舞台アイドルのスキャンダル①/家出娘の里帰り
「商人様、いつもありがとうございます」
「いえいえ、全て商売の一環で、私にも十分利益がありますから、お気になさらず」
「……ところで、その、私どもの娘は元気にやってるでしょうか?」
「んん? むすめ?」
俺が個人的に食料供給基地として契約している村にて。
通りすがりの村人Aと何気ない会話を交わしていたところ。
唐突に転換された会話に即応できず、思わず素で問い返してしまった。
「娘というのは、王都で暮らしているという、元奴隷のブラウのことですが……」
「あー、はいはいっ、都会の劇場で輝くアイドルを夢見て自ら奴隷に志願したアバンギャルドな家出娘こと、俺の似非妹のことですねっ」
「いもうと?」
「失礼、妄言でした。それはともかく、彼女は誰よりも頑張り屋さんで、その努力が実って先日デビューを果たし、今では一躍有名人の仲間入りですよ。あっ、これは妄言じゃありませんよ」
ふー、危ない危ない。
必死に説明しつつ、心の中で冷や汗を拭う。
そういえばこの農村は、王都の劇場で活躍中の新人アイドル「トリ・コロール」のリーダー兼俺の似非妹である、青色のショートカットが可愛いブラウの故郷なのをすっかり忘れていたな。
となると、先ほど質問してきたご夫婦とその隣に立つ気弱そうな少年が、ブラウの家族になるのだろう。
やや疲れている感じのご夫婦は、美男美女が多いこの世界では普通の容姿なので、親近感が持てる。
まあ、結婚している時点で相容れぬ関係なのだが。
もう一人の気弱な少年は、ブラウたちを購入する際に事情を聞いた弟君であろう。
農産物の生産量向上に努めてもらうため、村人には魔法薬を配布しているので健康体のはずだが、今ひとつ元気が足りない。
長女であるブラウは、弟君の代わりに奴隷になった側面もあるそうだから、その意を汲み取ってバリバリ働くべきだと思うのだが。
「そんなわけで、彼女は王都で元気にやってますから、ご安心ください」
「そう、ですか。それは、良かったです……」
「ははっ、子供なんて放っておいても勝手に育っていくものですよ。特に女の子は、一足飛びで大人になるって言いますからね」
「…………」
「それに彼女は、一人じゃなく、心強い仲間と一緒にチームを組んで活動しているんですよ。まあ、その中では一番才能が無いんですけどね」
「…………」
俺がどれほど太鼓判を押しても、ご両親と弟君の表情は晴れない。
言葉で説明しても、遠く離れた地で暮らす家族が心配なのは当然だろう。
俺も似たような身の上だから、その気持ちがよく分かる。
俺の場合は突然失踪したので、どちらかというと心配される側だが。
「あの、商人様に折り入ってお願いがあるのですが……」
だから俺は、彼らからの依頼を快く引き受けることにしたのである。
◇ ◇ ◇
「そんなわけで、我が妹よ、其の方には里帰りを命ずる!」
「…………」
俺からの小粋な提案を聞いたブラウことイモ子は、頬を膨らませ分かりやすく不機嫌な態度になった。
おかしいな、絶対に喜ばれるシーンだと思ったのに。
ちなみに、「里帰り」とは本来、結婚した妻が初めて実家に帰ることを意味するらしいが、単身奴隷として故郷を離れた彼女にとっては、似たような心境であろう。
「そんなにふくれっ面しなくてもいいだろう? まあ、反抗期真っ只中の親不孝な家出娘としては、今更どの面下げて戻っていいのか分からんと思うがな」
「違うでしょっ!? 私の親を不安にさせてるのは、全部お兄ちゃんのせいでしょ!」
「何故だ? ご両親に対する俺の説明は完璧だったはずだが?」
「私のことを忘れてたり、過剰に褒めたり、さりげなく貶したりしてたら、誰だって疑うでしょ!」
うーむ、俺の似非妹が何を言っているのか、よく分からんのだが。
これが思春期ってヤツか。
「まあまあ、落ち着いて。人と人が理解し合うのは難しいから、多少の誤解が生まれても致し方ない。だが、ご家族が離れた地で暮らす娘を心配しているのは、紛れもない事実。ちょうどデビューも果たし一段落つく時期だから、この機会に親に顔を見せて安心させるのも子の義務だぞ」
