モンスター・ハンター 2/3
「お客様、お出口はあちらでございます」
――――そう言いそうになった口をぐっと堪えた自分自身を、彼女はとても褒めてあげたい気持ちになった。
「……ではまず、お客様のスペックをお聞きしてもよろしいですか?」
実際に口にしていたのは、当たり障りのない質問。
どんなモンスターにも、平常心を崩さず対抗できるところがプロたる所以である。
「ご職業は?」
「無職です」
「資産はいかほどでしょうか?」
「趣味で集めている物はありますが、資産と呼べるかは怪しいですね。あえて言うなら、戦闘しか取り柄がないポンコツ共を所有していますが、戦争が禁止されている現代ではあまり価値が無いでしょうし、売ろうとしたらそのお姉ちゃんから怒られるんですよね」
「……職も資産もなく、どのように生活されているのですか?」
「自分自身に使う金は少ないし、毎日の生活に困らない程度の金はあるんですよ。不労所得ってヤツですかね。いやー、便利な世界で助かりますよ」
「……何か特別な地位にお就きで?」
「いえ、特には。怪しい組織からは勝手に認定されていますが、プラス評価にはなりませんよね」
「……レベルの程は?」
「レベルは25ですね。基本的な魔法は一通り使えますが、どれも低ランクなので、器用貧乏ってヤツですね」
「いいえ、レベルが25もあれば、平均を上回る十分なアピールポイントになります。その特技を活かして就職されるご予定は?」
「ありませんね。俺は自由を愛するダンディな紳士なので」
「では結婚もするべきではありませんね」と、反射的にツッコみそうになった自分をぐっと抑え込む。
自他共に認める辛口コンサルではあるが、どんな相手でも最初っから全否定するつもりはない。
まずは一通り話を聞いて、そぐわない所を一つずつ改善していくべきなのだ。
「結婚後は、どのような生活をお望みですか?」
「子供は三人ほどで、母親似の可愛い子がいいですね。あっ、もちろん女の子だけでいいです」
「……では、最後に、ご年齢は?」
「36です。やっぱり三十代後半では、厳しいでしょうかね?」
「そんなことはありません。正直な話、女性の場合は評価されにくい年齢になりますが、男性であればまだ十分評価される年齢です。三十代までは仕事やレベルアップに集中し、四十代から婚活を始める男性も多いですよ」
「それは安心しました。男は三十代から脂が乗り始めるので、足が長いだけの十代二十代の若造より大人の魅力がありますもんね!」
「…………」
我慢我慢。
婚活コンサルに不可欠なスキルは忍耐だ。
これまで多くのモンスターと対峙してきた彼女にとっては、まだ許容範囲である。
「お客様のスペックは十分に把握できました。……それで、お相手の女性には、どのような条件を望まれるのですか?」
「ははっ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。俺が女性に求める条件は少ないですからね!」
「……具体的には?」
「何と言っても年齢ですよ! 具体的には16歳から22歳までですね! 分かり易く言えば、女子高生と女子大生です! 見た目については、この世界の人々はみな美形なので心配していませんが、綺麗系よりは可愛い系が好みかな。相手が美人過ぎると萎縮しちゃいますからね。後は性格ですね。優しさは当然のこと、包容力は欠かせません! 毎日の疲れを癒やしてくれる幼妻! 最高ですよね! 俺が希望する条件なんて、たったこれっぽっちですよ!!」
「…………」
「俺のスペックは平均未満だと自覚しているんで、女性にも多くを望みません! どうです、偉いでしょう?」
「…………」
「いやー、結婚相談所は女性に優しく男性に厳しい業界だと聞いていたので不安でしたが、これまでの話を総合すると何とかなりそうで安心しました。最大にして唯一の欠点である年齢が逆に高評価だったので、案外楽勝っぽいですね!」
「――――逆です」
初めての入会で初めての婚活だから、まずは優しい言葉諭していこうと思っていたのに。
暴言の数々に我慢しきれず、ついつい否定していた。
「んん? 何が逆なんですか?」
「お客様のスペックで、まだ評価できるのが年齢だけなんです。レベルは高めなのに、まったく活かせていないので低評価となります。そのような低いスペックでは、お客様が望む女性とのマッチングは不可能です」
「でも俺は、年収や外見じゃなくて、本当の自分を評価してもらいたいんですよ!」
