舞台アイドルのスキャンダル②/母と娘と鯨・前編
「よしよし、本日のレッスンはこれくらいにしておこう」
王都で歌謡劇を運営している、自称プロデューサーである俺の仕事は多岐にわたる。
日程の調整、劇場の手配、アルバイトの配置、演出の仕込み、金銭の授受、えとせとら。
その中で最も重要なのに最も楽しているのが、歌って踊るアイドルの育成。
基本的にミュージックビデオを見せるだけで、後は自主性にお任せ。
だから、こまめに顔を出す必要はないのだが、それだと接点が少なすぎるので、時間がある時にはこうして茶々を入れるようにしている。
おじさんという生き物は、常に可愛い少女たちと戯れたいのである。
「ちゃんと汗をふいて、すぐ着替えるように。それと、水分補給も忘れずに」
サングラスで、背中にカーディガンを羽織り、その両袖を胸の前で結ぶといった一昔前のプロデューサースタイルを決めながら、テキパキと指示を出す。
汗まみれの少女はたいへん乙であるが、風邪を引かれては困る。
まあ、病気になってもアイテム薬ですぐ治るのだが。
「あのっ」
「ん?」
レッスン後、最初に話しかけてきたのは、最も意外な人物であった。
愛人契約が継続中のネネ姉妹はいつも優しいし、ツンデレな似非妹も何だかんだで社交的だし、ダンスが得意な赤い髪のロートもコーラが飲みたいと甘えてくるし。
アイドル五人組の中で、最も歌唱力が高く、最も引っ込み思案な、黄色いくるくる巻きの髪がチャームポイントな少女。
俺の記憶が確かなら、彼女の方から話しかけてきてくれたのは、これが初めて。
日々のグッドコミュニケーションが実を結び、ようやく好感度パラメーターが一つ上がったのだろうか。
しみじみ。
「どうした、フラーウム? 悩み事があるのなら、この優しいプロデューサーに何でも言ってごらん? ライブ中にエロい目で見てくる客に困っているのかな? 処す? 処す?」
「あー、うー……」
子供向けの笑顔でフレンドリーに接したら、目を逸らされてしまった。
うーむ、一応好感度は上がっているのだろうが、マックスにはまだまだ程遠いご様子。
マックスになったらπタッチしても怒られないかな。
これが芸能界の闇……!
「あのっ、そのっ」
「うんうん」
「そのっ、そろっ、そろっ」
「うんうん」
「だからっ、そろっ、そろっ」
「うんうん?」
目を合わせず少ない語彙で必死に伝えようとしているようだが、如何せんワードが少なすぎて解読するのが難しい。
どうやら「そろそろ」と言っているから、何かしら新たな展開を望んでいるのだろう。
アイドル業のネクストステージといえば、女優?
それとも、お笑い界への進出?
いやまさか、もしかして、引退して電撃結婚!?
そんなのお父さんが許しませんよ!!
「ソロがっ、ソロがっ、いいですっ」
違った。
接続詞である「そろそろ」じゃなくて、ボッチ的な意味合いの「ソロ」であったらしい。
俺がプロデュースするアイドルグループは、全体の五人で、もしくは新人組の三人で活動しているけど、そろそろソロ活動をしたくなったのだろう。
歌唱力が高い彼女ならではの希望だろうし、更なる発展と独り立ちのためにも了承したいところだが……。
「フラーウムがソロデビューしたい気持ちはよく分かった。俺個人としては、可愛い女の子の望みは極力叶えたいと思っている。……しかし、今一度考えてほしい。フラーウムがソロになるってことは、三人組のアイドル『トリ・コロール』が解散するってことだ。そして、残される二人。ダンスが得意で歌もそつなくこなす王都育ちロートは引く手数多だが、最後に残された凡人枠の田舎娘ブラウは、泣く泣く引退を余儀なくされてしまうぞ? その後は、ドヤ顔で飛び出した村へ出戻り、ご家族と一緒に農業するオチになっちゃうぞ。おや? そっちの方がご家族は喜びそうだな」
「ちょっと、お兄ちゃんっ!? 真面目な顔して私の悪口言わないでよっ!」
「何を言うか、我が妹よ。心配性の兄は、才能に乏しい妹が心配で心配でたまらないんだぞ」
「馬鹿にしてるだけでしょ!」
ははっ、打てば響くとはこのこと。
近くで座って休憩していた俺の似非妹こと青髪のブラウが敏感に反応してくる。
彼女は、アイドルとしては48人中下位の実力に甘んじるが、お笑い芸人としては立派にやっていけそうだ。
「違うっ……、ソロは、わたしじゃなくっ」
「なんとまさかっ、我が妹にソロをやらせたいのかっ! それで身の程を思い知らさせて、自主的に引退へ追い込む作戦だな。この作戦ならフラーウム自身は裏切ったことにならず、安全圏からライバルが潰れる様子を笑って見ていられるって寸法か! うーん、さすがは女だけのアイドルグループ。ギスギスしてんねぇ」
「……もしかして、お兄ちゃんって、アイドル嫌いなの?」
そんなことないさ。
たとえ塩対応でも挨拶しなくても恋愛禁止なのに男と遊びまくりでも、アイドルはトイレになんて行かないって信じているからな!
