人様に迷惑をかけてはいけない理由 1/2
≪ 復讐者 ≫
ようやく……、ようやく機会が訪れた。
両親の仇である極悪人が、油断し、部下と離れ、ようやく一人っきりになったのだ。
しかも、おあつらえむきに、人影が無い真夜中。
多くの酒を飲んだ極悪人は、ふらつきながら、あてもなく街中を彷徨っている。
深夜の散歩を楽しみたいだとか、そんな下らない理由だろう。
こちら側の目的は仇討ちだから、相手側の事情なんて関係ない。
「……もうすぐ、もうすぐだ」
千載一遇の好運を逃してはならぬと、復讐に燃える青年は、極悪人の跡をつけながら、刃物を強く握り締める。
その手が震えている事実を知り、今更怖じ気づいている自分自身に嫌気が差す。
自分の記憶は、幸福と絶望で半分半分だ。
両親と暮らしていた幸せな前半。
全てを奪われた中間の一瞬。
そして、復讐を果たすため、身体を鍛え、相手を探し出し、チャンスを窺っていた後半。
費やした時間は前半と後半で同じくらいなのに、前半の幸福は淡い幻のように感じられ、逆に後半の絶望は色濃く全身に染み渡っている。
復讐が終わったら、嫌な記憶を全部忘れて、また幸せな時間に戻れるのだろうか……。
「――――今だっ」
チャンスの中の大チャンスがやってきた。
路地裏に入った極悪人が、壁に向かって立ち小便し始めたのだ。
平然と公序良俗違反を犯す相手に更なる怒りと嫌悪感が増すが、今は喜ぶべき。
油断しきっているその背中に、自分が味わった絶望と同じくらい、深く深く刃を突き立ててやる!
「死んで償えっ!!」
……何が、駄目だったのだろう。
感情が昂ぶって、直前に叫んでしまったところだろうか。
その前に、緊張で身体が震え、何度もつまずきそうになったところだろうか。
それとも、相手が一人になったら殺せると、考えてしまったところだろうか……。
「――――――」
後ろを振り向くまでもなく、裏拳で反撃してきた極悪人が、我慢できないとばかりにゲラゲラと笑っている。
顔面を殴られ意識が朦朧としている自分は、地面を這いつくばりながら、その様子を睨むことしかできない。
「――――――」
全部、極悪人の手の内だったのだ。
部下を遠ざけ、一人になってみせたのは、自身が油断していたからではなく、相手を油断させるため。
全部が全部、周囲をチョロチョロ嗅ぎ回っているネズミを誘き出すため。
こうして、惨めな姿を拝むため。
「――――――」
愉しくて愉しくて仕方ないといった甲高い笑い声が、深夜の街中に響き渡る。
心の底から愉悦を感じているのだろう。
ひ弱な少年だった自分だけをあえて見逃し。
長い時間をかけて極上の復讐者に仕立て上げ。
結局、何も果たせないまま朽ちていく敗北者を上から眺める。
なるほど、これ以上の道楽は、無い。
「――――――」
……復讐を誓う青年が間違っていたところ。
それは、人殺しに慣れきった高レベルの殺人鬼を、自分一人で倒そうと考えたところ。
青年は、復讐を誓ったその瞬間から間違っていたのだ。
「――――――」
笑い疲れた極悪人が、それでもまだ笑いながら、地べたを這い回る自分に手を伸ばしてくる。
そういえば、両親を殺した時も、こいつは笑っていた。
自分たち家族は、こいつの道楽的殺人を盛り上げる「コマ」にすぎなかったのだ。
盤上の「コマ」を自由に操る「差し手」に対し、一介の「コマ」にすぎない自分ができることなんて、何もなかったのだ。
ああ、人の世とは、こんなにも残酷なのか――――。
「おいっ、うるさいぞっ!」
「……は?」
「……え?」
唐突に割り込んできた空気を読まない声に、極悪人と青年は、間の抜けた顔を横に向ける。
そこには、中年の男が立っていた。
どこにでもいそうな冴えない顔立ちだが、異様に目立つ。
それもそのはず。
その中年男は、全裸だったからだ。
「夜中は静かにしろと、マッマから教えてもらわなかったのか?」
「…………」
「…………」
「夜中ってのはなぁ、三大欲求の一つである睡眠を貪る時間なんだぞ」
「…………」
「…………」
「さらに、もう一つの三大欲求である、愛人との逢瀬を楽しむ時間でもあるんだぞ!」
「…………」
「…………」
「そんなムーディータイムの余韻を、馬鹿みたいな笑い声でぶち壊しやがって、どう責任を取るつもりなんだぁ? ああん?」
「…………」
「…………」
チンピラまがいのメンチを切りながら、中年男が一人でペラペラと喋っている。
あまりにも場違いな乱入者の登場に、呆れて言い返せないでいるが、どうやらベッドで女と楽しんでいる最中に聞こえてきた笑い声が癪に障り、文句を言いに来たらしい。
それは、いい。
夜中に騒ぐ不届き者への注意は、正義感の強い良識者である証だ。
だが、この場面を目にして、まだ主張すべきことだろうか。
快楽殺人鬼と、その男に今にも殺されそうな青年を前に、他に気にするところは無いのだろうか?