「お気持ちは理解できます。しかし、心の内に点数を付けるのは難しいのです。それに、見る相手によっても曖昧です。逆にお聞きしますが、お客様は、女性から『私は性格がすごく良いですよ。すごく優しいですよ。だからすごくお買い得ですよ』と主張されて、それを信じるのですか?」
「ふーむ、ごもっともな指摘ですが、それは会話を重ねることで解消される問題では?」
「これが自由恋愛であれば、十分に確認できるだけの長い時間が使えますし、相手も気を緩めて本性が見えてきます。ですがここは、持ち前のスペックと最初のマッチングで大半が判断されるお見合い会場と同じ。初対面の時に『違う』と感じてしまったら、もう次はないのです。そもそもお客様は、自由恋愛で女性の気持ちを確かめることができなかったから、結婚相談所を頼ったのですよね?」
「おおっ、そういえばそうでしたね。さすがベテランの先生、お見逸れしました」
そう言って緑髪の中年男は、ぺこりと頭を下げた。
到底釣り合わない若い女性を望んでいる点は大きなマイナスだが、忠告を素直に聞く姿勢と自身の欠点を認めているから、まだ救いようはあるように感じる。
それに、女性から説教されて逆ギレしない点も、男性として評価できる。
「んー、でもー、世の中には色んな嗜好の方がいますからねぇ。それに、若い女性は俺のような年上でダンディな紳士に憧れるんじゃないですか? この長所があれば、年収や地位なんて二の次じゃありませんか?」
「……それこそ逆です。お客様が女性に対して条件を出すように、女性側も男性に条件を求めます。その条件とは、年収、強さ、地位がほぼ全て。年齢や外見こそが二の次なのです。ですから、お客様の要望に添うお相手は、誠に残念ながらお客様を視野に入れていない状況なのです」
「なるほどなるほど、たとえ俺が完璧で無敵な紳士だったとしても、その他の条件に該当しないから相手にされないんですね。結婚相談所って、思っていた以上にシビアなんですねぇ」
「はい。ですからお客様には、職に就いて年収を上げる努力、もしくは女性に望む条件の引き下げ、このどちらかを強くお勧めします。できれば両方改善された方が、より成婚率が上がることでしょう」
「女性への条件の引き下げってのは、対象年齢を上げるってことですよね。んー、それだけは絶対に譲れない願いなんですよねぇ」
「それではもう、定職して高収入を得るしか道はありません」
「ちなみにどの程度の年収があれば、16歳の若妻がゲットできるんですか?」
「確約はできませんが、年収金貨800枚以上あれば、年齢や外見は問わないという十代の女性は少なくありません」
「金貨800枚だと、ランク5程度の薬アイテム1本分ですよね。その程度の餌で本当にピチピチの16歳が釣れるんですか?」
「アイテムの価値には詳しくありませんが、女性が望む値段としては間違いありません。……もしかして、高ランクのアイテムを所有されているのですか?」
「ははっ、アイテムなんて無尽蔵に湧き出る魔物を倒すだけで幾らでも手に入りますからね。そんな有象無象と唯一無二の乙女が等価値なんて、今更ながら狂った世界だと思っただけですよ」
「はあ……」
「だから金に価値を感じないんだよなぁ。……そんなわけで、働いて金を稼ぐって方法もヤル気が出ませんね」
「…………」
前言撤回。
案外まともな思考の持ち主だと思ったのに、緑髪の中年男は何も理解していなかった。
分かっている振りをして、飽くまで自分の意見を通そうとしてくる。
紛れもない婚活モンスターであると、強く実感した瞬間であった。
「――――それでは、これまでの条件付け方式を見限り、総合評価点方式によるマッチングをお勧めします」
だから、対モンスターの秘密兵器を発動する。
それは、「婚活モンスター・ハンター」と呼ばれる彼女が提案し、ねじ込んだ新方式。
曖昧で目を逸らしたい現実に点数を付けることで可視化し、低スペック者に容赦なく突きつけ、強引に目を覚ます方式である。
「総合評価点方式? ああ、なるほど、スペックの項目別に点数を付け、その総合点を基準に見合う相手を探す方式ですね」
「……説明もせずに理解されたのは、お客様が初めてです。本当に婚活は初めてですか?」
「ははっ、俺の地元でも似た評価が流行ってましたからね。婚活じゃなくて、仕事でですが」
「昔はちゃんと働かれていたのですね」
「ええ、だからこそ、この自由な世界で仕事なんてしたくないし、点数付けで評価するのも苦手なんですよ」
「そう仰らずに、一度試されたらどうでしょう。追加料金は必要ありませんし、条件付け方式よりはマッチングの可能性があるかもしれませんよ?」
「ふむ、では男性の項目別評価点を教えてもらえますか?
