モンスター・ハンター 3/3
フリースタイル方式、開戦!!
VS.50代女性。家事手伝い。専業主婦と両親との同居希望。
「お仕事と年収は? えっ、無職っ!? それでどうやってこの私と私の両親を養っていくつもりなの!? 私の貯金? 年金? そんなものあるわけないでしょ! ふざけるのも大概にしてちょうだい!!」
VS.40代女性。実家の手伝い。専業主婦希望。
「私はこれまで、自分磨きを頑張ってきたのよ。毎月高級な美容室に通って肌を整えているから、二十代前半に見えるでしょう。全部未来の夫のために頑張ってきたんだから、それに使った借金は当然結婚相手が支払うべきよね。……え? 実家の手伝いで得た収入はどうしているかって? ああ、手伝っているのは掃除とか洗濯だから、収入は無いのよね」
VS.30代女性。アルバイト。専業主婦希望。
「私は体力に自信がないので結婚後はすぐに仕事を辞めます。子供は産むのが大変だし育てる自信も無いので不要です。私への毎月のお小遣いは最低金貨10枚は必要です。家事は苦手だからお手伝いを雇うか奴隷でも購入してください。だから健康な貴男はすぐに就職して毎日休みなくいっぱい稼いでください。……え? 私は何をするのかって? 特に何もしませんけど? 美人で気立てのいい私が家にいるだけで十分幸せでしょう?」
VS.20代女性。正社員。共働き容認。
「年収はそこそこでいいし、何なら私が養ってもいいけど、十代前半で線の細い美少年しか生理的に無理なんです。だから旬が過ぎている貴男では絶対に無理なんです。……え? 魔法で好みの外見に変わったら考え直してくれるかって? ごめんなさい、どんなに外見が良くなっても中身がオジサンだと思うだけで絶対に無理です!」
VS.10代女性。学生。お姫様希望。
「私はお姫様になるために生まれてきたの。お姫様にはどんな敵からも守ってくれるナイトが必要なの。だから、魔族なんかよりも強い男と結婚するの。……え? 魔人の首を持ってきたら結婚してくれるのかって? うん、いいよ! でもオジサンは私好みの外見じゃないから、最低でも魔人5体は倒してきてね!!」
対戦結果発表。
「――――参りました。顔だけじゃなく全身を洗って出直しますので、どうか勘弁してください。いやもう本当に!」
フリースタイル方式を始めてから、十日後。
対戦する前の謎の自信はどこへやら、すっかり意気消沈してしまった緑髪の中年男は、ぶるぶると震える声で呟いた。
「婚活業界の奥深さをナメていました。俺のような若輩者に、真理の扉である結婚はまだ早かったようです。いやまさか、この俺が『とっくにライフゼロ状態』に陥るとはね。これなら魔人に戦いを挑む方が断然楽ですよ。そんなわけで己の未熟さを痛感したので、一度退会して鍛え直そうかと思います」
「反省されるのは大変結構ですが、何も退会までされなくてもよろしいのでは?」
「いやー、この世界の女性は心が強いとは知っていましたが、まさかあそこまでとは思いませんでした。俺の理想なんて、彼女たちに比べたら全然大したことなかったんです。一般的にはマイナス評価されかねないポイントを強引に長所に置き換えてしまう自己肯定能力。プラス思考を信条とするこの俺でも、到底敵わない領域にあると思い知らされました。人は自分のことを二の次にして、あれ程までに理想を追い求められる生き物だったんですね。メンタル化け物かよ」
「……あの、ショックを受けられるのは大変結構ですが、高すぎる理想については絶対に真似してはいけないところですよ?」
「いいえっ、そんなことありませんっ! 理想無くして人は生きていけないんです! 俺も希望年齢が16歳とか甘いこと言ってないで、もっともっと下げるべきなんです! それを人目憚らず自信満々に主張できる心の強さを養うべきなんです!!」
「……15歳未満の女性との結婚は、普通に犯罪ですからね」
荒療治になればと、確かに思っていた。
映し鏡のように異性のモンスターと対峙すれば、過ちに気づき意識改革できるのではと、思っていたのに。
まさか、その反省を、更なる理想の向上に注ぎ込むとは、予想外にも程がある。
やはり彼は、どこまでも予想を斜めに駆け上がる真・婚活モンスターであったのだ。
「お客様は、入会されてまだ十日で、期限の一ヶ月間まではまだ時間があります。そこで、最も過酷なフリースタイル方式での経験を活かし、総合評価点方式に切り替えてみてはいかがでしょうか?」