「ふむ、多大な迷惑を被ったとはいえ、ダンディで紳士な俺は、先入観に惑わされない。だから、ここで改めて問おう。――――先ほど、大声で笑っていたのは、誰だ?」
「…………」
「…………」
馬鹿な、そう本当に馬鹿な、質問である。
この場には、全裸の中年男以外には、殺人鬼と、その犠牲者しかいない。
誰が勝者の笑みを浮かべていたかなんて、考えずとも分かるはずなのに。
……なのに、青年は、まだ上手く動かせない腕を必死に上げ、殺人鬼を指差した。
まるで、極悪非道な快楽殺人鬼よりも、場違いな全裸男を恐れているかのように。
「ほうほう、反対意見が無いから、それが正しいと断定するぞ。では、次の質問だ。あんなに大声で笑っていたのは、止むに止まれぬ理由があったからか? たとえばそう、突然夜中に笑わないと死んじゃう病を患っているとか?」
「…………」
「…………」
まだ終わらない馬鹿な質問に対し、やはり返事は無い。
だが、地面に伏す青年は、必死に首を横に振る。
「ほうほう、では、最後の質問だ。先ほどの馬鹿丸出しな笑い声の主は、自身が大馬鹿野郎であることを認め、深く深く反省し、金輪際近所迷惑になる馬鹿な真似はしないと誓うか?」
「…………」
「――――――」
青年は、もう反応しない。
する必要が、ない。
最後の質問は、殺人鬼だけに向けられているからだ。
そして、馬鹿にされた殺人鬼が、もう我慢できないとばかりに、全裸男に襲いかかっていったからだ。
「なるほどなるほど、馬鹿は死ななきゃ治らないっていう格言は、本当だったようだな」
全裸男は、最後にそう言い残し、最後まで一切隠そうとせず、女を待たせていると思われる部屋へと戻っていった。
何の予備動作も無く、ふわっと身体を浮かし、すぐ近くにある二階の部屋へと……。
「…………」
後に残されたのは、ようやく身体を動かせるようになった復讐者と。
気絶している、殺人鬼。
この目で見てもまだ信じられないが、全裸の冴えない中年男は、高レベルの殺人鬼をあっさりと一撃で倒し、地に伏す青年に一瞥もくれず、そのまま去っていったのだ。
「…………」
復讐を誓ったはずの青年の中に湧き上がる感情は、無。
圧倒的な、無。
そんな虚無の中に身を置きながら、無表情のまま立ち上がり、地面に転がる殺人鬼へと近づき、その心臓に刃を突き立てた。
これにて、長きに亘る青年の復讐劇は、幕を下ろしたのである。
「…………」
復讐を終えた青年は、思う。
自分はただの「コマ」で、殺人鬼は「差し手」であったのは、間違いない。
だけど、あの全裸男は、そのどちらでもない、ただの「観客」であった。
ただの「観客」が、「コマ」を打ち付ける音がうるさいからと、盤上を引っ繰り返していったのだ。
「……明日から、真面目に働こう」
この世に生きる大勢は、「コマ」である。
その上位者も、所詮は「差し手」にすぎない。
気まぐれな「観客」を楽しませるためだけに生まれてきた、娯楽の一部なのだ。
ならば、せめて、普通に生きよう。
普通に働いて、普通に結婚し、普通に子供を育て、そして普通に死のう。
そんな普通の人生であれば、「観客」は興味を持たないはずだから。
それだけが、喜びも悲しみも全て無に帰す「観客」に復讐する、唯一の手段だから。
≪ 戦争請負人 ≫
歴史に人類の天敵である魔族が登場し、人類間の戦争が禁止されてから、数百年が経つ。
大規模な戦争を起こすと、漁夫の利とばかりに魔族が介入し、双方とも壊滅するからだ。
このように国家間の争いは御法度だが、小規模であれば問題ない。
たった一人の力でも、都市を壊滅するのは可能なのだ。
都市の存続において、本当に怖いのは外部ではなく、内部。
秩序があってこそ、社会は成り立つ。
だからこそ、内部から壊した方がより効果的。
たった一人で政治に介入するのは無理だが、亀裂を入れることはできる。
作るよりも、壊す方が、ずっとずっと簡単だから。
そう、文字通り、中枢を担う人物を壊して殺してしまえばいい。
それは要人も承知していて簡単にいかないが、だったら簡単に壊せる一般人を狙えばいい。
一般人がいなくなっても影響は小さいが、それでも積み重ねれば大きな亀裂となる。
いつ知れず、無差別に殺される恐怖。
殺人鬼を捕獲できない、無能な衛兵。
庶民の生死を歯牙にも掛けない政治。
適当に一人ずつ殺していくだけで、やがて都市全体が崩壊する。
それを成し遂げる力が、彼にはある。
たった一人で都市を壊滅させてしまう、都市単位の殺し屋。
戦争が禁止された世界で、戦争級の被害を生み出す、「戦争請負人」。
ああ、今日もまた、憐れな犠牲者が一人。
戦争請負人の手にかかり、命を落とす。
「ふむ、一応聞いておこう。この俺に刃を向けたのには、正当な理由があるのか? 誰かに頼まれたのか? それとも、この俺に親でも殺されたのか? もしくは、恋人を寝取られたのか?」
「……え?」
――――はずだったのに、無防備な首元に刃が触れる瞬間、その手が掴まれてしまった。
「無回答は否定とみなすぞ。では、次の質問だ。誰か他のイケオジと間違っていないか? 確かに俺は、気品溢れるダンディな紳士だが、この街に来たのは初めてだぞ?」
「そ、そんな……」
「人違いでもなさそうだな。では、最後の質問だ。お前には、可愛い娘がいるか?」
「おっ、お前は、いったいっ!?」
「全て否定、と。ならば、後顧の憂い無し。間違っても、平和ボケを楽しむ俺の地元には転生してくれるなよ」
「――――――」
かくして、人知れず、戦争請負人は、この世から姿を消した。
作るよりも、壊す方が、簡単。
戦争を生み出すよりも、その張本人を壊す方が、ずっとずっと簡単なのである。
▼あとがき
コミック版の第6話が本日から配信開始されています。
ついにお嬢様&メイドさんのターンが始まります!
是非ご覧くださいね!




