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お嬢様とメイドの奮闘記⑮/ディベート合戦




「私は、断固、抗議するわ!」


 ソマリお嬢様は、毅然とした表情で、そう言った。

 彼女の意志は、固い。

 けっしてゆずれない願いがあるのだろう。


「今こそ平和で平等な世界を取り戻さなきゃいけないのよ!」


 秩序を求める彼女の言葉は、正しい。

 思わず手を叩いて称賛したくなるほど、立派だ。

 それが、食後のスイーツのため、でなければの話だが……。


「おいおい、お嬢様よぉ。我が侭は自分のお屋敷の中だけにしてくれよなぁ」

「我が侭じゃないわよっ! これは正当な主張なのよっ!」


「だって、文句言ってるのはお嬢様だけで、他の参加者は沈黙しているじゃないかっ」

「それはいつも私だけが損しているからでしょっ」


 本日のお嬢様は、いつも以上に語気が強い。

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。

 まあ、彼女の主張はもっともで、その元凶は俺なんだけどな。


「いつもゲームで負けてしまう、お嬢様自身が悪いんだろう? 人様の所為にするのはよくないぞ」

「それはいつも私だけに本気を出す旅人さんが悪いんでしょっ」

 

 いつもの場所で、いつものメンバーで、いつもの食事会。 

 最初は俺とコルトとミシルの三人による慰労会だったのに、いつの間にか領主家の三人娘が追加され、随分と賑やかになったものだ。

 それでも月一の催しなので大した負担ではなかったが、最近では十日に一度は強制開催されている気がする。

 気のせいだと思いたい。  


 それは置いておくとして、夕食の後には、簡単なゲームで順位を決め、勝者から順に好きなスイーツを選ぶ余興を行っている。

 勝負といっても、どのスイーツも大差ない上級品を用意しているので、勝敗はあまり意味がない。

 最下位用の明らかに質を落とした品以外は。

 宴を〆るスイーツ争奪戦は、その実ビリケツだけに厳しい罰ゲーム。

 そして、いつも地球製のゲームをしているためか、大抵俺が一番強いので、誰を最下位に落とすか選べてしまうのである。


 ちなみに、本日のスイーツは様々な味付けが施されたカステラ。

 その柔らかいカステラに囲まれるように、よりよりが混じっている。

 よりよりとは、長崎県が誇る日本一硬いお菓子である。

 素朴で美味しいんだけどな。


「どうしていつも私だけ最下位にするのよっ。もっと平等にしてよっ」

「いやだって、まだ子供のコルコルやシュモシュモやミシルに罰ゲームを科すのは可哀想だろう?」


「私とミシルは同じ歳なんですけどっ!? それに歳が理由なら一人だけ二十代のエレレが損するべきでしょ!」

「いやだって、甘党なエレレ嬢が可哀想だろう?」


「私が一番可哀想なんですけどっ!?」


 うっせぇお嬢様だなぁ。


「そんなに不満なら、お嬢様が得意なゲームを提案すればいいだろう?」

「オクサードの街ではゲームで遊ぶ習慣が無いから、したくてもできないのよっ」


 この街に限らず、この世界ではあまりゲーム文化が根付いていない。

 カジノを売りしている街があるので、全部が全部そうじゃなさそうだが。

 料理にもゲームにも興味を示さないなんて、何を楽しみに生きているんだろうなぁ。


「ふむ、では本日は趣向を変えて、口論で優劣を決めるってのはどうだ?」


 このままでは埒が明かないので、お望み通り平和で平等な方法を提案してみる。

 お嬢様に同情したわけじゃないからな。


「言い合いで、どうやって勝負するの?」

「自分が如何にスイーツを食べるに相応しい人物であるのかをテーマに、各々が主張し、より大勢に認めさせた者を勝者としよう」


 さながら、この世で最もくだらない弁論大会ってとこだ。


「……いいわね、それ。そのテーマだったら私、旅人さんにだけは勝つ自信があるわよっ」

「ほう、大きく出たな。であれば、俺とお嬢様との一騎打ちにするか? むろん、自信が無いのなら断ってくれて構わんぞ?」


「望むところね! いつも余裕をかましている旅人さんをドン底に突き落とすまたとないチャンスだわ!」

「よろしい、ならば戦争だ。ではそういうわけで、俺とお嬢様以外はテキトーに順位を決めて食べていてくれ」


