モンスター・ハンター 1/3
彼女の二つ名は、「モンスター・ハンター」。
歳は35。レベルは12。
夫は一人。子供は三人。
職歴は15年。
常識外れのモンスターは、何も街の外ばかりに出現するわけではない。
人の最大の敵は、人。
事実、殺人の最大要因は魔族ではなく、同族たる人類。
遠く離れた人外よりも、すぐ近くの隣人を注意すべきなのだ。
同族殺しを初めとした人型のモンスターは、普段は見えなくとも、至る所に潜んでいて、ふとした拍子で正体を現す。
いや、普段は気づいていないだけ、と表現する方が正しいか。
誰しもが覚醒する素質を持っていて、誰しもがモンスターになりうるのだ。
……ほら、今日もまた、彼女の目の前に、人型のモンスターが訪れる。
常識外れのモンスターとはいえ、その中身は人類のまま。
理解は及ばなくとも、同じ言葉を介する同類である以上、突破口が残されているはず。
それを、信じて――――。
深い経験則という名の剣と、辛抱強さという名の楯を武器に。
数多くの悲しきモンスターと真っ正面から対峙し。
強引にでも新天地へと導く、辛口のコンサルタント。
業界内で彼女は、「婚活モンスター・ハンター」として尊敬され、或いは恐れられていた。
◇ ◇ ◇
人類の天敵が猛威を振るう、弱肉強食な世界。
生き抜くことに精一杯でも、色恋沙汰が廃るわけではない。
むしろ、常に生命の危機を強いられる状態なので、本能が種を残そうと、積極的にパートナーを求めようとする。
だが、職業に適性があるように、恋愛にもまた得手不得手がある。
それに、出逢いという運の要素も強い。
そんな迷える子羊たちの赤い糸を適正に結びつけ、新婚生活という新天地へと引っ張っていく有り難い存在。
社交性に富んだ友人や、近所の世話焼きおばさんや、怪しい宗教を除けば、それをビジネスにしている結婚相談所に頼るほかない。
斬新なようで案外歴史あるそのビジネスは、恋愛強者から見ると理解に苦しむ駆け込み寺だが、利用者は多い。
それだけ結婚を望む者と、出逢いに恵まれない者が多い証拠であろう。
たとえ運命の相手がいたとしても、ビジネスである以上、出逢いの場を提供するだけで放っておくのでは無責任。
経験則に基づく知識と判断力を持ち、双方の仲を取り持つ婚活コンサルタントは必要不可欠なのである。
「私の年齢は42歳。収入は無いけど、毎日ちゃんと実家の手伝いをしているわよ」
「希望する男性の年収は、金貨1千枚以上が最低条件。私への毎月のお小遣いは、最低金貨50枚は欲しいわね」
「結婚後は専業主婦になって、夫を支えていきます。そうした方が夫も安心して長い時間仕事に励めるでしょう。でも、掃除や料理は苦手だから、お手伝いを雇いたいです」
「月に一度は他の街へ遊びに行きたいわ。家事って大変だから、息抜きが必要なのよね。だから、夫は抜きで友達と遊びに行くわ」
「子供はいらないわね。うるさくて苦手だし。そもそも、子供を作る行為が汚らわしくて嫌なのよ。だから結婚後は、夫とは別々に暮らしたいわね」
このように、結婚相談所に出現するモンスターは、女性が多い。
低スペックな自分と釣り合わない高スペックな相手を求める、いわゆる高望みというヤツだ。
彼女たちは、デッドラインの三十路を越えても、無断にプライドが高く、高収入の相手を望み、そのくせ家事さえしようとしない。
反対に、二十代前半までの若い女性は、まだ社会経験が少なく自信が無いためか、金貨200枚程の平均年収を望み、結婚後も共働きして堅実な生活を送ろうとする。
対して、多くの男性は、自分の子孫を残そうとするため、若くて健康で慎ましい女性を望む。
なのに女性は、自身のスペックと相手への希望が反比例しているから、若い子ばかりに人気が集中し、中年女は容赦なく売れ残ってしまう。
結婚相談所に金を払うお客様は、神様と同じ。