「……急に真面目ぶらないでよ」
「ふふふっ、悩める妹を正しい道へと導くのは、お兄ちゃんの責務なのだよ」
「本当のお兄ちゃんじゃないくせにっ」
「血の繋がりよりも、心の繋がりが大事なのさ」
「練習中もろくに顔を出さないで、いつも放っておいてるくせにっ」
ああ言えばこう言う。
さすがは、多感なお年頃の十四歳。
十代の中でも、特に十四歳は特別感がある。
中二病真っ只中だし、エヴァには十四歳の子供しか乗れないし、楳図かずおの漫画のタイトルもフォーティーンだし。
「お兄ちゃんであるこの俺が、こんなにも誠心誠意お願いしているのに、どうしても受け入れてくれないのか?」
「だっ、だって、家を出てまだそんなに経ってないし、劇には出れたけどまだ一人前には程遠いし……」
「そんなん言ってたら、いつまで経っても覚悟が決まらないし、時間が経てば経つほど気まずくなっちゃうんだぞ」
「だからっ、たまに真面目なこと言うのやめてよっ」
「ふむ、致し方ない。反抗期な妹を窘めるのも、真面目な兄の役目。こうなったら、プロデューサー権限を行使しちゃうぞ」
「舞台女優をクビにしたら、本気で泣き喚くからねっ。ルーネさんとティーネさんに言いつけるからねっ!」
兄の弱点を的確に把握しているとは、まさに妹の鑑。
だが、今回ばかりは屈しないぞ。
「この俺がマイシスターに酷い真似するわけないだろう。ただ、別の手段を取るだけさ」
「べ、別の手段って、なに?」
「想像してみるがいい。舞台に立つ自分を。大勢の観客から歓迎されてる自分を。……そして、その客席の最前列に、ご家族が座っている姿を」
「いやぁぁぁーーーっ!? どうしてそんな酷いこと思いつくのよっ」
「本人が帰るのを拒否するのなら、相手側を呼び寄せるしかないだろう?」
「絶対にやめてっ」
「ふふっ、帰省の有無がイモ子の勝手だとしたら、王都に遊びにくるのもご家族の勝手。偶々遊びにきて、偶々入った劇場で、偶々家出娘に対面したとしても、誰も悪くないから誰も責められないのさ」
「全部お兄ちゃんが悪いんでしょ!!」
いいねいいね、妹に言ってほしい罵倒百選に選ばれそうな台詞、いただきました!
「俺は悪くない。悪いのはいつも運命の女神様。そう、運命の悪戯ってヤツさ」
「うぐぐっ……」
「さてさてどうする、意地っ張りにして賢明なる我が妹よ。素直に里帰りするか、それともご家族を舞台に招待するか。俺としては断然後者をお薦めするが?」
「そっ、そんなの、もう答えは決まってるじゃないっ」
良く云えば、兄から妹へのお願い。
普通に云えば、不自由な二択。
悪く云えば、脅迫。
何にせよ、顔を真っ赤にしてはしゃぐ妹様を拝めて、お兄ちゃんは幸せだよ。
◇ ◇ ◇
「――――――」
三日後。
嫌々準備を終え、無事に里帰りしたイモ子は、ご家族と感動の対面を果たし、引きつった顔をしていた。
反対を振り切って奴隷になった娘に対し、ご両親が口にしたのは、もちろんお叱りのお言葉。
……であったら、どんなに楽であったのだろう。
涙ながらに帰郷を喜び、そして謝罪する父と母と弟を見て、彼女は何を思ったのだろうか。
笑ってはいけないシリーズかな。
「わ、私は元気でやってるからっ。だから、心配しなくていいからっ」
ですよねー。
誇張なく、元気一杯で、充実した日々を送ってますよねー。
ご家族が心を痛めながら農作業に従事している最中、その張本人は伸び伸びレッスンしたり観光したり美味しいもの食べたりと、自分が好きなことばっかりやってますもんねー。
なのに、ご家族からは自己犠牲で頑張る偉いお姉ちゃんみたいに扱われ、いたたまれないですよねー。
これに懲りたら、こまめに里帰りするようにしなさい。
でも、良かった良かった。
これで俺も、金で無理やり買った十代半ばの奴隷少女を好き勝手に弄んでいる変態オヤジ、なんて汚名を着せられなくなるだろう。
いやー、本当に良かった!