 付き合いきれないとばかりに異論は出ず、勝負を破棄して年少組から順に選ぶという、これ以上無い平和的な解決方でスイーツが消化されていく。

 一つを除いて大差ないので、真面目に勝負するだけ時間の無駄だからな。



「――――ではお嬢様よ、頂上対決といこうか。むろん、紳士な俺はレディーファーストで先行を譲るぞ」

「旅人さんが本当に紳士だったら、こんな事態に陥っていないはずだけどね」


 ふむ、どうやら弁論大会で自己主張するというより、相手を言い負かすディベート合戦になりそうな予感。

 俺とお嬢様との関係には、そっちの方が合っているな。


「はぁ~、忙しい忙しい~、私ってば最近お仕事ですっごく忙しいのよね~」


 首と腕を大げさにぐるぐる回しながら、まるで残業続きのOLみたいな小芝居を打ってくるお嬢様。

 口で伝えるだけでなく、ストーリー性を持ち込み、審査員の同情を引く作戦とはやるではないか。


「社交パーティーのお誘いが引っ切りなしにくるし、音楽隊の一員としての出番も多いし、モテモテで困っちゃうのよね~」

「ふーん?」


「あっ、みんなも仕事を頑張っているのは分かっているわよ。ミシルは動く人形が毎日売り切れになるくらい人気で忙しいみたいだし?」

「はははいっ。ままま毎晩夢に見るくらい人形ばかり作っていますっ」


「コルト君も動く人形売りの手伝いや、他の人からもたくさん頼まれて街中を走り回って忙しいみたいだし?」

「へへっ、おかげで稼がせてもらってるぜ」


「シュモレは朝から晩まで立派なメイドになるための特訓で忙しいみたいだし?」

「こんなに戦闘訓練ばかりしているメイドは、世界中捜してもこのシュモレだけなのです」


「エレレは朝から晩まで婚活で忙しいし?」

「……お嬢様、ワタシをオチに使うのはやめてください」


「仕事をせず忙しくない暇人は、旅人さんだけよね?」

「おっと、まさかの二段オチ」


 なるほど、そういう作戦か。

 目の付け所は、悪くない。


「はぁ~、忙しい忙しい~。朝から晩まで仕事でとっても忙しい~。誰かさんのせいですっごく忙しいわ~」


 忙しいアピールは、なおも続く。

 埒が明かないので、仕方なく乗ってみるか。


「誰かさんが美味しすぎるお菓子を持っていたり、音楽隊を作ったりするから、忙しすぎるのよね~」

「そのどちらも、お嬢様から頼まれてしぶしぶ手を貸したのに、ずいぶんな言い草だな?」


「だって、ここまで忙しくなるんて思っていなかったのよっ」

「俺は想定通りだがな」


「ほらっ、やっぱり旅人さんのせいじゃないっ!」


 いや確かに、お嬢様を公務で忙殺させ、俺に構う時間を無くす作戦だったし、それは一定の成果を上げたようだが、こうやってまだ我が家へ襲来しているので、大成功とは言えない。

 元々暇すぎるお嬢様だったので、多少公務が増えても、ある程度の遊ぶ時間は確保できるらしい。

 庶民のお手本となる貴族様だったら、年中無休で働けよ。


「ふん、俺の魂胆がどうであれ、忙しくて結構じゃないか。日々労働に従事できる幸運に感謝しながら地道に生きてこその人生だぞ」

「仕事するのはいいのよっ。私だってそれが当然だって理解しているからっ」


「ふむ?」

「でもねっ、仕事をして当然なのに仕事をせず、しかも豪遊している人が目の前にいたらむかつくでしょ!!」


 俺の対面に座るお嬢様が、ビシッと一差し指を正面に突き出してくる。

 念のため後ろを向くが、誰もいない。

 あー、窓の外に見える月が綺麗だなー。


「白を切ろうとしても無駄よ。旅人さんが仕事をしていないのは、周知の事実ですからね。対する私は、毎日ヘトヘトになるまで仕事を頑張っているのっ。それに以前、旅人さんが自分で言っていたわよね。甘い食べ物には疲れた身体を癒やす効果があるって。だから、無職で疲れていない旅人さんよりも、仕事で忙しくて疲れまくっている私の方が、スイーツを食べるに相応しいのよ!」


 バキューン!という擬音が聞こえてきそうな勢いで、お嬢様は再び、一差し指で俺を射貫いた。

 パーフェクト超人と呼ばれるこの俺の数少ないウイークポイントに着目した見事な切り口である。

 話の展開ぶりも皮肉が利いていて面白い。

 もしもディベート合戦の相手が他の者であれば、この時点でご祝儀代わりに降参していただろう。

 だが、好奇心旺盛なソマリお嬢様が相手という事実が、俺をどうしようもなく駆り立てる。

 彼女をギャフンと言わせることが、俺のライフワークなのだ!