最大限の要望に応えてあげたいが、マッチングする相手も同様に要望を出してくるため、どうしても限界があって、妥協は避けられない。
高い理想を抱くのは、けっして悪いことではないし、誰しもに許される権利だ。
そう、心の内で思い描くだけなら、勝手。
でも、そんな高望みモンスターを甘やかし、放っておいても、結婚相手は絶対に見つからない。
失敗を繰り返すうちに、歳を重ねて女の価値は下がり続けるが、男への要望だけは中々下がらない。
そのまま進んでも、その先に待ち構える未来は、一つだけ。
一つだけの、独りぼっち。
とうにデッドラインを踏み越えているのに、それに気づこうとせず、なのに慌てようともせず。
結局最後には、自分に相応しい相手なんていなかったと、自己完結する様は憐れを通り越して怒りが湧く。
同じ女性としても、そんな結末は見逃せない。
結婚した後に後悔するのは仕方ない。
だけど、結婚したいのに、結婚できず後悔するのだけは、どうにかしてあげたい。
親切の押し売りだったとしても、結婚後に相応の苦労が待っていたとしても、幸せになれるチャンスに賭けてみたい。
賭けとは、自分に相応しい舞台の上に立って初めて成立するのだ。
「お客様のスペックと、相手に求める条件では、成婚に至る可能性はありません。率直に申し上げれば、お客様が希望する男性が、お客様を選ぶことはありえません」
だから、ベテランの婚活コンサルタントにして、成婚後の継続率ナンバーワンを誇る「婚活モンスター・ハンター」は、歯に衣着せぬ評価で厳しい現実を突きつける。
「結婚とは、認め合う二人が揃って初めて成立します。どんなに高スペックの持ち主でも、一人だけでは会話になりませんし、寂しさも癒やされませんし、何より子供ができません」
確定的に明らかな酷い未来を打破するには、まずは本人の意識を改革させるしかない。
「今後長きに渡り、お互いを助け合う関係を築いていくお二方のスペックは、釣り合っていて然るべき。だけどお客様は、結婚することで自分ばかり得しようとしたり、イイ男を見せびらかそうとしたり、そのくせ自分は努力せず、若い頃の美貌に胡座を掻き、男なんて女に尽くして当然だと思っている。そんな甘い考えで、婚活が上手くいくはずありません」
残念ながら、口で説明しただけで納得するモンスターは少ない。
その程度で改心できるのなら、最初っからモンスターになっていない。
「私どもコンサルの仕事は、望む条件の相手を見つけ出すことではありません。スペックと条件が似通った相手を、円滑に繋ぎ合わせることが使命なのです。そもそも、お客様が主張する人生設計通りに全て進むのであれば、ずっと前に結婚して幸せな生活を送っているはずです」
正論をこれでもかとぶつけられた相手は、泣きながら逃げ出すか、怒りながら逃げ出すか、激怒しつつ最後まで我を通そうとするかの三択である。
自分は悪くない。
悪いのは、理想の相手を見つけられないコンサル側。
どこかにきっと、自分の理想を全部叶えてくれる結婚相手がいるはず。
だって、美しい私が、こんなにも頑張っているんだから。
「そこまで自信があるのなら、ご自身の力で理想の相手を見つければ済む話では? どうして、こんな所まで足を延ばし、他人の力を借りようとしているのですか? 安くない金を払い、婚活コンサルである私に相談している時点で、もう答えは出ているのではありませんか?」
常識が通じない。
相手の言葉を聞こうとしない。
大きな奇声を上げる。
本物のモンスターのように。
だからこその、婚活モンスター。
「では、私と勝負しましょう。半年以内に、お客様が出した条件の男性を、私の前に連れてきてください。もちろん、自身の力だけで。それができれば、お客様の勝ち。深く謝罪するとともに、これまで結婚相談所に支払ったお金を全額返金しましょう。それができなければ、お客様の負け。罰として、私の意見を取り入れた条件に見直し、さらに自身のスペックを向上する努力を行った上で、改めて婚活に挑んでいただきます」