「……その、あ、ありがとう、お、お兄ちゃんっ」
嫌というほどご家族との再会を済ませたイモ子が、ふらふらしながら近づいてきて、おずおずとそう言った。
どうやら、罪悪感で心がやられ、一時的に素直モードになっているようだ。
兄としては喜ぶべきだが、素直じゃない妹も好きだぞ。
だが、感謝の言葉はまだ早い。
ここからが、本当の親孝行だ!
『――――えー、ではー、ただいまよりー、収穫祭を始めます!』
ちょうど良いタイミングで、村長が付与紙で創った音声拡張器を使い、声高々に宣言した。
本日は、農作物の豊作に感謝し、また次の豊作を祈念する祭りの日。
元来、村で繰り返されてきた文化であり、昨年は不作で中止したそうだが、今回は一新された村のお祝いも兼ねて開催することになったのだ。
そういう風に、俺が進言したのだ。
『――――本日は商人様のご厚意で、豪華な料理がたくさん用意されています。皆さん、心ゆくまで食べて飲んで楽しんでください!』
「「「おおーーーっ!!!」」」
村長の大声を受け、村人も負けじと叫んでいる。
祭りといえば、美味しい料理が欠かせない。
収穫したばかりの野菜を中心に、肉アイテムを使った様々な料理が並べられ、ビュッフェ形式で振る舞われている。
通常は村人が自分たちで料理を作るのだが、今回は特別感を出すため料理上手な料理専用奴隷であるベル子たちにお願いして用意してもらったのだ。
スイーツ類は、お菓子の国のお姫様から協力料としてもらっているケーキを放出。
こうした機会に消費しないと、自分一人で食べるには多すぎるしな。
これでご婦人方もご機嫌だろう。
むろん、祭りだから、酒も忘れちゃいけない。
この世界の酒は、まだ発展途上で不味いから、魔法で複製した日本酒やワインを並べている。
男衆にはこれが一番のご褒美だろう。
うんうん、しっかり食べ、しっかり鋭気を養い、また明後日からしっかり仕事に励んでくれたまえ。
この程度のお祭りでストレス発散できるのなら安上がり。
効率的かつ質の高い仕事をするために、ストレスケアは必須である。
「そういえばお兄ちゃんさぁ、どうして私だけじゃなくあの二人もこの村に呼んだの?」
「おいおい、言わせんなって。大切で可愛い妹が一人ぼっちだと寂しいだろうから、気を利かせて連れてきたに決まっているだろう?」
収穫祭の特別なお客様は、青い髪のブラウだけではない。
黄色い髪のフラーウムと、赤い髪のロートも一緒。
王都の劇場に颯爽と現れた新人アイドル、トリ・コロール揃い踏みだ。
ゲストであるフラーウムとロートは、二人一緒にスイーツを攻めている。
正反対な性格の二人だが、ティーンの少女らしくお菓子好きで、仲も良好らしい。
仲が悪いアイドルグループなんて嫌だもんな。
「ふ、ふーん、お兄ちゃんもたまにはイイコトするんだね」
「俺はいつも、妹の役に立つことしかしてないぞ」
「はいはい」
イモ子は、笑いながらそう言うと、ケーキを頬張るチームメイトのところへ走っていった。
よしよし、本調子が戻ってきたご様子。
そうでなくては、困る。
祭りに、浮かない顔は要らない。
『――――これより、余興を始めます! 皆さま、お食事を楽しみながらご観覧ください!』
食事が一段落した頃、再び村長の大声が響き渡る。
村人が視線を向けるその先には、木で造られた簡易ステージが置かれていた。
「準備できたみたいだねー」
「あー、そう、だね」
「えっ、余興? 誰が何するの?」
食事を終えた三人の新人アイドルが、俺の下にやってくる。
いや、戻ってきた、と言うべきか。
「誰かじゃない、イモ子がやるんだよ」
「ほへ?」
俺のツッコミに、緩みきっていたイモ子の顔が強ばる。
そう、本日はお祭り。
お祭りに不可欠なのは、料理、酒、そして踊り子なのだ。
『――――今回の余興には、これまた商人様のご厚意で、王都で活躍する三人の踊り子が来てくれています! なんとその中の一人は、この村の一員であるブラウちゃんです! さあ皆さま、拍手でお迎えください!!』
「「「うおおおーーーっっっ!!!」」」
「えっ、うそっ!? なにこれっ!? 私何も聞いてないけどっ!?」
「最初に言っただろう、村で祭りがあるから里帰りして歌ってくれって」