「ふん、勝手に無職扱いされては困る。こう見えても俺は、れっきとした仕事人なんだぜ!」

「あら、だったら旅人さんは、どんな仕事をしているの?」 


「晴らせぬ恨みを代わって晴らす闇稼業――――」

「嘘ね。それって、暗殺ギルドの仕事でしょ」

 

「世界の平和に貢献する仕事。それこそが孤高にして最高の職業である自宅警備員なのだ!」

「それも嘘ね。そもそも、仕事じゃないでしょ」


 俺の軽いボケを、間髪容れず否定してくるお嬢様。

 必殺仕事人はともかく、自宅警備員という日本固有の職業は知らないはずだから、必殺の好奇心スキルの福次効果である真偽判定能力で嘘だと断じたのだろう。

 つまり、他ならぬ俺自身が自宅警備員を仕事だと認めていないってこと。

 ここまでは茶番だが、前振りとしてはちゃんと意味がある。


「まあ、今のは小粋なジョークだが、この俺がちゃんと世間に認められた仕事に就いているのは、本当なのさ」

「……だから、どんな仕事なの?」


「それはプライバシーの侵害になるから内緒だ。でもちゃんと、人様の役に立つ仕事をしているのは本当だぞ!」

「――――えっ、うそっ、じゃないっ!?」


 そう、お嬢様は真偽判定できるが故に、たとえ曖昧な内容でも、俺の言葉を否定できない。

 身分を偽った忍者姿だとしても、俺自身が冒険者稼業に従事しているのは、紛れもない事実だからだ。

 さらに、お嬢様が否定しないことで、他者からも真実として認識される。

 俺が己の信念を曲げてまで定職していた理由の一つは、この時のためだったのだ。


「「「…………」」」


 俺が立派な社会人であるのを知ったゲストの反応は、まさに三者三様。


 お嬢様は、この世の終わりみたいな顔で驚愕している。

 してやったり。


 メイドさんとミシルは、元々俺への評価が高いためか、当然とばかりに納得している。

 愛してるぜベイベ。


 コルコルとシュモシュモは、元々俺への評価が低いためか、まだ疑った顔をしている。

 ひどくね?  


「あっ、ありえないわっ。真剣な表情で汗水垂らす旅人さんなんて、本当の旅人さんじゃないわっ!」


 してやったりだが、そこまで人格を否定されるいわれはないぞ。

 まったく、俺がどうやって稼いでいると思っているのやら。 

 今回の食事会だって、全部俺の奢りなんだぞ。

 もしかして、親の金で遊び回る道楽息子だと思われているのだろうか?

 まあ、道楽ならいいか。


「違う違うっ絶対に違うのよっ! 旅人さんがまともに働くはずがないのよっ!?」

「ギャンブルで有り金全部溶かしたような顔をしてまで否定することか? 働くのが普通なんだから、俺が普通に働いていても変じゃなかろうて」


「旅人さんが普通なわけないでしょ!!」


 いくらお嬢様が、常識や感情で否定しようと、唯一無二である自身のスキルがそれを許さない。

 これでお嬢様サイドから、「仕事をしている」というアドバンテージが失われた。

 だが、どちらも「仕事をしている」状態だから、まだイーブン。

 ならば今から、その前提ごとひっくり返してやる!



「なあなあ、お嬢様よぉ。そもそもの話、お嬢様は自分自身が仕事をしていると言ってるが、はたしてそれは真実なのかぁ?」

「どっ、どういうことよっ? 私が社交界や音楽隊のお仕事を頑張っているのは間違いないわよっ」


「ソレだよ、ソレ。世間知らずのお嬢様は勘違いしているようだが、社交界や音楽隊は仕事じゃなくて、ただの親の手伝いだぞ」

「ふへっ!?」


「仕事の定義とは、生計を立てるために従事する職業であること。つまり、労働の対価として金品もしくはそれに準ずるものを受け取る関係でなければ、仕事とは認められない。さあ、そこで質問だ。お嬢様は労働の対価を受け取っているのか?」