「それもっ、違うっ」
「んん? フラーウム本人ではなく、ブラウもロートも違って、ネネ姉妹でもない? だったら、……誰だ?」
もしかして、俺?
俺の歌唱力はイモ子よりも怪しいのだが、高い身体能力と魔法を使ったマジックショーならソロでもバズるかもしれない。
芸名は「異世界トランプマン」で、決め台詞は「マジックパワー」と「種も仕掛けもありません、魔法なので」かな。
「わたしがっ、見たいのはっ、イライザ先生のっ、ソロですっ!」
度重なるボケとツッコミに痺れを切らしたのか、フラーウムがこれまで聞いたことのない大声で訴えてきた。
ああ、なるほど、俺の劇団には、十代の少女五人の他に、アダルトお姉さん枠で三十代のイライザ嬢がいたな。
彼女は、きゃぴきゃぴしている少女たちと一緒に練習していると気が滅入るようで、いつも別の場所で一人レッスンしている。
そもそも大ベテランなので、今更練習する必要もないのだろうが。
「なるほど、イライザ嬢についての話だったのか。でも、劇場での彼女の出番は、元々ソロだろう?」
「そうっ、じゃなくてっ――――」
この後、翻訳係のイモ子を交えた聞取調査は、次のような結果であった。
現在、イライザ嬢の出番は、幕間だけの場繋ぎ的な端役にすぎない。
それでは彼女の高い能力を活かせず、勿体ないお化けが出てしまう。
なので、定期的にイライザ嬢のソロコンサートを開催するべきでは。
いやむしろ、ソロデビューさせない方がおかしい。
プロデューサーであるはずの貴様の目は節穴か。
御託はいいからさっさと実行せよ!
後半は意訳混じりだが、だいたいそんな内容である。
イライザ嬢の愛弟子であり、恩人だと崇めているフラーウムにとって、今の状況は看過できないらしい。
男が苦手で引っ込み思案な少女だと思っていたから、とても意外でびっくりした。
今更ながら、何度も、思う。
女は強いな。
「ふむふむ、フラーウムの気持ちは痛いほど分かったし、合理的な提案だとも思う。しかし、肝心のイライザ嬢の意向は、どうなっているのかな?」
「イライザ先生はっ、遠慮して、言い出せないだけ、だと思いますっ」
「つまり、イライザ嬢本人からの申告ではないと?」
「うー、あー……」
「でも、きっと本人も、そう望んでいると?」
「はっ、はいっ!」
「…………」
「…………」
「だから今後、イライザ嬢と話し合って、ソロデビューに向け段取りするのが、プロデューサーである俺のお仕事だと?」
「はいっ!!」
本当にそうかな……。そうかも……。
可愛い女の子の言動は、全て正しく思えてしまうから不思議だ。
可愛いは正義だと言われる所以であろう。
「お仕事頑張ってね、お兄ちゃん!」
「……ふぁーい」
悪口言われたお返しで煽ってくるイモ子と、期待に目を輝かせるフラーウムに見上げられた俺には、頷く以外の選択肢は残されていないのである。
◇ ◇ ◇
「――――というわけだが?」
「そうかい、あの子が、そんなことを……」
それからすぐに移動し、愛弟子からの提案内容を師匠に伝えると、そんな言葉が返ってきた。
「あの子」と呟くその表情には、様々な感情が交じっているように思える。
困っているようで、喜んでいるようで……。
弟子と師匠の関係を超えているようで……。
愛弟子じゃなく、愛娘かな。
「それで、お母さんはどうしたいんだ?」
「だれが母親だよっ!?」
よかった、そこはちゃんとツッコんでくれるらしい。
スルーされたらどうしようかと思ったぞ。
「まあまあ、落ち着いてくれ。興奮すると身体に悪いぞ、もう若くないんだから」
「……まったく、あんたはどうしてこう、デリカシーに欠けるんだろうね」
「俺の辞書にそんな文字は載っていないからな」
「開き直るんじゃないよっ」
よしよし、いつもの調子に戻ったぞ。
湿っぽい話なんてしたくない。
それが同世代の女性が相手ともなれば、尚更だ。
「しかしあんたが、小娘の我が侭に真面目に向き合うとは思わなかったよ」
「俺は全世界の少女たちの味方だからな。それに、圧が凄かったし、圧が」
「まったく、あの子にも困ったもんだよ」
困ったように笑う姿は、本当の母親にしか見えない。
もしかして、隠し子だったりするのだろうか。
年齢的に十分有り得るし。
「……何だか、失礼なことを考えてる顔をしているね?」
「ははっ、気のせいさ。それより、この件の落としどころについて確認したいのだが」
「落としどころ、か……」
誤魔化すのと同時に、話を進めるとしよう。
まあ、落としどころも何も、「イライザ嬢本人がお断りした」という水戸黄門様の印籠をお借りできれば一発解決なのだが。