「初耳だけどっ!?」
「おや、そうだったかな? めんごめんご、うっかりしていたよ」
「絶対にわざとでしょっ!!」
「ははっ、サプライズサプライズ」
サプライズだからといって、必ず成功するとは限らない。
サプライズでプロポーズしたものの、無残に断られる動画、最高にメシウマである。
まあ、まさにお祭り騒ぎの最中だから、たとえ失敗してもウケるだろうさ。
「なあ、イモ子や。経過はどうであれ、ここまで御膳立てされ、村の人たちもあんなに歓迎してくれているんだ。……よもや、断るなんて言わないよな?」
「うぐっ……。で、でもっ、フラーウムやロートだって、いきなり歌えと言われても困るよねっ?」
「あたしはいいよー。最初っからそういう話だったしー。コーラとポップコーンを一ヶ月食べ放題って約束だしー」
「買収済みっ!?」
くくくっ、俺の仕込みに抜かりはないのさ。
「でもっ、フラーウムは嫌だよねっ! お菓子の誘惑に負けないよねっ!?」
「……あー」
「ふ、フラーウム?」
「お、お菓子は、大切だけど、家族は、もっと、大切」
「――――っ」
なるほど、今回のサプライズに、恥ずかしがり屋なフラーウムが協力してくれたのは、そうした理由があったからなのか。
歌の師匠であるイライザが言っていたが、身寄りがないフラーウムの言葉は重い。
言葉が出てこないイモ子も、それを知っているのだろう。
「そうだぞ、イモ子よ。俺の地元には『孝行したい時分に親はなし』なんて言葉がある。それに、負い目を感じている弟君に、歌と踊りで元気をあげるのは、お姉ちゃんにしかできないんだぞ」
「おっ、お兄ちゃん――――便乗して無駄にイイハナシにするの、ほんとやめてっ」
だめかー。
上手く繋がったと思ったのになー。
でもな、似非妹よ。
俺はもう、本当の妹や弟、そして両親には、たぶん会えないんだよ。
死に別れじゃなくとも、突然親孝行できなくなることもあるんだよ。
「――――もうっ、分かったわよっ。歌えばいいんでしょ、歌えばっ!」
フラーウムと俺からの視線、それに村人からの熱い期待に屈したイモ子は、やけくそ気味に叫ぶと、両手で仲間の手を引っ張って、ステージへと駆け上がっていった。
直後、鳴り響く爆竹音と、流れ出す音楽。
良い仕事してますね~。
仕込んだのは俺ですけどね~。
「「「わぁぁぁーーーっ」」」
初めて見聞きする異国の音楽劇、しかも若者向けなのでウケるか心配だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
ぶっちゃけ、酒で盛り上がっている場なので、若い娘さんが登場しただけで成功は約束されている。
イモ子のご両親は、最前列で涙を流しながら、娘の晴れ姿を見守っている。
幼稚園のお遊戯会で初めて踊る我が子を見る気持ちかな。
気弱な弟君も、俺が渡した特製のうちわを精一杯フリフリしながら目を輝かしている。
ちなみにそのうちわには、「お姉ちゃんしか勝たん!」と書かれている。
性癖壊れてないといいんだけど。
一方の俺は、一歩下がったところで、後方保護者ヅラ。
付与紙で創ったビデオカメラもどきを構え、似非妹の雄姿を余すところなく記録する。
ふははっ、いいぞいいぞっ。
おっと、歌詞を間違えたな。
ダンスもワンテンポ遅れているし。
顔も真っ赤で、お目々もぐるぐるしているし。
王都の劇場では、凡人代表として意地でもミスしない彼女にしては、とても珍しい。
やはり、ご家族の目の前で歌と踊りを披露するのは、恥ずかしいのだろう。
歌謡劇に疎い村人がミスに気づいていないのが、せめてもの救いか。
うんうん、とても良い酒の肴ができたぞ。
後でネネ姉妹も一緒に、アイドル組みんなで鑑賞会をしよう。
イモ子も泣いて喜んでくれるだろうさ。
――――そう、思っていたのに。
それからしばらくの間、彼女は「お兄ちゃん」と呼んでくれなくなった。
きっと、準備不足でのミニコンサートだったから、ご家族にベストパフォーマンスを見せることができず、不満だったのだろう。
ふふふ。
安心してくれ、最愛なる妹様よ。
次はちゃんと、ご家族を王都の劇場に招待するから。
もちろん、妹様には内緒で、な。




