたら、巨大な魔物が自分に向かって、大きな手を振り下ろす瞬間だった。


「――――っ」


 いつか、こんな日が来るだろうと覚悟していたが、最高の日と最悪の日がまとめて一緒にやってくるなんて、神様はなんて意地悪なんだろう。

 それとも、自分としては必要とされる仕事をやっているつもりだったけど、やっぱり死体漁りは悪で、恨まれて当然で、こんな死に方が相応しいのだろうか。


「……え?」


 そんなふうに、妙に納得した気持ちで、迫り来る死を凝視していたら、パリンッとはじけて、光りながら消えてしまった。


「き、れ、い……」


 時間が止まったかのように、細かく飛び散った一瞬が。

 キラキラと輝きながら、舞い踊る残滓が。

 ゆっくりと降り注ぐ、光の粒が。

 とても、綺麗だった。


「………………」


 そんな美しい光景を見ていると、自分が許されたように思えた。


「あっ……」


 しばらくして、我に返り、慌てて周りを見渡すが、誰もいない。

 人も、魔物も、魔物を倒したはずの武器さえ見当たらない。

 魔法を使った攻撃?

 それとも、特殊な武器?

 またもや、頭の中を疑問が渦巻く。


「……もう、どうでもいいか」


 分からないことだらけだけど、一つだけ確かなことがある。

 こんな真似ができるのは、自分が知る限り、一人だけ。

 つい先程まで、目を見開いて凝視していたのだから、忘れるはずがない。

 問題は、たまたま見かけた魔物を倒しただけなのか。

 それとも、自分のことを知って、助けてくれたのか。


「ありがとう、おじさんっ」


 そんな疑問は、黒装束の男を追い続けていれば、すぐに判明するだろう。

 死蔵案件を簡単に解決してしまう彼ならば、「屍喰らい」の名で嫌われる自分が一緒にいても、きっと気にしないだろうから。


 だから、その時は、ちゃんと向かい合って、お礼を言おう――。



 その後。

 死蔵案件ばかりを好んで受託する黒装束の怪しい中年男は、「死蔵喰らい」と呼ばれ、奇異の目で見られるようになる。

 そんな彼を歓迎した冒険者は、よく似た評価と二つ名を与えられた、ハイエナ族の少女だけ。


 ――その冒険者ギルドで、「屍喰らい」と「死蔵喰らい」という、二人の偏食家が暗躍している事実を知る者は、まだ少ない。



 

 ◇ ◇ ◇




「はろー! えぶりわーん! でござーる!!」

「「「…………」」」


 冒険者ギルドの根城に入り、陽気に片手を上げながら挨拶すると、目が合ったはずの同業者たちが、さっと視線を逸らしやがった。

 ここの連中は、恥ずかしがり屋さんばかりのようだ。

 ふんっ、寂しくなんかないやい!


 ……思うに、やはり月に一度しか顔を出さないのが原因だろうか?

 もっと頻繁に出社して、先輩方の肩を揉んだりおべっかを使ったりすべきだろうか?

 男連中はどうでもいいが、女性にまで避けられたら、俺のガラスのハートが壊れてしまう。

 これが、働くこと。社会の、厳しさ。


「おはよう、おじさんっ!」

「これはこれは、いつも可愛い年下の先輩殿ではござらぬかっ。先輩殿は、ちゃんとご挨拶できて偉いでござるなぁ」


「うんっ、わたし、偉いっ。いつもお仕事、頑張ってるから!」

「うんうん、どんな仕事でも頑張ったもん勝ち。職業に貴賎なし、でござるよ」


 閉鎖社会の弊害について憂いていると、ちっこくてケモミミがキュートな少女が、俺の腰あたり抱きつきながら挨拶してくれた。

 そうだっ、本当に寂しくなんてないんだぞっ。

 だって俺には、たった一人でも、優しく接してくれる年下の先輩がいるのだから!


 それにしても、ケモミミ先輩は、どうしてこんなにフレンドリーなんだろう?

 自分で言うのも何だが、こんなにも怪しい姿をしているのに。

 そういえば、この冒険者ギルドで最初に出逢った時から、好感度が高かった気がする。

 出逢い頭に礼を言われたので、よく分からないまま受け入れてしまったのだが。

 きっと、誰にでも優しい良い子なんだろうなぁ。


「おはようございます、クロスケ様」

「ごきげんようでござるよ、受付嬢殿」


 ケモミミ先輩と交流を深めていると、いつの間にか近くに来ていた受付嬢から声をかけられた。

 いつもは固定席に座って応対しているのに、今日は珍しく暇なのだろうか。


「……彼女がほかの冒険者に懐く姿は、初めて見ました」


 困り顔が似合う美人受付嬢が、眉をハの字にして、そんなことを言ってくる。

 その視線は、俺の腰に抱きついたまま、頬ずりしているケモミミ先輩に向けられていた。


 ……なるほど、死蔵案件ならぬ、事案の気配を嗅ぎつけ、慌ててやってきたのか。

 いかんっ、このままだと、せっかく就職できたのに、無職へと舞い戻ってしまうっ。


「う、受付嬢殿っ、年下の先輩殿を責めないでくだされっ。全て拙者が悪いのでござるっ。そうっ、この隠しても隠しきれない危険でワイルドな甘い香りを漂わせてしまう拙者こそが悪! だから、年下の先輩殿、拙者に深入りすると火傷じゃ済まないござるよ。飴ちゃん食べる?」

「うん!」


「よしよし、でござる」

「…………」


 美味しそうに飴玉を舐めるケモミミ先輩の頭を撫で撫ですると、なんだか受付嬢からの圧が増した気がする。

 倫理観ゆるゆるな異世界なので、少女からの接触はセーフらしいが、さすがに中年男からのお触りはアウトだったようだ。

 触れているのは髪の毛とケモミミだけなので、見逃してほしいのだが。


「……何事も、程々でお願いします」

「委細承知、でござるよ」


 困り顔が麗しい受付嬢からの忠告に、深く頷く。

 ご安心めされよ。

 拙者は、世間一般における独身中年男の無価値さを、誰よりも承知している独身忍者。


 世界で最も価値が高い若くて可愛い娘さんに粗相して、冒険者ギルドから討伐クエストを出されないよう、努々気をつけるでござるよ。




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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば、獣人ってどの程度獣の特性を有しているんだろなー
[一言] 騙される少女(幼女)と危険視する女性 うん。平常運転ですな!
[一言] 受付嬢さんの懸案は少女が屍喰らいの仕事しなくなること?
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