「チャレンジ精神は大事ですが、最初に言ったように、俺の評価点は低いので無駄だと思いますよ。具体的には、年収10+強さ10+地位0+結婚観0+外見5+年齢5の合計30点程なんですよ。こんな赤点の場合、どんな女性とマッチングできるんでしょうかね?」
「平均を大きく下回りますので、女性で同じ点数だと、年齢は40歳以上、容姿や種族は特殊で、結婚観は無いに等しい相手になります」
「ですよねー。俺が求める条件の若さには、かすりもしませんよね」
「しかし、そこで停滞してしまっては、いつまで経っても理想の相手とは巡り会えません。評価点とは残酷でありながら、平等でもあります。だから、逆に考えてみてはどうでしょう。評価点が低いので高齢の女性としかマッチングできないということは、評価点さえ上げれば若い女性でも選び放題。それこそ、お客様が望む十代の女性ともマッチングできるのですよ?」
「ははっ、要するに本気で若い娘をゲットしたければ、まずは自分磨きをしろ。具体的には、さっさと就職しろ、ってことですね」
「率直に言えばそうなります。こんなに察しが良いのに、どうしてこんな……」
「長い時間を使って熟成された性癖が、短時間で改善できるようなら苦労しませんよね」
「それはごもっともですが……」
「それに、金や力で着飾った外面だけ好まれても、どうせ長続きしないと思うんですよね。そんな上辺の評価に惑わされず、ビビビッときた運命の相手と結ばれたいんですよ。あっ、でも聖子ちゃんは離婚したから、ビビビは失敗フラグかも」
「――――」
これまでか、という諦めの念が湧き上がってくる。
誰もが、けっして譲れない一線を持っている。
そのハードルが高いか低いかで成婚率は大きく違うのだが、本人が絶対に下げようとしないのだから、いくら凄腕のベテランコンサルでもどうしようもない。
要するに、結婚生活よりも自分のプライドの方が大事。
それだけの話なのだ。
「――――お客様、力及ばず申し訳ありませんでした。退会された後も、他の結婚相談所、もしくは自由恋愛での成婚を心よりお祈り申し上げます」
「ははっ、こちらこそお世話になりました。俺みたいな駄目人間でも最後まで見捨てようとしなかった、あなたのような素晴らしい婚活コンサルタントに出会えただけでも、ここに来た甲斐がありましたよ。では、これで」
そう言って、真・婚活モンスターは、案外清々しい顔で去っていく。
最後の節度を持った対応を見るに、とてもモンスターとは思えない。
それに、最初から抱いていた違和感。
……どうして自分は、結果が分かっているはずの総合評価点方式を、あれほど強く勧めたのだろうか?
彼女は、度重なる疑問を我慢しきれず、婚活コンサルタントのプロとしての矜持よりも、純粋な好奇心を優先させ、小さくなっていく緑色の背中を見つめながら、ソレを発動した。
――――結婚後の継続率トップを誇る彼女に宿るスキルとは、総合評価点方式を正確に数値化させる力。
虚勢に塗れた自己申告に惑わされず、社会通念に基づく一般的で平等な評価を容赦なく顕在化させてしまうこの能力は、プライバシーの侵害にまで及ぶ恐れがある。
このため、原則、本人の同意がないと使わないはずだったのに。
「……え?」
そんなレギュレーション違反を犯した罰であったのか。
その双眼だけに見える点数は、まさに真・婚活モンスターに相応しい、常識外れの点数だった。
「90点? ど、どうしてそんなに高得点なのっ!?」
慌てて内訳を確認すると、【年収・資産30点+強さ20点+地位20点+結婚観8点+外見6点+年齢6=90点】という、これまで見てきた点数の中で、ぶっちぎりの高得点であった。
「……無職なのに年収・資産が満点なのは、大金を隠し持っているから? 強さの満点もレベルを偽っているから? 地位の満点は本人が自覚せずとも社会から評価されているから? 結婚観の8/10点は若い女性を希望していたのに本当はちゃんとした良識を持っているから? 外見6/10点と年齢6/10点は、まあ妥当よね」
結婚相談所は、低スペックな恋愛弱者ばかりだと誤解されているが、商人、上級冒険者、貴族といった高スペックホルダーも在籍している。
そんな彼らを以てしても、こんな高得点は叩き出せない。
何故なら、年収と強さと地位という、似たような内容を三分割しているのは、偏りが生じるからだ。
商人は、金はあるが、強さは無く、地位も大したことない場合が多い。
上級冒険者は、強さはあるが、金は商人に劣り、地位も貴族に劣る。
貴族は、地位はあるが、強さはそこそこ止まりで、年収も商人に劣る貧乏貴族も少なくない。
だから、年収、強さ、地位の三項目に区分しているのであって、その全てを満たす者など、存在しない。