婚活モンスターの厄介なところは、プライドの高さ。
それ故に、ここまで挑発されては、逃げるわけにもいかない。
こうして、多くのモンスターが勝負に挑み、やはり多くが戦いに敗れ、その一部が自身の非を認め、彼女の前に帰ってくる。
そして、改心した多くの元モンスターが、成婚へと至る。
中には、本当に理想の男性を見つけて戻ってくるモンスターもいる。
確かに男性の条件は変わっていないが、表に見えない自分自身のスペックは大幅にアップデートされたのだろう。
けっして口には出さないが、並々ならぬ努力があったのだろう。
だから、勝負に負けたはずの彼女は、喜んで約束のお金を渡す。
会社は出してくれないから、自前で。
それは、いわば、ご祝儀。
そう、婚活コンサルタントである彼女こそが、誰よりも成婚を祈っているのだ。
「――――いらっしゃいませ、新しいお客様。ご入会をご希望ですか?」
「はい!」
「入会金は、お得な年間払いと、割高な月払いがありますが、どちらになさいますか?」
「まずはお試しってことで、一ヶ月分で十分です!」
「それでは、初回の登録料と合わせて、金貨3枚となります」
「では、これで!」
「確かに拝受いたしました。早速ですが、本題に入らせていただきます。お客様は、結婚活動、いわゆる婚活は初めてでしょうか?」
弁明させてもらえば、婚活モンスターと呼ばれる女性は、少数に過ぎない。
そして当然、男性のモンスターも存在する。
「はい、婚活が初めてというか、結婚を考えたのも初めてです!」
「まあ、そうだったのですね。いったいどのような心の変化があったのですか?」
男性の婚活モンスターは、女性に比べると割合が低い。
だけど、女性よりもっともっと理解の及ばない思考の持ち主が多い。
女性のソレは常識の延長上にあるが、男性のソレはルートさえも外れてしまう。
婚活コンサルである自分が女であるためか、異性である男性の異常性は、深い経験則で対抗してなお、手に余ってしまう。
いわば、真の婚活モンスター。
今回の相談相手である、くすんだ緑色の髪と服のお客様は、年齢の割に大げさな仕草を取り、何かしら違和感を覚えるが、ちゃんと受け答えしていて、常識は持ち合わせているようだ。
普通のお客様でよかった。
軽薄な態度と服のセンスがやや心配だが、高望みさえしなければ、成婚に至るのも難しくないだろう。
そう、思っていたのに――――。
「実は最近、女性にモテている気がしましてねぇ。三度あるモテ期の三度目が、ついに来てしまったのかなぁ。隠しても隠しきれないダンディなミドルの魅力に、ようやく世間が気づき始めたんでしょうかねぇ。いやー、まいったなー」
「はあ……」
「要約すると『乗るしかない、このビッグウェーブに!』状態になっちゃったんで、心機一転して婚活しようと思った次第なんですよ」
「……自由恋愛で好意を寄せられているのなら、その女性と結婚すればよろしいのでは?」
「いやー、そう簡単な話ではないんですよー。普段から距離の近い女性とそういう関係になるのは、何か色々と不味い気がするんですよね。世界の全てが変わってしまうというか、取り返しがつかない事態が起こってしまうというか、とにかくデッドエンドがちらつくんです。ですからね、後腐れの無い初対面の相手の方が望ましいんです!!」
「…………………………」
♪ 今日も来た来たモンスター ♪
♪ だけどだけどね君は被害者 ♪
♪ 全部歪んだ社会が悪い悪い ♪
脳内で謎の歌が流れる中、百戦錬磨の「モンスター・ハンター」は、真・婚活モンスターに向かって、毅然とした態度で口を開く。
「――――お客様、お出口はあちらでございます」
▼あとがき
コミック版の第4話が本日から配信開始です。
ついに主人公の大本命と目されるコルコルが登場します!
是非ご覧くださいね!