だから、イライザ嬢が笑って一蹴するのを期待していたのだが。
どうやら、そう簡単に事が進まないらしい。
「正直な話、あんたは、私の歌がソロでも通用すると思うかい?」
否定を前提とした軽い口振りで、しかし、隠しきれない真剣味を孕んだ声色で、彼女は尋ねてくる。
俺は、芸術関連の才能と引き換えに、高い戦闘能力を手に入れたような脳筋スペックだから、意見を求められても困る。
だが、近代日本で暮らし、テレビを通して多くの音楽に触れてきた身として、真面目に答えるとしよう。
「イライザ嬢の歌唱力は、間違いなく高レベルだが、それだけで通用する世界じゃないと思う。特に、ソロでは、な」
「…………」
「アイドルグループとして売り出しているネネ姉妹やフラーウムたちが評判を得ているのは、歌や踊りが上手いから、だけじゃない。多重が織りなす彩りや、文化の違いが影響する物珍しさや、圧倒的な魔力による演出があってこそ」
「…………」
「だけど、ソロの歌だけだと、飾り付ける余地が少ない。それに、一般人はそれほど音に敏感じゃない。多少上手い程度の差異を明確に感じ取れるほど、人の聴力は高性能じゃないのさ」
「…………」
イライザ嬢は、目を見開いたまま、沈黙している。
ちょっと強く言いすぎたかな。
いやでも、これくらいはっきり言わないと、無謀なチャレンジで失敗して困るのは他ならぬ本人だし。
「……驚いたよ。まさかあんたの口から、そんな言葉が出てくるなんてね」
「ふっ、俺は女に甘く見えるかもしれないが、本当はニヒルでワイルドなチョイワルオヤジなんだぜ」
「逆だよ。まさかあんたから、そんな優しい言葉が聞けるなんて思わなかった、って意味だよ」
「優しい? どこが? むしろ辛辣だと思うが?」
「全部だよ、全部。ちゃんと私に気を使った説明にしてるじゃないか。特に最後なんて、悪いのは歌い手じゃなく聞き手だと言ってるしね」
「……別に、本当のことを言っただけだ」
「本心だとしたら、あんたも丸くなったもんだね。あの子たちの子守りばかりしているせいかもしれないね」
子守りなんてしていないのだが?
むしろ、性的搾取なコンテンツ運営で訴えられる側なんだが?
俺のアイデンティティが疑われるような意見は勘弁してほしいのだが?
「ま、まあ、おっさんが女性に優しいのは当然。下心ありきの優しさってヤツさ」
「ほー、今度は照れ隠しかい。安心したよ、あんたも人の子なんだねぇ」
もうやめて!
成長した愚息を見るような慈しみの目で見ないで!
バブみプレイには興味あるが、それはちょっと違うじゃんかよ!?
「こほんっ! ソロデビューについてまとめると、俺というか、世間一般の評価としては、かなり厳しいと思われるが、重要なのは本人の意志。イライザ嬢がどうしたいのか、だ!」
さっさと話を進めてしまおう。
俺としてはどっちでもいいのだが、俺が決めると俺に責任が生じてしまうので、イライザ嬢に選択を委ねるという体にしておきたい。
彼女は、世間と男の醜さをよく知る元娼婦だから、きっと現実的な判断を取ってくれるはず。
「……私の意志が大事ってことは、私の希望を聞いてくれる、ってことかい?」
「ああ、そうだ。正確にはイライザ嬢というより、フラーウムの希望になるかもしれんが」
「ふふっ、憎まれ口にもキレがないね」
「男にだって調子が悪い日くらいあるさ。寄り道はもういいから、イライザ嬢はどう思っているんだ?」
「…………そうだね、私も、あんたと同じ意見だよ。三十を過ぎて衰え続ける私が今更どんなに頑張っても、どうにもならない厳しい世界だろうね」
「うむ、それじゃあ――――」
「でもねっ、あの子はそう思ってないんだっ!」
「…………」
「私はっ、あの子の期待を裏切りたくないんだよっ」
「…………」
「裏切るわけには、いかないんだよ……」
「…………」
おっも!
世捨て人に等しい独身中年男に、激重感情ぶつけるの止めてもらえます?
反応に困るから。
夢見がちな娘の我が侭を、現実的なお母さんにお伺いし、諫めて終わる。
そんな簡単な話だと思っていたのに。
娘を甘やかすのは父親の役割で、母親は反対に厳しくするのが、家族として正しい役割分担じゃないのかよ。
「――――――」
イライザ嬢が、俺を見ている。
赤みがかった表情で、少し潤んだ瞳で、俺を直視してくる。
なーにが「俺が丸くなった」だよ。
一番変わったのは、お前じゃねーかよ。
出会った当時の、娼婦特有の気だるく投げやりな感じは、どこにいっちゃったんだよ。
どうしてこんなに、重い女になっちゃったんだよ。
……もう一度、言おう。
「お母さんかよっ!?」