「年収または資金が30点、強さが20点、地位が20点、結婚観が10点、外見が10点、年齢が10点の計100点満点方式です。補足すると、年収と資金は言葉の通り保有するお金の多さで、強さとはレベルやスキルの高さによる肉体的な強さ。地位とは要職や社会的な立場の高さ。結婚観とは家族の在り方や女性の扱いなど性格の常識さ。外見には種族も含まれ、年齢も種族毎の寿命を考慮した点数となります」
「さすがは魔物が蔓延る世界ですね。強さや地位の評価が高く、反対に顔や歳は低い。でも、金が最も評価されるところは、俺の地元と同じ。そうなると、女性において一番評価されるのは、年齢ですよね?」
「……ご明察です。女性の場合は、年齢が50点。肉体の頑丈さや健康さを評価する頑健が30点。後は結婚観と外見がそれぞれ10点です。これらの評価点は、私どもコンサルの主観ではなく、お客様方が異性に求めている条件の統計結果であることを、申し添えておきます」
「これはひどい。年齢重視の俺が言うのも何ですが、申し訳なさ過ぎて世の男性を代表し謝罪したい気分ですよ」
「いいえ、女性が求める年収も強さも地位も、結局は金に集約されるので、お相子でしょう」
「そう言ってもらえると助かりますね。でも、やっぱり、総合評価点方式でも、俺が希望する女性像とはマッチングしませんよね? だって無職の俺は低い点数で、十代の女性は高い点数になりますから」
「…………そこまで適正に現実が見えていながら、どうして無謀な条件に固執されるのか、不思議でなりません」
だが、対モンスターの秘密兵器は、不発に終わる。
直撃してもノーダメージなモンスターも稀にいるが、発動する前から無力化されたのは、初めて。
まさしく、真・婚活モンスター。
彼のことはきっと、生涯忘れられない強敵として、この脳裏に刻まれるのだろう。
「どうしても、条件の引き下げに応じてもらえないのですか?」
「はい、そこを曲げては、俺が婚活する意味が消失してしまいます」
緑髪の中年男は、ここでようやく、緩んだ表情を引き締め、真剣な顔で返答した。
……真剣な顔で、自分はロリコンだと宣言してみせた。
「うっかり感心してしまうくらい、ご立派なお覚悟だと思います。しかし現実問題、条件付け方式も総合評価点方式も駄目なら、女性と対面することさえ叶いませんよ?」
「右は駄目だから左、というのも芸が無いと思うんですよね。この世の選択は、二つではなく、三つあるべきですから」
「通常、その三つめが結婚相談所に頼らない自由恋愛になると思うのですが?」
「通常、ということは、この結婚相談所の中にも、第三の道があるんですよね?」
「その鋭さを、高望みな条件の改善に向けていただけるといいのですが」
「ははっ、それはそれってことで」
「……承知しました。お客様にはまだ改善の余地が残されている気がしますので、けっしてお勧めはしませんが、仰るように条件や点数による制限を排除したフリースタイル方式があります」
「そうそう、それですよ! いいじゃないですか、行き当たりばったりなフリー対戦方式。もちろん俺の条件に合致する相手が少ないのは理解できますが、まだ見ぬ果てに宝石が眠っているかもしれない。宝石探しって、ロマンがありますよね」
「前向きなのは長所になりますが、聡いお客様であれば、既にお気づきですよね。フリースタイル方式とは、条件付け方式でも総合評価点方式でもマッチングできなかったのに、それでも高望みを是正できない者ばかりが集う魔窟であることを」
婚活コンサルのプロである彼女が最後まで出し渋っていたのは、何も意地悪していたからではない。
最後に残されたフリースタイル方式とは、まさにモンスターの巣窟。
常識的な評価で弾かれながらも、自分を改めることができない、悲しき婚活モンスターたち。
十代の女性も参加しているが、そんな最大のアピールポイントを掻き消してしまうほどの爆弾持ち。
婚活初心者で、まだ異性の醜さを知らない彼にとっては、些か以上に荷が重い戦場。
負け戦が目に見えているのに放り込むのは、「モンスター・ハンター」と恐れられる彼女でも気が引けてしまう。
「それなのに、本当にフリースタイル方式に挑戦されるのですか?」
「大丈夫ですよ、先生。俺を信じてください! 俺はやればできる男なんです!!」
そんな心配を余所に緑髪の中年男は、婚活モンスターの得意技が一つ「根拠が無い謎の自信」を発動しながら、高らかに宣言する。
あらゆる絶望が詰められたパンドラの箱の奥底に、希望が残っていると信じて。
「いつになっても理想を追い求める姿は、美しいと思います。いわばこれは、お互いの信念の強さを競い合う勝負。相手にとって不足はありません。――――対戦、よろしくお願いします!」