「う、受け取って、いないわ……。でもっ、よく頑張っているなって、お小遣いが三倍になったのよっ!」


「親が子にお小遣いを渡すのは、当然。そして、子が親のお手伝いをするのもまた、当然。加えて言うのなら、お嬢様は働かなくてもお小遣いをもらわなくても、衣食住には困らない」

「それじゃあ、私が、頑張っていたのって……」


「仕事じゃない。ただのお手伝いだ」

「…………」


「真実はいつも過酷だ。親元から独立できず、お小遣いで満足しているお嬢様は、労働者でさえない。ただのスネかじりだっ!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!?」


 スネかじりお嬢様は、奇声を発し、両手で頭を抱えながら、テーブルに突っ伏した。

 敗者に相応しい姿である。

 最後までオーバーリアクションで場を盛り上げる芸人気質。

 嫌いじゃなかったぜ。


「では、勝利の味を噛み締めるとしよう」


 そう言って俺は、残っていた抹茶味のカステラを掴み取り、そのまま口の中に放り込む。

 その間、審査員の誰からも抗議の声が上がらなかったことが、俺の勝利を裏付けている。

 でもなぁ、抹茶味って苦手なんだよなぁ。

 硬くてもよりよりの方がまだ好みだったなぁ

 試合には勝ったが、勝負は相討ちって感じか。


「「「…………」」」


 勝敗に異議はなかったようだが、審査員の一部から非難を含む視線が俺に向けられている。

 高尚な頭脳戦ではあったが、見ようによってはおっさんが小娘をイジメているだけだからな。

 本来味方であるはずのメイド二人から、一切同情されていないスネかじりお嬢様も大概だけどな。

 最後に残されたスイーツであるよりよりを、そっとスネかじりお嬢様の前に差し出す。

 しばらく口に含んで湿らせて食べるのがコツだぞ。


「ううっ、硬い、硬すぎる。でも美味しいっ」


 割とすぐに復活したスネかじりお嬢様が、涙で湿らせながら食べている。

 転んでもただでは起きぬとは、このことか。




「ところで、あんちゃんさぁ。ちょっと気になったんだけど、どのくらいの頻度で仕事してるんだよ?」


 食事会が終わり、ゲストの皆様が帰路につく際、コルトが思い出したように聞いてきた。

 さすがは、直感スキルの持ち主。

 目の付け所がシャープだぜ。


「月に1回だけだが、何か?」

「……それって、ちゃんと仕事してるって言えるのか?」


「労働者の定義は、一定以上の労働時間、もしくは、一定以上の報酬を得ている者だ。前者には当て嵌まらなくても、後者はちゃんとクリアしているから問題ないさ」

「……それって、働くのは最小限で、でも対価は十分もらってるってことだよな。ズルくね?」


「ふはははっ、大人になるってのは、ズルくなるってことなのさ」


 実際のところ、忍者姿による冒険者業は、月一の労働に対し、金貨10枚程の稼ぎしかない。

 冒険者ギルドの評価ポイント重視で、割の合わない死蔵案件ばかり受けているから、対価はあってないようなもの。

 それでも月に金貨10枚であれば、この世界では平均年収と同程度なので、十分働いているといえる。


「旅人さんが働いているのは、月に一回だけ? そんな相手に、私は負けたの?」

「お嬢様、早く帰らないと門限に間に合いませんよ」

「まったく、世話が焼けるのです」

  

 最後の最後に衝撃の真実を知ったスネかじりお嬢様が、愕然とした表情のままメイド二人に引っ張られて退出していく。

 知らずに終わっていれば、少ない精神ダメージで済んだのに、ほんとお笑いの神に愛されたスネかじりお嬢様である。


 俺の弱点が「仕事」である点に目を付けたスネかじりお嬢様は、間違っていなかった。

 しかし、より正確には、「仕事をしているか・していないか」ではなく、「労働している時間の長さ」に焦点を当てるべきだったのだ。

 であれば、スネかじりお嬢様にも十分勝ち目はあったのに。


「労働」とは、生産や生活手段をつくりだす人の活動。

 だから、スネかじりお嬢様のお手伝いも「労働」に該当する。


 だけど、俺の「労働」は月一の冒険者業だけで、後はただの「道楽」だからな。


▼あとがき

コミック版の第5話が昨日から配信開始されています。

前回に続き、コルコル無双が止まりません!

是非ご覧くださいね!

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