……そう、存在しない、はずだった。
「つまり、本当の彼は、豪商並にお金持ちで、上級冒険者よりも強く、大貴族に劣らない権威の持ち主ってことになる。加えて、高スペックな男性にありがちな傲慢さがなく、どのような女性に対しても敬意を払える人物。……ここまで完璧なら、モンスターとは対極の聖人ね」
自身のスキルが正しいとすれば、そんなとんでもない人物像が浮き上がってくる。
婚活業界は元より、世界中を探したとしても、本当に存在するのか疑わしい、超々高スペックホルダー。
「……なるほど、それが結婚できない理由なのね」
緑色の背中とその点数は、もう見えない。
まだ驚愕しながらも、頭の中は冷静に婚活コンサルタントとして評価を下していた。
結婚相談所は、夢を叶える夢のような組織ではない。
0と100を引き合わせるのではなく、50と50のように同等の点数を上手く合致させるのが役目だ。
だから、男と女の評価点が大きく違っていると、マッチングできない。
認識の違いが招く失敗は、男と女の評価値ばかりではない。
緑髪の中年男のように、自己評価が市場価値が掛け離れていては、正しいマッチングなんて不可能。
普通は、自己評価が高く、市場価値が低いのだけど、彼の場合は逆で、しかも差が大きすぎる。
それでいて、結婚観のような常識だけはちゃんと持っていて、変に自制が利くから、勘違いしたまま成婚する未来も望めない。
まさに、八方塞がり。
真・婚活モンスターの名に偽りなし、である。
「とても……、ええ、とても勉強になったわ。『モンスター・ハンター』なんて呼ばれていても、まだまだだったわね」
今までで一番疲れた案件だったが、その苦労あってか、成長できた実感がある。
これだから婚活を取り巻く色恋沙汰は複雑で、魅力的で、やりがいのある仕事なのだ。
今回の失敗を糧に、次に活かしていこう。
「もしも、あのお客様がもう一度ここに戻ってきてくれたのなら、どれほど厳しい言葉を使ってでも認識を改めさせ、今度こそ成婚に導いてみせるわ!」
彼のスペックに釣り合う女性は、おそらくいないだろう。
だけど、人族は、一夫多妻制。
一人では無理だとしても、二人、三人、足りなければ十人、二十人でもマッチングを成功させてみせる。
それだけ多くの女性を幸せにする器が、彼にはあるのだから。
だから、お客様。
心の傷が癒えて、もう一度結婚したいと思えた時は、またここに戻ってきてください。
次こそは、お客様の本当の魅力を伝えてみせますから。
◇ ◇ ◇
「ふむふむ、やはり予想通りの結果だったな」
婚活に失敗し、おめおめと逃げ出したはずの中年男の表情は、ずっと清々しいままであった。
「三十代半ばになって、正しい自己評価もできないようでは、ダンディな紳士は名乗れない。一時の感情や希望的観測に惑わされず、何度も検証を重ねて真実を見つめ直す慎重さが大人の証拠なんだよな、はははっ」
緑髪の中年男は、実際に落ち込んでなどいなかった。
何故なら、自身が望んでいた通りの結果が出たからだ。
「あー、よかったー。なんだか最近、色んな女性から好意を持たれているように感じられたけど、やっぱり気のせいだったな。低スペックの女性にさえ相手にされないこの俺がモテるわけないんだよなぁ、うんうん」
緑髪の中年男は、人生のパートナーを探すため結婚相談所に乗り込んだわけではなかった。
一般的な女性から見て、自分自身がどのような価値を持つのかを確かめるためだけに、婚活の真似事をしていたのだ。
「やっぱ、ラブコメ漫画のように都合良くいくわけないんだよなぁ。この世界の女性は、こんな駄目なおっさんにも優しくしてくれるから、ついつい誤解しそうになって困るんだよ。まったく、罪作りな女どもだぜ!」
ベテランの婚活コンサルタントは、緑髪の中年男に正しいスペックを認識させれば、成婚も容易いと考えていたが、それでもまだ足りない。
常識や結婚観といった植え付けられた道徳以前に、その腐った性根を叩き直さなければ、スタート地点にさえ立てない。
高望みなれど、真剣に結婚を望む婚活女子。
婚活女子に負けず劣らず、真剣に成婚を祝福する婚活コンサルタント。
そんな彼女たちの想いを蔑ろにする外道っぷりは、まさにモンスターそのものであった。
▼あとがき
くどくなるのでカットした「真・後日談」を、活動報告で掲載しています。
二段オチは良くても、三段オチまで行くと、オチ自体が霞みそうなので。
それでも、主人公の自己満足エンドが気に入らない方は、溜飲が下がるかもです。




